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第五十話 死神の死と、暗躍する影再び

年内の投稿はこれがラストになります。

【蒼馬】

「……三国の争いでは、多くの命が失われた…多くの人が傷ついた…戦で雌雄を決したとは言え、じゃあ明日から皆で手を取り合って生きていこうなんて…そんなに人の感情は、簡単じゃない。」


 大切な人を奪われた人たちは、例え平和な世になっても、奪った者への憎しみを簡単に忘れたり出来ない。許す事なんて出来ない。

 ならば、どうすればいいのか?また、その憎しみを晴らす為に争い、いがみ合うのか?それでは、平和な世を夢見て散って逝った者たちがあまりに惨めではないか。蒼馬は、そんな争いと虚しい上辺だけの平和の歴史を、幾つも見てきたのだ。


【華琳】

「三国が、本当の意味で手を取り合うには…共通の、強大な敵が必要だった。だから貴方は、自らがその役目を担う事にした。



【蒼馬】

「死神…これほど、この役にぴったりな二つ名もない。恐怖という感情は最も簡単に、人を操る事が出来る。人の心を、支配する事が出来る。愛も、憎しみも、喜びも、悲しみも、まとめて塗り替えてしまえる。」


【華琳】

「私たちを殺して、三国の結束を高め…民の希望であり、英雄であり、天の御遣いである一刀の手によって討たれる…それが、貴方の描いた筋書きだった。」


【蒼馬】

「……今さら、答え合わせが必要かい?」


【華琳】

「いつから…いつから、考えていたの?」


【蒼馬】

「……城壁の上で、君と話したあの時からだよぅ~。」


 あの日、あの時から…蒼馬は考えていた。詳細こそ変わったが、おおよその流れはそのままだ。自分が王になり代わり、大陸を支配し、暴虐の限りを尽くして、正義の味方に殺される。

 その時の為に、彼は華雄と公孫賛を秘密裏に陣営に加え、力を与えていた。

 一刀の存在を知ってからは、一刀との繋がりを持ち、新たなる武器を与えておいた。

 力を温存させつつも、五胡の陣営にさえ自分への恨みと恐怖を植え付けておいた。

 華琳たちを蘇生させる為の月下の雫を、愛紗に持たせておいた。

 優しい一刀が、躊躇いなく自分を殺せるように、彼の怒りも多く買っておいた。


【蒼馬】

「…まぁ…これで本当に、三国間のいがみ合いが、全て無くなるわけじゃないけど……共に手を取り合い、一つの事を成し遂げた…その実績は残せた。後は…君たち、若い者たちの役目だよぅ。」


