◇5-7◇
午後の授業も無事終わり、カフェテリアでのアレから何もないまま、放課後を迎えていた。
これなら何もないまま家に帰れるな。……と、考えていた時も優にはありました。
「――優くん! 待ってたよ!」
昇降口外。教室棟の1-Dクラスからは階段を下りてすぐの位置にあるのだが、今日は優が掃除当番だったため、遥が先にいなくなっていたことにはつい先程まで気付かなかった。てっきり先に帰ったのだと思い、安心していたのが全てのも間違いだったのだ……。
それと、幸一が掃除が終わると共に走り出したのを不審に思わなかったのも優の疲労が溜まっていた所為かも知れない。
優がバッグを肩に掛けて昇降口にて靴を履き替え、そして外への扉をくぐったとき、それはやって来たのだった。
「ま、待ち伏せてたのか……」
屋上から帰れば良かった。本日の優の悲痛の叫びだ。
「ああそうだぜ。絶対に実技教えてもらうぜ?」
「何言っても無駄なのか?」
「ああ無駄だ。オレは絶対に引き下がらないぞ」
そういう幸一の目は、完全に本気の目立った。確かに、諦めてくれそうにない。幸一からは、勝負に生きる気迫が感じられていた。
優としても、彼のような負けず嫌いな人間が嫌いというわけでもない。しかしそれでもいいものだろうか。あまり周囲に干渉しすぎると、真実がばれる確率が寸断に増す。電磁科であるというところからその危険性も今までとは比べ物にならないくらい下がっているだろうから大丈夫という可能性もあるが――。
「……佐藤、オレはあまり人にあれこれ知られるのが好きじゃないんだ。オレから教わった事を絶対に口外しないと誓えるか?」
「ああ勿論だ。オレは約束は守る!」
「……そうか」
きっとこのことを知ったらサトシなんかにどやされる事だろうが、それよりも今は目の前にいる人間が優先だ。別に彼らだけが特別とか、そういうわけではない。――だが、彼らだから、という理由は無きにしも非ずだ。
「わかった。仕方ない、テスト勉強しようか」
「ああ! サンキュー!!」
幸一は優の腕を掴み激しく上下に振ると、バックを振り回していた。
それからいつもどおり校門を抜け、商店街へと続く十字路を抜けると、見慣れた桜並木の坂が見えてきた。テストの勉強は神田優宅で行う事となり、皆で向かっていたのだ。
横一列に、真ん中に優を挟んだ形で歩いている。ある意味では、優を逃がさないための保険といえるだろう。……実際は意味の無い保険だが。
さて、桜並木坂の相沢宅を見事に通り過ぎて、目的地へとたどり着いた。
いつものようにバッグのポケットに手を入れ、家の鍵を探る。そしてそれを手に取ると、慣れた手付きで手動施錠の鍵穴に鍵を滑り込ませ、ロックを解除する。
「さ、入ってくれ」
「お邪魔しまっす」
「お邪魔します」
遥からするとこれで2回目の優の家だが、幸一からすれば始めての優の家、旧式の家に懐かしさを覚えながらも、いささか殺風景な玄関に苦笑していた。
「笑うなって、1人暮らしなんだからそんなにいろいろいらないんだよ。……もう玄関は良いからさ、遥、佐藤をあの部屋に連れてってくれるか?」
「わかった。佐藤くん、先行ってよう」
「お、おう……」
あの部屋――つまりは2回の使われていない白黒の部屋だ。以前、遥が来たときもあの部屋でいろいろとやっていた。主に電磁弾とかで。
優はというと、自分の部屋に行く前に1度リビングからキッチンへと向かい、3人分のドリンクを用意していた。少し小さめの冷蔵庫から、麦茶を取り出しコップへと注ぐ。
(さて、了承したはいいが、何を教えればいいのやら……)
テストの事は、それがあるということしか知らされてはいない。中間テストや期末テストなどのように、範囲や内容が提示されていないのだ。そのおかげで、どのように勉強したら良いのか、さっぱりなのである。コレではさしもの優も成す術が見つからない。
(まぁ、これから考えればいいことか)
そういうことにして、おぼんを持ってゆっくりと階段を登っていく。バッグは邪魔だからリビングに置いたままだ。
2階に登ってすぐの優の自室の前を通りすぎ、次の扉の前にたつ。
「入るぞ」
長い間一人暮らしの日常を送ってる優には、この行動はなかなか新鮮に思えた。そしてそれと共に、少しの違和感も覚える。
そうしていると、扉の向こうから返事が帰ってきた。
「おー」
やはり違和感を覚える。なぜか、立場が逆のような気がしている。
まぁそれはさておき、、優は扉を開けた。
「やっと来たか〜。早くやろうぜ」
モノクロの部屋で、幸一は恐ろしいほどにくつろいでいた。小さなテーブルの下に足を伸ばし、だらんとしている。その様子に遥は苦笑いだ。
(さすがは自由人……)
少しの間、呆気にとられていると、また幸一が口を開く。
