◇9-5◇
ガチャンと鈍い音が風に運ばれ優の耳に届いた。春風とはもう言えない、なんとも湿った風が吹くここは教室棟の屋上だ。
いつの間にか空は青くなっていて、午前中に馬鹿みたいに降っていた雨がまるで嘘のようだ。薄っすらと架かった七色の橋を一目見てから、金属性の手動扉を開いてやってきた遥に目を向けた。
「よぉ遥。雨、止んだな。――それにしても、今日は散々だったな……」
「ツカサちゃんと涼子ちゃんのこと、大丈夫なの?」
「ああ。不味いだろうな。……ってか、どっちが女の子っぽいって言われても、あの2人の様子を見て女の子らしさなんてものを連想するのはなかなか難しいとおもうんだけどな。ぶっちゃけ俺に言わせれば、あの2人より断然遥のほうが女の子っぽいと思うんだけどな」
「え!?」
ひょんな優の一言に一瞬にして顔を赤くする遥。しかしそんな様子にはまったく気付きもしない優は、そのまま話を続けた。
「まぁ、でも、あの2人が実際どうかは分からないけどな」
と、ここで優はふと思う。ツカサや涼子については、家に招いた事もなし、女子力なんてものは日常の学校生活でははかることもできない。だが、
(遥は一番よく家に来る。しかもそのうちの大抵は家事をしていく。あれ? 遥ってめちゃくちゃ女子力が高い!?)
なんとなくのことだったのだが、思いのほか驚いた。
「ま、まぁその話を置いておいて、」
遥だけでなく優も顔を赤らめてしまい、話題を変える方向へと持っていった。
「雨も止んだ事だし、久々に飛んで帰るか?」
「う、うん。そうだね」
顔を見合わせるが、それはなかなかに恥ずかしいものだった。いままで遥の事を大して意識していなかった優だが、少しばかり、鼓動が早まったのが分かった。
優の言う、「飛んで帰る」というのは文字通りの行動で、彼の体質《超伝導皮質》を利用して、電獣のフォルムを形成させる《コア》の奥底に眠る特殊な力を引き出すのだ。
この場合は、質量変化、または重力操作なんかの効果があればいいだろう。
「これ、なんだか分かるか?」
「えっと、たしかそれがコアだよね? 効果までは覚えてないけど」
優はポケットから取り出したグローブを右手につけ、その手に握った四角い半透明のキューブを遥に見せた。それがコアだ。
遥には最近少しずつ新しいことを教えていて、このことも最近教えたのだ。
「当たりだ。ま、効果なんてのは、使えないやつが覚えても仕方ないからな、覚えなくていいぞ? ちなみにこれは質量変化の効果がある」
質量変化の特殊効果。使用者に隣接した物体を、コアを中心とした半径3メートル圏内まで軽量化する効果だ。
「さ、そろそろ行こう。つかまって」
「う、うん」
優は遥に軽く手を伸ばす。その手を遥がいつもどおり掴むのだが、先ほどの事もあってか、なんとも恥ずかしい。しかもこれから抱きつくのだから、尚更だ。
――刹那、爆音が遠方から轟く。
「――な、なに今の!?」
「ま、まさか!?」
いきなりの衝撃に手を繋いだままの2人の視線は土見ヶ丘の外れに向いた。それと同時に優に襲い来る強い空気の振動。遥ですら少しばかりの違和感を覚える。
「これは……、そこそこのでかさだな」
「行こう優くん!」
「よし。飛ぶぞ」
遥が優の背中にしっかりと抱きつくと、それを確認した優はコアを握った右手にそっと力を加え、特殊効果を発動させる。ゆっくりと吹いてきた風が2人の体を揺らし、やがて浮き始める。そのまま優は力強く屋上の床を蹴ると、勢いよく空へと飛び上がった。目的地は壁付近。電獣の出現場所だ。
電獣は、コアを核としてどこからか出現する電磁生命体だ。レミック電磁波によって構成されるフォルムをエスコード電磁波を行使して攻撃するなどの手段で撃破することができる。
もくもくとグレーの煙が立ち上る林の中。