【華琳】

「……どうして…」


【一刀】

「どうして、何も言ってくれなかった!」


 華琳の言葉を遮り、一刀が大声で蒼馬に詰め寄った。


【一刀】

「言ってくれれば良かったんだ!このままじゃダメだ、足りないんだって…そうすれば…皆で話し合って、もっと別の形がとれたはずだ!」


【蒼馬】

「そうだね~。世の中の全ての人たちが、君と同じ考えでいてくれれば、或いは…そうだったかも知れないねぇ。」


【一刀】

「…っ…」


 蒼馬の言わんとしている事を悟って、一刀はそれ以上言葉が続かなかった。


【蒼馬】

「…一刀君…最後に、一つ……不発に終わった、君のその鬼神の覇気…」


 蒼馬は、一刀の背後でじっと待機したままの白く細長いその生物を指差して続けた。


【蒼馬】

「残り二本の刀に、注ぎ込むといい…」


【一刀】

「……」


 一刀は、星降りの御魂と恋する乙女を鞘に納め、残る龍の太刀と牙の太刀を抜いた。刀身が緑なのが龍の太刀、そして白いのが牙の太刀である。

 鬼神の覇気を形作っていた膨大な気が、二本の刀に吸い込まれていく。


【蒼馬】

「あ、皆…離れてた方がいi…」


 …遅かった。言い終わるより早く、二本の刀が爆発に等しい衝撃を放って、覚醒を遂げた。


【一刀】

「こ、これが…残りの二本…」


 二本は星降りの御魂、恋する乙女と同様、その形状を変化させていた。龍の太刀は反りが真っ直ぐになり、牙の太刀はより湾曲している。


【蒼馬】

「荒ぶる龍の鱗、そして白虎の牙だ。…それはそうと、一刀君……少し、周りに気を配っておくれよ~。」


【一刀】

「あ…」



 周りを見回すと、雪蓮と華琳は何とか逃げていたが、目の前にいたはずの蒼馬が、壁まで吹き飛んでいる。蒼馬を刺したままだった桃香も、途中で目を回して倒れていた。


【蒼馬】

「でも…これで、安心して死ねる…大切な事は、何一つ叶えられなかったけど…ここに来て、ようやっと……満足いく、結果を…残せた……」


【一刀】

「蒼馬さん!」


 その時、一刀はやっと気づいた。蒼馬の傷が、塞がっていない事を…未だ、出血が止まっていない事を…。


【一刀】

「どうして…そんな傷…」


【蒼馬】

「…これで、いい……」


【一刀】

「いいわけないだろっ!愛紗っ!」


 愛紗が、すぐさま月下の雫を持って駆け寄ってくる。


【蒼馬】

「無駄だよ……傷が塞がっても……神通力が、尽きてるんだ……魂が消滅するのも……時間の…もんd…」


 蒼馬の言葉は、もう聞き取る事が出来なかった。声を発する力すら、とうとう無くなってきたのだろう。


【華琳】

「蒼馬!」


 駆け寄ってきた華琳に、蒼馬は精一杯の力で微笑み、そのまま静かに目を閉じた。




 一刀side


 あれから、もう三ヶ月が経過した。

 この三ヶ月、思えばかなり目まぐるしい日々だった。

 まず、死神の死によって、恐怖から解放された三国だが、その統治体制が当初の予定と大きく変わる事となった。


【華琳】

「北郷。雪蓮や桃香とも話したのだけれど、貴方…私たちに代わって三国の王となってくれないかしら?」


【一刀】

「は?」


【華琳】

「王とは国の礎…貴方は、三国の王を救い、死神の恐怖から民を救った。貴方には、この大陸を統べる権利があるわ。同時に、民の希望として、皆を導く義務もね。」


【一刀】

「いや、華琳…俺、政治的な手腕はあんま無いんだけど…だいたい、広いこの大陸を統治するなんて、俺一人じゃ…」


【華琳】

「それなら心配はいらないわ。私たちも手伝うし、三国に有能な文官がどれだけ居ると思っているのかしら?」


 …結局、この後も俺の言い分はことごとく説き伏せられ、いつの間にか俺は三国を束ねる王にされてしまった。

 まぁ悪い事ばかりではない。纏まったのは三国だけではなく、五胡の勢力とも和平を結ぶことが出来たのだ。それを機に、かねてからの約束だった五胡王の墓参りもさせてもらった。民を思い、民を守って死んだ、偉大なる王。その魂は…まだ、そこに眠っていた。

 五胡軍の兵長に事情を話し、王の墓を掘り起こしてみると…五胡王の亡骸は、未だ腐敗していなかった。まるで、時間が止まっているかのように、今しがた殺されたばかりのようだった。すぐさま、俺は月下の雫を五胡王の亡骸にかけた。すると、案の定…五胡王は息を吹き返した。