「なぁなぁ、どうしたんだよぉ、はやく始めようぜ〜」
まぁ、彼のいう通りでもあるため、一応始めることにする。
リビングにいたときから少し考えたのだが、勉強の内容は入試レベルでいいだろう。残る問題は、入試問題だ。
実のところ、考えたはいいが優は試験を受けていないために入試問題の内容を知らないのだ。
「遥、ちょっといいか?」
「え、うん」
「佐藤、準備するから少し待ってて」
佐藤はぽけっとした顔で首を縦に振った。
二人が部屋からでると、残された幸一は当たり前だが暇だ。彼はなにもない部屋で、変わらずごろごろしていた。
部屋を出た優は、遥の手をとり階段を下る。
「あのさ、入試に出た実技ってどのくらいのレベル?」
「へ?」
優の目の前の遥は口を開けてぽかんとしている。
「いやだから、テストがどんなんだったか知りたいんだ」
優もできる限り苦笑いで誤魔化そうとする。しかし、なかなかそううまくはいかない。
「なんで?」
「いや、勉強するにしてもどこをかなぁ……って思いまして」
「はぁ……」
納得はしているが、いまいちピンと来ていないご様子。
しかし、教えてはくれた。聞いた話では、5メートルからの簡単な射撃と、ELLによる索敵速度だそうだ。
これならまぁ教えられるだろう。
射撃の方は家の庭で事足りるし、索敵の方はライターのアプリで代用すれば問題ない。どちらも神鳴り殺しの十八番なので、教えることは容易い。
優は遥と共にもう一度階段を登ってモノクロの部屋に行き、幸一を呼んだ。
「佐藤、準備できたから外に出るぞ」
「おっ、待ってました!」
幸一は暇そうな顔からぱぁっと笑顔になると、鞄を抱えて部屋から飛び出した。そのまま階段を降りて靴を履き、外へ出た。
「なんであんなにはりきってるんだ?」
「さ、さあ……」
苦笑する二人である。
それからまた階段を下り玄関へと向かい、そして靴を履いて庭へと出た。
「さ、まずなにするんだ?」
幸一がミカンの木に寄っ掛かっていた。
「そうだな、索敵からかな」
「索敵だな、じゃあとりあえず……」
幸一はズボンのポケットからライターを取り出すと、電子スクリーンを展開してELLアプリを起動した。そして、準備OKという顔をする。
それを確認すると、優はペンライトをとりだし、スイッチを押した。ライトは広い家の壁へと向けている。
これは受験用なんかのために作られたもので、ライトからは光ではなく微量の電磁波が放出されている。
「よし、どこだ?」
幸一は優が死角に入る位置に移動すると、壁に当たる電磁波を探し始めた。そして彼が「見つけた」という度に優がライトの向きを変える。
一見遊んでいるような単純な作業だが、実はこれが意外と難しいのだ。そしてそれだけあって、この技術は人の住めない領域にて、素晴らしい効果を発揮するのだ。
「あぁ……、やっぱこれ辛いんだよな」
それから数分が経ち、幸一のチャレンジが終わった。
次は、優の番だ。だがしかし、実は優にはハンデがあるのだ。被災者――主に電獣に干渉した人間は、電磁波に敏感になる、ELL無しでも電磁波の流れを見ることができる、など、特殊なものが身につく。優も例外ではないため、彼にとって周辺の電磁波の索敵など、造作もないのだ。
そんな、圧倒的なスピードで索敵を続ける優を見て、遥も幸一もただ立ち尽くすのみだった。
こうして、また1日が終わろうとする。
黄昏の空を眺めて語るのは、幸一だった。
「オレさ、実は先週、電磁科に移ったんだ。どうやら電磁科の人数が少し足りなかったみたいで、運動能力の高い順に声を掛けられたんだ。それで、任意だったんだけどさ、この間神田たちと施設に行って思ったんだよ、オレもこの世界で行きたい、って。もともとやりたいこととか目標がなかったからさ、丁度よかったんだ。あでも、ちゃんと真面目に取り組むぜ? 自分で決めた道は絶対に曲がらないからな?」
時折遠い目をしていた幸一の横顔を、紅の光が照らす。
「だから実習の勉強を……でも、なんでそれを、オレたちに?」
「ああ、それは、神田たちなら信用できるかなって思ったからさ。新歓のときも、何があったかは知らないけど、何かあったんだろ? 『人のために動ける人間に悪いやつはいない』 昔、オレのばあちゃんが口癖のように言ってたんだ。だからかな?」
「そうか……」
他人には他人の、道がある。
おそらく幸一が道を進んでも、デメリットのメリットも優にはない。それと同様に優が道を進んでも、幸一にはデメリットもメリットもない。これはいいことなのか悪いことなのかわからないが、それでも、少し哀しいものがあった。他人の道と自らの道を照らし合わせ、重ね合わせることは、実に難しい。
流れ行く雲を数えて、ただ未来への道を眺めていた。




