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第八話 死神、戦場を彩る

盗賊たちのアジトは、季衣と出会った場所からほど近くにあった。これだけ近くにあったなら、わざわざ偵察なんかしなくてよかったんじゃね?と言いたくなるのは、あくまで素人だ。


【華琳】

「あれがそうね。」


【桂花】

「偵察の報告では、敵の数は三千ほどだそうです。」


【華琳】

「こちらが千と少しだから、数でみると相当な差ね。」


桂花の報告に、しかし華琳は動じることもなく平然とした様子で淡々と呟いた。


【華琳】

「相手は烏合の衆、正面からでも十分に勝てる戦ではあるけれど…桂花、そろそろ作戦の内容を説明してちょうだい。」


【桂花】

「はい。誰か夏侯惇と夏侯淵、許緒を呼んできて。」


近くの兵が、すぐに召集の命を伝えに走ろうとする。


【華琳】

「蒼馬も呼びなさい。」


華琳が慌てて付け足した。兵は一礼の後に再び駆け出した。


【桂花】

「華琳様?あのような者を呼ぶ必要など…」


【華琳】

「そう嫌そうな顔をしないの、桂花。この戦は、彼の実力を知るのにちょうどいい機会だもの。確かめる必要があるのよ。蒼馬を配下においておく為には、ね…」


華琳にとっては、よっぽど蒼馬の方が難しい問題なのであった…。

程なくして、春蘭と季衣、秋蘭、蒼馬が集まった…。


【蒼馬】

「へぇ~、あの砦がそうなのかい?」


蒼馬は目の上に手を横にして翳し、前方にまだ小さくしか見えない砦の影を確認した。


【桂花】

「それでは華琳様、作戦について説明します。」


誰も蒼馬に構ってくれなかった…。


【桂花】

「まず、華琳様には少数の兵を率い、砦の前で軍を展開していただきます。その上で銅鑼を鳴らせば、盗賊たちは簡単に砦から出てくるでしょう。そこで、華琳様は兵を連れて後退…盗賊たちを砦から引き離して下さい。そして、あらかじめ伏せておいた主力部隊で後方から奇襲をかければ、容易く盗賊たちを討伐できる事でしょう。」


