◇2-9◇
ガチャン。手動式施錠のされた音が玄関に響いた。
「お、お邪魔します(この家入るのまだ2回目だな)」
「そんなに硬くならなくたって、家には誰もいないんだからさ。もうちょっと楽にしてくれていいんだぜ?」
遥の言い出しから優の家に帰ってきた2人。遥の家には寄って来なかったのでバッグも持っている。
靴1つ、クローゼット1つない殺風景の玄関に靴が2つも置かれることは早々ないだろう。しかし、今週に入ってすでに2回もそんな「そうそうないこと」が起きている。これは必然か偶然か――そんな誰にも答えの出せないことを頭に浮かべる。
しかしそんなどうしようもない問題にも答えを当てたがるのが、人間という生き物なのかもしれない。もしくはただの自己満足か、遥はこれに、運命という答えを当てていた。
(そうだよ。きっと、これはまた私に訪れた運命。せめて、ココにいる数時間で優くんにいい印象を与えないと!)
心の中で一度ガッツポーズを決めると、ローファーを片足ずつ脱いで立ち上がった。優が用意してくれたスリッパを履くと、この前のリビングに向かって歩き出す。
――すると、不意に腕をつかまれた。
「おっと待てよ、荷物邪魔だろ? 2階に部屋空いてるから、そこに置いてこいよ。案内するからさ」
「え、2階?」
「ああ。やっぱり今日は泊まってけよ。夜に1人帰らせて何かあったら俺も心配だしな」
さりげない動きで優は遥のバッグを受け取っていたが、本当にそれでいいのだろうか。
そんな思いが、遥の中にはあった。
「でも、そんな、本当にいいのかな」
「いいって言ったろ? ――迷惑掛けちまったしな」
優の表情が一変した。しかし、その理由を遥は知っている。だからこそ、辛いのだが……。
「そんな、ツカサちゃんのことは全然気にしてないよ? あれは、仕方のないことだから」
「いや、遥がそう思ってても、やっぱりオレは悪い気がしてさ、せめて今日だけでも何かしてやろうって思って。だから今日は何かしてほしいことあったらなんでも言ってくれてかまわないからさ、まぁよろしく頼むよ」
そう言われても、そんな理由で彼との距離を近づけたりしたくない。もっとちゃんと、お互い対等の立場で近づきたい。
遥はひとつ、とある決心をした。これは優とであった時からずっと考えていた事だ。しかし言い出すのはまだだ。まずは、お互い対等の立場にならなくてはならないのだから。
「――優くん……!」
階段を登ろうとする優の袖を掴む。
「お願いだから、本当にツカサちゃんのことは気にしなくていいから。ツカサちゃんは実は、《とある事情》で神鳴り殺しが大嫌いで、勘がいいからきっと、優くんがそうじゃないかって可能性を見出したんだと思うの。最近担当が変わったって噂されたし、ちょうど時期も一緒だったし……。だから、ツカサちゃんにも悪気があったわけじゃない。ただ昔のことを思い出してあんなこと言っちゃっただけだから。だから、本当に気にしなくていいんだよ?」
遥の目元にはまたいくつかの涙が浮かんでいた。
また、だな。オレ、泣かせてばかりだ……。
「ああ、わかった。ツカサのことは、今は気にしないで置くよ。また今度――」
「――いつか理解できたら真実を明かそうね」
あれ、今のは、遥の言葉か? なんか、心の中に直接響くような――
「どうしたの? 優くん」
(気の所為か……)
そうだよな。遥はごく普通の女の子だ。そんなことあるはずないよな。
「なんでもないよ。早く荷物置いて昼食食べようか」
「うん!」
玄関からすぐの手すり付き階段をスタスタと上り、一番奥から1つ手前の部屋まで行く。ちなみに一番奥の部屋は優の自室だ。
「ここだ」
そこはごく普通の高校生の部屋で、黒いカーペットの上に黒の机が1つと黒のベッドが1つと、そして黒のクローゼットが1つ置いてあった。
しかし誰も使っていない割には、妙に整理されている。本当に1人暮らしなのだろうか。もしかして誰かいるのでは……?
「優くん、この部屋、なんでこんなに綺麗なの?」
「『なぜ汚いの?』とは聞いても普通『なぜ綺麗なの?』とは聞かないよな。……まぁいいか、そればっかりは、オレも知らされてないんだ。まぁ、そのうち誰かが来るっていう可能性が一番高いと思うけどな。でもまぁ今は無人だし、別にいいだろ?」
誰が使う予定の部屋なのか少し興味は湧くが、この際仕方ない。遠慮なく使わせていただく事にしよう。
それにしても、綺麗な部屋だ。というか家具のカラーリングが、なんとも、ダークネス? なんか、白い壁紙の部屋なのにすべての家具が真っ黒で、違和感がバリバリだった。白黒でまるで昔の映画でも見ているみたいだ。
「さ、とりあえず昼食食べようぜ。今日のメニューはオムライスだからさ」
「え、本当? 私、オムライス大好きなの!」
両手を合わせた遥は飛び上がる。
「知ってるよ。昨日遥のお母さんに聞かされたんだ。まさかこんなところで役に立つとは思ってなかったけど……。ああそれと、グリンピースは入ってないから。オレも苦手だしな、あれ」
それからも坦々となんでもない、オムライスの話を繰り広げる優。しかし、力を持っていなければ、やはりどこにでもいそうな、それでいてどこにでもはいなさそうな、そんな男子高校生なのだ。 女の子に優しくて、頼りがいのあって、料理のできる家庭的な男の子。私の好みを覚えていてくれて、それを参考にしてくれたのだから、コレは確かだ。
「うん。優くんの料理楽しみだよ。早く食べよう!」
「ああ。行こうか」
バッグを置いて、ベストを軽く脱ぎ捨てて遥は優と共にリビングへと向かった。
この日食べたある意味ではじめてのオムライスは、少ししょっぱかった。




