◇11-6◇
「私は――……御影美月の妹よ」
「――なっ……!?」
突然聞かされたその名前に、優は驚愕の表情を浮かべる。
そんな彼にはお構い無しに、さらに斉藤は言葉を続けた。
「御影美月、その本名は斉藤紅葉。この名前、あなたなら良く知っているわよね?」
多少威圧するように、斉藤は目を細める。
(ああ、知っている。知っているとも。忘れるわけがない、だってその人は……)
「俺の、命の恩人だ――」
――5年前、優が災害の後に復讐を誓いABNに入った当時、優の先輩に当たった人物だ。そのころ優は自暴自棄で、無理な戦闘を繰り返していた。隠れた才能の所為か、それとも燃え滾る復讐心の所為か、致命傷を受けるようなことは一度もなかったが、それでもあの頃はずいぶんと危険な橋を渡っていたものだ。
そんな様子をずっと見続けていたのが、御影美月だった。
彼女は優の入会時から彼の面倒を任されていて、おそらく当時優と一番コミュニケーションをとっていた人物だろう。時には優を笑わせようと試みたり、優を驚かそうと試みたり、いろいろしていた。しかし、結果は散々なもので、優との会話まではできるものの彼は一切の感情をもらすことはなかった。ただ死んだような目をして、どこか遠くを見据えるのみだったのだ。
それからのこと、美月は今度は優のことについて訊いてみることにした。なぜABNに入ったのか、君は何が成したいのか、などいろいろ訊いた。すると、まだ10にも満たない幼い少年の口から語られたのは、この時代では珍しい話でないにもかかわらず、とても悲しい孤独な過去だったのだ。
それを聞いて美月は大変驚いた。この少年は、まだこんなにも幼いのに心は冷え切った機械のようだと。
ただ自らの目的のためだけに、自分の命も省みず戦う。そんな彼の姿に、美月は心を打たれたのだ。そして、彼の決意の確信にある復讐という概念に、酷く悲しみを覚えたのだ。
それからというもの、美月はまず優に心を開いてもらうため日々奮闘した。毎日のように共に訓練をし、毎日のように言葉を交わし、毎日のように行動をともにした。すると、一週間もするうちに何かが少しずつ変わり始めていた。あるとき美月が褒めの言葉をかけると、ボソッと小さな声で、「ありがとう」と優が返事を返したのだ。
美月はこれにとても驚き、そして喜んだ。これを筆頭に、優は少しずつスローペースではあるが、だんだんと心を開いていくようになった。閉ざされていた氷の扉が開き始めていたのだ。
――だがしかし、そんなときに、その出来事は起こった。
あれは、じめじめとした雷雨の降る夜だった。唯でさえ薄暗い森の中、空は一面黒い雨具も覆われていて、暗視ゴーグル無しではとても戦闘などできない環境だった。
標的は1体。大型な為優含む数名のグループで戦闘していたのだが、その正体ばかりはその素早さの所為で優は認知できていなかった。いや、それはするべきではなかったのだ。
刹那、優の背後にどしゃっと何かの落ちる音が聞こえた。それに反応し振り向く。すると、そこに落ちていたのは、先頭を歩いていたはずのグループメンバーの首だった。その切り口からはとめどなく血液が流れ、雨によって流されていった。何か鋭利なもので切り裂かれたようで、そして、優はこの光景に見覚えがあったのだ。
「ああ……ああぁぁぁ……!!!」
脳内に浮かぶ映像。過去の忌まわしい記憶がフラッシュバックしたのだ。突如パニックに陥る優。しかし、実際はそんなことしている場合ではない。
ほかのメンバーは周辺を見回し再び姿を消したターゲットを探していた。しかし、それはなかなか見つからない。その俊敏さゆえに、目で捉えきることができていなかったのだ。――だが、優は知っている。その姿を。そしてその弱点を。だが、今の彼はそれどころではなかった。8年前、災害の日。優の目の前で家族を斬り殺したのは、まさにその電獣だったのだから。しかしあのころのものとは別固体だ。それはわかる、何せ、あのときの固体はすでに討伐されているのだから。
だがそれでも、まだ10にも満たない少年にはこの惨状はつらいものだった。
また1人、命を落とす。5人中これで2人目。残るは優と美月含めた3人だ。
互いを庇い会うように一塊に陣形を組み直す。通報ではただ電獣としか言っていなかった所為で、たいした対策をできなかったのが現状だ。
このとき優たちは、情報の無さを痛感していた。
そうして身を守っていると、美月がある異変に気づく。優が美月の袖を引っ張っていたのだ。いままでこんなことはなかった。ただでさえ感情をほとんど見せない優が、こんなことをするわけがなかったのだ。
「……どうしたの?」
あたりを警戒しつつ、やや態勢を低くして美月が訊ねる。
すると優は恐る恐るといった様子で口を開き、こう言った。
「……僕は、あれを知ってる」
「本当に?!」
このときの美月の反応に優は一瞬ビクッと震えたが、もうそんな事をしている場合ではない。優は勇気を振り絞り、知っているすべてを話した。
――敵の正体はトカゲを模したリザードモデルだ。そしてその尾は超高圧電流により研ぎ澄まされており、どんなものでも切断してしまう。たとえるなら、レーザーのようなものだ。
そしてその弱点は、トカゲの特性にある。トカゲは天敵から身を守るため、自ら尻尾を切り離しそれをおとりに使う。それと同様に、リザードモデルは強い衝撃を受けるとその尻尾が切り離される。そしてその時やつは、必ず姿を見せる。そこを叩くのだ。
そうして優がすべてを話し終えると、美月ともう1人は少し悩ましい顔へと変わる。2人はいかに強い衝撃を与えるかを考え思い悩んでいた。ちょっと石を投げたとか、たまたま何かにぶつかった程度では尻尾を切り離すこともあるまい。だとすれば、本当にどうすれば……。一難去ってまた一難。勝機が見えた瞬間に、また新しい壁が現れたのだ。
「……あの人、あの時閃光弾使ってたよ」
優がぼそりとつぶやく。そしてそれを聴いた瞬間、2人はそろって頭上に豆電球を浮かべると、すぐさま閃光弾を取り出した。そしてそれは、美月が頭上に高く投げる。その動きを認識した瞬間、優も美月ももう1人も、すぐさま自分の視界を両腕で覆った。そしてそれとほぼ同時といったタイミングに、パンッと何かの破裂した音が響いた。――閃光弾の爆発音だ。
それを確認すると、美月はすぐさま立ち上がり周囲を見渡す。すると、手前の樹木のすぐ下に、切り離されたであろうリザードモデルの霧散しかけの尻尾があった。つまり、本体はすぐ近くにいる。幸い武器の調子も整っているし、見つけることさえできればすぐさま決着がつくだろう。
(本体は――見つけた……!)
