◇9-2◇
――さて、今現在優たちは、いつもの顔にいつもの思いをいだいていた。
それもこれも、すべてがクラス担任の所為と言うのだから恐ろしい。いつもの顔と言うのが、このクラス担任である大文字だ。
彼にしては珍しくチャイムと同時にクラスに来て、彼にしては珍しく優を助けるかたちになっていたのだが、最終的にはいつもの結末がやって来るのだ。
「あー、今週末は合宿だったー。いい忘れてたけど」
これだよ。
しばらくの間、教室を沈黙が支配する。大文字本人以外は全員目を点にしていた。そしてその脳内ではいつものように
(本当にこんな教師で大丈夫なのか?!)
心のなかで叫ぶのだ。
それにしてもだ、優たちが入学し大文字が担任になって1ヵ月経つが、週末に合宿があるなどというほど酷い知らせはなかった。精々、いきなり健康診断をするとか言うくらいだった。
「えーっとだな、とりあえず今週の金曜からだから、それまでに準備済ましとけ。今日は以上だ。じゃな」
それだけ言うと、大文字は新任クラス委員の田中蓮に目配せをすると、そのまま教室の扉開けて出ていってしまった。
目配せを受けた田中は、ゆっくりとエレキボードの前までいくと、絶縁ペン(ゴムペン)を手にとって、すらすらと文字をかきはじめる。
(なになに? 今日は午後なし? ――って)
「そんくらい自分で言えよ!」
咄嗟の突っ込みだった。
だが、それと同時にこの突っ込みは一瞬にして彼の黒歴史へと、変貌を遂げた。……かのように思われたそのとき、優の目に写ったものは白々しい痛い視線ではなく、それどころか(よく言った!)と言わんばかりのグーサインだったのだ。
「お、おう……」
この反応はなんとも返しづらいものだった。いやだが、このクラスの生徒は大抵皆大文字に同じ思いを抱いているから、とくに可笑しな対応でもないか。
そうしていると、廊下から予鈴が響いて聞こえてきた。これは朝学活終了と、そして1限目準備の合図だ。
「なぁ神田、今日の1限なんだっけ?」
後ろの席からやってきた幸一が声を掛けてきた。しかも、こんな質問をしたくせにその右手にはしっかりと体育着が握られている。
「……お前、分かってていってるだろう……。はぁ、今日は、電磁科は実習、普通科は体育です。ワカリマシタ?」
思い切り覚めてた視線を幸一に送る優。まったくおちょくるのは勘弁してもらいたいものだ。
「悪かったよ。もうこんな近くにリア充がいるとからかいたくなっちゃってさぁ」
「ふざけんな!!」
まったくふざけたヤツだ。
まぁなんにせよ、今日は朝から実習。この授業は優はあまり好きではない。しかしこれは彼の本職に近い。別に彼は仕事が嫌いというわけでもない。ではなぜ彼はこの授業が好きでないか……その答えはいたって単純で、周りの目である。
もともと目立つつもりもなければ出しゃばるつもりもなかったのに、あの新歓のとき以来、優はかなり目立っているのだ。そうであってはいけないはずなのに。コレでは下手をすればすぐにばれてしまうだろう。
(このままで大丈夫なのか……)
この先が思いやられる。まったくもって予測不可だ。
「んじゃ、そろそろ行こうぜ? 遅れちまうぞ?」
「ん? あ、ああ。そうだな。行くとしよう。――ツカサは体育だったな。たしか、高飛びだっけ? アレ苦手なんだよね。まぁでもツカサならいけそうだな。頑張れよ」
優はちょっとした音をたてながら席を立つと、ふと後ろを振り返って言った。ツカサはそれに対して体育着袋を軽くぶら下げてうなずいた。
「さぁて、行きますかぁ」
「そうしよう。遥、行こう」
「うん。ツカサちゃんも頑張ってね!」
笑顔で手を振る遥に、ツカサは苦笑いで手を振りかえした。それを確認すると、遥は優たちの後を追って教室から出て行った。
「――なんかなぁ……」
1人だけ……別にツカサ自身特に気にしているわけでもないのだが、なぜか、少し嫌な感じだった。遥とは中学のころ同様に接していて、優や幸一とも、ごく普通のありふれた友達という感じだ。……なのにどうして、
(こんなにも寂しいのだろう……)
引いていた椅子をそっと戻して、教室の扉を開ける。普通化体育の更衣室は、体育館の手前にある。そこまで行くのに、ツカサは教室すぐ近くの階段に向かった。
――すると、
「あれ?」
上の階、階段の影に隠れて誰かがいた。
(誰かな?)
あまり時間もなくじっと見ることはできないから、そっと覗く。それはどうやら1-Dクラスを見ているようで、銀髪に黒いヘアバンドの少女だった。ツカサにはどうやら気がついていないみたいで、熱心に教室を眺めていた。一体あの位置からなにが見えるのだろうか。少し気になるところではあるが、今は授業に行かなくてはならない。
(終わったら行ってみよ)
ツカサはそのまま階段上の少女から目を離すと、2階へと下っていった。