【春蘭】

「ちょ、ちょっと待てっ!」


桂花の案に、春蘭が慌てて待ったをかけた。憤慨した様子で、異議を唱える…。


【春蘭】

「華琳様を囮にするなど、危険すぎる!」


【秋蘭】

「姉者。気持ちは分かるが…」


【桂花】

「これが最も有効な作戦よ。ただ賊を討伐したって、誰の記憶にも残らない…最小の被害で、最大限の功績を立ててこそ意味があるのよ。」


【春蘭】

「ぬぬ…」


桂花の説明に、口をへの字に曲げて黙り込むしかない春蘭…その武は右に出る者なしと言われても、口先と頭の回転は悪いのだ。

そんな春蘭を…


【秋蘭】

『あぁ…拗ねる姉者もかわいいなぁ…』


秋蘭は心の中で愛でるのだった…顔が少しニヤけているが、春蘭は気づいていないようだ。


【春蘭】

「なら、せめて誰か護衛に…」


【桂花】

「主力部隊の戦力を下げたくないんだけど…」


桂花は春蘭の妥協案とも言える提言にも渋い顔だ…と、そこで華琳が、


【華琳】

「なら蒼馬、貴方が来なさい。」


【春蘭&桂花】

「「華琳様?」」


春蘭と桂花の声が見事にハモった。


【華琳】

「構わないわね、秋蘭。」


【秋蘭】

「はっ。我が隊はもとより弓隊…蒼馬が抜けたからといって支障はありません。」


【華琳】

「護衛はこれで問題ないでしょう?」


【蒼馬】

「そうだねぇ~、最初はとりあえず華琳と一緒に逃げとけばいいんでしょう~?おじさん、逃げ足には自信あるからねぇ~。」


それは自慢にならない…だいたい、目的はあくまで華琳の護衛だ。分かっているのだろうか、このいかがわしい自称オッサンは…。

というわけで、主力部隊として九百が伏兵として置かれ、二百弱の囮部隊が砦の前に展開した。


【蒼馬】

「思ったより小さな砦だねぇ~。」


【華琳】

「何なら、好きに暴れてもらっていいわよ?」


【蒼馬】

「若い頃なら、ね~。もう年だし、そういう無茶は御免被るよぅ。」


【華琳】

「そう。でも、戦いが始まったら、年なんて言い訳は聞かないわよ?」


そして…作戦通り銅鑼が鳴らされ、その音色が天高く鳴り渡った…次の瞬間、盗賊たちが砦からどっと飛び出してきた。


【蒼馬】

「あれ~?何か、予想以上に凄い勢いだねぇ~?」


【華琳】

「桂花?これも作戦通り?」


【桂花】

「いえ。おそらく出陣の合図と勘違いしたのではないかと…」


【蒼馬】

「とりあえず、早いとこ退いた方がいいねぇ~。」


【華琳】

「全軍、転換!作戦通り、撤退を開始せよ!」


華琳の合図で、囮部隊は一糸乱れず後退を始めた。


【蒼馬】

「奴さんたち、統率も陣形もあったもんじゃない。烏合の衆って、カラスの方がマシでしょう~?」


皆全力で逃げているのに、蒼馬だけは余裕の表情で馬を走らせながら、盗賊たちの様子を観察していた。

確かに、盗賊たちは我先にと追いかけてきており、見る間に砦から距離が離されていく。

あっという間に、所定の位置まで逃げてくると…伏兵の主力部隊が盗賊たちを後方から襲撃、さらには弓隊による斉射…盗賊の大群は一気に混乱し、次々に討ち取られていった。


【蒼馬】

「ふぅ~い…じゃあ、おじさんも働くとしようかねぇ~。」


ついに、蒼馬も馬から下りて盗賊たちの群れに突っ込んで行った。

剣を抜き、混乱する盗賊たちの懐に踏み込んで一振り。閃く銀色の光…飛び散る血飛沫…そして、転がる首という名の肉片……蒼馬の周囲にいた十人近い盗賊たちの身に、それは等しく起きた。

断末魔さえ聞こえないほど、一瞬の出来事…彼らはきっと、自分たちの死を自覚する暇もなく、命を絶たれたのだろう。ある意味、それは幸いな事だ…苦痛すら感じる間もなかったのだから。

次の瞬間には、もはや蒼馬が通った後に上がる血飛沫しか見えなくなった。


【華琳】

「は、速い…」


華琳はそう呟くことしか出来なかった。桂花にいたっては、驚愕の表情を浮かべ固まっている…。

蒼馬は再び、もう何度目か分からない剣閃を放った。


【盗賊A】

「なっ!てめぇ!」


一人の男が、仲間の仇だと蒼馬に襲いかか…


【蒼馬】

「遅いねぇ~。」


る前に、首が飛んだ…。一緒に、近くにいた五、六人の首も宙を舞う…。

転がる死体が積み重なり、足を取られたりしないように、あっちへこっちへ瞬時に移動して回りながら戦う蒼馬。血飛沫の上がった位置からだいぶ離れた場所で、次の瞬間に上がる鮮血…それだけが、彼の移動を教えるのみ。ついて行くなど不可能だ。


【盗賊B】

「な、何だ?アイツ!」


【盗賊C】

「消えた?」


【盗賊D】

「こっちも五人やられたぁーっ!」


盗賊たちは、さらに戦々恐々とし始めた。現れたと思えば、鮮血だけを残し姿を消す蒼馬は、彼らにしてみれば死神に見えただろう。

一方的だった…蒼馬一人で、あっという間に百人は斬られただろう。一秒につき平均十人はやられるのだから、単純に三百秒で三千人に達する計算になる。事実、たった三分で…盗賊たちは当初の三分の一しかいなくなっていた。


