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学園の神鳴り殺し  作者: 片岡 雅
-侵略者の使い:入学編-
12/110

◇1−9◇

 強い衝撃からおよそ3分が経った。神桜高の屋上から神田優宅に向かっていた遥と優だが、空中で遥がはしゃぎ騒いだおかげで、到着する頃には、優は疲れはて遥は空中移動酔いをしていた。その所為か、せっかくたどり着いた優の家も、今の遥の目には酔いの悪魔巣食う地獄のような姿でうつって見えた。遥本人も自分が酔っていることはわかっているので、無駄な言動は見せない。

 そんなことはさておき優の家だが、位置としては桜並木坂のずっと上の方で、遥の家より少し向こうのほうだった。この事実を知った時の遥はおおいに喜んだのだが、これはまた後の話。

 どこにでもあるような、白く塗られたセメント製の壁の一軒家で、美しい斜め線を見せる茶色い屋根が、どことなく古めかしい雰囲気を醸し出していた。実際、築30年と古いのだが――。

 扉は最近では珍しい手動施錠様式で、優はバッグの中から鍵を取り出そうといつものポケットに手を入れた。

 そこそこ広めの庭に植えられたミカンの樹を眺めながらそれを見つけ出すと、慣れた手つきで鍵穴に滑り込ませ、扉を開ける。


「さあほら、入れよ。今日は風が冷たいから、そんなところにずっといたら風邪ひくぞ。薄着なんだから」


「う、うん」


 遥は優の差し出した手を取ると、俯き顔で優の家へと足を踏み入れた。

 出会った初日に名前で呼び合い、さらには彼の家に行き、手をつなぎ――と、まさに今日は運命の日、世界によって定められたディステニーエンカウント。それ以外に、遥にとって考えられるものはなかった。たとえそれが、ただの偶然と異常が重なったことによる事象であっても。

 玄関もまた旧式というべきか和式というべきか、瞬間消毒技術は導入されておらず段差があり、遥もそれに幼い頃の懐かしい記憶を呼び覚まされた。今では数も減ってきている旧式の玄関、段差があるかないか、靴をそこで脱ぐか脱がないかの差なのにどうしてココまで変わってくるものかと、しゃがんで靴を脱ぎながらも、遥は簡略化された《今》を痛感していた。


「――オレも簡略化されていく世の中を間違っているとは言わない。でも、やっぱりちょっと違和感はあるよな。やっぱり、旧時代の生まれだからってのがあるのかな……」


 突然の言葉に顔を上げると、遥の目の前に立つ優もまた、思いつめた表情をしていた。


「おっと、悪いな。お客さんの前でへんな事言っちゃって。さあさ、早く上がって、お茶でも飲みながら話そうか」


「うん……」


 無理に微笑を見せる夕に、遥も返すようにそっと微笑んだ。

 靴を脱ぎ終え優のあとを追って廊下と歩き始めると、また心臓の鼓動が早まってきた。自分でも分かるほどに遥は緊張している。なにせ扉も閉まり密閉された空間に男女が2人っきり。そのうえ相手は運命の相手だ。これで緊張しないほうがどうかしていると言える。

 しかし、そんな緊張よりももうひとつ、気になっている事があった。

 それは家族の事。先ほどから、目の前を歩いている少年が家族のいるような素振りを見せていないのだ。玄関だって、彼の靴1足しかない。玄関にはその広さの代わりにロッカーがなかったし、ほかに靴を置けるようなところはどこにもない。そのうえ、家に帰ってきて「ただいま」のひとつも言ってはいない。なにより、人の気配がしない。もしかしたら、もしかするかもしれない。


「ねえ優くん、家族とかはいるの?」


 聞いてはいけないことのような気もするが、今聞かなくては彼と分かり合えない気がする。だから、聞いてしまったのだ。その答えを想像できなかったわけでもないし、しなかったわけでもない。遥自身にも、重なるところがあるから。だから、この話だけは、知っておきたかった。


「……家族なら、いないよ。オレは1人暮らし。……ごめん。あんまりこの話したくないんだ」


「うん。ごめん。変な事訊いて」


「いや、言わなきゃいけないことだったから、訊いてくれて返って助かったよ。自分じゃとても言い出しづらかったろうからさ」


 また無理に微笑を見せる優。


「……ごめんなさい」


 そう、聞こえない声量で答えた。


「――さっ、ココがリビングだ。自分家だと思ってくつろいでくれ。今、お茶出すからさ」


「あっ」


 遥が声を出すより早く、優はそそくさと台所へ向かってしまった。彼の家に来れてうれしいはずの遥なのに、なぜか居心地が悪い。やはり、さっきの話しの所為だろうか。――いや、今はそんなことを考えてはいけない。彼が笑っているのだから、自分が辛気くさい顔をしていては、返って彼を困らせてしまうだろう。

 そう思い、適当に力を抜いて椅子に座っていると、オボンにお茶を載せた優が戻ってきた。

 机の上に置かれたそれはゆらゆらと湯気を上げていて、とても暖かそうだ。


「緑茶だから、ちょっと苦味があるけど、大丈夫だよね?」


「うん。大丈夫」


 入れたてのお茶を吐息で適温に冷まして口の中に流し込む。しかし、どうやらまだ熱すぎたようで、思わず噴出しそうになってしまった。

 それを見た優は可笑しそうに笑っているが、この状態は遥にとってあまりいい様子ではない。恥ずかしさのあまりついつい俯いてしまう。

 しかし先ほどから優はお茶を飲まないな。ずっと冷ましている。

――あっ、もしかして、


「猫舌なの?」


「――ぶふぅっ!!」


「汚っ!!」


 いきなり真相を言われお茶を噴出して驚く優とそれを華麗によける遥。この様子を見たら、おそらくツカサ達はおおいに騒ぎ立てることだろう。


「ご、ごめん、すぐ拭くから」


「あ、わ、私も」


 落ち着いて早々にあわて出す2人。この状態から話を始めるにいたるのは、なかなかに骨が折れる肯定が必要だろう。

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