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第五十一話 敵の正体

明けましておめでとうございます。


物語も最終章となり、勢い任せのやっつけなデキになってしまっていますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。

 許昌の惨事の翌日、まだ一刀の元にもその知らせが届いていない頃…成都でも異変が起きていた。


【焔耶】

「うわああああっ!」


 街の警邏に出ていた焔耶は、何故か大泣きしながら街中を駆けずり回っていた。

 一体、何の騒ぎかと思えば、彼女の後から十数匹の野良犬たちが追いかけて来ていた。


【焔耶】

「く、来るなぁっ!」


 戦場であれだけ勇ましかった彼女は何処へやら…野良犬の群れから逃げ惑うその姿に、猛将・魏文長の面影は無かった。

 しかし、野良犬たちは何も牙を剥いて彼女を追いかけているわけではない。むしろ、じゃれているだけの印象を受けるのだが…体質的に動物に好かれるタイプのようだ。悲しい事に、それ故の幼き日のトラウマか何かが、彼女をここまで追い立てているらしい。


【蒲公英】

「だぁーっ、もうっ!これだから、あの脳筋と組んでの警邏は嫌なのよっ!」


 さらに後から追いかけて来たのは、一緒に警邏に出ていた蒲公英だ。普段、焔耶とは仲の悪い蒲公英だが、どういうわけか一緒に組んで仕事をする機会が多い。誰の意志が介在しているのだろう?


【蒲公英】

「でも、おっかしいなぁ?この間、野良犬の一斉捕獲して、町中の野良犬は保護して里親のとこに出したばっかりなのに。桃香様と桜香様の連名で、犬を無闇に捨てちゃダメってお触れも出したのに…何でもうあんなに野良犬が?」


 発案は動物が好きな桜香の一言がきっかけだった。桜香を溺愛している桃香は、いつになく張り切って今回の施策を実行したのだ。それ故に、この事を報告するのが心苦しかった。


【蒲公英】

「仕方ない。焔耶には尊い犠牲になって貰うとして、私はお仕事に戻ろっかな♪」


 早々に焔耶を見捨てた蒲公英は、そのまま反対方向に歩いて行ってしまった。

 その頃、焔耶は未だに犬たちに追い回されていた。


【焔耶】

「ひぃぃぃぃっ!」


 気づけば、かなり街の外れの方まで来ていた焔耶…人通りの少ない裏路地に入り、さらに狭い横道へと逃げ込む。そんなとこに逃げても、犬の嗅覚の前では何の意味も無いと思うのだが。


【焔耶】

「はぁ…はぁ…はぁ…」


 と、思っていたら…犬たちは通りの向こうをそのまま走って行ってしまった。焔耶を追っていたのではないのか?


【焔耶】

「はぁ…た、助かった……はぁ、ふぅーーっ……」


 大きく深呼吸して息を整えた焔耶は、ゆっくりと通りの方へ向かう…恐る恐る、顔だけ出して辺りを見回したが、犬たちの群れはもう何処かに行ってしまったようだ。

 安心した彼女は、はぐれてしまった蒲公英と合流する為に元来た道を戻り始めた。


【焔耶】

「さてと…思いがけず無駄な時間を取られちまった。早く戻らないと…」


 その時、彼女の背後にゆらりと揺れる影が…


【焔耶】

「っ!?」


 その気配に気づくより早く、焔耶は背後から脇腹を刺されていた。


【焔耶】

「なっ!?くっ…バカな…」


 振り返りざまに、焔耶は裏拳で犯人を殴り飛ばした。

 犯人は、頭から真っ白い頭巾を被った怪しいヤツだった。


【焔耶】

「くそ…何だ、こいつ…まるで、気配を感じなかった……」


 と、次の瞬間…


【白装束A】

「死ねぇっ!」


【焔耶】

「!?」


 新手が現れ、再び焔耶に凶刃を向けてきた。しかし、さすがは猛将・魏文長…手負いながら、見事な体捌きでその男をあしらい、首筋への手刀と膝蹴りでのしてしまった。


【焔耶】

「フン!そう何度も不意打ちを喰らう俺じゃ…」


 ドスッ


【焔耶】

「はぐっ!」


 再び、背後からの一突き…振り返ると、そこには新手の白装束が三人…いや、五人もいた。さらには次から次へと、もうゾロゾロと増え出して、あっという間に焔耶は四面楚歌の状態に追い込まれていた。


