第五十四話 蒼天の下で
ついに、龍刻四爪刀の全ての力を操れるようになった一刀。特に、白虎の牙は最も攻撃力に特化した刀で、奥義の白夜光はケタ外れの威力を誇る。闇夜をまるで昼間のような明るさで照らすその光は、昼間の中にあってなお鮮烈な光を放ち、天へと昇って行った。
【一刀】
「ぐ……ま、参ったな……ね、根こそぎ…力、持ってかれちまった…ぜ……」
制御できず、ありったけの気を引き出された一刀は疲労困憊…ついには気絶して、地面へと再び落下した。
【愛紗】
「ご主人様!」
【一刀】
「…Zzz……」
駆け寄った愛紗が見たのは、大の字になって寝息を立てている一刀だった。その姿に、ほっと胸を撫で下ろす愛紗…皆も、一刀のその様子に、自分たちの勝利を確信した。
【バズール】
「クソガァァァァッ!」
【愛紗】
「っ!?」
空の上から降って来た、怒りを通り越した怨嗟の叫び…見上げると、バズールは五体満足のままそこに浮いていた。さすがに無傷ではないが、鎧のおかげか致命傷はないようだった。
【愛紗】
「そんな…
バズールの生存に、兵士たちは勿論、歴戦の勇将・名軍師たちさえ絶望の色を浮かべていた。
【バズール】
「オ前ラ…全イン、殺シテヤル……ミナ殺シd…ミナ、ゴロ…ミナナナ……ァ、アア…ガァッ!」
…バズールの様子が、明らかにおかしかった…。
これが、邪術師に堕ちる事で得られる力と命の代償…闇に心を蝕まれ続けた神術師の、なれの果てである。
【バズール】
「アアアアァァァァッ!」
バズールの心は完全に崩壊し、正気も自我もないモノへと変わり果てた…。
それと同時に、外史の崩壊が一気に加速し始めたようだ…空が、雲に覆われたわけでもないのに、黒く染まっていく。大地が裂け、地面が隆起し、土や石が空へ飲み込まれていく。
このままでは、いずれこの世界そのものがあの闇色の天空へと引き込まれ、消滅してしまう。
【雪蓮】
「ちょ、あれ…どうするのよ?」
【華琳】
「…どうにも、ならないでしょうね…」
この現象を止めるには、バズールを倒し、息の根を止めるしかない。しかし、唯一の希望である一刀は力を使い果たし、もはや戦闘不能…この中に、今の一刀に匹敵し得る者がいない以上、バズールと戦える存在もいないという事になる。暴走するバズールが襲ってきたら、死を待つより他ない…それは、聡明な二人だけでなく誰の目にも明らかだった。
【バズール】
「ガァァァッ!」
咆哮を上げ、バズールが急降下を始めた…が、誰一人、その場から逃げ出す気力さえ引き出せず、ただただ立ち尽くしていた。
と、そこへ…
バキッ
【バズール】
「ガッ!?」
【蒼馬】
「何処を見ている、バズール?お前の相手は、俺だろ?」
バズールの攻撃で死んだと思っていた蒼馬が、危機一髪のところでバズールを殴り飛ばした。しかも、その姿は…かつて恋と虎牢関で戦った時の、蒼き龍人の姿だった。
かつて、氷龍の血を移植された蒼馬…そのおかげで、こうして龍人に変化する事が出来るようになったのだ。ただし…ただでさえこれには膨大な神通力を要する。呪いの傷で消耗が激しくなっている蒼馬にとっては、まさに捨て身である。
【バズール】
「ガァァッ!」
バズールは蒼馬を敵と認識したようで、牙を剥いて正気を失った目で蒼馬を睨んでいる。
【蒼馬】
「…とうとう、堕ちるところまで堕ちたか……来い、バズール。」
【バズール】
「アアァァ…」
【蒼馬】
「終わりにしてやる。」
蒼馬の姿とその言葉には、悲痛なまでの決意と覚悟があった。
【バズール】
「アアアァァッ!」
蒼馬に向かって飛びかかるバズール…それを正面から受け止め、蒼馬とバズールはがっしりと組み合った。
【バズール】
「ガアアアッ!」
【蒼馬】
「…分かっている…」
【バズール】
「ガアアアァァァッ!」
