◇3-2◇
1-D教室にて。時刻も8時30分をまわり、大文字博による新入生歓迎会の詳細説明をしていた。しかし、遥の隣にいまは優はいない。なぜかというと、答えはいたって単純で、お祭り委員として呼ばれていたのだ。つまり出席番号10番の幸一も今は不在ということ。
2人欠けた計28名で先生の説明を受けているのだ。
「つまりだ、今日は基本的に生徒会長の簡単な話を終えたら、数名の証書授与をして午後まで肝試しだ。それだけだ分かったな。いやむしろ分かれ」
彼にはいつもどおりの反応を見せよう。
なにを言っているんだこの教師は!? と。
それにしても、簡単な日程だ。朝9時がまわるまでに体育館へ移動し、会長挨拶、証書授与と終えて、9時30分にはもう肝試しをはじめると言っているのだ。
本当にコレではもう新入生歓迎会ではなく、単なる『季節はずれな肝試し大会』ではないか。名称を変えることをお勧めしたいほどだ。実際そんなことを言うのはいささか恥ずかしいが……。
とにかく、それほどよく分からない祭りなのだ。
遥には、優が少し気の毒に思えていた。
(こんなよく分からないものの警備するなんて、大変そうだなぁ)
そんなことは、当の本人はとっくの昔から思っていたことだが……。
今優は、同じお祭り委員にしてお祭り柔道馬鹿の幸一と共に、生徒会室に再び訪れていた。
「お呼びですか、生徒会長」
ノックをし、例の如く改まった口調で電子ロック式の扉を開ける。
「おやおや、ようやく来たね。待ちわびたよ。今日は君に1つ言っておきたい事があってね」
「なんですか? そんなに改まって」
幸男会長が少し間をおく。何を言い出すのか、それはなんとなく察しがつくが、なにかと緊張感が増す間だ。
「実はね……――。涼子の事をよろしくと言いたくてぇっ!?」
武副会長に教科書で横っ腹をぶん殴られぐへっと言って悶絶する生徒会長。
いい気味だドシスコンめ。
「こいつのことは気にしなくていい。君達をここに呼んだのは、他でもないこれを渡しておくためなんだ」
そう言って武副会長から手渡されたもの。それは、警棒だった。
「それはこういう時のための品で、柄の部分のボタンを押しながら敵を叩くと小さい電流が流れて痺れるんだ」
説明と共に、実例も見せてくれた。「こういう感じ」といって幸男会長を電流警棒で殴りつける武副会長。叩かれるたびに「ウギャー!!」と言ってうなぎのように跳ねる会長は、見てていい気味といえる。
「こんな感じで、馬鹿がいたら躊躇せずぶっ叩け。それでもって捕獲するんだ。いいな?」
「「はい」」
2人が返事をしたときに会長の顔が少し歪んだのは気にしないでおこう。
それにしても、こんなものを渡されるとは、一体どんな脅威が待ち構えていると言うのか。こんなもの使わなくとも、喧嘩の1つや2つなら簡単に止められるだろうに。
「これ、一体誰が用意したんですか? それとも昔からあるとか?」
「んー、言っていいのか知らないけど、大文字先生が用意したんだよ」
思いっきり言っちゃってますけど!?
いや、それより大文字先生の用意した警棒。こちらのほうに注目するべきか。
それにしても何故あの先生がこんなものを用意するのだろうか。今年に限って用意する意味があるのか? それとも何かの嫌がらせか? 彼に関しては謎が深まるばかりだ……。
(ダメだ。さっぱり分からん……)
考える事にギブアップした優である。
すると丁度、時間が8時45分をまわった。会長席の上の、なんともいいがたい間抜けな鳥人形が時計から飛び出しそれを知らせる。
(なんだあのふざけた面の鳥は……!?)
