◇7-4◇
「ツカサ、悪いけど先行っててくれるか、ちょっとした用事があるんだ」
「……いいけど、あんまり遅くならないでね」
「ああ」
テストも終わり学活も終わり、教室はすこし静かになりつつあった。
遥と幸一は先に帰ってもらって、優はツカサと話していた。このあとはツカサとカフェテリアで話す約束だが、その前に七日の用事を済ませなければならないということで、先に行っててもらおうと思ったのだ。どちらにせよ待たせることに変わりないが、それでも教室でただただ待つよりは、カフェテリアでまっていたほうがいいだろう。
ツカサのほうもそれには普通に了承してくれた。これであとは七日の用事を済ますだけだ。
(さて、少し早いかもしれないが、体育館裏だったな)
優は早速昇降口を介して、体育館裏へと向かった。場所としては第1体育館のほうだから、教室棟を出たら渡り廊下をまたいで少し走ればすぐに着く。体育館裏となれば正面に向かうよりもう少し走る必要があるが、なにせ何年間も修行を積み重ねたのだ、優には何の苦もなかった。
そうしてやはしものの数分で待ち合わせ場所についた優。しかしやはりというべきか、そこにはまだ七日の姿はない。
そして時間を潰していようにも、優は携帯ゲームなんかも類は持ち合わせていない。別にゲームが嫌いとかいうわけでもないのだが、昔からあまり同年代との交流も少なく、遊ぶより修行という形になっていた優とは無縁のものなのだ。社会にではじめた中学2年生辺りからは少し遊ぶようになったが、それでも1人でするゲームにはあまり興味がなかった。
「そういえば最近遊んでなかったな……」
フェンスに足を引っ掛けながら、ふとそんなことを思い浮かべてみる。
最近はやたら事件やら揉め事が多くて、なかなか遊んでいなかった。入学早々正体がばれるし、新歓では新たな組織と対面してしまうしと、ろくなことがない。
自然とため息をつく優。ため息を吐くと幸せが逃げるというが、もしそうだとしたらこの調子でいくとすぐになくなりそうである。
「はぁ……」
無意識のうちにでるため息はカウントしようがない。
フェンスを一定のリズムで蹴りながら、優はいくつか雲の散らばる青空を見上げた。そしてまた、ため息。
「こんな1日も悪くないかもな……」
とても澄んだ空だった。
――刹那、優の肌に何かがかすめた。それを咄嗟に感じ警戒の色を見せる。
触れたのは実際ただの風だった。低気圧から高気圧まで流れていくあれだ。そこまでは優にも即座に判断できたのだが、わからないのはそれと同時に感じたピリピリとしたエネルギーだった。
一瞬電獣かという思考も脳内をめぐったがそれとはまた違った気配がしていた。――まるで、人工的な何かのような。言ってしまうなら、町外れの、壁付近の森で遭遇したホーネットモデルと同じかそれに近い気配――電磁波、あるいはエネルギーだ。
「とすると、」
今のは相手に気付かせるためのフェイントみたいなものとなるだろう。優はまた、人口の電獣と対峙する事になる。
「ご挨拶だね、ご主人本人ではなくまたもプロトタイプ、さらには1匹とはさ……」
呆れと挑発の気を孕んだため息を1つ。また優の幸せが逃げていった事には目を向けない。
優の台詞にも返答がないということは、あくまで相手側は正体をさらす気がないということで間違いないだろう。まったく高みの見物とはいいご身分だ。
「……さて、今度はバッファローモデルですか。機動力を削って攻撃力を上げようという事かな? 単純だな」
優はELLアプリを起動させたライターで敵を見定めると、邪魔になるそれをしまった。ベストの内側から銃を取り出して構える。
「所詮プロトタイプ、コアさえ見えれば十分だ」
優はバッファローモデルとの間合いを完全に把握した。もともと既定の電獣の体の大きさというのは大きくてもコアを中心にしてレミック電磁波により形成が成せる範囲、すなわち半径3メートル圏内までだ。人口となればその壁を越えても可笑しくないが、それでもプロトタイプでそこまで作り上げるのは不可能に近い。
そんななかバッファローモデルの体躯は見たままだとコアから半径1メートルも使っていないから、半透明のキューブからそれ以上の距離を保っていればまったく問題はない。
気配を察知できなかったり、感じるものが電獣のそれとは違うところから、形成している電磁波はレミック電磁波ではないのだろう。しかし、対電獣と同じように電磁流兵器の放つエスコード電磁波で破壊できたという実例もあるのだから、苦戦を強いられる事はあまり考えられない。
そんな予想通り、ことはペースよく進んでいった。
突進してくるバッファローモデルに優が当たることはなく、そのすれ違いざまに打ち込んだ電磁弾が着々とバッファローモデルの体躯を崩していった。そしてたったの4、5発目で、プロトタイプとなる人工電獣はポリゴンのように光を放ちながら崩れて去った。
「いい加減、姿を見せたらどうだ? 近くにいるんだろう?」
優は辺りを見回すが、それで目に映るのは草陰から跳ねるバッタくらいのものだ。
「もう逃げたのか? くそ、こっちはこれから用事があるってのに……」
できることなら敵を追いかけたいところだが、場所も正体も分からない以上、無闇に突っ走るのは愚策といえよう。それにここでは七日と待ち合わせもしている。下手に行動しては優自身の正体がばれてしまう恐れもある。正体を隠しているというのは、こういうときばかり困る。まったく嫌なものだ。
「あ、神田くん」
第一体育館正面のほうから声が聞こえた。七日のものだ。
彼女はかなり急いでいたのか、息を荒くして走ってきた。優としては、そこまで急がなくてもよかったと思うのだが、まぁ彼女の事情を知っているわけでもないので何も言わないでおく。
「ごめん少し遅れちゃった」
「いや、そんなに待ってないから」
実際待ったが、これはもはや決まり文句だろう。実際優は退屈していたわけでもないので、気にはしない。
「それで、用事って?」
「ああ、それなんだけどさ……」
「ん?」
七日が優の後ろを指差した。それに釣られて、何があるわけでもなく優は後ろを向いた。しかしそこには何もなく――次の瞬間、優の後頭部に激痛が走った。
鈍くも強い痛みに振り返ることもままならず、揺れる視界、朦朧とする意識の中、優はただ、体が地面に倒れるのを待つばかりだった。
七日の顔は、目には映らなかった。
放課後の静かなカフェテリア、黄昏の空をただ眺める少女は、丸い形のテーブルに頬杖をついていた。
「来ないじゃない……」
この時の彼女は、何も知らな過ぎたのだ。




