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学園の神鳴り殺し  作者: 片岡 雅
-侵略者の使い:入学編-
37/110

◇4-7◇

 優の指は、いつでもその引き金を引けるよう、銃に添えられている。

 尾崎の額には薄っすらとだが、汗が浮かんでいた。

 優は彼の背後にいて顔色をうかがうことはできないが、遥たちからは見えている。そんなに危機を感じていないのか、まだまだ余裕の表情だった。現状を把握できていない涼子には、その表情は不審でしかない。頭部に銃口をあてがわれているにもかかわらず余裕の笑みとは、常人にはなかなか難しい。

 そうしていた尾崎がとうとう口を開いた。


「おい、いいのか? 少なくともそこの女は知らねえんだろ?」


 何を言い出すかと思えばそんなことか。

 心のうちで優は思う。尾崎はおそらく正体をばらさないようにする為優が手を引くとでも考えたのだろうか。だとしたらそれは――甘い。

 優の世界でもっとも嫌いなものは、漢字2文字で表せて足の多いこの世のものとは到底考えられないまじでキモイ物体だ。しかしその次に嫌いなもの、つまりこの世から消えてほしいもの第2位は――目の前の尾崎のような、電磁テロリストだ。


「そうだな。確かに困った」


 感情をもらさず、含まず、ただただ感情を持たない人形のような言葉を返す。その言葉に、一瞬尾崎が硬直した。想わぬ答えに困惑したのだろうか。

 それ以上に、遥の隣にいる涼子が困ったような顔をして。本当に、何がなんだか分からないのだ。


(まったく、ついて来なければよかったのに……)


 密かに愚痴をこぼす。


「おい! 1人や2人に知れて、正体がばれる事になるぞ? ここは監視カメラも多いからなぁ」


 すこしでも動揺する事を誘ってのことか、先程より強い口調で訴えかけてくる。尾崎の思考はどこまで危機を感じているのかは誰にも分からないが、その顔に浮かぶよくない汗だけは、誰でも分かった。

 よし、仕掛けよう。


「――この際、もうどうでもいいんだよね。涼子にばれたところで、口封じすればいいだけだ。それに、監視カメラなんて、さっきオレがあんたの攻撃受けた時点で、衝撃で完全にショートしてたしね」


「な、まさか、そのことを踏まえてオレの攻撃を……!?」


 明らかに動揺している。自分よりも年の満たない子供にしてやられたのだからまぁ、そうなるか。

 それじゃあ最後のとどめに、


「他に庇う理由なんてありました?」


なんて非常に冷たい台詞をもらす。尾崎に優が冷徹な人間としてイメージを植え付け、精神面を攻めるのだ。

 尾崎の武器を持つ右腕が少し揺れた。どうやら手の力が抜けてきたようで、効果は抜群といえる。


「お、おい、冗談だよな? あくまで政府の人間が、人を殺したりしちゃ不味いだろう」


「いつ、だれが、オレが≪政府の犬≫だと言いました?」


 この時点で、完全に尾崎が体を動かすのを止めた。彼の手からはすでに武器も滑り落ちていて、戦意も殺意も何も感じられない。

 実際、優はABNに所属している身であって、世間からすれば≪政府の犬≫ということになる。だが、今はそれを証明するものは何もない。彼の所持品には、基本的にシンボルマークは掘られていないのだ。

 ともあれこれで、尾崎の確保は間違いない。豚箱に送って、これで優の仕事(?)は終わりだ。


(それじゃあとは手錠を、と――)


 優はベストの裏に隠していた手錠を手に取った。

 刹那、静かな銃声があたりにこだました。サイレンサーでもつけているのか、恐ろしく小さな、それでいて冷めた音だ。同時に尾崎の体も大きく揺らいだ。

 そして、もう優の構える銃口の前には、尾崎の頭はなかった。


「キャアアアァァァァ!!」


 涼子が目の前で起きた状況に対して悲鳴を上げる。というより、先程まで悲鳴を上げなかったのが驚きだ。

 遥は何も言わずに、真面目な顔をして銃声の聞こえてきたほうへと視線を送った。それと同様に優も音のほうへ目を向ける。


「誰だ!」


 優が叫ぶ。

 暗闇、スチロール製樹木の陰に、何かが動いた。それが何かはさすがに暗くて視認できないが、形からして明らかに人間。

 そういえば、少し前に幸一が人影を見たと言っていた。あれがヤツの事だとするならば、ずっと優たちを追っていたことになる。つまり、尾崎と同じ団体に所属している可能性が高い。