 …これも…蒼馬さんの仕業なのだろう。愛紗曰く、桃香たちの亡骸も、まるで時間を止めたかのように、今しがた殺されたばかりのような様子で横たわっていたそうだ。

 五胡との和平の後は…まぁ、何だ…その……王たる者、やはり世継ぎを残す必要があるわけで、その前に必要な事もあるわけで………。


【一刀】

「あ、愛紗!」


【愛紗】

「はい。」


【一刀】

「……お、俺と!け、けっ…ぁぁぁっ!」


【愛紗】

「ご、ご主人様?」


【一刀】

「俺と、結婚してくれ!」


 …全く…我ながら、ムードも捻りもへったくれもないプロポーズだったな……ちなみに返事は…


【愛紗】

「はい、喜んで。」


 満面の笑みでそう答えてくれた愛紗に、心底救われた。これでダメ出しされようものなら、立ち直れなかったろうな、俺…。


 でも、この話には続きがあって…三国を一つに纏めているとはいえ、魏・呉・蜀のそれぞれの土地では、華琳・雪蓮・桃香らによって地方自治をとってもらっている。おかげで俺の負担は少なく済んでいるわけだが、これが事をややこしくした。


【雪蓮】

「桃香のとこの愛紗だけズルい~!ウチからも蓮華を貰ってよ~!」


 と、雪蓮がブーブー言い出したのだ。どういう理屈だ、とも思うのだが…三つの国を束ねるのが王としての俺の役目なのに、一つの国からだけ妻を娶るのは不公平と言う事らしい。

 となれば当然、魏からも…


【華琳】

「ウチからも当然、誰か娶ってもらわないとね。」


 という申し出がくるわけで…どうすりゃいいんだよ?

 蓮華とは、まぁ愛紗を助けに行った時から、それなりに接点もあって仲良くしてはいる方だけど…魏の女性陣は、華琳に心酔しているか、蒼馬さんに思いを寄せていたかのほぼどっちかだ。接点もそんなに無いし、嫁に貰えって言われても…


【霞】

「ほんなら、ウチの事、貰ってんか?一刀っちには、ほんまに感謝してんねん。」


 名乗りを上げてきてくれたのは、董卓に仕えていた霞だった。そう言えば、成都での宴の折に、董卓たちの事で礼を言われたっけ。

 しかし、こうなってしまうと、愛紗と結婚するには本気で蓮華と霞も娶らねば…そんな二股どころか三股なんてマネしたく無いんだが。


【華琳】

「王がそんな事でどうするの。女の三人や、四人…同時に平等に愛してみなさい。それも王の度量というものよ。」


 …結局、また華琳に丸め込まれて、俺は同時に三人の嫁を貰う事になった。まぁ、とりあえず今のところ、修羅場というか泥沼の争いみたいなのは起きてないから、良しとしておこう。

 そんなわけで、あれから色々と慌ただしかったが、国として見れば概ね、平和な日々が過ぎている。なべてこの世はこともなし、だ。

 平和、だ…そう、平和になったんだ、この国は…辛い戦乱の時代を終え、人々はその平和を享受している。それなのに、何で…


【一刀】

「この平和な国を作った一番の功労者が、一番この平和を享受すべき人が、どうしてここにいないんだ?なぁ、蒼馬さん?」


 蒼馬さんは、魏の領内で密かに埋葬された。墓の場所を知るのは、俺と、華琳、雪蓮、桃香しか知らない。民に知られれば、墓を荒らされる可能性があるからだ。実際、民たちは蒼馬さんを死神と思ったまま、悪く言う人がほとんどだ。無理もない…それが、蒼馬さん自身の狙いでもあったのだから。

 でも、やっぱり…


【一刀】

「こんなの…悲しすぎるだろ…」


 城壁の上で、蒼すぎる空に向かって、俺は一人呟いた。




 normal side


 死神の死によって、三国が真の平和を手に入れてから三ヶ月…やっと、慌ただしかった日々も落ち着きを取り戻し始めていた。

 が、そんな矢先…夜の許昌の都にて、事件は起こった。


【張郃】

「ふわぁ~…眠ぃ…」


 その夜は、張郃が夜回りの警邏に出ていた。他に、徐晃と龐徳の二人も、別の地区で警邏に当たっている。二人とも生真面目な男なので、夜回りの警邏も文句の一つも言わずに引き受けるのだが、彼だけはいつもブーブー言っている。まぁそれでも、いつも凪のゲンコツを喰らって渋々やるハメになるのだが。


