◇9-1◇
「今日も雨かぁー。あぁー、怠いなぁー」
冷え切った机に顔を当てて唸っているのは、オレンジ色のショートヘアの井上ツカサだ。そんな彼女の様子に、優が苦笑しながら話をつなげる。
「ツカサは本当に雨が嫌いみたいだな。そんなに気になるのか?」
「みたい、じゃなくて、嫌いなのよ。そうね、気になるなんてものじゃないわね。正直言って鬱陶しいわ」
4月末から水泳部に所属しているツカサは、どうやら雨の日はプールだと寒いだとか、肌に絶え間なく当たってうざったいだとか、いろいろ思い悩んでいるようだ。おかげで今日も朝から気怠そうな顔をしているのだ。
「でもさ、2人とも仲直りしてくれて本当によかったよ」
優が後を向いて話していた形だったのだが、そんな彼の隣から声を掛けてきた黄色のロングヘアの少女は相沢遥。神田優の秘密を知る数少ない生徒の1人だ。ちなみに彼女はとある理由で部活には所属していない。
「いやま、別に喧嘩してたわけでもないしな。オレがちょっと面倒ごとに巻き込まれたってだけで……」
「そうそう。あたしが勝手にいろいろ言ってただけだからさ……」
心からほっとしている遥の様子に、2人揃ってなぜか心が痛む。特に優なんかは、ツカサには嘘をついているのだから。
実際彼が面倒ごとに巻き込まれたのは本当だが、あれはちょっとしたトラブルというより、思いもよらぬ事件に巻き込まれたという形であって、それをツカサにはいえない事情があって隠しているのだ。コレに関してはツカサをどうにか納得させるのに優はかなりの時間を費やした。
「まぁ、過ぎたことはいいとしてさ、遥は部活とか入んないの? 神田君もさ?」
部活か。と、心の中で優はため息を吐く。本心から言ってしまえば、部活に入ってみたいという思いはあるのだが、彼の職業柄、なかなかそういうわけにはいかない。
「オレは、いろいろ忙しい事があるから、部活には入らないんだ」
「私も、やりたいこととかあるから、部活はちょっと無理かな」
あはははは、と2人揃ってツカサには苦笑いでかえす。
「そうかぁ……。まぁ、部活が全てじゃないからね。――あっ、そういえば、あの代表の子は吹奏楽部だったわね。この間の休み練習しているのを見たわ。あの子も大人しくしていればいい子なんだけどね~……って、おや? 噂をすれば何とやらだ」
ツカサが視線を上げるのに釣られて、自然と優たちの目線も後ろへと移り1人の少女を映す。
「あはよう……って、何よいきなりこっち見て、気持ち悪い」
「いやー丁度今あんたの噂話をしていたところでねー。ってか、何よいきなり気持ち悪いって!?」
「何よ文句でもあんの!?」
散ってる散ってる……。火花が散ってる……。
という冗談はさておき、今優の目の前でツカサとなぜか張り合っている、右前髪だけ長いという不思議な紫色のツインテールの少女、古川涼子。彼女はこの学校の生徒会長の妹で、今年度入学した1年生の代表生徒という、行ってしまえば優等生なのだ。
ちなみに優たちは1-Dクラスと1番下位なわけなのだが、なぜそんなところに涼子がわざわざ出向いたかというと、それは神田優である。彼女は彼に会いに、このクラスまでやってきたのだ。この事実は分かりやすいながらいまだばれている様子もなく、実は当の彼女でさえ、まだ大した自覚がないのだ。
言ってしまえば、古川涼子は《自分の心にも鈍感な天然ツンデレ系女子》なのだ。
「おっ、やってるやってる。あいっかわらずお前はモテモテだなぁおい? 尊敬するぜ?」
今登校してきたところなのだろうか、バッグを引っさげて後ろの扉から入ってきたのは、優の3つ後ろの席の黒髪短髪男子、佐藤幸一だ。持ち前のボケというか軽さで、どうやら今日も優を困らせてくれそうだ。
「茶化さないでくれ。別にそういうんじゃないんだからさ」
「いやいやぁ、両手に花、いやそれどころじゃない。両目両足に花だってあるんじゃないか?」
「いや、それはもはや意味が分からないぞ? 第一、こんな状況困るだけだ」
「いやだねぇリア充野郎は。回り見てみろよ? お前結構目立ってんだぜ? ただでさえ、試験のとき大活躍だったんだからよ?」
そう、幸一に言われてふとクラスを見渡してみる優。
(――っ!?)
