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学園の神鳴り殺し  作者: 片岡 雅
-侵略者の使い:入学編-
32/110

◇4-2◇

 呆れたため息と白い眼差しが同時に優に向かって突き刺さる。その視線は、すべて彼の前へと伸びる腕へ向かっていた。

 右手が何か柔らかいものに触れている。手に掴んでいた筈の物はこんなに柔らかいもののはずはなく、もっと金属的で硬くてひんやりとした、角のあるものだ。それにくらべ《これ》は、角もなければ柔らかく暖かい。この眠気を誘うような暖かさは一体何なのか……。


「はっ!?」


 ふと気付けば、優の右腕はしっかりとその正面に立つ遥の胸を捉えていた。なぜか、なぜこうなったのか。など、すべての原因は少しばかり考えると出て来るものだ。

 まず、今の今まで彼が何をしていたのかを考える。


(オ、オレは確か、道の途中で――ヤ、ヤツを視認して……)


 そして次にこうなった経緯を思い返す。とそこで優は、絶句すると共に心から遥に感謝した。

 思いがけない天敵《蜘蛛》の出現で脳みそ沸騰スーパーパニックに陥った優は、反射的にヤツを撃ち落そうとベストに手を伸ばし銃型電子流兵器を手に取ろうとしたのだ。そしてそれに気付いた遥が、優がそれを手に取るより早く彼の腕を掴みどうにか阻止したところ、パニック状態の優にはそんな工程にまったく気付かず腕を伸ばし、現在に至るというわけだ。

 そのことすべてに気付いた瞬間、周りから来る視線はうんと痛いものになった。

 それと同時にいまだ自分の腕が彼女の胸を鷲掴みにしている事に気が付き、咄嗟に距離をとる。


「あ、ああ悪い! オレつい我を忘れて、あ、いや、あのその――すいませんでした!!」


 重力に逆らっているのではないかというほど、すばらしい90度を作り出した。後ろから見ていた人からでは、彼のシルエットはあたかも上半身が無くなったかのように見えていることだろう。


「このことは、あとでしっかりと話してもらいますから」


 さすがの遥もコレばっかりは若干お怒りのご様子だ。すこしピリピリとしたものが伝わってくる。

 いまからこの状況をどうしようかと思い悩む優である。


「神田優、あんたちょっと大胆すぎない?」


「さすがにこういうところで……いくらくらいからってちょっと……」


 ツカサと涼子がほぼ同時に罵声を浴びせる。先程までいがみ合っていたのが嘘のようだ。今の状況では息がピッタリといっても過言ではない。


「神田君、不潔です」


「…………」


 一番後ろで歩いていたはずの七日ですら、なぜか見ていた。そしてまたコレも同様に罵声を浴びせる。田中に至っては代わらず無言だ。優としては、何も言われないのは逆にショックだ。

 しかし、こういう状況が初めての優には(何度もあるのは逆に問題あるが)、いったいどのように収束すれば言いのかがまったく見当もつかない。

 おかげで折角整理できた頭の中も再び混乱の世を迎えてきた。

 巡り巡る罵声の数々と柔らかい感触。どれも忘れたくても忘れられない黒歴史と化していった。記憶の真に深く刻み込まれたものは消して消えはしない。これから優はこの記憶を背負って生きていくのだ。


「ああ、こんなことって……」


 結局のところ、優が最後尾につくことになった。そしていつの間にか陣形も崩れ、ツカサと涼子は優の陰口をこぼす始末。本人は少し聞こえているからそれはもはや陰口ではなくただの悪口だが。本人達は気にしていないから陰口だ。

 七日と田中のほうは、優に変わって先頭を歩いている。


「ご、ごめんね。もっとうまく止めてれば」


 先程まで怒り気味だった遥も今ではすっかり収まり、返って謝り始めていた。それを優も可笑しく思い止めさせようとするが、なかなか離れない。


「いや、悪かったのはオレだから謝らないでよ。なんか情けなくなってくるから……。――ありがとうな、さっきは止めてくれて」


「ううん。優くんにいなくなって欲しくないもん」


 相変わらず、言いづらい事をさらっと言う。しかしそんなところもまた遥の長所かもしれない。ひそかに心のうちで思っていた。

 俯いてしまっている上にこの暗闇なので細かいところまでは分からないが、笑っているのは確かだろう。


(さて、いつまで歩けばいいものか……)


 いろいろとトラブルも起きたりしたが、一応ここまで順調に進んできている。しかしどのブロックでも分かれ道はなく一方通行でやってきたので、そろそろ分かれ道に出くわすかもしれない。その時はどのように決めようかと、いささか悩む優である。


(いや、いまはそれより、歩くことに専念しよう)


 そう、先程よりも歩くペースが上がっているので、速度が速くなっているのだ。原因はツカサと涼子がすたすたと歩くようになったことで間違いないだろう。ありがたいようなありがたくないような、微妙なところだ。


『あ、次のブロックまであと少しです』


 しばらくぶりの通信機だ。先程2人のいがみ合いのところで切っていたのだが、いつの間にか再びスイッチが入っていたようだ。

 声の主は七日。どうやら先頭に立って慎重に進行しているようだ。優のほうから見るとしばらく前のようにスカートを掴んでソワソワしている様子もなく、きびきびと動いていた。これもおそらくはすたすたと進んでいる所為だろう。そこのところは、ありがたいものだ。

 しかしどうやらそのブロック移動は縦方向ではなく横方向らしい。分かれ道ではなく方向転換と来た。これは少し予想外だ。いや、普通に考えれば優なら浮かぶ発想なのだが、何せ今は少しばかりパニックが残っていてそれどころではなかったのだ。

 この時誰かに見られていた気がしたのも、さして気にならなかった。

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