【蒼馬】

「ふぅ~…ちょっと疲れたねぇ~。」


蒼馬は剣に付いた血を払って鞘にしまうと、年寄りくさい所作で自分の肩や腰をトントンと叩いた。

そんな様子を見て、盗賊たちは…今が好機とでも思ったのだろうか、一斉に蒼馬めがけ襲い掛かった。群がる盗賊たちに、蒼馬の姿は完全に飲み込まれた…


【盗賊E】

「死ねぇーっ!」


【盗賊F】

「殺されたやつらの恨みだぁっ!」


ギャーギャーワーワー叫びながら、盗賊たちは蒼馬をボッコボコにする…人垣の中からは、暴行を受け、肉が潰れ骨が折れるような音が聞こえてくる。


【華琳】

「ちょ、ちょっと、蒼馬!」


華琳は慌てた様子で声を上げる…が、


【蒼馬】

「うん?何だい?」


【華琳】

「は?や、えっ?蒼馬…いつから、そこに?」


何故か、盗賊たちに囲まれ袋叩きされているはずの蒼馬は、華琳の背後にある岩の上で暢気に胡坐をかいていた。


【蒼馬】

「疲れちゃって~。ちょっと休憩しようと思って…」


【華琳】

「何をしたの?」


【蒼馬】

「ん?あぁ…今のは、空間転移…さっきまでのは、瞬脚っていう高速歩方のマネごとさ。」


と、やっと音と叫び声が収まったと思ったら、今度は…


【盗賊G】

「な、なんだぁっ?」


【盗賊F】

「お、おい!しっかりしろ!」


盗賊たちがうろたえるように騒ぎ始めた…その中心には、ボロ雑巾のようになった彼らの同士の姿があった。蒼馬に、身代わりにされたのだろう…。


【盗賊C】

「どうなってんだよ?何なんだよ、あの男!官軍の一兵卒じゃねぇのか?」


【盗賊D】

「おい、やべぇよ!後ろの連中も半分近くやられちまった!このままじゃ俺たち…」


【盗賊B】

「うるせぇっ!わかってるよ、んなこたぁっ!」


などと言い争っているところに…空を切るような鋭い音を鳴らして、一本の矢が…


【盗賊B】

「ぐぇっ!」


それは見事に、大声で怒鳴っていた男のこめかみを射抜いた。


【盗賊C】

「ひぃっ!」


見れば、凛とした瞳でこっちを睨む、青い髪の女性の姿が…さらに、


【春蘭】

「でぇぇぇいっ!」


【季衣】

「はあああああっ!」


裂帛の気合いと共に、轟音を響かせ敵を薙ぎ倒す、春蘭と季衣…彼女たちの周りには、盗賊たちの屍が積み上がっている。


【春蘭】

「ふん、他愛ない。やはり正面から叩き潰せばよかったではないか。」


【季衣】

「まぁまぁ、春蘭さま。でも、ついさっきまであんなにいた盗賊たちが…いつの間にこれだけに?」


【秋蘭】

「…蒼馬…ヤツしかいまい。」


秋蘭の言葉に、二人は「あ~…」という顔で納得した。


【盗賊G】

「ひーっ!ダメだ、逃げろっ!」


【盗賊F】

「こんな奴らに勝てっこねぇよ~…」


盗賊たちは、我先にと四方八方へ逃げ散らばる。


【春蘭】

「なっ、待てっ!」


一人たりとも逃がしてはならない。春蘭たちは追撃をかけようとしたが、蜘蛛の子を散らす勢いで逃げる盗賊たちに、手を焼かされる三人。


【蒼馬】

「仕方ないねぇ~。華琳、彼らは一人残らず殺しちゃっていいんだね?」


【華琳】

「え、えぇ。」


【蒼馬】

「了解♪じゃあ、もう一働きしようかねぇ~。」


蒼馬の姿がまた消えた…後には、砂埃が少し舞い上がった。


【盗賊C】

「へ?」


盗賊の一人が背筋に寒いものを感じた…瞬間、彼の首は飛んでいた。

次の瞬間、また別の方に逃げていた男たちが、首のない姿で地面に転がった。また、次の瞬間には…反対側に逃げていた男が、左右の景色が縦にずれるという奇妙な光景を目にし、真っ二つにされて地面に横たわった。