【焔耶】

「何だ、こいつら?何処から湧いて…いや、それより…気配がまるで…」


 手負いとはいえ、数など別にどうにでもなった。問題は、目の前にいるのに、まるで気配を感じられない事だ。目の前にいる奴らでそうなのだから、背後の連中の動きなんてまるで分からないのだ。これでは、如何に彼女でもどうしようもない。


【白装束B】

「北郷 一刀は悪!」


【白装束C】

「北郷に与する者は悪の手先!」


【焔耶】

「チッ!お前ら…お館の敵か?だったら!」


 焔耶は気合いを込めるように、強く足を踏み鳴らして一歩前に出た。


【焔耶】

「生きて帰しちゃ、桃香様に合わせる顔が無くなるな!来いっ!この、魏文長が相手だ!」




 その頃、蒲公英は街中の警邏をしながら…


【蒲公英】

「はむっ…モグモグ…」


 中華まんを買い食いしていた。

 いや、正確に言うと、買ったのではなく、お店のおばちゃんが勝手にくれたのだ。天真爛漫な鈴々と並んで、彼女も街の大人たちによく好かれている。


【蒲公英】

「にしても、焔耶ってば何処まで逃げてったのかな?いい加減、そろそろ戻って来てもいい頃なのに…」


 まさか、焔耶が絶対絶命のピンチに陥ってるとは露にも思わない蒲公英は、暢気にまた中華まんを頬張りながら通りを歩いた。


【蒲公英】

『何だろ?何かひっかかってる気がするんだけど…街は平和、国も平和、全部が丸く収まったのに、何か……』


【街の人A】

「きゃあああっ!」


 突然、通りの向こうから女性の悲鳴が聞こえてきた。

 蒲公英は思考を中断して、声のした方へ大急ぎで駆けて行った。


【蒲公英】

「どうしたの?」


【街の人A】

「あ、あ…」


 その女性は、ショックでうまく言葉が出ない様子だった。ただ、震える手で必死に何かを指さしている。その先には…


【蒲公英】

「っ!?」


【焔耶】

「……」


 血まみれで、フラフラになりながら、足を引きずるようにして歩いてくる焔耶の姿があった。事情を知らない者が見れば、その様子はまるでゾンビ…悲鳴を上げるのも分かる気がした。