【蒼馬】
「分かっている。分かったから、もう泣くな。」
蒼馬は掴んだバズールの体に、直接氷龍の冷気を浴びせた。途端に、バズールの体はどんどん凍りついていった。
【バズール】
「ッ!?ガアアアッ!」
痛いほどの冷たさに、堪らずバズールは暴れまくって蒼馬から離れた。
【バズール】
「ガァッ…アァァ……」
【蒼馬】
「解けるのを、待ってやるつもりはないぞ。」
ドガァッ
蒼馬の蹴りが、バズールの顎にクリーンヒットする。普通ならこれで脳震盪を起こして終わりなんだが、さすがと言うべきか、バズールはすぐに蒼馬に向き直り蹴り返してきた。
が、それを難なく躱した蒼馬は、右の掌底をバズールに打ち込んだ。
【バズール】
「フガッ!ガ……」
よろめくバズール…しかし、それでもバズールは止まらない。
【バズール】
「ガアアアァァァッ!」
雄叫びを上げ、暴走によってさらに強大化した力に任せ、蒼馬に突っ込んでいく。一撃でクレーターを作りかねない拳を振るい、野山を切り裂くかのような蹴りを放ち、暴れ続ける…。
そんな攻撃を、蒼馬は冷静に見切り、躱し、往なし、転じて攻撃した。
【バズール】
「バアアァァッ!」
右腕の砲身から、黒い閃光を放つバズール…が、それも蒼馬に避けられてしまう。が、避けた先に、左の砲身からのもう一撃が…
【バズール】
「ダアアアッ!」
【蒼馬】
「ハアアアァァァァッ!」
迫る一撃に、蒼馬もバズールに負けない声量で雄叫びを上げた。すると、バズールの放った閃光が、見る間に凍りついてしまった。
【バズール】
「ッ!?」
驚くバズールを尻目に、蒼馬は空間転移でバズールの背後に回り込んだ。そして、高速ターンしながら、バズールを裏拳で殴りつけ地面へ叩き落とした。先ほど、バズールが一刀に見舞った流転で。
【バズール】
「ガッ…ァ……」
立ち上がろうとするバズール…だが、そんな彼めがけ急降下してきた蒼馬は、容赦なくバズールの背中に拳を叩き落とした。
衝撃で、地面の亀裂がより大きくなる…。
【蒼馬】
『…どうすれば、救えただろう?何度、この問いを繰り返したか分からない…』
蒼馬は、倒れ伏したバズールの体に右手を当て、再び氷龍の冷気を流し込んでいく。
【バズール】
「ガァッ!?」
【蒼馬】
『…一つだけ、言える事は…』
【バズール】
「ガ……ァ……」
【蒼馬】
「あの日の俺には、今の俺のこの覚悟が無かった。
…バズールの体は、もう完全に凍りついていた。
【蒼馬】
「終わりだ、バズール…」
そして、凍ったバズールの体は粉々に砕け散り、暗く染まっていた空が、もとの青空に戻っていく。
【蒼馬】
「お前の怒りも、憎しみも、そして苦しみも…
この外史世界の命運をかけた戦いは終わった…バズールの死によって、外史の崩壊は止まったらしい。ただ、すでに消えてしまった貂蝉を始めとする、本来なら居たはずの者たちが戻ってきたのかは確認のしようがない。
【小蓮】
「ねぇ~、一刀ぉ~。街で新しい下着買ってみたの♪似合う~?」
【蓮華】
「ちょっ!小蓮!ちゃんと服を着なさい!はしたない!」
【小蓮】
「ぶーっ!蓮華姉様には聞いてないの!ねぇ~、一刀ぉ~。」
【一刀】
「あぁ、良く似合ってるよ。」
【小蓮】
「わーい♪」
【蓮華】
「ちょっと、一刀!あんまり小蓮を甘やかさないで!」
【一刀】
「え~、俺が悪いのか?」
【蓮華】
「愛紗に言いつけるわよ?一刀が、私の妹にまで手を出そうとしたって。」
【一刀】
「ちょ!そこまでしてねぇよ!」
【小蓮】
「いいじゃん。私は一刀の愛人だもん♪」
【一刀】
「なっ!?」
【愛紗】
「何ですって?」
【一刀】
「ひっ!あ、愛紗!ち、違うんだ!」
今日も今日とて、孫家の三女である小蓮の小悪魔のような発言に翻弄される一刀…彼に穏やかな日々は訪れるのだろうか?
