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第四話 魏武の大剣、死神に挑む

蒼馬が、華琳こと魏の曹操(今は陳留の刺史)の部下になった翌日…宛がわれた部屋で、彼は惰眠を貪っていた。


【蒼馬】

「うーん…布団で寝るなんて、久しぶりだねぇ~♪」


と言って眠りに就いた昨夜から、すでに半日が経過していた…すっかり布団の住人と化しているが、あまり寝てばかりだと脳みそが溶け出してくるんじゃなかろうか?ただでさえ中身のユルそうな男だし、十分に有り得る。


【蒼馬】

「ん、んーっ…」


大きく伸びをして、蒼馬はむくりと起き上がった。と同時に、部屋のドアが開かれる。


【華琳】

「あら、起きていたのね。」


入って来たのは、この城の主である華琳だ。

金髪のツインテールをカールさせた、特徴的な髪型をしている。髪留めが髑髏を模したデザインなのも、かなり柔らかい言い方をすれば個性的と言えるだろう。紺と紫色の服は、趙雲が着ていた着物のように胸元が開いており、気持ちばかりの谷間を見せつけている。年相応に見えるのは、背丈とそれくらいのものだろう。

瞳に宿す覇気、立ち居振る舞いや威厳、物言い…全てにおいて、一介の少女のそれを遥かに凌駕している。人界の覇王が一人、曹孟徳の名を冠するに相応しい…。


【蒼馬】

「やぁ。おはよう、華琳ちゃん。」


【華琳】

「その呼び方は止めて欲しいわね。それに、おはようと言うには、明らかに遅い時間なのだけれど?」


少し機嫌を損ねた様子で、華琳は蒼馬を睨みつける。


【蒼馬】

「自分で真名を預けてくれたのに、随分な言い草じゃないか。」


【華琳】

「そうじゃなくて、ちゃん付けが嫌なのよ。」


【蒼馬】

「いいじゃない、そっちの方が可愛いでしょう?」


セクハラ発言だ。


【華琳】

「可愛い、可愛くないの問題じゃないわ。兵の士気にも関わるし、他の部下に示しがつかないの。わたしの顔を潰すつもり?」


【蒼馬】

「言ったでしょう?おじさん、これでも気が遠くなるほど長く生きてるって。君なんて、おじさんからしたら赤子も同然さ。」


【華琳】

「なっ!誰が赤子ですって?我は曹も…」


【蒼馬】

「体裁やプライドにこだわるのは、若い証拠さ。」


寝台から立ち上がった蒼馬は、怒り心頭の華琳を置いて部屋を出て行った。


【華琳】

「ま、待ちなさい!まだ話は…って、あら?」


すぐに華琳も後を追ったが、すでに蒼馬の姿は無かった。

空間転移で移動したのだろうが、まだ蒼馬の…神術師の能力を知らない華琳にとっては、思わず身震いするほどの事態だった。


【華琳】

「蒼馬…本当に、何者なのかしら?」


引き入れたのは自身の判断だが、その判断に早くも後悔…とまではいかないが、不安を覚える華琳。

それに、未だ彼の事を何も知らない現状に、焦りに似たものも感じていた。


【華琳】

「くっ…この曹孟徳が、部下の一人も飼い馴らす事が出来ないなんて、悪い冗談だわ。見てなさい、蒼馬…必ず貴方を、わたしの前に跪ずかせてあげるわ。」




空間転移で城を出た蒼馬は、近くの野山に流れる小川に来ていた。小川とは言え、小さいながらも滝まである立派な川だ。


【蒼馬】

「水浴びに最適だねぇ~。」


そう言って、蒼馬は着ているボロ服を脱ぎさって水の中に入った。

冷たい川の水が足首を撫でていく…さらに深い所まで行き、蒼馬は全身を水に浸からせた。頭まで浸かり、彼のムダに長い髪だけが水面に浮いて、その位置を知らせるのみ。

…さて、そのまま5分近くが経過した。その間、蒼馬が息継ぎをした形跡はない…どういうつもりか知らないが、どうやら入水自殺したようだ。


ザバァンッ


大きく水を撥ね、豪快な水音を鳴らし、蒼馬が水中から現れた。上半身を反らし、いつの間にか解けた長い髪が、多量の水ごと弧を描いて、彼の背中と水面へと叩きつけられる…飛び散る飛沫が陽光を浴びて煌めき、光景そのものはとても美しかった。その中心が、ヒゲ面のむっさいオッサンの裸じゃなく、美女か美男子の裸体ならば、そのまま絵になっただろうに…。