【蒲公英】

「ちょ、焔耶?何が…」


【焔耶】

「……桃香様に……お館が、危ない……」


 それだけ言って、焔耶はその場に倒れた。


【蒲公英】

「焔耶?焔耶っ!」




【華陀】

「…ふぅ……もう大丈夫だ。」


 華陀の治療を受け、焔耶は一命を取り留めた。桜香の治療の為にと、成都に残っていたのが幸いした。


【桃香】

「良かったぁ…」


【翠】

「あぁ。にしても蒲公英!焔耶がこんなになるまで、お前は何処で何やってたんだ!」


【蒲公英】

「え、えっと…諸事情で、焔耶と逸れた後…一人で警邏を……」


 翠に問い詰められた蒲公英は、分かり易く目をくるくる泳がせながら歯切れの悪い答えを返した。


【翠】

「逸れた?どうせまた、ケンカでもしたんだろ?」


【蒲公英】

「ち、違っ…く、ないです…」


 否定しようとしたが、桃香の方をチラッと見た後、一転して認めてしまった蒲公英…。


【翠】

「?」


【星】

「何か、言い難い事情があるのだな?」


 そんな蒲公英の様子を、星が見逃すはずもなかった。


【蒲公英】

「…野良犬の群れに、焔耶が追い回されて…それで逸れたの。」


【星】

「なるほど。しかし、それも恐らく…」


【桃香・黒】

「于吉のやりそうな事ね。」


 彼女は表に出てくるなり、自身を生み出した妖術師に対する怒りを顕わにした。


【桃香・黒】

「朱里、急いで魏と呉に文を…私は、ご主人様の所に向かうわ。誰か…」


【星】

「私がお供しましょう。」


【鈴々】

「鈴々も行くのだ!」


【桃香・黒】

「お願い。後の皆は留守を頼んだわよ。」


【朱里・翠・蒲公英】

「「「御意。」」」


 その後、星と鈴々、兵を百名ほど引きつれて、彼女は一刀の下へ急いだ。


【桃香・黒】

『于吉…言ったはずよね…もし、ご主人様に手を出したら、私が八つ裂きにしてやるわ。』




 その頃、建業では…


【町民A】

「元放道士様!ありがとうございます!」


 元放道士を名乗る男が、民衆から篤い信頼を得ていた。

 何でも、どんな重い病でも、ケガでも、あっという間に治してくれるというのだ。マユツバな話だが、実際に建業で幾人もの人が彼に助けられていた。


【元放道士】

「また何か、困った事があればいつでも来なさい。」


【町民A】

「ありがとうございます!」


 しかも、一切お金を受け取らないという。純粋な慈善心のみで人々を助ける元放道士は、建業の民たちから第二の御遣いと持て囃されていた。

 先の青年も、急激な腹痛を訴えていたが、元放道士の祈祷によってすっかり良くなったのだ。

 青年を、柔和な笑みで見送った後、道士は家に入った。すると一転、


【元放道士】

「チッ。」


 不機嫌そうな表情で舌打ちをした。


【元放道士】

「一体、いつまでこんな事をしてればいいんだ?于吉?」


【于吉】

「中々に様になっていましたよ?」


 部屋の中、何処からともなく于吉の声だけが響いてくる…。


【于吉】

「貴方もまんざらではないのでは?左慈。」


【左慈】

「フザけるな!そんな事より、北郷のヤツはどうしている?」


【于吉】

「やっと王という立場に慣れてきた、そんな所でしょうか?しかし、そんなに彼が気になりますか?」


【左慈】

「北郷の次はお前を殺すぞ。」


【于吉】

「冗談ですよ。そろそろ頃合いです。魏と、蜀の方ではすでに事を起こしました。後は、計画通りに…」


【左慈】

「分かった。」


 それを最後に、于吉の声と気配は消えた。と入れ違いに、今度は家の外に、物々しい気配が…


【呉軍兵士A】

「元放道士、元放道士はおられるか!」


【左慈】

「…さて、こっちも始めるか。」


 外に出ると、数人の呉の兵士たちが待ち構えていた。


【呉軍兵士A】

「貴殿が、元放道士か?」


【左慈】

「はい。どうされましたかな?」


 左慈は穏やかな笑みを貼り付けて、兵士たちに対応した。先ほどまでの、于吉に対する態度とは雲泥の差だ。


【呉軍兵士A】

「どんな怪我も病も治せるという貴殿に、助けてもらいたい方がいる。」


【左慈】

「…どんな病も、というのは些か買い被りですが…助けを求める方がおられるならば、力を尽くしましょう。」


 こうして、左慈は兵士たちに連れられ、呉の城へと招かれた。

 通された医務室にいたのは、見るからに血色を失い、苦しそうに荒い呼吸を続ける冥琳だった。


【左慈】

「……いつ頃からですか?」


【呉軍兵士A】

「二、三日前から、調子の悪さを訴えておられた。ここまで悪化したのは、今朝になってからだ。」


【左慈】

「そうですか…これほどの病、簡易の祭壇と道具で祈祷しても逆効果でしょう。もっと広い場所へ移せますか?」


【呉軍兵士A】

「承知した。」


 すぐさま、冥琳は玉座の間へと移された。さらには、左慈の指示で祭壇が設けられ、小一時間のうちに、玉座の間は物々しい雰囲気に包まれた。

 呉の大軍師・周公瑾の快復祈祷とあって、準備が整うと正装に身を包んだ呉の将軍、軍師たちも参列した。姿が見えないのは、一刀の下に嫁いだ蓮華と彼女専属の近衛兵としてついて行った思春だけだ。無論、二人にも文を送ったが…届くのは、明日になってからだろう。


【左慈】

「…では、始めます。」


 左慈はそう言うと、横たえられた冥琳に向かって手をかざし、何か呪文のようなものを唱え始めた。

 …どれほどの間、それが続いていただろうか?三十分?一時間?いや、すでに外は日も沈んでいる。二時間以上は経っただろう。動きはない…少なくとも、冥琳の様子に変化は見られなかった。