【一刀】
「せ、青龍をしまえって!話し合おう!な、あ、あああああっ!」
【蒼馬】
「すっかり平和を取り戻したねぇ~。」
晴れ渡る空の下、城壁の上から許昌の街を眺める蒼馬は誰にともなく呟いた。
【蒼馬】
「…これで、良かったんだよな…」
【華琳】
「当然よ。」
いつの間にか、蒼馬の背後には華琳が立っていた。
【蒼馬】
「華琳、盗み聞きなんて趣味が悪いよ~?」
【華琳】
「盗み聞き?それは貴方が、全く気配に気づかなかった場合に言うものよ。貴方なら、とっくに私がここに立っている事に気づいていたでしょう?」
事実、蒼馬に驚いた様子は見受けられない。
華琳は悪びれもせず、蒼馬の横に来て一緒に街を眺めた。かつてのように…。
【蒼馬】
「…これで良かったんだ…
しばし無言でいた二人だったが、不意に蒼馬が口を開いた。
【蒼馬】
「何度、自分にそう言い聞かせて生きてきたか…初めてバズールに会った時、俺はあいつを殺すつもりだった。生かしておけば、いずれ凶悪な邪術師になると分かっていたからな。でも、その時のバズールは、まだ十歳も数えてなくて…ただの無垢な子供だったんだ。殺せなかった…それどころか、生かしてしまった…結果、あいつは死より酷い苦しみを味わう結果になった……」
【華琳】
「蒼馬…」
【蒼馬】
「そんな事ばっかりだ、俺の人生…六百年、何の為に生きてきたんだって…寝る前は、いつもそんな事を思ってばかりだった。でも…最期はちゃんと、上手くいってくれたみたいで、安心したよ。」
【華琳】
「…そう。」
【蒼馬】
「……」
【華琳】
「……」
また、二人は黙ったまま街を眺め始めた。
街を行き交う人々は、誰もがこの平和な時代を喜んでいるようだった。無論、この人たちの中にも、戦乱の中で大切な人を失った人が大勢いる。それでも、人々は前を向いて歩いていく。涙が零れそうになったら、この青い空を仰いで愛しい人を偲ぶのだろう。それがきっと、人が持つ強さなのだ。
【華琳】
「…行くの?」
今度は、華琳が口を開いた。彼女には、もう予感めいたものがあった。
【蒼馬】
「…あぁ。もう知ってる通り、俺にはやらなきゃならない事がある。」
【華琳】
「…そう…」
【蒼馬】
「華琳、君に会えて本当に良かった。自分が最期に為すべき事、為せる事を、見つける事が出来た。ありがとう。」
【華琳】
「お礼を言いたいのはこっちの方よ。私だけじゃない…この国に住む全ての民が、貴方が作ってくれたこの平和に、感謝しているわ。ありがとう、蒼馬。」
【蒼馬】
「俺が作った?違うな…平和ってのは、今を生きてる人たちが作るものだ。この平和な世を、どんな色に染めるかは君たち次第…俺は、見守るだけだ。」
【華琳】
「なら、見ていなさい。この国はこれから、もっと素敵な国になるわ。この私が言うんだから、間違いないわよ。」
【蒼馬】
「そうだな。楽しみにしている。じゃあ、縁があったら、また蒼天の下で会おう。」
そう言い残し、蒼馬は姿を消した。
【華琳】
「さようなら、蒼馬…縁があったら、また会いましょ。」
CAST ~♪志在千里
曹操 華琳 夏侯惇 春蘭 夏侯淵 秋蘭
荀彧 桂花 許張 季衣 典韋 流琉