【張郃】

「だいたい、夜回りなんて別に、俺らが出るまでもないだろうに…どうせ、酔っぱらいのケンカの仲裁ぐらいしかする事もねぇのに…」


 酒を飲んだ客がバカ騒ぎしているらしい酒家の喧騒を横目に、張郃は一人ぼやいた。本当は十人ほど警備隊の兵士を連れていたのだが、それぞれ別の通りを見回らせているので、今の彼は単独行動中だ。

 よって、見回りと称して酒家に入り、衛生管理のチェックみたいな言い訳をして酒を飲んだとしても、誰に咎められるわけでもない。


【張郃】

「……はぁ…そんなマネしたら、蒼馬隊長に化けて出られるよなぁ…」


 幽霊じゃなくても怖い蒼馬が、幽霊になって出てきたらどれほど恐ろしいか…その手のものが得意ではない彼は、いつもそう考え仕事に励むようにしているのだ。

 まぁ、神術師である蒼馬が、幽霊になって出てくるなどあり得ない話だが…。


【張郃】

「…んぁ?」


 その時、許昌の闇夜に甲高い笛の音が響いた。これは、警備隊が応援を呼ぶ際に鳴らす笛の音である。つまりは、そこで厄介な事が起きているという意味でもあるので、近くの住民に警戒を促す側面もある。


【張郃】

「あっちは龐徳の…」


 龐徳が見回っている地区で、何かあったらしい。最初は、龐徳がすぐに何とかするだろうと思っていた張郃だったが…不意に顔色を変えて走り出した。


【張郃】

「この音の長さ、龐徳が吹いてんじゃねぇか!」


 音は普通の兵士の倍近い長さで鳴り続けている。つまり、常人の倍近い肺活量の持ち主が吹いている事になる。そんな肺活量の持ち主は、その地区の見回りをしている警備隊の中では、龐徳しかいないではないか。


【張郃】

「チッ!何が起きたってんだ?龐徳が応援を呼ぶなんて…まさか火事か?」


 しかし、煙も出ていないし、空を赤く照らす火の手も上がっていない。一体、何が起きているのだろうか?




【龐徳】

「フン!」


 龐徳は自慢の長戈を振り下ろした。しかし、その一撃は虚しく空を切り、そのまま地面に叩きつけられた。

 かと思ったら、今度は左手の長戈を真横に薙いだ。その先には、


【于吉】

「フフフ…」


 かつて桃香に術をかけ、彼女を生み出した于吉の姿があった。彼は、龐徳の攻撃を呪符で防いだ。


【龐徳】

「くっ…そんな、紙切れに…」


【于吉】

「ただの紙切れと侮るなかれ…こうして盾にも…」


 五枚の呪符が円を描いて回ると、そこには確かに目に見えない壁が生まれたように、龐徳の長戈を弾き返した。

 かと思えば、今度は細長く丸まって縦に繋がり、一本の棒状になった。


【于吉】

「槍にもなるのですから、ね!」


【龐徳】

「!」


 その呪符で出来た棒で、于吉は龐徳の首を突こうとしてきた。質量も空気抵抗も限りなくゼロに近い槍の突きに、龐徳も危うく首を貫かれるところだったが、寸前のところで体を大きく仰け反らせて難を逃れた。