 そう思った矢先、突然…


【冥琳】

「ぐぅっ!ぐ、ああああああっ!」


 ひと際大きく、冥琳が苦しげな声を発した。それと同時に、彼女の体からどす黒い煙のようなものが噴き出して、玉座の間の天井をまるで暗雲のように覆い尽くした。


【明命】

「こ、これは!?」


【雪蓮】

「冥琳!」


【左慈】

「動いてはならぬ!悪鬼怨霊よ、主の下へ帰るがいいっ!喝っ!」


 左慈の気迫に押され、怨霊はもの凄い勢いで玉座の間の天井を突き破って逃げ帰った。


【左慈】

「……ふぅー…もう、大丈夫でしょう。どうやら、呪詛を掛けられていたようですね。」


【雪蓮】

「ありがとう。でも、誰が冥琳に呪詛を…」


【左慈】

「呪詛は、破られると術者に返る。恐らく、今ごろ犯人が、周瑜様と同じ苦しみを味わっているはず。」




【桃香・黒】

『…急がないと!ご主人様…』


 逸る気持ちを抑えきれず、馬を急がせる彼女…しかし、そんな彼女を、冥琳から抜け出た怨霊が音もなく襲いかかった。


【桃香・黒】

「なっ!?ぐ、あっ!」


 突然の苦しみに、彼女はわけも分からないうちに気を失い、落馬してしまった。


【星】

「桃香様!」


【鈴々】

「お姉ちゃん!」


 すぐさま駆け寄ってくる星と鈴々…しかし、苦しげに呻くだけで、彼女も桃香も何も答えられなかった。




【于吉】

「…左慈も上手くやってくれたようですね。これで、我々の情報を最も知る彼女の口は塞げました。おまけに、呉には蜀への猜疑心を植え付けられるでしょうし、そうなれば三国同盟も瓦解する。あの男が消えた今、三国同盟という後ろ盾が無ければ、北郷など裸で前線に立たされた新兵同然。後は、じっくりいたぶって差し上げますよ。」




 そんな事が起きているなんて露知らず、一刀は魏へと飛んで来ていた。しかし、張郃たちを助ける事が出来ず、結果見殺しにしてしまった事を、一刀は激しく後悔する事になった。


【一刀】

「…何が王だ…何が、御遣いだ……くそっ!チクショウっ!」


 宛がわれた部屋で、一刀は一人項垂れていた。兵に頼んで、人払いは済んでいる。一応、霞は通してもいいとは伝えてあるが、それ以外は例え華琳でも通すなと伝えてある。もっとも、それを知った霞は一刀の心情を悟り、決して部屋には近づかなかった。


【華琳】

「霞、私に気を遣わなくていいのよ?貴方は妻で、王妃なのだから、一刀の部屋を訪ねるのに気兼ねする必要なんか…」


【霞】

「まぁ、それはそうなんやけど…別に、孟ちゃんに気ぃ遣うとるわけやないで。愛紗と蓮華なら、間違いなく一刀のとこに走ってくわ。けど、男はカッコつけたがりやから、ウチまでそれしたら一刀の自尊心は何処行ってまうねん。」


 男としてのプライド、霞は一刀のそれを慮ったのだ。武人としての誇り、矜持を人一倍重んじる霞らしい思いやりだった。


【華琳】

「カッコつけたがり?一刀が?」


【霞】

「あれで結構、気にしぃやねんで?結婚してすぐの頃なんか…ぷふっ!」


 情景まで思い出したのか、霞は腹を抱えて笑いだした。おかげで、新婚ホヤホヤ時の恥ずかしい一刀の話は聞けずに終わった。

 さて、一刀の部屋に戻ると…


【??】

「ご主人様―❤会いたかったわぁ~❤」


【一刀】

「ぎゃあああああっ!」


 …き、筋肉ムキムキの九割裸の大男に、今まさに抱きつかれようとしていた。


【一刀】

「な、何だ!?おっさん、何処から…」


【??】

「だ、誰が四十過ぎの加齢臭を放つむっさいオッサンですってぇーっ!」


【一刀】

「そこまで言ってねぇっ!つーか寄るなぁっ!」


【??】

「きゃんっ!酷いわ、ご主人様~。まぁ、憶えてないのも無理は無いのだけれど。」


【一刀】

「?」


 言われて、一刀はよーくその男の顔を見てみた。男のくせに紅を差し、頭に毛はなく、唯一残っているもみあげの長い髪を結っておさげにしている男の顔を、過去の記憶の中から必死に探す一刀…


