◇10-5◇
合宿の舞台となるここ守野丘地区は、その8割が森林で覆われている。災害前は自然公園のようなものがあった場所で、災害でも大して荒れることはなく、今もこうして美しく豊かな自然を見せ付けているのだ。
森の外れにある廃校も1つのオブジェのようにこの地区を飾っていて、以外と廃れては見えない。
宿泊施設のロビーに集合していた優たちは、現在はすでにグループごとに別れており、ただいまガイドと絶賛自己紹介中だ。
ガイドは黒髪に眼鏡の男性で、前髪で片目が隠れている所為か、感情は読みづらそうだ。
「私はガイドを勤めます、白石と言います。今日は1日、よろしくお願いしますね」
そう言ってそっと手を差し出してくる。まぁおそらくは握手を求めていることだろう。
それを察して、優たちもひとりひとり軽く自己紹介をして握手を交わした。
「神田です。よろしく」
「相沢です。今日はお願いします」
「古川です。よろしくお願いします」
「加賀美です。よろしくお願いします」
「斎藤、です。よろしく」
さて、これで挨拶も一通り終えただろう。早速自然観照に移りたい。
「さて、みなさんなにか見てみたいものや知ってみたいものなどありませんか?」
なんとなくガイドっぽく、白石が先頭を歩く。では、と、
「じゃあ、廃校に行ってみたいですね。すこし興味があります」
「なるほど。みんなそう言うんですよね。分かりました。では、行きましょう」
白石は森の奥を指差しながらそう言った。
――しばらく緑の道を歩き、だいぶ廃校に近づいてきたと思う。
「ねぇ優くん、なんで廃校に行きたいの?」
優のとなりにやって来た遥が、小声で言った。優はそうでもないが彼女は好奇心からかなんだかそわそわしていた。
「そうだな……遥の修行に使えるかなと思ってさ」
優もまた、小声で返す。不適な笑みを浮かべながら。
――話は出発前日まで遡る。
知っての通り遥の姉にして優の先輩でもある千尋に散々叱られた優だったが、遥が部屋にはいってきてからは、少しばかり真面目な話もしていた。
「……それで、遥はあの花を媒体にしたわけか。なるほど、たしかにあれは媒体としては価値が高いかもしれないね」
遥に叱られたのよっぽど気に入らなかったのか、小さな机に頬杖をついて千尋がぼやく。
「でも、あれどうやって戦闘に使うの? あんたらがやったみたいに誘導ぐらいしか出来なさそうじゃん? それじゃあ……」
「――それなら、私はサポートをするよ! 神鳴り殺しは地区に1人でも、そうじゃない私ならできるでしょ?」
ここぞとばかりに遥が前にでる。その勢いに圧倒されたか、千尋は口をポカンと開けてフリーズ状態になって……
「神田てめえぇぇ!!」
ない。むしろ何故かヒートアップしていた。
何故だ、まったくわからん。あ、いや、わかるかもしれない。よく考えてみればこの人も……
(妹大好きだったー!!)
「おい神田どういうことだ? お前にあれこれ言って忘れていたが、なんでお前がうちに来てる?!」
あぁもうヒートアップし過ぎて口調変わっちゃってるよ。いるよなこういう人。
なんて内心思いながら、ポーカーフェイスを崩さない優。ははは……と笑うだけだ。
「だからさっき言ったでしょ? 遥に一番最初にばれたって。それに、同じ学校ですしおかしいこともないでしょう?」
「ぐっ……」
千尋が苦虫を噛んだような表情になる。
「ね?」
ここぞとばかりに優が攻めにでる。
「ちっ、わかった。認めよう、遥に悪いしね」
そんな言葉にも、明らかに殺気が隠っている。
「だから、使い道を教えてほしいんですよ。まぁ、どうやら話を聞いてるとないみたいですけど。じゃあ、誘導するにしてもどうすれば一番効率がいいかとか」
「知らん」
即答だった。こればかりは優も完全フリーズ状態になり、遥も呆気にとられている様子だった。
「そもそも攻撃に使えないものは研究が進んでないのはお前も知ってるだろ? まぁ、大方私がたまたま聞かれただけだと思うけど?」
「まぁ、そうなんですが……」
そう、実際は誰に聞こうと決めていたわけでもない。ただ、千尋がそこにいたからダメもとで聞いただけだ。
……だが、ここまで呆気ないとは思ってもみなかったので少々驚いたのも確かだ。
「新しいことだ、お前が考えろ。お前がな」
「は、はい……」
最後随分と強調していた気がするが、気の所為ということにしておこう。その方が気が楽だ。
――というやり取りがあって、今に至る。
