◇12-6◇
「君はもう少し頭のいい人物だと思ったんだが……ああ、組織が遮断したのか」
廃校の瓦礫の上に立ち、見下ろすようにして白石は言った。その口元はニヤリと口角を上げていて、その様子に優は苦虫を噛む。
「何を言ってる? 白石……」
「くくく……本当に滑稽だな君は。まだわからないのか? ……まぁいいだろう。どの道知ることになる事実だ。――俺たち影鴉は、未来奪取のため、そこにいる相沢遥の命をもらいに来た。覚悟してもらうぞ?」
「なっ……」
それはつまり、やつらの狙いが遥であるということだ。優の近くにいる人物というのは、他の誰でもない遥だったのだ。その事実に、優は言葉を失った。遥はあまりにも敵に近すぎる。そして何より、近くにいるのに、優には遥を守りきれる自身がなかったのだ。先ほどの戦いで実力の差は思い知らされた。勝機がまったく見えないわけじゃない。だがそれでも、体が言う事を聞いてくれなかったのだ。おそらくは、効かないはずの電磁波でダメージを受けたことによって、八年前の恐怖がフラッシュバッグしたのだろう。頭では違うものだとわかっていても、体が反応してしまうのだ。
しかし、一体遥と影鴉の目的未来奪取と一体どんな関係があるのだろうか……。
(斉藤さんも重症、敵の狙いは遥。二人だけで逃がすわけにも行かない、俺が行っても後ろから狙われて終わり……)
八方塞だ。おそらく最善は戦闘。だが……。
(武器はある。弾もある。能力だって使えるんだ。なのに……)
――心が負けてるんだ……。
背後に広がる森からは常に動物の泣き声が響く。空は雲に覆われ日の光を通さない。風は強く吹くようになり、廃校の瓦礫の誇り臭さが鼻を突いていた。
銃を撃つためには片手を動かす必要がある。照準を定めるのには瞳を動かし頭で考える必要がある。しかしそのどれもが、恐怖の前に白く染められていく。
遥は斉藤を支えながら、地に膝を着いたまま動かない優を見つめていた。彼女には彼の葛藤などわかりもしないことだろう。しかし、遥は強い人間だ。このときすでに、彼女は覚悟を決めていたのだ。
「……? どうしたの?」
斉藤を支えながら樹木まで移動した遥に斉藤が訊いた。
「うん……」
遥は一度頷くと、斉藤をそっと下ろし、優たちのいるほうに向き直る。その表情はいたって真剣で、どこか決意を感じさせた。そんな遥に斉藤は、彼女の行動を不思議に思わずに入られなかった。
「あなた、何をする気?」
「……うん……」
彼女は何も答えない。いや、答えられないんだろう。きっと、答えてしまえば止められる。きっと止められたら、揺らいでしまう。そうとわかっているからこそ、彼女は何も言わない。
それから遥は、一歩、また一歩と、ところどころに石の転がる大地を踏みしめて歩いていく。まっすぐと、優たちのいるほうへと。そして……、
「……優くん。大丈夫。いままでありがとう」
「遥? お前、何を……」
遥の突然の行動に、当然優は驚くほかない。遥は下唇を必死に噛み、また一歩、一歩と歩み出た。
「私の命が目的なら、もう二度と彼に手を出さないで……! 私はどうなってもいい。だから!」
その声には、強い熱がこもっていて、白石のほうも呆気に取られているようだった。しかしすぐさま白石は笑い出す。まるで、嘲笑うかのように。
「はははっ。そうかそうか。お前はその道を選ぶのか……。なぁおい神田くぅん? お前それでいいのかぁ?」
けらけらと笑い続ける白石。だが優は、俯いたまま動くことはない。
(……何を言ってるんだ……。いいわけないだろうが……。そんなの、絶対認めないぞ……)
優はこれまでに、両親を失い、尊敬していた人を失い、何度も打ち砕かれそうになった。何度も死んでしまいそうなくらい悲しくなった。彼はもうそんなこと一度だってごめんだった。もう、そんな経験はしたくなかったのだ。この一ヶ月で、遥はすでに優にとってかけがえのない人物となっていたのだ。だから、
(……俺は、もう倒れない。立ち上がるんだ、前に歩くんだ! 俺は、こんなところで止まってる場合じゃないだろう?)
一歩、また一歩と遥は歩みを進めた。もうじき白石の前まで着くだろう。白石はニヤニヤと勝ったかのようにほくそ笑んでいた。するとそこで、ようやく優が動きを見せる。
彼は地面に手をついて、すっと立ち上がった。そして、とてつもない速度で走り出す。遥がすぐ横を通り過ぎていくものに一瞬気付かないくらいに。そして、その後優は一度大地を強く蹴るとそのまま白石の元まで跳び、彼の面に一発こぶしをお見舞いした。その衝撃で白石は廃校第一層内の中央あたりまで吹き飛ぶ。
「……遥。悪かったな。心配かけた。もう、大丈夫だよ」
振り向く優。彼を見つめ、立ち止まる遥。
「優くん、その目……」
遥は見たものに正直に驚いていた。金色の瞳。それはELLなどのコンタクトレンズによるものでなく、純粋な色彩の変化だった。
「ああ、これか。大丈夫、能力を使っただけだ」
そう。これも彼の能力で引き出した力だ。だが、これは体への負担半端なものではなく、使用後一週間は体が動かなくなるうえ、おそらく寿命をも削ってしまうだろう。
(ああ、これきっと帰ったら酷く叱られるだろうな……)
いや、そんな心配をしている暇もないだろう。白石もまだ倒したわけではない。優は再び廃校のほうを向くと、吹き飛んだ白石を追って走り出した。もう遥が廃校内に来ることはない。彼女は入り口で立ち尽くしたまま、優の無事をただ祈った。