【蒼馬】

「ふぅーぃ…気持ちいいねぇ♪と、せっかくだし…」


蒼馬は人差し指を立てて、その指先に向けて神通力を僅かに込める。


【蒼馬】

「セイバー」


爪の先から、長さ5センチの細長い光の刃が出現した。

これは神技じんぎという、神術師にとっては基礎的な技のうちの一つである。

それを使って、蒼馬は自分の顔に生えた髭を、ジョリジョリと剃り始めた。

しかし、簡単故に使い勝手がいいのは事実だが、主に戦闘で使用する神技を、出力を抑えて剃刀代わりに使うとは…器用だが貧乏臭い…。


【蒼馬】

「まぁ、こんなもんかなぁ~?」


水面に映る自身の顔を見て、蒼馬は一人納得気にうんうんと頷いた。他に答えてくれる者がいないので、そうしないと寂しいのだろう。

と、今まで背を向けていた蒼馬がこっちを振り返り、水から上がって、き………誰っ?

一瞬、本気で彼と蒼馬が同一人物だとは思えず、叫びそうになった。

水浴びを終えた彼は、髭もなくなりサッパリとした男前に様変わりしていたのだ。水も滴る何とやらとは、よく言ったものである。

その後、服を着た蒼馬は来た時同様、空間転移で川辺を後にしたのだった。




蒼馬が部屋に戻ると、寝台の上に一組の服が置かれていた。この世界の服…というか、華琳の率いている軍の兵士が着ていた服と鎧だった。


【蒼馬】

「へぇ~、気が利くじゃないか♪」


早速、その服に着替えた蒼馬…ボロ服の防御力が+1なら、+5と言ったところだろうか。どちらにしろ、あまり意味が無い気がするが…。


【蒼馬】

「さて、と…暇潰しに、何か手伝ってあげようかね~。」


そう言って、蒼馬がまず向かったのは、城の中庭だ。そこでは、長い黒髪の女性が大きな黒刀を振り回していた。赤いチャイナドレスの裾から覗く太ももが、実にセクシーだ。だが、凡人ならそれ以前に、彼女の身体能力の高さに、ただただ呆然とするしかないだろうが。

彼女の名は春蘭…魏武の大剣、夏侯惇将軍である。


【蒼馬】

「さすが、いい太刀筋だねぇ。春蘭ちゃん。」


【春蘭】

「でぇぇぇいっ!」


ブォンッ ズガンッ


振り切られた大剣は、壁に深々とめり込んでしまった。というか、今のは明らかに蒼馬の首を狙っていたようだが…彼が一歩引いてなければ、再び彼女の剣撃がその首に叩きつけられていただろう。


【春蘭】

「おのれ、蒼馬!昨日はよく、も…む、誰だ?」


思いきり斬り掛かってから!?


【蒼馬】

「大丈夫、おじさんで合ってるよぉ~♪」


【春蘭】

「バカを言うなっ!貴様の何処が、髭を生やし放題で見るからにみすぼらしい姿をしたあの男なのだ!まるきり入りたての新兵ではないか!若いし、軍用の服も真新しいし…」


はっきりみすぼらしいと言われた蒼馬だが、別にショックを受けた様子はなかった。


【蒼馬】

「あぁ、これね~。なんか水浴びから帰ってきたら、寝台の上に置かれてて…誰が用意してくれたのかな~?」


【春蘭】

「貴様、本当に蒼馬なのか?」


特徴的な喋り方や声で、やっと春蘭も納得してくれたらしい。そもそも、わざとらしく間延びした喋り方は、本当に地なのだろうか?


