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学園の神鳴り殺し  作者: 片岡 雅
-梅雨の修行旅:合宿編-
99/110

◇11-7◇

 崩れかけの廃校の前、優と斉藤の間に、妙な緊迫感ができていた。


「……命の恩人……ね……」


 そっと視線をおろし、血を見つめて斉藤が口を開いた。


「ああ。あの人のおかげで、俺は今もこの命をつなげていられるんだ。あの人がいなかったら、きっと俺は今頃復讐の中で力尽きてたと思うよ」


 斉藤とは逆に、優は曇りかけの空に目をやった。

 そう、あの時も、こんな色だった。


「……まさか、斉藤さんが先輩の妹だったなんてね。確かに、言われてみれば面影があるかもね。気付かなかったよ」


 斉藤に視線を戻し、優は懐かしむように言った。

 今あの人はどうしているのか、今でもあの頃の様に頑張っているのか、そんなちょっとしたことが優の頭を支配する。なんとなく気になったくらいだが、別に訊いても罰は当たらないだろう。優はそう思って、彼女に尋ねてみた。


「あのさ、先輩、今も元気にやってるか?」


 しかし、返ってきたものは快い返答でも、冷たい罵声でもなく、ただ、心を痛めた少女の鳴き声だった。

 一瞬にして場が凍りつき、何者もその口から声を発することはなかった。感情をまったく表に出さなかった斉藤が涙を流す理由は、想像するに難くない。まさかそんなことは、とも思った。でも、どうしても優の脳裏には最悪の可能性だけが残される。遥も同様で、斉藤の流す涙につられるように彼女も涙を流していた。


「……な、なぁ、もしかして先輩は……」


 緊張に耐え切れず、とうとう優が口火をきった。その捻り出したような小さな声に、斉藤は涙をぬぐい向き直るとそっと口を開いた。


「……死んでしまったわ。殺されたのよ」


「え……殺された? 戦死じゃないのか?」


 優は顔に驚愕の色を浮かべる。そんなまさか、いったい誰が。そんな思いに満たされる。

 先輩は強かった。ただの人間にそう簡単に殺されるはずがない。ABNの上を行く人間に殺された? そんな……そんなことって……。

 一瞬にして優の心を埋め尽くし悲しみ。そしてそれに連なり起こる感情、怒り。悔しさに歯を食いしばり、優は斉藤に訊ねた。


「……先輩は、誰に殺されたんだ……?」


「あなた、本当に知らなかったのね」


 斉藤は哀れむような視線を優に向ける。だがそれは仕方ないことだ。神鳴り殺しにとって、町の警備による戦死はつき物。年々減少していってはいるが、それでも死者は絶えない。そのため、いちいち戦死者を通告したりしないのだ。もちろん、訊けば教えてくれるだろう。だが、誰も訊きはしない。なぜなら、訊いてしまったら、心が揺らいでしまうから。死んでいった”仲間”のためにと、そこで踏みとどまらないと、この世界で戦っていくことはできないのだ。

 だから、優も今が初耳だったのだ。いままで死んだ仲間は何人も見てきた。激戦を強いられた環境下では戦死などよくあったから。でも、自分に光を見出してくれた恩人の死となれば、黙っていられなかった。その先を考えずに入られなかったのだ。


「誰が、やったんだ……?」


「…………。紅葉を殺したのは、影鴉レイヴンという組織」


(っ!?)


 影鴉レイヴン。それは優も良く知る組織。新入生歓迎と実力テスト間において神桜高に進入し、内部から引っ掻き回した組織。1人の少女の心を踏みにじった組織。そして、優たちを狙っていた組織。

 優はそのあまりのショックに、口が閉まらなかった。


「……影鴉レイヴンはいま、ある人物を探してABN狩りをしている。紅葉は、その過程で殺されたの……。私はずっと追い続けていた。そしてようやくその尾っぽをつかんだの」


影鴉レイヴンの潜伏先を見つけたのか? それに、ある人物って……」


「あなたの良く知る人物よ」


 先ほどから斉藤の口から語られる話はどれも驚くものばかりで、優の頭にはさまざまな疑問が生じていた。それに、そのどの情報も並々ならぬ努力をしなければ突き止められるものではないだろう。斉藤は、それほどまでに影鴉レイヴンに執着していたのだ。それはもはや、何かに取り付かれたように……。


(あっ……)


 優は気付いた。斉藤幸美という人間の核心にあるものに。それは――復讐だ。

 優の中で、何かが揺れた。


(どうやら俺は、まだまだ復讐からは開放されなさそうだな……)


 心のなかで苦笑して、正面にいる斉藤に向かって優は笑いかけた。


「……なに?」


「そっか。それはほっとけないな。――俺も、影鴉レイヴンには迷惑してたんだ。影鴉レイヴンは俺がつぶす。だから斉藤さんは手を出さないでくれよ」


「は? いきなり何を言うの? そんなのきけな」


 突然優に言われ、戸惑うように斉藤は言葉を並べた。しかし、その途中で優が口を挟む。


「――斉藤さんは。斉藤さんは、影鴉レイヴンのところへ行って、どうするつもりなの?」


「そんなの決まってる。紅葉がやられたようにやってやるの」


 それはつまり、皆殺しということか。

 斉藤の言葉には異様なまでに熱がこもっていて、絶対に引かないといった意思が感じられた。


「さっきのナイフでわかったけど、斉藤さんも被災者なんだろ? それであいつらとやりあうつもりなら、まずこの俺を殺しにこい。俺はあんたを絶対にあいつらのところへは行かせない。何があってもだ!」


「ふざけてる! だったら、望みどおりに死んでて!」


 お互いにらみ合い、どちらも一歩も譲らない。遥は優の事を信じて何も口出しはしなかった。

 優は左手にグローブをはめる。その様子から、本気であることが窺える。それと同時に、斉藤もまた姿勢を低くしていつでも攻撃を開始できる体勢だ。

 そして、雲の陰落ちる薄暗い森の中、一陣の風が吹き行くとともにそれは幕を開けた。

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