とりあえずいろいろとテストするに当たって、人気のない静かなところが欲しかったのだが、ちょうど都合よく廃校なんてものがあり、そこを下見しようと思ったわけだ。
(さて、いったいどんなところか……)
――そんなことを思っていた時代が優にもありました。
(……え、ちょっなにこれ……)
彼の前に立ちはだかったのは、もう使えないだとかそういうレベルの話ではないようなものだった。
優は唖然として立ち尽くしているのみ。
これはもう廃校というより、壊校だ。
所々瓦礫が散らばり、建物は骨組みが剥き出していた。いったい何が起きたらここまで破壊されてしまうのか、8年前の災害とは恐ろしいものである。
「こちらが、元守野丘小学校跡地です。今は基本的には廃校と呼ばれていますがね」
ニッコリと笑顔で解説をする白石。こんなところでそこまでの笑顔ができるのは、正直すごいと思う。
「これは、そうとうですね」
「そうですね」
またニコリと白石が微笑む。なんと不気味な様だろうか。少しずつ彼のことが嫌いになりそうだ。
ふと振り返ると、また感情の読み取れない顔をした人が無表情でいた。1Cの斎藤だ。彼女は本当に感情を見せない。まるでそれがないんじゃないかとまで思うくらいに。
「それでは、次にいきたいところ何て言うのは?」
白石が再び訊いてきた。まぁ誰が答えるにしろ、廃校と来たら次は湖だろう。そんなことはわかっている。わかりきっている。
――だが、実際はここで予想外の事態が起きた。
パチンと音が聞こえるや否や、優のからだが、わずかな空気の振動を感じた。
優は遥の肩にそっと手をおいて、軽く右手の指を弾く。これが、電獣出現の時の合図になっている。
いくら気付いても、速攻行動に移さなければ意味がない。だが、そう簡単に行動しては、周囲からの疑問を感じる。その結果少しでも有利になるためにと、遥にだけでも教えるのだ。
2人の間に緊迫した空気が漂う。心なしか、森の方もざわざわと揺れていた。
(来るな……)
1歩1歩、重みを感じる。
茂みから飛び出してきたのは、それから数秒のことだった。
出てきたのは猪型の電獣。ボアモデルだ。少し小さめのコアを中心にして体長約1メートル程度ある。
(これなら余裕そうだ)
「遥!」
優は彼女に合図を送る。それと同時に彼のベストの内側から銃を取り出す。勿論、正体がばれてしまうため学校支給の銃だ。だが、それでもある程度の威力はある。戦闘には困らないだろう。
優の合図を聞いた遥が、待っていたとばかりに敵の一直線上から脱し、銃を向ける。
「他の人は離れててください!」
優が周囲に声をかけると、まず加賀美が一目散に駆け出した。笑顔で……。おい……。
あとのメンバーは、普通に茂みに隠れていった。
さて、暴れるか。――なんて。
(猪なら正面に向かってくるはずだ。なら……)
優は闘牛を挑発するがごとく、猪の前にたつ。武器も構えず、ただ両手を開いて。そして、ボアモデルが優の思惑通りに真っ直ぐと突進してくる。それをすんでのところで回避し、隙ができたところで、遥がまず銃弾を打ち込む。――それはまた見事に電磁波の道を捕らえてた。
パッと小さく発光し、遥の放った弾丸はそのまま奥へと進んでいった。
そうしてボアモデルが動きを止めたところでとどめの一撃を優が即座に打ち込み、戦闘が終了する。ボアモデルは少しずつその形を崩していき、やがて消えてなくなった。
「さて、これで終了っと」
「いやぁ、流石でしたよ神田くん」
優と遥が銃をしまうと同時に、加々美が声を掛けてきた。
「噂どおりの腕前ですね」
「いや、別に大したもんじゃないさ……」
無駄に詰め寄ってくる加々美に押されて一歩引く。
「そんなご謙遜を。まだ1年の5月ですよ? それにしては流石です」
「そ、そうか……」
「はい」
ニッコリと笑いながら返事をする加々美。意外とこいつもあまりいい性格とは言えないかもしれないな。しかし、この辺で引いてくれたから、まァ少しはマシなほうだろうな。
「戦闘お疲れ様です。それでは、次に行きたい場所はございますか?」
茂みのほうから、今度は白石が戻ってきた。だが、少し落ち着きすぎだろう。いくらこの地区に住んでいるからといって、とても先程一目散に茂みに駆け込んだヤツとは思えない。
「え、えっと、じゃあ無難に湖で」
「湖ですね。分かりました。では、こちらにどうぞ」
そういって、また目的地を1度指差し、歩き始める。やはり、何か不思議だ。
優は1度廃校を目に映して、その場を歩き出した。
斎藤の視線を感じて振り向くが、どうやらそれもは思い過ごすだったらしい。