【蒼馬】

「ところで、春蘭ちゃんは鍛練中かい?」


【春蘭】

「あぁ、華琳様のお役に立つ為、日々精進を怠るわけにはいかんからな。」


【蒼馬】

「立派だねぇ~。まだ若いのに、直向きに努力する事を厭わないか。おじさん感激しちゃったよ~。」


【春蘭】

「ん、そんなに褒められると照れるではないか…」


春蘭は少し頬を赤らめながら、素直に蒼馬の言葉を受け取った。話し方のせいで、何だかバカにしているように聞こえるが…。


【蒼馬】

「それじゃあ、ちょっと手伝ってあげようかなぁ?」


【春蘭】

「何?」


蒼馬はおもむろに後ろで手を組んで、無防備に構えた。


【蒼馬】

「かかっておいで。」


【春蘭】

「フン、貴様に手伝ってもらわずとも、この夏侯元穰…己の鍛え方ぐらい熟知して…」


【蒼馬】

「うーん…残念だけど、今の鍛練方法じゃあ、君はそれ以上強くはなれないよぉ~。」


きっぱりと、蒼馬は言い放った。およそ、誰もが分かるであろう禁句を…。春蘭の逆鱗を、彼は平気で逆撫でした。


【春蘭】

「なっ!私が、これ以上強くなれないだとっ!」


【蒼馬】

「さっきの鍛練を、見る限りじゃねぇ。」


【春蘭】

「ふ、ふざけるなぁっ!」


春蘭は逆上し、壁に刺さったままの剣を力任せに振り切った。土の壁が両断され、横薙ぎに蒼馬に迫る。

その一撃を、少し体を捻って紙一重で躱してみせる蒼馬。その表情はいつも同様、飄々としている。


【春蘭】

「くっ!はぁっ!」


裂帛の気合いを込めた一撃を、大上段から振り下ろしにかかる春蘭…だが、その一撃も蒼馬は見切っていた。

通過する彼女の剣の横、僅か1センチ…いや5ミリのところに、蒼馬の肩先が移動していた。

虚しく空を斬り、大地を穿つだけで終わった春蘭の攻撃は、それでも見る者を圧倒するだけの迫力がある。


【春蘭】

「ちょこまかとっ!逃げてばかりでは私には勝てんぞ!」


【蒼馬】

「やれやれ…意気がるだけじゃ、おじさんには勝てないよぅ?」


【春蘭】

「貴様っ!」


春蘭は怒りと力任せに、立て続けに剣を振り回した。

斜めに振り上げ、逆側から振り下ろし、体を回転させながらの横薙ぎ、最後には全体重をかけた突き…しかし、その悉くを、蒼馬は顔色一つ変えずに躱しきった。


【春蘭】

「はぁ、はぁ…バカな…」


【蒼馬】

「どうしたんだい?まさか、もう終わりってわけじゃないでしょう~?それとも、華琳ちゃんの剣である春蘭ちゃんの実力は、こんなものなのかな?」


【春蘭】

「ちぃっ!言わせておけばっ!」


大振りの一撃は容易く躱され…気づけば蒼馬は、彼女の背後に回り込んでいた。


【春蘭】

「いつの間に!」


【蒼馬】

「ふぅーぃ…久しぶりに運動したら、何だか暑いねぇ~。」


蒼馬はそう言って、青く綺麗な扇を取り出した。金属のような光沢を放つそれは、変わった形状をしている…まるで、先端が鉤爪のようだ。

それで自身を扇いでいたが、おもむろに扇を畳むと……


【春蘭】

「なっ!」


ガンッガガガッガギンッ…


一瞬で間合いを詰められ、春蘭は咄嗟に防御の態勢をとった。それが、彼女には精一杯だった…。凄まじい速さで、縦横無尽に振り回される蒼馬の扇子…腕の動きはまるで見えず、上下左右から同時と思えるような間隔で迫り続ける攻撃…それなのに、尋常じゃないくらい一撃一撃が重いのだ。


【春蘭】

『だ、ダメだ…やられるっ!』


剣を握る腕が痺れてきた春蘭…もはや数合ともたないと諦めかけた瞬間、蒼馬の攻撃が止んだ。

気づけば蒼馬は、もとの位置に立って涼しそうな顔をしながら、扇で自身を扇いでいた。


【春蘭】

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」


肩で大きく息をする春蘭…見るからに疲労困憊している。それでも、蒼馬を睨む目だけは逸らさなかった。


【蒼馬】

「…今のおじさんの攻撃、ちゃんと数えてたかい?」


唐突に、そう尋ねる蒼馬。


【春蘭】

「そんなもの…」


数えられるはずがない、そう返そうとした時…彼女の右肩からピシリという、ひび割れるような音が聞こえた。見れば、髑髏を模した肩当てに、ヒビが入っている。


【蒼馬】

「全部で40…その内、23発はギリギリ剣で受けられる位置に、12発は敢えて剣を狙って、残りの5発は…」


ビシッ バキンッ


春蘭の肩当てが砕けて、その場に破片が散らばった…。


【蒼馬】

「あれぇ~、言う前にバレちゃったねぇ~。というわけで、残りはそれに当ててたんだよぅ。気づかなかったでしょ~?」


【春蘭】

「……」


【蒼馬】

「攻撃は当ててこそ意味がある…その為の速度であり、その上での威力だ。当てられない攻撃を百回繰り出す為の力や気なんて、いくら鍛えても無意味だよ。」


春蘭は呆然とした目で、砕けた肩当てから蒼馬に視線を戻した。その目には怒りや恐怖といった感情は宿っておらず、純粋な驚愕にのみ彩られていた。そこから湧き上がる感情は、一抹の好奇心…。


【蒼馬】

「強くなりたいって顔だねぇ~。でも、今日はもうその腕じゃ、剣は握れないだろう?また今度、ね。」


蒼馬はそう言って、春蘭を残しその場を後にした。


【蒼馬】

「ふぅーぃ…おじさんも大概、お節介が過ぎるんだよねぇ~。やっぱ、歳なのかなぁ~。」


などと呟きながら…。

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