◇11-4◇
「優くん、もう見て平気だよ」
「お、おぉ……」
半信半疑で優は後ろに振り返った。
というのも、今までの間遥は優の後ろで着替えていたわけで。彼女としてもできることならせめて廃校内で着替えたかったところだが、この自然地区で1人になるのも危険で、結局優のそばで着替える形となってしまっていたのだ。
遥が着替えたのは下の服で、スカートからズボンに変わったくらいだ。上のほうは、遥は元々薄着だったからまったく動きが阻害されることがないため着替えなかった。優の場合も、別に女装趣味でスカートを履いているわけではないから着替えていない。言うなら、シャツの袖が邪魔だから軽くまくった程度だ。
「よし。じゃあ、荷物はどけとくか。一応な」
荷物といっても、大したものではない。肩から軽くかけた程度の小ぶりなバッグだ。GPSもそこに入っている。
救急道具や予備の弾丸なんかもそこに入っているのだが、体を動かす上では邪魔でしかない。
「うん、そうだね」
遥も意味を理解してか、軽く頷くとそれをすぐに茂みのほうへと置く。これでお互い準備万端だ。
これから行われるのは組み手だ。ただし少し趣向が違っていて、どちらかというか組むというよりはただの攻防かもしれない。基本的に優が防御側で、遥が攻撃側。そして、ひたすら遥が優に攻撃を当てるよう奮闘するわけだ。これには少し前に話していた通り銃も時折使っていて、遥は片手に銃を持ちながらの攻撃となる。これは実戦時に遥が俊敏性を保つための特訓で、打撃と射撃を同時に行えれば合格といったものだ。ついでに、優に見事一撃与えられれば尚良いだろう。
この特訓は以前実力テストがあったときにも一度やっていて、遥としてはあまり思い出したくない特訓だった。
「行くよ!」
「来い!」
この二言で特訓は開始された。
遥には戸惑う様子はなく、真っ直ぐと優に向かって突っ込んでいく。ただし右手に握られた銃からは極力攻撃を加えていた。いくつかの弾が不規則なタイミングで放たれていく。装填されているのは電磁弾。優には大したダメージのない弾丸だ。
優も遥の攻撃が始まるとすぐさま行動を開始した。遥の持つ銃の銃口をしっかりと見つめる。そして、そこが微かに光を灯したとき、体を動かすのだ。
銃を撃つとき、どうしても狙いを定めなければならない。そうしなければ、偶然でも起きない限りは命中などありえないだろう。するとその時、視線は必然的にターゲットへと向く。――優はそれを見ていた。
次々と単調な弾が襲ってくる。そしてそのどれもが、気が付けば優の背後へと通り過ぎていた。はっきり言って、遥は射撃の腕はあるが、その運動能力は人並みだった。時にすごい活躍を見せることもあるが、それきりということもある。
(それじゃあ、この先危険だよな……)
だからこそ、優はこの特訓を選んだのだ。
――優がすべての弾丸を避けきった後、遥は優のもとへとたどり着いていた。そして、開いた左手で優を掴もうと試みる。しかし、それも簡単にかわされてしまい、手を振ったときの勢いのまま遥はくるっと一回転した。そんな様子に優の動きがにぶった瞬間、遥の銃が火を噴いた。質量のない電磁の弾が一直線に優へと伸びていく。間一髪体をそらせてかわしたが、後もう少し近かったら当たっているところだった。
(どうやら、遥もわかってきたらしいな)
だったら、と、優はあえて遥を目指して走り出した。そして、そんな様子に少しばかりあせる遥。しかし、そんなことしていられないと、すぐさま次なる弾を撃ちだす。しかし、それはいとも簡単に避けられてしまった。というか、ほぼ、当たらない弾だったといえる。
相手の予想外の行動に脳内でパニックが起こり、そこから生じる焦りで射撃にいたるまでのプロセスがうまくいかなかったのだ。
そのまま優は真っ直ぐと走り、そして被弾確定範囲直前ですぐさま右折した。遥も目ではその動きを追えているのだが、体が――特に銃口を向けるのがそれに追いつかず、それからというもの結局優に銃弾が当たることはなかった。
「――はぁ、疲れたなぁ。遥、大丈夫か?」
疲労の所為か木陰で休んでいた遥に手をやった。遥もそれを見て、やわらかく笑顔を見せる。
「うん、大丈夫だよ。ありがとう、優くん」
優の手をとり立ち上がる遥。彼女はすでにスカートに履き替えていて、先ほどのズボンは優の持ってきた袋に積み込まれていた。
それにしても、と優が口火を切る。
「遥も、初めて会ったときより動くようになったよな」
「そ、そうかな?」
実感がわかない所為か、顔を引きつらせて聞き返す遥。そんな様子にはまったく目を向けず、優は話を進める。
「そうさ。あの頃は遥まだ銃もあまり撃てなかったじゃんか。それが今じゃ、命中率抜群の有能女子ガンマーだ!」
「なにそれ、あははは――」
このとき、あっ、と遥は思う。
あまりの可笑しさに気が付けば疲れなんて忘れて笑っていたのは、自分じゃないか。実のところ、遥は先ほどまで疲れと同時にある悩みを抱えていた。それは、自分が優といる資格があるのかどうか。なんてこと。それなのに、気が付けば楽しく笑っていた。その時改めて遥は思った。
この少年は、私の憧れであると共に、私を支えてくれる大切な人だと。
「ん、どうした遥?」
ぼおっと優の顔を見つめていた所為か、ここぞとばかりに優が視線に気付いた。
「いや、べ、べべ別になんでもないよ!」
思わぬ攻撃に焦り、かみまくりの遥だ。その様子に優は鈍いのか何なのか、まったくわけがわからないといった様子で首をかしげ、そんな彼に遥はほほを膨らませた。
――そんな時だった。
「――っ!?」
優が突然立ち上がる。その主な原因としては、何者かの視線を感じたことが挙げられる。まぁ実際はもうひとつあるが、それは後でいい。
「どうしたの優くん?」
「いや、今、誰かに見られてる気がして……」
「えっ?」
それからしばらく辺りを見回すが、それらしき影は見当たらなかった。気の所為か、と優はすっと座り込む。単に警戒しすぎということも考えられるし、きっと思い過ごしだろう。
「ごめん、なんでもないや」
「そう、ならいいんだけど……」
どうやら少し遥も不安になってしまったようで、優としては失敗した気分だった。
「まぁ大丈夫さ。遥は絶対傷つけないから。な?」
「…………」
顔を真っ赤に染めて、遥は俯いてしまった。どうやら逆効果だったようだ。次第に言った側の優まで恥ずかしくなってくる。考えれば考えるほど、恥ずかしい台詞だった。
しかし、こんな浮ついた状況を一気にひっくり返してくるものが、1つあった。
――それは、遠距離から投擲された1本のナイフだった。