【盗賊E】

「ま、また出たぁっ!」


【盗賊H】

「ぎゃああっ!助けてくれぇっ!」


【盗賊I】

「か、母ちゃーんっ!」


逃げ惑う盗賊たち…しかし、彼らを取り囲むようにして軍は動き始めていた。


【蒼馬】

「一人も逃がさないよぉ~。」


もはや、盗賊たちの恐怖のみが戦場を支配していた…。

そんな戦々恐々とした事態を深めるが如く、蒼馬は突き出した自身の右手の人差し指に神通力を込めた。


【蒼馬】

「…ランス。」


その指先から一直線に伸びる光…その一筋の光は、反対側で逃げようとしていた盗賊の一人を、後頭部から額に掛けて貫いていた。


【盗賊D】

「……っ…」


やられた男は、ビクビクと体を痙攣させながら、すでに白目を剥いて絶命していた。


【盗賊H】

「ひぃっ!」


【盗賊I】

「いやだぁっ!死にたくねぇよぉっ!」


誰にともなく命乞いを始める盗賊たち…彼らも元々は、貧しい農民だったのだろう。腐敗した国政の、彼らもまた被害者なのだ。

盗賊たちの哀れな姿に、兵士たちが僅かな躊躇を滲ませるその横から、容赦のない蒼馬の追い打ちがかけられる。


【蒼馬】

「今さら謝っても、ダメだよ~。」


蒼馬は瞬脚であっちへこっちへと跳び回り、逃げ惑う賊どもを次から次へと殺し回った。飛び散る鮮血…しかし、蒼馬の鎧には一滴の返り血も付着していなかった。


【華琳】

「…この光景は何?」


【桂花】

「華琳様?」


【華琳】

「虐殺と言っていいくらい、圧倒的じゃない…」


今、華琳の目には蒼馬がどう映っているのだろうか…彼を引き入れた事を、どう考えているのだろうか。

…数分後…盗賊たちは一人残らず、物言わぬ屍の山と化した。


【蒼馬】

「ふぅ~い…終わったかなぁ。」


別に汗もかいてない額を腕で拭い、わざとらしい溜め息を吐いて蒼馬は華琳のもとに戻ってきた。


【蒼馬】

「こんなんで良かったのかい?」


【華琳】

「え、えぇ。ご苦労だったわね、蒼馬。」


【蒼馬】

「じゃあ、おじさんは適当に休んでるよぅ。年甲斐もなく暴れ回って、疲れちゃったからね。」


言い残して、蒼馬はまた姿を消した。

それから少しして、春蘭、秋蘭、そして季衣の三人が集まってきた。


【春蘭】

「華琳様!ご無事ですか!」


【秋蘭】

「落ち着け姉者、こっちにはまるで賊たちの死体がない。怪我をする方が難しいと思うが?」


【華琳】

「秋蘭の言うとおりよ、春蘭。大事ないわ。お疲れ様、二人とも。」


【春蘭&秋蘭】

「「はっ!」」


【華琳】

「それに、季衣も…よくやってくれたわ。ありがとう。」


【季衣】

「…これで…」


季衣は少し俯き気味の顔を上げて、彼女にしては弱々しい、小さな声で言葉を紡いだ。


【季衣】

「これで、もう…盗賊に襲われずに、済むんですよね?村のみんな、安心して暮らせるんですよね?」


【華琳】

「えぇ。」


【季衣】

「よかった…っく、ひっく……」


安堵したのだろう…緊張の糸が切れた季衣の目からは、止めどなく涙が溢れ出した。

そんな季衣の事を、春蘭は優しく抱きしめてやった。


【春蘭】

「よく頑張ったな、季衣。」


【季衣】

「う、うわぁぁぁぁん!」


泣きじゃくる少女を抱きしめながら、春蘭はその体の小ささに改めて気付かされた。こんなに小さな体で…今まで、たった一人で村を守っていたのかと思うと、春蘭の胸にも込み上げてくるものがあった。




その後、賊討伐の功により、華琳は州牧となった。より広い地域を治める事になったので、季衣の村も晴れて彼女の統治下におかれる事になったのである。


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