楽進 凪 李典 真桜 于禁 沙和
郭嘉 稟 程昱 風 張遼 霞
劉備 桃香 関羽 愛紗 張飛 鈴々
諸葛亮 朱里 鳳統 雛里
趙雲 星 馬超 翠 黄忠 紫苑 璃々
馬岱 蒲公英 厳顔 桔梗 魏延 焔耶
孫策 雪蓮 孫権 蓮華 孫尚香 小蓮
周瑜 冥琳 甘寧 思春 周泰 明命
黄蓋 祭 陸遜 穏 呂蒙 亞莎
公孫賛 白蓮 董卓 月 賈駆 詠
呂布 恋 華雄 華陀 貂蝉
左慈・元放道士 于吉
袁紹 麗羽 文醜 猪々子 顔良 斗詩
袁術 美羽 張勲 七乃
劉璋 桜香 張魯
張郃 徐晃 龐徳
空野 智輝 バズール
蒼き死神・蒼馬
天の御遣い・北郷 一刀
~エピローグ~
【蒼馬】
「…さてと…じゃあ、頼むよ~。」
許昌を離れた蒼馬は、誰もいない荒野に空間転移してきた。
【蒼馬】
「今いる時間軸より過去への時空間転移は、本来は御法度だからね~。君みたいなのに頼むしかなくって~。」
未来への時空間転移は自由だが、未来を知った上で過去に干渉する事は、神術師とて許されない事だ。故に、過去への時空間転移を行う事は禁止されている。
【蒼馬】
「再会した時は、反吐が出そうだったけど…結果としては、殺さずにおいて正解だったみたいだね~。」
……。
【蒼馬】
「ところで…卑しい幻術師クン?君、今はなんて名乗ってるんだい?」
【東堂院】
「…東堂院 紗樹。」
【蒼馬】
「相変わらずセンスのない名前だね~。前は確か、にsh…」
【東堂院】
「場所は官渡から少し離れた高台、時間軸は…袁紹と彼女たちがぶつかる頃だ。後は好きにすればいい。」
【蒼馬】
「そのつもりだy…
…過去への時空間転移…本来なら成功の確率およそ30パーセントといったところだが、成功はすでに約束されている事なので気負わずできた。
この後、彼が何をどうしたのか、どうなったのかは、もはや語るに足らない事だ。
彼を過去へ送り、ここでの私の役目も終わったようだ…まだ役目を終えてない北郷 一刀の物語はまだ続くようだが、それを見届けるのはどうやら私の役目ではないようだ。個人的には、そっちの方が気になるんだが…致し方ない、それは何処か、別の誰かに任せるとしよう。
…私の視界と意識は、そこで完全に白く染まった……。
蒼馬side
まったく…人が喋ってる途中で転移させるなよ。
【蒼馬】
「でも…幻術師のわりに、正確な仕事をするな。」
官渡では、今まさに合戦が始まったところのようだ。華琳たちの軍から、ここからでも分かるほどの大岩が幾つも飛び交っている。袁家の軍勢は…あらら、大パニックだ、こりゃ。
【蒼馬】
「…さて、袁紹は……あそこか。お、春蘭ちゃんは孫策ちゃんと互角にやり合ってるねぇ~。おじさんの修行の成果がこんなに早く出るなんて、感心感心♪」
なんて、高見の見物してないで、そろそろ動こうかね~。霞ちゃんがもの凄い勢いで、袁紹に迫ってるし。
【蒼馬】
「……俺の六百年をしめくくる、言うなれば死出の旅路…これが、その最初の一歩だ。」
空間転移で、逃げだそうとしていた袁紹の前に移動した俺は…
【蒼馬】
「ランス。」
袁紹の胸を鎧ごと、ランスで貫いた。
二年間、この作品を見続けてくれた皆様、本当にありがとうございました。