【一刀】

『……うん、知らない!』


 やはり該当する者はいなかった。


【一刀】

「…俺の事は知っているんだな?だったら、まず名を聞いていいか?」


【貂蝉】

「私は貂蝉。大陸一の踊り子にして、外史の管理者の一人よ。」


【一刀】

「…外資?」


 自己紹介の前半には敢えてツッコミを入れずにスルーした一刀は、株とか外国為替やらの話を想像した。


【貂蝉】

「本来の歴史とは、違う時の流れ、違う存在の出現・消失によって派生した、別の歴史…ご主人様には、パラレルワールドって言った方が伝わるかしら?」


【一刀】

「え?あ、あぁ…そういう事か…」


【貂蝉】

「外史の管理者には、私のように外史を保とうとする派閥と、外史を消し去ろうとする派閥が存在するの。ご主人様にとって大事なのはここからよ。」


【一刀】

「俺にとって?」


【貂蝉】

「貴方は、この外史を壊そうとする管理者によって命を狙われているわ。」


【一刀】

「…なるほど。桃香がおかしくなった時の一連の騒動を起こしたのは、そいつらだったのか。」


 愛紗が呉に捕らわれたあの一件以来、全く動きを見せなかった敵に、すっかり一刀も警戒するのを忘れてしまっていた。


【貂蝉】

「そういう事よ。そして、ご主人様と一緒にこの外史に紛れ込んだ彼が消えた今、ヤツらは本格的にご主人様を殺そうと動き出したわ。」


【一刀】

「今度は、何をしてくるつもりなんだ?」


【貂蝉】

「すでに始めているわ。ここでの三人の副官の死、これは于吉ってヤツの仕業よ。それに、蜀では魏延ちゃんが、于吉の操る傀儡に襲われ重傷を負ったわ。華陀ちゃんが診てくれたから、一命は取り留めたけど。」


【一刀】

「焔耶が!?くそっ!連中の狙いは俺だろ?何でそんな事を…」


【貂蝉】

「ご主人様を苦しめる為に、あとはご主人様を孤立させる為に、じゃないかしら?」


【一刀】

「……そいつら、何処にいるんだ?」




 その頃、冥琳を襲っていた怨霊らしきものにとり憑かれて気を失ってしまった桃香を、星と鈴々は必死に介抱していた。


【星】

「くっ…桃香様はどうされてしまったのだ?華陀はまだか?」


 兵に言って、蜀から華陀を呼ぶように命じたが、まだ到着していなかった。

 元々、一刀に報せを送る為の部隊だったので、物資もほとんどなく、水や食料も底を尽きようとしていた。


【鈴々】

「兵の皆の疲労も激しいのだ。このままじゃ…」


 疲労の上に飢えと渇きが重なれば、兵たちが理性を失い暴走しかねない。

 かと言って、こんな状態の桃香を連れて移動する術は用意していない。前進も後退も出来ない状態だった。


【??】

「これは…強大な病魔の気配を感じて来てみれば…」


 そこへ、一人の女性が馬に乗って現れた。


【星】

「む?貴殿は…?」


【張魯】

「私は張魯。そこに倒れておられるのは、蜀を治める劉備殿では?」


【星】

「如何にも…劉玄徳である。」


【張魯】

「華陀がお世話になっております。」


【鈴々】

「お姉ちゃん、華陀の兄ちゃんと知り合いなのか?」


【星】

「…張魯…!五斗米道の教祖、張魯殿か!?」


【張魯】

「はい。診たところ、劉備殿には厄介な病魔が住みついた様子…すぐにも治療しなければ、手遅れになりましょう。」


 そう言うや否や、張魯は針を取り出して自身の気を込めた。


【張魯】

「はぁぁっ!」


 そして、何の迷いもブレもなく、桃香の胸に針を刺した。


【桃香】

「ぐっ、あぁっ!ぐああアアアァァァッ!」


 途中から、桃香の悲鳴は彼女の声とは明らかに違う声となっていた。そして、その奇声による叫びが止むと、それまでの苦しげな様子から一変、静かな寝息を立て始めた桃香。


【鈴々】

「お、お姉ちゃん?」


【張魯】

「病魔覆滅…もう大丈夫です。」


【星】

「張魯殿。かたじけない…何とお礼を申せばよいか…」


【張魯】

「いえ、これが五斗米道を伝える、私の役目ですから。華陀は、まだまだ至らぬ所もあるでしょうが、どうぞよろしくお願いします。」


 そう言って頭を下げると、張魯は颯爽と去って行った。

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