美月はすぐさま引き金を引いた。そこから連射された美月の弾丸が、逃亡の最中であったリザードモデルの電磁の体躯に、まるで吸い込まれていくかのように命中する。すると、尻尾を切り離したことといい損傷が激しいのか、リザードモデルの体はだんだんと形を崩していった。電獣の死――というよりは崩壊のほうが正しいだろう――である。
形成していた体を失った電獣のコアはそのまま重力に従い地面へと落下すると、木の根に当たり一度だけ転がった。それを目にした美月ともう1人は一度深呼吸をすると、まるで力が抜けたかのようにその場に崩れ落ちた。
「また、仲間を失ってしまいましたね」
どこでもない遠くを見つめて、美月が言った。その瞳から流れているのは、雨が涙か、頬は少し赤くなっていた。
「そうだな。ちゃんと埋葬してやろう」
「はい……」
腕で顔を隠した美月。まぶたを閉じれば、同志の笑う姿が思い浮かんだ。
ははっ。すべての迷いをその笑い1つでかき消す。今はまだ、後ろを振り返るときではないのだ。
とそのとき、美月は優がいないことに気付いた。脅威は去ったからもう単独で危険ということもないが、なにせまだ優は10に満たない。さすがにそんな子供1人にでこの夜の森をさまようのは危険と見たのだ。
「優くーん。どこにいるんだーい!」
いつものように、口元に軽く手を当て声を響かせる。だが今は雨の手も強くなってきている。音はあまり響かなかった。
だが、その代わり、返事ではないが美月が耳を澄ませたことにより、1つ音は聞き取れた。ガキン、ガキンと何かのぶつかり合う音。優には加工したナイフを渡しておいたから、これは間違いなく優のものだろう。美月は何も疑うことなく足を運んだ。するとそこに待っていたのは、かつて聞いた復讐の光景だった。
狂ったように、それでいてどこか悲しげに、優は手持ちのナイフをひたすらコアに叩きつけていたのだ。電獣を自らの手で討伐できなかった悔いもあるだろう、敵を前にして怖気づいてしまった反省もあるだろう。しかし、これはそのどれでもなく、ただ復讐という目的のためだけに成されていたのだ。
そんな彼の姿を見たとき、美月はショックを受けていた。
彼はここまで深かったのかと。だからだろう、そのあとの行動は――。
美月は途端に、優の動きを止めようと後ろから脇に手を通し優の体を固定したのだ。それには優も激しく抵抗した。だが、
「優くん、やめなさい! あなたの気持ちはわかるわ、私も両親を失っているもの。でもね、でも、誰もそんなこと望んでなんかいないのよ! そんなことしたって意味がないの! 本当に大事なのは、死んでいった人のためにこの先を生き続けることなのよ!」
その言葉を耳に、一度優の動きが止まる。ひび割れたコアに、一粒の暖かい水滴がこぼれた。
しかし、
「……くっ……ぅるさい……離せよっ!!」
優は大きく体を動かした。
――そのときだった。優の手に持っていたナイフが優が突然動き出すと同時に美月の肩を切り裂いたのだ。しかもそのナイフはただのナイフではない。わずかに電気の通っている所為で、その切り口は火傷のようにやや焼けていた。
優は一気に血の気が引いたのがわかった。目の前の光景に言葉が出なかったのだ。
だが、美月は違った。彼女は、優をこの酷い環境から救い出すために、必死に足掻いたのだ。
「――っ!?」
優は絶句した。美月は優の体を抱きしめていたのだ。
何故、とも思った。だが結局答えは見つからない。
「……生きて」
ささやくように、優の耳元で三月がつぶやく。その瞬間、優は体中の力が抜けるようだった。まるで時間が止まったような感覚だ。すべての雨粒がとまって見える。
優はこのとき、美月に救われたのだ。ずっと復讐に囚われていた優に、一筋の光が見えた。その光こそが、美月だったのだ。
あの日以来、優は今まで以上に美月に心を開くようになっていた。幸い肩の傷も感知し、仕事にもなんら支障はなく、その後も変わらない毎日を送っていた。そしてそれは、優が成長し、清水に向かうとともに幕を下ろしたのだ。
――そして、時は戻り現在。
清水に向かったあの日以降はじめてきた先輩の名前。そしてその妹という少女。
優は何か、良くないものを感じていた。




