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学園の神鳴り殺し  作者: 片岡 雅
-侵略者の使い:入学編-
47/110

◇6-1◇

「ん……あれ?」


 羽ばたく鳥と、降り立つ鳥と……そのどちらもが空を仰いだ。包み込むかのように柔らかい日差しが窓から差し込み、彼女の横顔を縁取っている。

 遥が目を覚ましたのは、あまり見慣れない風景の中だった。が、目が冴えてくるにつれ、段々とこの場所の事を思い出してくる。何度か訪れた白と黒だけの世界だ。


(ああそっか、私昨日優くんの家に泊まったんだった)


 昨日は、午後から集まり泊まりがけで勉強という苦行を成し遂げた。そこで遥はおそらく一番始めに寝てしまったのだろう。彼女にかけられた毛布がその証だ。

 心地よい春の朝、という感じだ。まぁ、実際まだ4月中旬、思いきり春なのだが。


(とりあえず、みんな起きてるかもしれないし下に行こう)


 昨晩はこのモノクロの部屋で3人でいたはずなので、1人というところから他の人は起きているかも、と思ったのだ。

 白のドアノブを回し、扉をあけ、そして階段をくだ……ろうとした。遥が足を止めたのは、階段のところに置き手紙があったからだ。

 その雑な筆跡から幸一のものだろうと察することができるが、いったい何が書かれているのだろうか。


『――おはようっす。神田か相沢かどっちでもいいんだが、大事な用事を忘れてたんで先に帰ります。あと、相沢が読んでたなら、神田を起こしてやれよ。それじゃあまた明日、学校で』


 幸一からのメッセージは、なんともお節介で間の抜けたものだった。

 がしかし、優を起こすというのは賛成だった。いつまでも寝られていると遥自身も困る。起きて誰もいなかったら嫌だろうから、勝手に帰るわけにはいかない。ぐっすりと寝ているところ悪いが、起こさせてもらうことにしよう。

 その手紙を片手に持ったまま、いままでいたモノクロ部屋のとなり、優の部屋の前に立つ。


「優くん、起きてる?」


 ノックと共に、扉の向こう側へ声を掛けた。……が、返事は返ってこない。そこそこ声は大きくしたつもりだったので、もし先に起きて下にいたとしても声を掛けてくるだろうから、やはりまだ寝ているのだろう。

 それからも、幾度か声を掛けるが、一向に返事の返ってくる様子はなかった。

 仕方ない。ここは強行手段で行くしかない!

 遥はごくりと息を呑み、彼の部屋のドアノブを捻った。


「優くん、起き――」


 遥は扉を開くと、思わず言葉を失った。

 机に伏せて眠っていた優の頬に、つうっと一筋の涙が流れていたのだ。いままで見たことの無い彼のそんな姿に、一瞬混乱して、そしてすぐにそれを理解した。


「かぁさん……」


 彼がそう、口にしたからだ。

 遥には、家族がいる。それは今まで彼女の中で当たり前に近いことだった。だが、彼はどうなのだろうか。いままで、彼の家族らしき人を見たことも聞いたこともない。何より今彼は1人暮らしなのだ。組織の問題で1つの地区には1人の配属となっているのは仕方がないが、それでも彼の家族はどう思っているのだろう。

 聞きたくても聞けない、そんな数々の疑問が遥の脳裏に浮かぶ。


(今起こしちゃっても、悪いかな)


 自然と口元が緩む。

 遥は、1度彼の部屋を出ると、なるべく音を立てないように、静かに1階のリビングへと向かって行った。



(意識が朦朧とする。何も見えない……あいや、瞼が下りてるだけか。それにしても何だろう、この甘い香り、どこか懐かしい、不思議な香りだな。まるで、あの日の……あの人のように――)


 瞼がようやく開いた。どうやらこちらは随分と長い間寝ていたようで、そとからはもう鳥のさえずりは聞こえてこない。

 昨晩は簡易問題集を開きっぱなしで寝落ちしてしまったらしく、自分の腕がスクリーンを開きっぱなしでエネルギー残量の少ないライターを潰していた。机が少し湿っているのは、なんだろうな。それに、なんだか目の辺りが痒かった。鏡を見ると赤くなっていたし、なんだろうな? 変な病気じゃないと良いけど。


「!? なんか、うまそうな匂いがしてくるな。なんだろう、トーストか?」


 下の階から漂ってくるバターの香ばしい香り、それに反応して腹の虫が騒ぎ始めた。


「とりあえず、1階に降りるか。もう皆起きてるかもしれないしな~」


 実際は彼が一番最後なのだが、そんなことは知らないまま、来ていたジャージをベットの上に放り投げて部屋を出た。そのまま香ばしい香りに誘われ、一歩、また一歩と階段を下っていく。

 リビングの扉を開けると、その香りは一層強くなり、耳にはジュージューと美味しそうな油の音が響いた。


「あ、優くん起きたの? おはよう」


「ああ、おはよう」


 ……って、ん?

