◇10-2◇
国立神桜高校1年生。総勢360名の合宿先である自然地区の名は、守野丘地区。土見ヶ丘地区より約120キロほどの位置にある。
基本的には最近になって設立された4階建ての宿泊施設を中心に森林が広がっており、その中に小振りな池と8年前の災害で使えなくなった廃校がある。大方、その辺でキャンプファイヤーだか肝試しでもやるのであろう。いい加減その手のレクリエーションは嫌になりそうだ。
何かことあるごとにレクリエーションレクリエーション。なぜそこまでにみな騒ぎたがるのだろうか。『私』にはどうしてもわからなかった。
(そんなことよりも、私は彼に思い出してもらいたい。彼はなぜ覚えてないのか。そこがまず分からない)
バスはもう止まっている。理由として挙げられるのは数項目くらいのもので、せいぜい目的地に着いたとか、アクシデントが起きただとかそんなもんだろう。まぁ、実際は目的地についただけなのだが、それでも少し不思議な感じだった。久しぶりに壁外を目にしたはずのなのに、なぜだか彼女にはその実感が湧かなかったのだ。他の生徒郡はバスの中から見た時点で騒いでいたというのに、彼女の精神はいたって正常で、いたってシンプルなものだった。
ただ、こんなものか、と。なにを思うわけでもなく、なにを言うわけでもなく、ただ単に。
「あ、ねぇねぇあそこ見て。あれって例の神田君じゃない?」
「あ、本当だ。あの人すごい腕なのに、なんでD組にいるんだろうね?」
「ねー」
どうやらバスからでたばかりで外の景色に圧巻されるものばかりではなく、他のものに興味を示すものもいるようだ。まぁその対象はなんとも言えないが。
だが、彼女も他の生徒らが視線を向ける方向には、興味を惹くものがあった。それは、神田優と共にいる少年。見た目としては少し茶色がかった黒髪短髪でそこそこ背が高く、少しばかり適当な性格の彼だ。
彼女は今すぐにでも話しかけたい衝動に駆られるが、強者が弱者を黙らせるが如く、自らそれを押さえ込む。随分とストレスが溜まるものだが、それももういつものこと過ぎてあまり感じられない。
いつもいつも、彼には話しかけられない。なぜだかは分からない。だが、どうしても彼には近づけないのだ。別に嫌いだとかそういうことではない。ただなにか、なにかがないのだ。資格、とでも言うのだろうか、いまの彼女には、それがなかった。
(そうよ。私はこの問題を解決するまでは、彼と会ってはいけない)
そうやって自ら言い聞かせる事によって、いつもいつもこのどうしようもない感情をうまく押さえ込むのだ。
さて、気分を変えて、視線を空へと向ける。
空は青い。そんなことは当たり前だ。雲は白い。これもまた、当たり前だろう。だからこそ、そうやって認識できる。もしいきなり空が黄色とか緑とかになったら? もし雲が赤とか紫になったら? そうしたならばきっと、誰もそれを瞬時に空や雲だと認識できないだろう。一呼吸あって、それを始めてそれだと認識する。
そんなように、もし当たり前のことが当たり前でなくなったとしたなら、きっと認識できなくなる。だから彼女も、いつの間にか当たり前になっていたことから抜け出して、彼にしっかり向き合おうと決めたのだ。
「抜け道は、まだあるはず」
ふと言葉が漏れた。彼女はたまに、思ったことが漏れてしまう事がある。そんな人間なのだ。
意味ありげな一部青い髪を揺らして、銀髪の彼女は宿舎へと歩き出した。
――場所は移り、時も数刻前へ。
埃にまみれた崩れかけのコンクリート床の上で、2人の男が対談していた。
「黒斗さん、合宿という名目で、ココに来るそうですよ?」
フードを目深に被った男が、髪で左目を覆った男に言った。
「メンバーは?」
「標的に電核操作、それと最近なにかと付け回っている小娘が1人」
「そうか。幸か不幸か、随分と笑えない面子だな」
黒斗と呼ばれた男が不適に微笑んだ。
「そのほかに実力者はいないのか?」
「そうですね、電核操作と比べてしまえば、教員ともども脅威ではないですね」
「そうか……ならば問題ない。……電核操作、か。こいつは少し注意が必要そうだな。なにしろ、本職なのだから」
「そうですね。あいつこそが、我々が忌むべき存在、この時代の汚点ですからね」
フードの男は黒斗とは逆に、あまり冴えない表情をしている。どうにも不都合が多いらしい。
だがまぁ、きっとそれも時間が経てば消えてくれることだろう。不本意ではあるが、きっと彼らは楽しい合宿を送れるであろう。
そんな光景が、ふと瞼を閉じれば浮かんでくる。
「――未来奪取の時は近い」
黒斗が右手の指を鳴らして、小さな雷鳴と共にそう言った。




