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学園の神鳴り殺し  作者: 片岡 雅
-梅雨の修行旅:合宿編-
106/110

◇12-6◇

「君はもう少し頭のいい人物だと思ったんだが……ああ、組織が遮断したのか」


 廃校の瓦礫の上に立ち、見下ろすようにして白石は言った。その口元はニヤリと口角を上げていて、その様子に優は苦虫を噛む。


「何を言ってる? 白石……」


「くくく……本当に滑稽だな君は。まだわからないのか? ……まぁいいだろう。どの道知ることになる事実だ。――俺たち影鴉レイヴンは、未来奪取のため、そこにいる相沢遥の命をもらいに来た。覚悟してもらうぞ?」


「なっ……」


 それはつまり、やつらの狙いが遥であるということだ。優の近くにいる人物というのは、他の誰でもない遥だったのだ。その事実に、優は言葉を失った。遥はあまりにも敵に近すぎる。そして何より、近くにいるのに、優には遥を守りきれる自身がなかったのだ。先ほどの戦いで実力の差は思い知らされた。勝機がまったく見えないわけじゃない。だがそれでも、体が言う事を聞いてくれなかったのだ。おそらくは、効かないはずの電磁波でダメージを受けたことによって、八年前の恐怖がフラッシュバッグしたのだろう。頭では違うものだとわかっていても、体が反応してしまうのだ。

 しかし、一体遥と影鴉レイヴンの目的未来奪取と一体どんな関係があるのだろうか……。


(斉藤さんも重症、敵の狙いは遥。二人だけで逃がすわけにも行かない、俺が行っても後ろから狙われて終わり……)


 八方塞だ。おそらく最善は戦闘。だが……。


(武器はある。弾もある。能力だって使えるんだ。なのに……)

――心が負けてるんだ……。


 背後に広がる森からは常に動物の泣き声が響く。空は雲に覆われ日の光を通さない。風は強く吹くようになり、廃校の瓦礫の誇り臭さが鼻を突いていた。

 銃を撃つためには片手を動かす必要がある。照準を定めるのには瞳を動かし頭で考える必要がある。しかしそのどれもが、恐怖の前に白く染められていく。

 遥は斉藤を支えながら、地に膝を着いたまま動かない優を見つめていた。彼女には彼の葛藤などわかりもしないことだろう。しかし、遥は強い人間だ。このときすでに、彼女は覚悟を決めていたのだ。


「……? どうしたの?」


 斉藤を支えながら樹木まで移動した遥に斉藤が訊いた。


「うん……」


 遥は一度頷くと、斉藤をそっと下ろし、優たちのいるほうに向き直る。その表情はいたって真剣で、どこか決意を感じさせた。そんな遥に斉藤は、彼女の行動を不思議に思わずに入られなかった。


「あなた、何をする気?」


「……うん……」


 彼女は何も答えない。いや、答えられないんだろう。きっと、答えてしまえば止められる。きっと止められたら、揺らいでしまう。そうとわかっているからこそ、彼女は何も言わない。

 それから遥は、一歩、また一歩と、ところどころに石の転がる大地を踏みしめて歩いていく。まっすぐと、優たちのいるほうへと。そして……、


「……優くん。大丈夫。いままでありがとう」


「遥? お前、何を……」


 遥の突然の行動に、当然優は驚くほかない。遥は下唇を必死に噛み、また一歩、一歩と歩み出た。


「私の命が目的なら、もう二度と彼に手を出さないで……! 私はどうなってもいい。だから!」


 その声には、強い熱がこもっていて、白石のほうも呆気に取られているようだった。しかしすぐさま白石は笑い出す。まるで、嘲笑うかのように。


「はははっ。そうかそうか。お前はその道を選ぶのか……。なぁおい神田くぅん? お前それでいいのかぁ?」


 けらけらと笑い続ける白石。だが優は、俯いたまま動くことはない。


(……何を言ってるんだ……。いいわけないだろうが……。そんなの、絶対認めないぞ……)


 優はこれまでに、両親を失い、尊敬していた人を失い、何度も打ち砕かれそうになった。何度も死んでしまいそうなくらい悲しくなった。彼はもうそんなこと一度だってごめんだった。もう、そんな経験はしたくなかったのだ。この一ヶ月で、遥はすでに優にとってかけがえのない人物となっていたのだ。だから、


(……俺は、もう倒れない。立ち上がるんだ、前に歩くんだ! 俺は、こんなところで止まってる場合じゃないだろう?)


 一歩、また一歩と遥は歩みを進めた。もうじき白石の前まで着くだろう。白石はニヤニヤと勝ったかのようにほくそ笑んでいた。するとそこで、ようやく優が動きを見せる。

 彼は地面に手をついて、すっと立ち上がった。そして、とてつもない速度で走り出す。遥がすぐ横を通り過ぎていくものに一瞬気付かないくらいに。そして、その後優は一度大地を強く蹴るとそのまま白石の元まで跳び、彼の面に一発こぶしをお見舞いした。その衝撃で白石は廃校第一層内の中央あたりまで吹き飛ぶ。


「……遥。悪かったな。心配かけた。もう、大丈夫だよ」


 振り向く優。彼を見つめ、立ち止まる遥。


「優くん、その目……」


 遥は見たものに正直に驚いていた。金色の瞳。それはELLなどのコンタクトレンズによるものでなく、純粋な色彩の変化だった。


「ああ、これか。大丈夫、能力を使っただけだ」


 そう。これも彼の能力で引き出した力だ。だが、これは体への負担半端なものではなく、使用後一週間は体が動かなくなるうえ、おそらく寿命をも削ってしまうだろう。


(ああ、これきっと帰ったら酷く叱られるだろうな……)


 いや、そんな心配をしている暇もないだろう。白石もまだ倒したわけではない。優は再び廃校のほうを向くと、吹き飛んだ白石を追って走り出した。もう遥が廃校内に来ることはない。彼女は入り口で立ち尽くしたまま、優の無事をただ祈った。

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