彼の言うとおり、優はかなり目立っていた。敵対フラグ、恋愛フラグ、友情フラグの山である。ほとんどの人の目線がチラチラと優に集まる。恋焦がれる女子の視線や、嫉妬に燃える男子の視線等、様々である。
(これはもうオレは逆に被害者じゃないのか?!)
自分の酷い様を、優自身笑えてきそうなくらい酷かった。
確かに、4月に行われた実力テストでは、テストではなくほぼ実戦というありえない状況下において、優は絶大な力を発揮した。正直言って、彼の作戦のおかげで負傷者ゼロで実力テストを終えることができたといっても過言ではない。
(――だが、これは流石に目立ちすぎだろぉ!!)
意識してしまうと、時折廊下を通る生徒の視線も感じてしまう。それともこれは自信過剰というヤツなのだろうか。いやちがう、これは十中八九見ている。
「まぁまぁ、そう意識すんなって。そのうち自然となくなってくって」
「お前の所為で意識してるんだろう……」
優は机の上に置かれた通学カバンに顔をうずめた。その様子に幸一も、どうしたもんかと苦笑いしか出て来なかった。
「まぁまぁ、だれも悪気はないんだ。それに怪我人もでなかったし、いいだろ?」
「オマエナァ……」
幸一は明るく笑っているが、優はどうもそういうわけにはいかない。幸一は知らなくとも、あの事件では少なくとも2人の人間が死んでいるのだから。
(そう上手くはいかないもんだよなぁ……)
遠い目をして、心の中で呟いた。
「――神田優!」
「――神田くん!」
「ふぇ!?」
そして唐突に掛けられる声。これは完全に不意を突かれ、優の返事は裏声になってしまった。
しかし、そんなことは全く関係なく、ツカサと涼子の2人は話を始めた。
「あたしとこいつ、どっちが女の子っぽい?!」
「私とこいつ、どっちが女の子っぽい?!」
本気でなにを言っているのかわからず、優は一瞬フリーズしてしまった。だがどうやらそんな様子にも2人はまったく気付いていないようだ。お互いにらみ合って火花を散らしている。
「おいおい御2人さん、あんたらの王子様は1人なんだから、1度に2人で訊いちゃ分からないだろ?」
そしてこの、幸一の的の外れたツッコミである。
優はまだフリーズから復帰できてても混乱の真っ只中だ。
「な、何言ってるのよ、別にそんなんじゃないわよ」
「そ、そうよ。別に神田くんがどうとか関係ないの」
「2人とも面白いねぇー」
分かりやすい2人の女子と、なぜ分からないのか不思議な1人の女子。よくもまぁ、話がかみ合うものだ。
「はっ! あ、えーと、2人が何がいいたいのかな?」
そしてようやく立ち直った優が話を進めようと奮闘する。しなければいいものを……。
「んだから、あたしとこいつのどっちが女の子っぽいかって話よ」
それは要するに、どちらが可愛いかとか、どっちがセンスあるかとか、どっちのほうが女子力があるかとか、そういう類の話だろうか。だとしたら、この話の内容は優には辛すぎるものだろう。
なにしろ、どっちを選んでも地雷を踏むからだ。――この戦いに勝ち目はない。
「「どっち!?」」
「あー、えーっとだなー……」(たのむ誰か助けて!?)
これはもう答えるしかないのか!?
いや、答えるにしても選ぶ事ができない。
優からすれば正直2人より遥のほうが女の子っぽい!
(うわーーー!!!)
突如陥った危機に苦悩する優。だが、そんな彼に最高のタイミングで最悪の人物が現れた。
予鈴がなると共に、優たち1-Dクラス担任の教員である大文字博が教室に入ってきたのだ。これを利用しない手はない!!
「おっと残念だな。もう学活が始まりそうだな。涼子も早くクラス戻ったほうがいいんじゃないか? 成績に響くぞ?」
「ぐっ、そうね。仕方ないわ、また後でこさせてもらうわ」
(――来なくてもいいんですよ?!)
そうやって心の中で叫んだ事でも表へは出さずに、表面へは笑顔だけを浮かべる優。なぜかは知らないが、なぜかこんな対応方法が慣れはじめていた。
「じゃあ、またあとでねー」
最後にそう言ってクラスから出て行く優等生さん。全く彼女には困ったものである。
背後から来る視線が優にはよく分かる。そしてすごく痛い。
(勘弁してほしいよ全く。なんで名前で呼んでるんだっけ……)
いや、別に忘れているわけではない。ただ、思い出すのも嫌になるくらいなだけだ。
全く、1日がこんなに重たいものになるとは、あの時は考えてもいなかった。――だが、優がこんな日常を楽しんでいるのもまた確かだ。
「いい地区だな……」
廊下越しに空を見上げ、小さく呟いた。