 なぜかは知らないが、キッチンで料理をしているのは遥だった。器用な手さばきでレタスを千切りにしていた。

 優からしたら別にいいのだが、遥は少なくとも客人だし、やはりあまり進められるものではない。次からは朝早く起きようと、心に誓った。

 それと、気付かなかったがどうやら幸一はいないらしい。リビングのテーブルの上の置手紙に書いてあった。

 置手紙を読み、それからしばらく。


「はい優くん。口に合うか分からないけど、よければ食べて?」


 そう言ってテーブルに並べられたのは、トーストとベーコンエッグと、そしてミルクスープだった。

 というか、よければ食べてと言われても、この状況で食べないという選択肢は普通選べないだろうに……。


「いただきます……」


「いただきます!」


 挨拶をしてから優が一番初めに手をつけたのは、無難にベーコンエッグだ。口に入れて分かったが、どうやら遥はかなり料理には慣れているようだ。


「なぁ遥、いきなりなんで料理を?」


「え? いや、優くん起こすの悪いかなと思って、起きるまでに朝食作っとこうかなって」


「はぁ……」


 やけにニコニコしながら朝食を楽しむ遥、少し気味が悪い。


「遥、そんなにニコニコしてどうしたんだ?」


「ううん、なんか楽しくって」


「そうか……」


 それからまたベーコンを箸でつまんで口に放り込む。塩コショウの効いた絶妙な歯ごたえのベーコンだ。そして次にトーストに噛り付き、口の中一杯にバターの風味が広がる。

 素晴らしい朝食だ。純粋にそうおもう。日頃料理はそこそこやるほうだが、あまり朝は強いほうではないので基本的に朝食というのはパン一枚だけだったりなかったりなのだ。そのため、彼女の作ってくれた朝食はとても温かみを感じる。


「どう? 美味しい?」


「ああ、美味い。遥は料理が本当に得意なんだな」


「そうかな? でも、昔はお母さんも働いてて、1人でいることとかよくあったから、その所為かな?」


「へぇ……」


 素直にそうなのかと思う。優こそあまり誰かと生活することは少なかったものだから、遥の言っている事はよく分かる。おそらく彼も誰かがいたら、自分から家事をすることも何もなく、今のように自分から何かを取り組んだりはしないだろう。そんなところに、少しの共感を覚える。


「あ、そうそう、あのね、そのミルクスープ、私の自信作なんだ。飲んでみてよ」


「ああ」


 それは、優も先ほどから気になっていたものだ。どことなく暖かい甘い香りを漂わせたスープ。ミルクスープというくらいだからおそらく牛乳を主な材料としているのだろうが、一体どんな味か。

 優はそこのあるスプーンでいっぱいスープをすくって、口に含んだ。


「…………」


 言葉が、出てこない。なにか、忘れてはいけないものが欠けている気がする。

 彼女の作ったこのスープは、幼き日の思い出を思い出すような、不思議な温かみを思い出させるような甘い香りがした。それは以前どこかで1度口にしている味で、しかしそれがどこだかまではどうしても思い出すことができない。


「優くん? もしかして、口に合わなかった?」


 口にスプーンを入れたまま動かない優を不審に思って遥が声を掛けた。


「いや、そういうわけじゃないんだ。少し甘くて、すごく美味しい。遥、この料理、自分で考えたのか?」


「ううん。昔、お母さんに教えてもらったの。どうして?」


「……いや、なんでもない」


 まだ確信の持てないことはあまり軽はずみに言うものでもないだろう。とくに、こういう大事な事の場合は。


「ごちそうさま」


「ごちそうさま」


 それからまたしばらく、朝食を終えた2人。それぞれ自分の食器を台所へと運び水で軽く流して食洗機に入れた。


「ねぇ優くん、ひとつお願いしてもいいかな?」


「別にいいけど、なんだ?」


「あのね、実は……境界壁のそばに連れて行って欲しいんだ」


「え?」


 境界壁――地区ひとつひとつを囲む巨大な壁だ。現在はどの地区もその壁で孤立しているといっても過言ではない。

 確かに、そう距離はない。桜並木坂から見ると相当距離があるように見えるが、それとは反対に、坂を更に学校の反対側へ行けばそこそこ近い距離にある。

 そして、遥が優に頼んだのも頷ける。いくら壁で囲まれていようとも、いろいろな工夫が施されていようとも、100パーセント電獣の進入、発生を妨げることはできないわけで、町の中は稀だが壁付近はその確率も高くなり危険度も増す。だから神鳴り殺しである彼を連れて行くというのは正しい考えだ。

 しかし、なぜいきなり境界壁などに行きたがるのだろうか。それが彼には不可解だった。


「なんでいきなり、壁に?」


「んー、それはまだ内緒。ついたら、話すよ」


 そうか。

 まぁなんにせよ、断る理由もない。遥をつれていくというのはまぁいいだろう。

 とりあえずそのまえに……


「じゃあまずは、遥は1度家に帰ろう」


 そう。さすがに彼女の母親本人がいいと言っていたとはいえ、連絡ひとつだけで娘が男子の家に泊まってその上なかなか帰ってこないというのは、いささか問題がある。

 とりあえずまずいろいろと済ませてきて欲しいところだ。


「そうだね。それじゃあしばらくしたらまた来るね。勉強教えてくれてありがとう、また後で」


「ああいや、送るよ」


 荷物を持ってゆっくりと玄関に向かいながら話す。勉強だとしても、女の子1人を泊めていたわけだし、1人で帰らせるのもどうかと思うし、何より彼女の母親に悪い。


「あ、ありがとう……」


 そんな優の提案は予想外だったのか、遥はぽけっという顔をした。

 それから、靴に履き替え、軽い荷物を持って、家をでた。行き先は遥の要望どおり境界壁のそばだ。とりあえずまずは遥の家に向かうから少しはリラックスできそうだ。

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