◇3-3◇
体育館。生徒総勢432人に加え、教師総勢35人、計467人がそこに集まっていた。
優と幸一は生徒会室にいた事情から他生徒とは別で舞台裏で待機しているのだが、それでもざわざわと私語やらなにやらの騒音が耳に届いていた。しかしおかげでレンズの説明もできたので、今のところはよしとしておこう。
『静粛に! 静粛に! それではこれより、第62回、新入生歓迎会をはじめます。まずは、生徒会長挨拶です。生徒会長の古川幸男さん、お願いします』
武副会長によって、とうとう開幕された新入生歓迎会だが、どこか不安なものがあった。なにごともなく1日が終わってくれるとありがたいのだが。
幸男は幸男で、慣れないレンズにすこし緊張でもしているのか、舞台裏からは少しそわそわしているように見えた。しかしここで失敗すれば全校生徒からの非難の眼差しを浴びる事になるのだから、さすがの彼もうっかりミスはしないだろう。そう願っている。
幸雄が一歩前へ出て、そして一礼、更に一歩前へ出る。
マイクを掴むと共にスイッチを入れたのか、カチッとひとつなる音が1秒ほど響き渡った。
「えー、みなさんこんにちは。只今紹介に預かりました、今期生徒会長の古川幸男です。もう1週間と経ちますが、新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。この話は入学式当日にした話ですが、私は皆さんの先輩として、いまでも尚様々なお手伝いをしていきたいと思っております。私の兄妹も今年高校1年生を迎え、本校に入学してきましたが、まだまだ半人前です。ですので、これから何か困った事があったときは、是非とも我々にたずねてもらいたいと思います――」
それからも、我々生徒会は目安箱なるものを設置しているだとか、授業がわからないときは先生に聞きましょうだとか、学校敷地内のビオトープでは静かにしましょうだとか、当たり前のことやごく普通の話を、過去の文章の継ぎ接ぎでうまく話していった。
言葉に躓いたり、話が不自然になったり、そんな様子を微塵も見せない彼の姿は、そういうところだけは生徒会長というにふさわしいものだった。
彼のあの性格が妹公認なのか非公認なのかは別として、今のあの兄の姿は実に誇らしい事だろう。
そんなことを頭に浮かべていきながら、優は淡々と語られる話をただ聞いていた。
「そして、私は部活動にもしかと専念していただきたいと思っています。そうして文武両道を図り、自らの将来を勝ち取ってほしいのです。誰しも得意不得意がありますが、そんなものは関係ありません。好きなものを磨き、嫌いを減らす努力をし、そして苦手を埋めていくのです。基礎学力は必要ですが、そこからはあなた達1人1人の世界。神に与えられた、なにものにも干渉できないあなた達だけの世界なのです」
ようやく8分と経ち、原稿もあと数十文字で終わるところまで来た。終わりの部分は若干何かしらの宗教――言ってしまえばアール神教の聖書の一文だ――が入っていたが気にはしない。とりあえずすべては原稿をなくした幸雄会長の自業自得なのだから。
『幸雄生徒会長、ありがとうございました。それでは次に、新入生証書授与――』
やっと一難が去ったようで、武もホッとしているように見えた。こちらに戻ってきた幸男はあからさまに胸をなでおろしている。一時は彼の所為でどうなる事かとさえ思ったが、なんとか乗り越えられたようだ。今度サトシに何か礼をしなければいけないな。ラーメンでいいか。
「いやー、神田君助かったよ。やはり君は涼子にふさわしい男だ!」
まかせたと言わんばかりの顔でグーサインを送る幸男。しかし優からすれば、そんな無駄な贈り物されても困るだけだ。
「すいません。意味が分からないです」
「まぁまぁ、わかってるって」
何が分かっているのだろうか……。
少なくとも明らかに幸男は、自分の出番が終わって緊張が解け、テンションが上がっていた。しかしやはり、話が噛み合わないのはいささかに困る。
「あの、会長、人の話し聞いてます?」
「聞いてるさ。あ、そんなことより、このあと涼子の出番だから、ちゃんと見といてね!」
ダメだ。全く会話が噛み合わない。
浮かれに浮かれる生徒会長はもう仕方がない。優は彼のことは諦め、とりあえずと取ってつけたように次のプログラムを観賞することにした。
『新入生代表、古川涼子さん。舞台上へ上がってください』
「はい」
司会を務める武副会長の呼びかけに応じて、1-Bの生徒列から元気のある高い声が響いた。
薄紫色のツインテールにやけに右よりの前髪の特徴的な少女。ややツリ目なところに気の強そうな印象を受けるが、なるほど彼女がこのバ会長の妹にして優科性の成績優秀者/古川 涼子か。
多くいる1年生の中から1人代表として選ばれるくらいなのだから、さぞ素晴らしい才能の持ち主なのだろう。そんな彼女と肝試しで同行するのだから、少しばかり期待できるものがあるかもしれない。コミカルな意味で。
「新入生代表、古川涼子。そなたには新入生として、本校の生徒としての自覚を持ち、これからの学校生活を過ごす事に期待する。学校長、磯島 直孝」
定型的な文句を交わして、A4用紙サイズのきらびやかに装飾された証書を受け取る涼子。その動きには無駄なもの1つなく、まさに洗練されていた。彼女の素がどんなものか、少し気になるところもあるが、それはこの後の肝試しまでのお楽しみと言う事にしてぐっとこらえる。
受け取りを終え、一歩下がって礼をする涼子。
とその時、ふいに優は彼女と目があった気がした。彼女の目には一瞬焦りが浮かび、その後突如として一変した。まるで、ゴミを見る目のようなものに。
そして、優の隣に輝く瞳で涼子を見つめる幸男会長がいることに気付き、勘違いの発見と共に全てを察した。
――兄のあの性格は妹公認ではなかった……――
もしかしたら、この事実が今日一番の驚きになるかもしれない。




