◇12-9◇
肩から伝わってきた僅かな動き。それは、優の肩に置かれた白石の手から伝わる痙攣だった。
すると白石が軽く体を捻り、おもいきり優を蹴り飛ばした。左から来る蹴りを避けられないまま受けた優はそのまま勢い任せに飛んでいく。一度水も被り、バシャッと強い水しぶきを立てていった。横っ腹を庇いながらひょろひょろと起き上がる優。その顔は苦痛で歪んでおり、相当のダメージがあったことがうかがえる。やはり生身の体で常人離れした攻撃を受けるのは致命傷になりかねない。
だが、
(なんだ……雷を落とせば殺せたはずなのに……)
そう、優は白石の行動に違和感を覚えていた。優からすれば、先ほどの蹴りはまさに不要な攻撃だったのだ。戦闘を長引かせる無駄の一手だ。
(なにか……ここになにかある)
身体能力強化は一度キャンセルされて再起動は望めそうになかった。もう他のコアを使うか、武器にすべてを任せるかしかない。そんな絶対不利的状況で、優はチャンスを見た。
周辺は必然的に水。白石は自分から優の位置がわからずともこの水を伝って雷を当てることができるだろう。だが、きっとそれはしない。なぜなら、
(あいつの雷は、あいつ自身にも有効であるから)
ならばなぜ優を水のある地下に落としたか。それはおそらく遥を狙ったか、もしくはその逆で遥を残す、優と引き離すためか。そうでなければ、悪あがきか。だがおそらく後者は有り得ないだろう。いままでに何人も殺してきたはずだ。そんな簡単に戦意をなくすはずがない。つまり、と優は思う。遥と優が離れている以上、急いで地上に戻らないと遥の身が危険と言うことだ。だがそう易々と登らしてくれる相手でもあるまい。選択肢は一つ。撃破だ。
(あいつの能力はなんとなくわかった。電磁エネルギーの操作とか、そんなところだろう。俺のトリックをそのまま能力にした感じかな? いや、違うか。それとは少し勝手が違うみたいだ。だがどちらにせよ、弱点はある。銃火器の類がないならば、ゼロ距離からの一撃で……決着をつける……!)
優は即座に立ち上がると、水の張った元校舎の床を思い切り蹴った。体の痺れはほとんど抜けていて、走行に大した問題はない。
優の銃には今なお実弾が入っている。そして開いた左手にも、銃が握られている。それは合宿用にもらっていた、個人のものとは違う銃だ。威力は自前と比べ大幅に落ちるが、性能としてはけして悪くない。弾丸は、試作型の誘導弾が入っている。試作ではあるが、効果は発揮する代物だ。
移動における足音は水場ではなかなか消せるものではない。素早く敵の元へと移動しなくてはならないため、必然的に出てしまうのだ。しかしもうそれでも構わない。優には秘策があるのだ。戦闘は終末に向かっている。
パチンッ!
乾いた音、優はもう聞き飽きた音だ。そしてそれが聞こえたのは……優を中心とした左前方。瓦礫と水で視界が遮られる位置だ。だが、音は伝わるのだろう。見事なまでに正確に、優を狙っていた。だが、もう優も同じ哲は踏まない。左手に持った銃を軽くあげて、引き金を引く。それは音とほぼ同時かそれより早いタイミング。銃口から放たれるは誘導弾。そして白石の落とした雷は、優の頭上から曲がって吸い込まれるようにそれに直撃した。一瞬視界を白が覆う。
優はそのころ、瓦礫のもろい部分を探し出し右手の銃で打ち抜いていた。鉛色の弾丸は寂れたコンクリートを砕き、ガラガラと騒音を立てる。――そしてそれは、はじける水の音を掻き消すには十分な音量だった。この層もだんだんダメージを受けてきているようで、ところどころ配水管が破裂していた。
白石の位置を優は把握している。先ほどの攻撃から経った時間は約8秒。まだ大幅な移動はしていないはずだ。
(いた……!)
白石は消音のためかあまり大きな移動は行っておらず、先ほどの位置からそう遠くへはいっていなかった。そこへ優は急接近する。音は聞こえない。コンクリートを砕いたのは一箇所ではない。
白石の背後、つまり死角に入り込んだ。そして右手に持った銃を突きつけ、そして引き金に指をかける。――その時だった。
「そう簡単にいくと思ったかい?」
それは背後から聞こえた声。
優は自らの右手から来るはずの感覚がないことに気づく。
「俺はここだぞ? 神田優」
それは、上から落ちる水に映った白石の影。暗い所為で気づかなかったようだ。
「ふんっ。お別れのようだな。さらばだ」
パチンッ!
白石が指を鳴らした。視界が一瞬にして白に包まれる。だが……
「な、貴様、なにをした……」
「…………」
白石は現実に絶句した。視界が白くなった後、倒れていたのが自分だったからだ。対して優は平然と立ち尽くしている。
すると白石は優の左手に目を向けた。何かを握っている。説明するならば、きっとそれが原因となる。だが白石にはきっとわからないだろう。このとき優は左手に持っていたはずの銃を持っていなかったのだ。代わりに左手に持っていたのは、重力操作のコア。それを応用して、残った誘導弾を全て白石の足元まで移動させたのだ。白石はそう簡単に倒れてはくれない。そう踏んだ上で、優はこの手を思いついたのだ。
「チェックメイトだ。白石。……いや、これも本名とは限らないか」
優は白石に言った。
白石はしばらくの間動けないだろう。自身の雷を全て受けて、麻痺状態に陥っている。
(急いで地上へ戻らないと……)
戦闘が終わった矢先、優は次の行動に移ろうとしていた。急がなくては、遥の身に危険が及ぶ可能性があるからだ。
優は重力操作のコアで自身を浮かせはじめる。そうして段々と上昇して行き地上に出るのだ。白石を動かすのはそのあとだ。




