◇1−10◇
さて、という形で、話の本題へと入る。
優が猫舌云々というのはさておき、そもそもこの場に遥を招いたのは今後のことを話すためなのだ。それを忘れてしまっては、本当に何のためにきたのか分からなくなってしまう。下手をすれば優の恥ずかしい現場を見せるためという事にでもなってしまいそうだ。
では、と切り出して優がテーブルに手を着く。
「遥をココに呼んだのは他でもない、君が口を滑らせないようにするにはどうすればいいかって言う事だ。このままだと、また転校しなくちゃいけなくなる。まぁ、オレはそれでもいいんだけどさ、まだ入学して1日目だし、大した支障も無いからな」
言って、そこでふと遥のほうに目をやると、明らかに動揺している様子だった。何がなんだかよく分からないが、どうやら遥は優にいなくなってもらうのは困るといった様子だ。
優はため息をひとつ吐いて苦笑する。
そして、少し身を乗り出して遥の肩に手を置いて、言った。
「なんだかよく分からないけど、遥が何も言わなきゃオレはどこにも行かないから、そんな顔すんなって。いつまでもそんな悲しい顔してたら、折角の可愛い顔が台無しだぞ?」
優しく微笑む優の顔を見て、みるみる顔を紅く染めていく遥。
あれ? オレ今なんか変なこと言ったかな?
みるみる焦りが増していく優。こころなしか、遥の両目に少しだけ涙が浮かんでいるようにも見える。
やばい、これはもう完全にヤバイ!?
そう察した優は今度は全力で慰めに移る。
「お、おいおい、そんな泣くことないだろ? なんか、悪かったよ。オレがなんか変な事言ったんだったら謝るからさ……」
さしもの優でも、女の子を泣かせるのはまずいと、幼い頃から言われていたからわかる。この状況は第3者に見られたら、今後の活動にも関わるであろう一大事だ。これはなんとしてでもうまい事乗り越えなければならない。そのために、遥からの返事を固唾をのんで待つ優。
すると、やっと遥が口を開いた。
「う、ううん。ただ、嬉しかったの。ねぇ、私、絶対にもう喋らないから、だから、私が悪かったから、だから……」
やばい、状況が悪化した。緊急警報発令、危険度レベルD並みの超危険状況。先ほどまでは少し涙が浮かんでいる程度だったのに、なぜかしら今にも大泣きしそうだ。
どうにか泣かないようにと身振り手振り、うまい事泣かないようにしようと頑張るが、遥は変化を見せない。これはもう覚悟しておいたほうがいい。そう判断して、目を瞑る。次々と走馬灯のようなものが瞼の裏に浮かび上がり、これまでの消して長くはない人生の記憶をよみがえらせる。
え? そこまで大げさでもないだろうって? それは、神田優という少年が何も知らない所為である。
「……優くん、私って優くんと友達?」
「あ、ああ、そりゃ、遥はオレのここでの始めての友達だ」
「じゃあ、どこにも行かないで、ずっとココにいて。ずっと、私と一緒に……」
そこまで言いかけて、遥はしまったと言わんばかりの顔で、俯いてしまった。それもそのはずだ。つい先ほど、いつか他の女の子よりも好きになってもらえるように頑張ると言ったばかりだ。なのにまたこんなわがままを言ってしまったのだから、相手の反応が怖くてとても正面を向いてなんていられない。
すでに優も遥の肩からは手を下ろしていたが、彼女の肩が震えているのはよく分かった。
似ている。だからかな、どこか、放っておけない気がするんだ……。
「分かったよ。オレはどこにも行かない、とまでは言えないけど、そうそうなんかない限りは、ココに残る。だから遥も、もう一度約束してくれ。俺のことは話さないって。いいな?」
「……うん」
潤んだ声で返答する遥。その姿に、すこしばかしドキッとしてしまう優である。
「さ、さて、それじゃあ一応話もついた(?)ことだし、もうそろそろ外も暗くなってきそうだから送るよ。遥の家、ココよりもうちょっと下のほうだよな?」
「う、うん……」
放課後教室を出たときのように、遥がリビングの扉を開け、優が閉める。そしてそのまま一列で玄関へと向かっていった。
「遥、忘れ物ないか?」
「うん、たぶんない」
遥の応答とともに優も靴を履き終えると、扉を開けて外の景色が顔を見せた。
黄昏色と赤紫色とがグラデーションをつくってどこまでもつづく美しい空景色を作り出している。別に珍しくも何もない当たり前の景色だったはずだが、なぜか目を惹かれた。雲ひとつない空を舞う幾羽もの鳥達、そのどれもが同じように空を目にしているのだと考えると、この世界はどこまで広いのだろうかと考えさせる。
すると、遥に袖を引かれていることに気付く。
「あのさ、今日だけ、今日だけおぶってくれない?」
「はぁ、仕方ないなぁ。疲れたろうからな、今日だけだぞ?」
「うん!」
長かった一日もようやく終わりを告げようとしている。
山の向こうから残り僅かにその一端を見せている太陽が、2人の背中を暖め、その1つの影を落としていた。




