◇4-4◇
もうそろそろで7Dブロックとの境界線だ。道がまた、広さを増した。
こころなしか先程よりも明かりが強くなっている気がして、そんな思いがけない変化に歩くスピードも上がっていた。
(なのに何でかな? あんまりいい気がしないんだよな……)
優はいつもどおり、心のうちで思考を巡らせる。これは他人との接触を最大限減らすための行動で、いまでは当たり前の行動になっている。彼は以外と心配性かもしれない。
「さて、ここから何が出てくるのか」
誰にも聞こえない声で、ぼそりと呟いた。遥もしばらく前から前の方へ出ていて、聞いてはいない。もちろん通信機の電源も切っているので、今度こそ誰も聞いてはいない。――と、思っいたのだが、
「――だよな、もう脅かされんの勘弁だぜ」
背後から声。正体は声から察しがつく。だがなぜここにいる?
優は多くの疑問を持った末、勢いよく後ろを振り向いた。するとそこには――やはり、声の主である幸一がいた。
「お前、何でこんなところに……」
「途中ではぐれちまったんだよ。オレが驚いているうちに、気づいたらどこにもいなかったんだ」
たしかに、先程も隣接したブロックから悲鳴が聞こえた。しかしそれが幸一のものだったとしても、まさかここまで追い付くなんて。
いや、おそらく幸一は咄嗟に走り出したのだろう。そうすれば、はぐれたのにも説明がつく。
通信機を持っていなかったことの結果がこれか……持ってきていてよかったと、優は心から安堵のため息を吐いた。
それにしても災難だな。幸一が抜けたことで、彼の班はゴールできないのだ。彼がそこにいくまでは。
「佐藤、お前あとで班員に謝れよ?」
「なんでだよ?」
ダメだ。さすがはお祭り柔道バカだな。
「あれ、あそこにいるの、大文字先生じゃね?」
幸一がスチロールの木のほうを指差していった。
優もそちらへ顔を向けるが、そこには人影のひとつもない。
「誰もいないぞ?」
「おかしいなぁ、確かにいたんだけど……」
「見間違いじゃないのか?」
「そう、かもな。忘れよう」
そもそも、距離的にシルエット以外見えるはずがないのだ。それを見たとしたら、幸一は夜行性かなにかだと思う。
他の班員を見ても、なにかに気づいたりだとか、なにかに脅かされただとか、そういう様子はひとつもなく、変わらず歩いている。おそらく先のは幸一の勘違いで間違いないだろう。
「そういえば、こっちに来てからめっきりお化けが減ったな」
再び幸一が口を開いた。
「そうなのか? オレは元々変わんないけど?」
「そうなのか?」
この話もまた微妙な形で終わったな。
確かにいままで気にしていなかったが、優たちの班はまだ片手で数えられる回数も脅かされていない。周りから聞こえてくる悲鳴の量から考えれば、すこし少ないのだ。
一番最後にスタートしたからか?
それともこの道が当たりなのか?
そんないくつかの思考が、優の頭のなかを駆け巡る。
――するとその時、体育館中にけたたましい程のサイレンの音が鳴り響いた。
いきなりの騒音に耳をおさえしゃがむ幸一。それと同様にみな、耳を強く押さえていた。
『開館から15分が経ちました。これより、館内可動式壁操作を行います』
サイレンに続き響き渡るのは、高めの機械音だ。
『繰り返します。開館から15分が――』
それからもう一度放送が続く。
館内可動式壁操作を行う。
これはどういう意味だろうか。まさか、迷路の最中に可動式壁を動かすというのか? それはつまり迷路の初期化を表す。いくらゴールの目の前にいようとも、即行で行き止まりと化してしまう。
「なぁ、神田、これってまとまってないとやばくないか?」
「ああ、そうだな」
幸一の意見には優も賛成だ。いつのまにか前のほうとの距離が開いてしまっているし、それにもう位置的には境界線の目と鼻の先と言っていいだろう。しばらく前から、あの嫌な光が視界の中にあるのだ。
「行くぞ佐と――」
優の口から言葉が出てこなかった。僅かながら空気の振動を感じたのだ。それとともに、嫌な波も。
すると、それと同時に悲鳴も聞こえてくる。
「イヤアアァァァァッ!!」
頭を抱えていきなりしゃがみこんだツカサの声だ。しかしその理由原因が分からないためか、その近くにいた遥や七日たちはどうしたらいいのか分からないでいる。それもそのはずだ。彼女達には、この僅かな空気の振動に気付く術を持っていない。遥ならもしくは……、そう思う優もいたが、そんなことはなかった。
そしてここで、以前遥の言っていた言葉が不意に優の脳裏に浮かぶ。
――ツカサちゃん、《とある事情》で神鳴り殺しが嫌いなの――
そのとある事情とやらが一体何かはまだ分からない。だがおそらくいまツカサの陥っている状態、それは――《恐怖》だ。
(彼女は被災者だったのか……!)
被災者――それは8年前突如現れた電獣に、直接的あるいは間接的に被害にあった人間。基本的に電獣の被害にあった人間は、電子的エネルギーに敏感になる事が多々あり、ツカサがその1例だ。
「おい、神田、井上のヤツ大丈夫なのか?」
そうだ、今はまず考えるよりもツカサの安全を確保しなくてはならない。
「佐藤、今すぐ急いでツカサをココまで運んできてくれ!」
「あ、ああ」
そう言って幸一に指示を出すと、それと同時に優も彼女達の許へ走り始めた。
「皆、急いで戻れ!!」
「え、なに?」
「なにがあったの?」
「いいから、急いで早く戻るんだ!!」
そこまで言ってようやく6Dブロックに戻ってきてくれた。そしてそれとは反対に、優は7Dブロックへと向かい駆け出した。
鈍い機械音が耳に届く。おそらく可動式壁の操作が開始したのだろう。道が完全に封鎖される前に、無効のブロックに映らなければならない。
「優くん、私も行くよ!」
「私だって、仲間はずれなんて絶対に許さないんだから!」
「な、お前らなんで!?」
ついてきた遥と涼子に気づかなかったのは、優が焦っていたかもしれない。