【于吉】

「甘い。」


 ほっとしたのも束の間、丸まっていた呪符が元通りに開き、縦一直線に並んだ側端が龐徳に叩きつけられた。


【龐徳】

「ぐっ!」


 龐徳の鎧は肩から胸にかけて切り裂かれ、鎧の下から血が垂れてきた。


【于吉】

「ほぅ。このまま真っ二つにするハズだったのですが、あの男に鍛えられただけの事はある。」


【龐徳】

「…あ、の…男?そ、蒼馬隊長の、こと…か?」


【于吉】

「えぇ。我々の計画に、最も邪魔だった異分子…呪いをかけて弱らせて、やっと消えてくれましたよ。」


【龐徳】

「…呪い?まさか…お前が…」

【于吉】

「はい。」


 龐徳の問いに、于吉はさも愉快そうにニヤけながら答えた。


【龐徳】

「っ!うああああっ!」


 そんな于吉に、龐徳は込み上げる怒りを抑えられなかった。


【龐徳】

「お前かぁっ!」


 鬼気迫る勢いで、龐徳は于吉に突っ込んだ。


【于吉】

「愚かな。貴方の武器では、そんなに接近しては反って不利でしょうに。」


 于吉の言う通り、大きく振り上げた長戈を振り下ろしても、先端の刃が落ちる場所は于吉の遥か向こうだ。しかし…龐徳は次の瞬間、長戈を握る手を緩めた。


【于吉】

「!?」


 当然、長戈は下に落ち、再び龐徳が長戈を握り直した時、長戈のリーチの長さはちょうど于吉の脳天を叩き割れるくらいだった。


【龐徳】

「フン!」


 リーチが短くなった分、振りも早くなった。于吉も呪符を盾モードにするのが間に合わず、慌ててその場を飛び退いた。


【于吉】

「くっ!」


【張郃】

「龐徳!無事か!」


【于吉】

「チッ!」


 通りの向こうから、張郃が駆けてくるのが見えた。


【龐徳】

「…あぁ…」


【于吉】

「仕方ない、ここは退きますか。」


【張郃】

「逃がすかよ!」


 そう言うと、張郃は一気に加速し、于吉めがけ飛びかかった。

 しかし、振り下ろした爪は、盾モードになった呪符によって弾かれた。


【張郃】

「何!?」


【龐徳】

「気をつけろ。こいつ、蒼馬隊長に呪いをかけてた術者だ。」


【張郃】

「…なるほど…あの殺しても死にそうになかった蒼馬隊長を、あんなに弱らせてたのはてめぇだったのか。」


【徐晃】

「それを聞いては…」


 今度は、通りの反対側から徐晃が現れた。


【徐晃】

「尚の事、生きて帰すわけにはいかんな。」


 三人に取り囲まれ、逃げ道のない于吉…もはや絶対絶命である。

 しかし、こんな状況でも、于吉は何故か…笑っていた。


【于吉】

「あの男…死して尚、我々の計画を邪魔しようというわけですか…ですが、」


【徐晃】

「!?」


 突然、彼らの足元に、魔法陣が出現した。


【張郃】

「あ?何だ、こりゃ?」


【龐徳】

「か、体が、動かない…」


【于吉】

「力を与えられたのだが、自分たちだけだと思わぬ事です。」


 身動きの出来ない三人を尻目に、于吉の姿は闇の中に溶けて行った。それと同時に、魔法陣の光が強まっていく。


【張郃】

「ちょ、これ…何か、ヤバい気がするんだが?」


【徐晃】

「くっ!」


 そして……


 ドォーーンッ


 許昌に、衝撃と爆音が轟いた。




 報せは、翌日の夜に一刀の下へ届いた。


【一刀】

「…霞。」


【霞】

「支度してくるわ。」


 一刀はすぐに霞に部隊を組織させた。許昌に救援物資を届けるためのだ。物資に関しては、文官として連れてきた雛里に任せ、一刀は早々に城を飛び出した。

 星降りの御魂の力で得た人外の移動速度なら、馬で駆けるより早く許昌につける。被害の状況をいち早く知る為に、一刀は夜の闇の中を月明かりだけを頼りにひた走った。


【一刀】

「…許昌は、乱世の覇者である華琳の治める土地…蒼馬さんに鍛えられた猛者が揃うあの街で、匪賊の襲撃?爆発?何がどうなってるんだ!」


 覇王・華琳を筆頭に、春蘭、秋蘭、何より死神の部下である三羽烏・凪、真桜、沙和らがいる許昌は、国で最も安全を保障されている街だ。経済、産業の中心と言ってもいい。そんな許昌での今回の事件…単なる賊の襲撃で済む話ではなかった。