 そうなると、ヤツは尾崎を口封じするためにいたということか? もしくはただの監視役なのか?


(くそっ、流れが掴みづらい)


 しかし、ヤツが監視役にしても、放って置くわけにはいかない。しかし、今は遥や涼子たちもいる。まだ連中の仲間がいるかもしれないこの状況で2人をおいていくのは愚策といえる。


(いまは、追えない、か)


 優は影のほうに電磁段を撃ち牽制してから、遥達の元まで少し歩いた。

 影はそれから姿を見せる事もなく、どうやらこの場から撤退したようだ。コレでしばらくは安心してもいいだろう。あとは、涼子の事をどうするかということだけだ。


「あんた、一体なにものなの?!」


 せっかちというかなんというか、早速涼子が問いかけてきた。

 その質問には答えようと想っているが、果たしてなんと答えるべきか、優の頭の中ではまだ整理がついていないのだ。

 さて、なんといったものか。


「――オレは――」

「――まって古川さん。それは私があとで説明するから、今はそんなことより早く皆と合流を!」


 遥が困る優をかばって涼子に言った。

 しかし――


「いいんだ遥。ココまで来て今いっとかないと、後で騒がれても困る」


 優は、すでに涼子に話すことが決まった。

 もうここまで着たら、後戻りはできない。……そんなことは遥のときも同じだった。だから、遥のときと同じように言うだけだ。


「古川さん。これは、必ず他言無用でお願いしますよ? 絶対に口にしないでください」


 優が顔を近づけて、優の瞳を涼子の瞳が捉えた。その想う眼差しに、涼子は少し身を引いている。

 ごくりと、息を呑む音が聞こえた。


「オレは、あなたや尾崎が想像していた通り、ABNの人間です……!」


 ABN――つまりは神鳴り殺し。

 古川涼子が一体神鳴り殺しにどういった意見を持っているか、どういった見解の持ち主か、なんてことは優にも遥にも分からなかった。ある意味この告白は賭けに近い。

 だが、その答えは実にシンプルで簡単なものだった。不信と、嫌悪。

 それは真実を告げられた涼子の、怒りと忌み嫌う感情のないまぜになった表情からは明白だ。


(どうせそうだろうとは想っていたが、やはりそうか)


 そんなことしかもう優の頭に浮かぶものはない。もうすでに諦めているのかもしれない。――認められることを。

 べつに、組織の中で軽蔑されているわけでも軽視されているわけでもない。ただ、それとはまた何かが違うのだ。この道を決めて、歩みを始めたあの日から、すべて変わっていたようで、実は変わってなんていなかった。

 いくつもの、いつからかの感情が渦巻く中で、優はそのどれも表には出さず、ただ笑って続けた。


「きっと、オレとあなたとはこの学校でもう関わることはないでしょう。クラスも違うし、すれ違う事すらほとんど皆無なはずです。――ただ、オレの事をどう思ってもかまいませんが、そこにいる遥だけは、普通の人間として見てください……」


 それだけ言うと、優はそっと立ち上がり、歩き出す。


「…………」


 この時の心のうちは、誰にも見えるものではない。ただ、遥はなんとなく、その内側を見た気がしていた。いまでは珍しくもないはずなのに、なぜだか普通とは違って思える。それは自分にもあるからなのか、それとも彼のことを思っているからなのかはわからない。

――孤独――

 それが、遥が見たすべてだった。

 彼女の隣の涼子の表情はもう背を向けてしまっている優には分からないものだろう。しかし、この時確かに、涼子は泣いていた。

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