◇5-3◇
「おい涼子、本当にココなのか?」
「ええ、聞いた話ではココよ……!」
息を呑み、覚悟を決め、優はそっとベッドの白いカーテンに手を添えた――。
現在、優と涼子の2人はやぶから離れ、別れたメンバーを追いかけて保健室に来ていた。
しかし、あろうことかすでに彼らはココを出た後のようで、受付の人に場所だけ聞いた。
国立神桜高の保健室は電磁科導入もあり、今年からは最先端技術に負けるとも劣らない施設となっていた。そのため去年まで教室棟にあった保健室が、いまは特科棟の1階にあった。
そして今、井上ツカサのいるはずの病室、302号室に来ている。
しかし、ベッドが2つあるのと、白いカーテンで中が見えない所為で、本当にツカサがそこにいるのか、今あっても大丈夫な状況なのか、などのことが分からなかったのだ。
受付の人の話によると、どうやらすでに意識は取り戻しているようなので、余計に焦る。まさに、パンドラの箱を開けるかのようなものだ。何がでてくるかわからない。
「よし、開けるぞ?」
「う、うん」
優の声に、涼子が深く、それでいて軽くうなずいた。
それを見て優は白いカーテンを掴む。そして――勢いよく引いた。
バッ――!!
そこに広がる光景に、2人、いや3人は同時に目を丸くした。
「ツ、ツカサ……」
「か、神田君……?」
「――なんか、不味かったみたいね」
涼子……もう遅いぞ。
優の表情が一気に引きつる。まさに……絶体絶命。
「キャアァァァッ!!」
ぐはっ……。
優の顔面に、保健室の消してやわらかくはない枕が叩きつけられた。鈍い痛みが、顔に響く。
白いカーテン、いや、硬くも脆い絶対防御壁の先にあったものは、ベッドにペタリと座り込んでしまったいたいけな下着姿の少女だった。
わずかに膨らみを見せた胸を覆う水玉模様の下着が、優の目に映ったのはもう、仕方ない事だ。不可抗力……というわけではないが、そういうことにしておく。
なにはともあれ、思いもよらぬ衝撃を受けた優は正面からの勢いよく迫り来る枕を避ける事ができず、結果床に倒れていた。
「神田優、大丈夫?!」
「あ、ああ。まぁ」
床で頭を打ったのか、後頭部をさする優に涼子が手を差し伸べた。その手を掴み立ち上がろうとする優だが、一瞬止まって、それをやめた。
理由は簡単、ツカサだ。今床に腰をついている状態だとツカサの下着姿は高さ的に優の目には映らない。しかし立てば、話は別だ。
「涼子、ツカサの着替え手伝ってやってくれないか。オレは向こう向いているから」
「はぁ、仕方ないわね」
「……助かる」
1度白いカーテンを閉めて、涼子はツカサの着替えの手伝いをすることになった。どうやら彼女はつい先程まで制服を着ていたらしく、今になって、しばらく安静にしたほうがいいということになって、制服から楽な格好に着替えようとしていたらしい。ちょうどそこで、優たちが来たというわけだ。……どちら側からも、あまりいいタイミングではなかった。
しかし……それにしても無防備すぎるだろう。誰かが来るとは思わなかったのだろうか。
「井上ツカサ、あんたなんでこんなところで着替えていたの? それにここで着替えるにしても、受付の人にでも手伝ってもらえばよかったじゃない」
そうすれば、優に下着姿を見られることもなかっただろうに。
「いいじゃない別に。――私が1人ひとりでもできるって言ったのよ」
ツカサはそう言って、目を逸らす。
ようするに強がっていたらしい。これ以上迷惑をかけたくないという感情も無きにもあらずだが、それとは少しばかり勝手が違うだろう。……きっと、まだ被災時について心の整理がつかず混乱していたのだろう。
そればかりは、涼子には理解できないものだ。
「着替え終わったわよ」
白のカーテンが再びレールを走って開かれた。
その合図はようやく立ち上がる優だったが、今度もまたツカサの意外な姿に衝撃を受けた。
「ん……」
猫のパジャマ。
ところどころに猫の顔がプリントされたパジャマ。それはなんというか、ツカサが着ているのがとても不思議に思えた。
コレまでのまだ短い学校生活の中でさえ、ツカサはいままで極力動きやすい格好で、強気な性格で、ボーイッシュと言ってしまうのが一番手っ取り早かったのだが、今のそれは、なんとも可愛らしい、というよりも女の子らしい格好だった。恥じらいに頬を染める姿は、まさにそれだ。
あまりの衝撃に優が1歩後退すると、ツカサに涙交じりの目で睨まれた。
「あ、いや、えっと、勝手に開けて悪かったよ。ごめん――」
「うるさい! 謝るな! ……だからその、私のほうこそ、無防備すぎたというか、警戒しなさすぎたというか……」
徐々に声と共に小さくなっていくツカサ。そのようすは、なんとも弱弱しく愛らしかった。
しかし今は、そんなツカサに聞く事、いや、言わなければいけないことが優にはあった。
「――なぁ、ツカサ」
「……なによ?」
優は息を呑み、覚悟を決めた。彼女がなんと言おうが、言い切る。
「オレも、ツカサと同じ被災者だ……!」
「……え?」
戸惑う表情を見せるツカサ、その顔を明らかに動揺している。
「さっきツカサが感じた電磁波は、オレも感じていた」
「……じゃあ、なんで……――!?」
そこで、ツカサは言うのをやめた。涼子にも優にも、その意味は分からない。ただ、ツカサがそれ以上なにかを言うことは、なかった。
4月の12日――この日は、さんざんな1日だった。