 やがて空が白み始め、日が昇る頃になって…一刀は許昌へと辿り着いた。そして、城壁を一っ飛びに跳び越える。


【一刀】

「なっ!?」


 そこからでも、爆心地はすぐに分かった。

 多くの建物が整然と並ぶ許昌の都…その中に、まさに一区画分の空間がぽっかり空いている場所があった。


【一刀】

「マジかよ…町が一区画、丸々吹っ飛んだって言うのか?」


 一刀は着地するや否や、すぐさま駆け出した。

 吹き飛んだその一角では、真桜率いる部隊が建物の瓦礫等を撤去する作業を行っていた。


【一刀】

「真桜!」


【真桜】

「ん?おりょ、お兄さん来てくれたん?」


【一刀】

「こいつは…何の冗談だ?町が…」


【真桜】

「見ての通り、一区画丸々や…幸いゆうか、今のところ死者は見つかってへん。龐徳が、息一杯に警笛吹いてくれたおかげで、町民らはほとんど避難してくれてたみたいや。」


【一刀】

「そうか…なら、霞が後から救援物資を届けてくれる事になってるから、存分に使ってくれ。」


【真桜】

「ホンマ!?おおきに、お兄さん!よっ♪太っ腹♪」


【一刀】

「それよりも、その龐徳は?民を避難させていたなら、近くにいたんだろ?」


【真桜】

「あぁ…おったよ…」


 それまで、努めて明るく振る舞っていた真桜の表情が、見るからに曇りを見せた。


【真桜】

「龐徳だけやない。凪のとこの張郃も、ウチのとこの徐晃も、まさに爆発が起きた場所におった。」


【一刀】

「!?お、おい!さっき死者はいないって…」


【真桜】

「あぁ、死んでへんよ。三人とも、ウチらの副官してるくらいやし、隊長にも鍛えられてたから、そう簡単にくたばらへん。せやけど…さすがに五体満足っちゅうわけには…な。」


【一刀】

「……三人は、城か?」


【真桜】

「案内つけよか?」


【一刀】

「頼む。」


 真桜の指示で、兵の一人が一刀を城の医務室へ案内してくれた。

 一刀は礼を言って兵を帰し、医務室へと入った。中には、彼らの上司の一人である凪と…寝台の上で包帯に包まれている三人の重傷者がいた。


【凪】

「北郷殿…来て下さったのですか?」


【一刀】

「あぁ…どれが、誰だ?」


 思わずそう訊ねてしまう程、三人は包帯を巻かれていた。


【凪】

「奥から、龐徳、徐晃、張郃です。龐徳は右足を、徐晃は左足の膝から下を、張郃は…両腕を失いました。」


【張郃】

「ぐっ…あ、が……ぐあっ…」


 傷が痛むのか、張郃が呻き声を上げる…そこには、かつて一刀の首を取りに突っ込んできた、彼の面影はなかった。


【一刀】

「ひでぇ…待ってろ。今…」


 一刀は、唯一持って来ていた荷物、月下の雫を取り出した。これで三人の怪我も元通りに…


【龐徳】

「…必要、ない…」


【一刀】

「え?」


【龐徳】

「…傷が癒えても、あの恐怖は、消えない……張郃も、徐晃も…傷が痛むんじゃない……あの瞬間、あの恐怖に、何度も…魘されてる、だけだ……」


【一刀】

「だけど…このままじゃ、お前たち…」


【龐徳】

「…武器も握れず、惨めに生き恥を晒すぐらいなら…武人として死んだ方がマシだ…」


【一刀】

「龐徳……」


 結局、一刀は月下の雫を使わなかった。使えなかった、という方が正しいか。その後、霞が救援物資を届けてくれたのとほぼ同時に、三人は静かに息を引き取ったという。

それでは皆さん、よいお年を。

そして来年も、どうぞよろしくお願いします。

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