いささかにショックを受けるが、一応はそとには出さない。
今はまず、あの鳥がなんなのか聞く必要がありそうだ。
「あの、会長? その謎の生き物はなんですか?」
「鳥ですがなにか」
「いえ、そうではなくそれはいったいなにかと」
「いや鳥だけど?」
…………。
このままでは埒があかない。まったくこの生徒会長は大丈夫なのか?
もし正体をばらしていいなら電磁段撃ちかましたいくらいだか。
「――あれは、今年生徒会に支給されたタイマーだ。会長が時間を守らないから」
それからさらに「妹のことで」と付け足す武副会長。会長のことはもう諦めるとして、いろいろとさすが補佐を勤めるだけはある。武副会長の働きはなかなかのものだった。
さて、あれは何かの件はここまでにして、タイマーが鳴ったということはなにかがあるということ。そしてこの時間から察するに、おそらくは新入生歓迎会の会長挨拶だろう。
目の前で急かされている幸男会長を見れば、一目瞭然だ。
「少し焦ったらどうだ。お前あと5分しかないぞ?」
「ダイジョブダイジョブ。まだ時間はあるから〜」
なんだろうか。この場にいたらあの不思議なペースに飲み込まれてしまいそうだ。
そうして、ようやく身支度を終えた幸男会長は今度は机をあさりだした。
「おい、お前どうしたんだ?」
「なあ武……原稿見なかった?」
一気に空気が凍りついた。
とてつもない寒気と共に浴びせられる非難の眼差しが幸男会長を襲う。
それを気づいてか気づかないでか、すこし縮こまる幸男会長。
しかし不味いだろう。あと5分で体育館に入場となるのに挨拶原稿がなくては、話にならない。アドリブで乗り越えるにしろ、時間枠は約9分。その間ずっと文字の羅列を悪戯に脳裏に浮かべるのは至難の技だ。
「大丈夫なんすか? 会長?」
ここで空気の読めないお祭り柔道馬鹿が口を出した。しかも全然軽いノリで。
「やばいかも」
そしてその軽い問いかけに真顔で応じる会長もまた馬鹿だ。あげく副会長の一撃をまたくらっている。
こうして残り時間はもうあと2分だ。
いったいどうやってこの逆境を乗り越えるか。毎年新入生歓迎会では会長挨拶がオープニングを担い、すべての始まりを知らせる角笛とまで言われているのだ。それなのにアドリブなんて、会長が全校生徒からの晒し者にされかねない。――いや、それはそれで見てみたい願望はあるのだが、今はそんな場合ではない。
仕方ない。この際あれを使ってしまってもいいだろう。おそらくはこのときのためのものだ。
「会長、この際仕方ありません。これを」
優が彼に手渡したものは、小さく薄いレンズだった。
それはほとんど本物のELLにちかしいもので、実を言えばしばらく前にサトシから渡されていたのだ。機能面からして、まったく抜け目のない男だ。
「これは、いったいなんだい?」
「それは最新式の試作型ライター、とでもいいましょうか。以前知り合いに渡されたもので、そこに原稿を写して見れます。原稿の方は過去のを改編したものを送らせますので大丈夫です」
何から何まで計算し尽くされている。
その話を聞いて驚く幸男会長と武副会長の顔は、この状況についてピタリマッチしていると言える。
「君、いったい何者だい?」
「ただの1年生ですよ。ただ、電磁工学で顔が広いだけです」
それだけで納得する人間はなかなかいないと思うが、時間がないということもあって、誰もそれ以上の詮索はしなかった。
「よしまぁ、体育館に向かうとしよう。今回は時間もないし、君たちも来てくれ」
そんな武の提案はもっともと言える。なにせまだレンズの解説もしていないのだから。
「わかりました。行こう佐藤」
「お、おう」
若干乗り気ではないようだが、一応ということで返事をしてくれる幸一には感謝をしておくべきだろう。
これでようやく、新入生歓迎会のオープニングを始められる。
限りある5分間が、とてつもなく長く感じた。