人目につかないその場所は、どうやら電獣のちょっとした穴場らしい。まあそこまでは言わなくとも、少なくともその場所には爆発の原因となる電獣の他に、もう2匹の電獣がいたのだ。
象を模した形をもつエレファントモデルに、犬型のドッグモデルが2匹。後者のほうは俊敏性も高く、早いうちに手を打つ必要がありそうだ。
「さぁ、久々に働きますか?」
自分に問いかけるように、ぼそっと優は言葉を漏らす。
電獣に対抗する神鳴り殺しは、正体を隠して1つの地区につき1人が配属される。神田優はこの土見ヶ丘地区が担当の神鳴り殺しなのだ。
「遥、先に犬を片付けるぞ! 誘導弾で注意を引け!」
「了解!」
遥は肩にかけたバッグから簡易銃を取り出すと、鉛の代わりにレスビアンカという特殊な花を詰めた弾丸を装填、そして射出した。
その弾丸が樹木の幹に当たると、それに釣られるようにドッグモデルたちはその幹に集まった。
理由は明確で、レスビアンカの花には電磁的エネルギーを引き付ける作用がある。これを弾丸として撃ち出すことで、電獣の注意を引き付けることになるのだ。
「よし、まずは1匹!」
鈍い音を放ちながら、優の銃型電磁流兵器が火を吹く。無機質な光の弾丸が、一直線にドッグモデルの核――コアへと突き進んでいく。
甲高い破裂音と共にコアは砕け散り、電磁波で形成されたドッグモデルのフォルムはポリゴンが崩れ去るがごとく、粉々に散っていった。
「ナイスアシスト、遥」
優は遥に向けて言葉のグーサインを送った。
そう、最近遥は優のサポートをしているのだ。
神鳴り殺しへの憧れから神桜高校に入った遥は、いまは優の弟子に近い形でいる。それに、運命的な出会いをした遥は、優に絶賛片想い中だ。
「よし、もう1匹!」
立て続けに撃ち放たれた優の電磁弾が、残ったドッグモデルのフォルムを切り裂き、致命傷を与えた。
電獣は格を破壊する他に、一定量のダメージを与えることでも破壊することができるのだ。
優の弾丸が再びドッグモデルへと吸い込まれていく。そしてとうとう限界を迎えたのか、ドッグモデルは一瞬にして粉々に砕け散った。
これで、あとはエレファントモデルのみだ。
「さっさと終わらせて帰るぞ?」
「うん!」
ドッグモデルを狙いにしてはいたものの、遥の誘導弾には見向きもしなかった。つまり、エレファントモデルには無駄な小細工は効果がない。
ならば、正面からいって叩くしかない。
「はああぁぁ!!」
雄叫びを上げると共に、優はエレファントモデルに対して直線上を走っていく。
誘導弾が通用しない以上ただの電獣でないことは明白なのだが、あえて彼はこの道を選んだのだ。
後方に控える遥は、今のところただじっと彼の背中を見ている。見守っている、というのもあるが、それ以前に、彼女は好機を狙っていた。
比較的1人のほうが動きやすい――常日頃ソロだった優が敵を翻弄し、そこで発生した好機を遥がえぐる。そして最後に優が止めを指す。
これが、ここ最近の2人の連携だ。
戦闘は数にして2回と実に少ないものだが、それでも十分息は整っていた。
――チリッ。
遥の簡易銃から打ち出された鉛玉が、電獣の体表を掠めた。しかし、それはただの体表ではなかった。彼女が撃ったのは、電磁波の道。
例えるなら、電子回路の導線と言ったところだろうか。それを切れば回路に信号が通らなくなり止まるように、電獣もまた動きを止めた。
こちらの場合は自動修復が可能ゆえ撃破にはならないのだが、それでも、優が決定打を打つには十分の時間ができた。
グラリとその巨体を揺らすエレファントモデル。一呼吸でその右脇へと移動する優。
――そして、林に響く重低音。
青白い光が軌跡を描くと共に、きらびやかな電子の破片が空へと舞い上がる。
――エレファントモデル撃破。
これが、今この場で起きた現実だ。




