第四十七話 打倒、死神!三国連合軍、出陣
乱心した蒼馬を討ち、殺された華琳たちを生き返らせる為に、一刀たちは三国の総力を結集して、蒼馬の待つ魏の都・許昌へと向かうのだった。
【一刀】
「……」
【愛紗】
「…ご主人様?」
思い詰めた表情の一刀を心配し、愛紗が馬を寄せて声を掛けた。
【一刀】
「愛紗…許昌に着いたら、三人を生き返らせて、皆を連れて逃げろ。」
一刀は小声で、周りにいる将兵たちに聞こえないようにそう話した。
【愛紗】
「なっ!?」
【一刀】
「しっ!いいか、愛紗…まともに戦っても…三国の戦力を結集しても、蒼馬一人の力に及ばない。これは事実だ。しかもあの男には、齢六百年の間に培った老獪な知略もある。そんな男が、何も手を打たずに俺たちを待ち受けているとは思えない。だから、先に最優先事項だけは、明確にしておきたくてな。」
【愛紗】
「ですが…」
【一刀】
「三人の命、お前に託す。俺は、今度こそ蒼馬を倒す。それが、俺たちの優先事項だ。」
【愛紗】
「…畏まりました。必ずや、桃香様たちを…ご主人様?」
愛紗が、何かに気づいたように前方に注意を向ける。一刀も、同じように意識を軍の前方、いやもっと先へと集中させている。
【一刀】
「…敵兵だな。数は二万ってところだな。」
【愛紗】
「えぇ…将と思しき者の気配も感じます。…一、二…三人、でしょうか?」
【一刀】
「だな。愛紗は後方へ!」
【愛紗】
「はっ!」
愛紗はすぐさま馬を反転させ、後方の部隊に事を報せに行った。一刀も、すぐさま前方部隊へ報せに走った。
【??】
「…来たな。」
【??】
「三国の総戦力…ハッ!派手なケンカになりそうだ!」
【??】
「突出するなよ、張郃。」
【張郃】
「そいつは、野暮ってモンだぜ徐晃。」
張郃と呼ばれた男は、腕に装着した鋭い爪を舐め上げながらそう言った。その目は、狂気を帯びた炎のようなギラギラした眼光を宿していた。
徐晃というらしい男は、対照的に冷静な眼差しで前を見据えていた。その背には、人より頭一つ抜きん出た彼の身の丈にも匹敵するほど、巨大な戦斧が担がれていた。
【張郃】
「なぁ、龐徳。お前もそう思うだろ?」
【龐徳】
「……」
龐徳は無言で張郃を一瞥すると、また正面に向き直って瞬きもせずに動かなくなってしまった。
【張郃】
「ったく、この状況でよく寝れるぜ。」
【龐徳】
「……寝てない。」
【張郃】
「喋った!?」
【徐晃】
「いや、喋るだろ、そりゃ。」
どうやら、張郃は龐徳が喋るのを今初めて見たらしい…。それだけ、彼が寡黙という事だろう。
【徐晃】
「…さて、どうするか?向こうの兵数はこちらの十倍以上…まともに当たれば一蹴されるな。」
【張郃】
「ハッ!んな事ねぇだろ。何せこっちの兵は…これだぜ?」
張郃が見やる兵士たちの目は、悲壮なまでの決意に満ちていた。
【張郃】
「連中はついこの間、やっと長い戦いが終わったと思ってたんだ。いくら戦意を再び燃え上がらせても、所詮そんなもんは燃えカスだ。」
【龐徳】
「……突撃。」
【徐晃】
「はぁ…ま、後手に回るよりマシか。」
そう言うと、三人は兵たちを率いて一気に進軍を開始した。
【一刀】
「…っ!?」
その動きは、先頭部隊の所に来ていた一刀にも届いた。
【一刀】
「この兵力差で突撃!?正気の沙汰じゃねぇぞ、くそっ!」
苦虫を噛み潰したような顔で、一刀が毒づく…無理もない。敵兵の動きは、明らかに死兵のものだった。死ぬ事を厭わず、むしろ死ぬ事を前提にして迫ってくる敵兵…それは、恐怖以外の何ものでもない。
【一刀】
『あんな勢いで当たられたら、いくら数で勝ってても兵たちが…』
そうこうしている間に、張郃たち三人が率いる兵たちは、目視できる距離まで迫っていた。
【張郃】
「ヒャッハァッ!行くぜ、野郎どもっ!死ぬ気でブッ殺せぇっ!」
張郃の狂気に塗れた鼓舞が響く…。
【一刀】
「くっ!仕方ない…止まれぇっ!」
一刀は星降りの御魂を薙いで衝撃波を放った。
【徐晃】
「!」
対し、徐晃が背に担いでいた戦斧を手にし、両手で振り回しながら大地へと叩きつけた。
【徐晃】
「フンッ!」
ズガガガガガガッ
地響きと共に走る衝撃が、一刀の放った衝撃波を相殺してしまった。
【一刀】
「なっ!?」
威力を押さえていたとはいえ、衝撃波を容易く相殺されショックを隠せない一刀…しかし、そんな事はお構いなしに敵軍は迫ってくる。
【張郃】
「ハッ!噂に聞く天の御遣い…その首、俺が貰ったぁっ!」
突出してきた張郃が、一刀目指し突っ込んでくる。鋭い鉤爪が、一刀に迫る…と、その時、
ドゴォンッ
【張郃】
「チッ!」
一刀の目の前に、赤々と燃える気弾が落ちてきて、張郃の行く手を遮った。
【張郃】
「…流石っすね…楽進隊長。」
【凪】
「張郃、これはどういう事だ?」
鋭い眼光で張郃を睨みつけながら、凪が一刀の後方から現れた。
【一刀】
『あ、危なかった……』
少し焦げた前髪を見て、一刀は背中を冷や汗が伝うのを感じた。
【凪】
「何故、私たちの前に立ちはだかる?今、我々が討つべき相手は…」
【張郃】
「アンタは、何も分かってねぇ…今、その人がいる場所は?」
【凪】
「……まさか!?」
【徐晃】
「許昌の守備についていた二万の兵、全て…許昌に家族のいる者たちです。」
【龐徳】
「……家族…死神の手の中…」
【一刀】
「くっ!蒼馬…何処まで、人の命と思いを踏みにじれば気が済むんだ!」
敵兵たちの悲壮な思いを宿した目を見て、一刀は改めて蒼馬に対する怒りを覚えた。
【張郃】
「そういう理由だからよ…てめぇらには死んでもらうぜ!」
張郃は馬から飛び降りて、再び一刀に襲いかかろうとした。しかし、凪が再び彼の行く手を遮った。
【凪】
「させん!」
炎を纏った拳を、張郃めがけ振り上げる凪…
【張郃】
「おっと!?」
張郃の眼前に立ち上る火柱…張郃は体をのけ反らすようにして何とかそれを躱した。
【凪】
「一刀殿。皆を連れて先を急いで下さい。」
【一刀】
「凪!でも…」
【真桜】
「えぇから、はよ行き!こいつら全員、ウチらの部下やさかい、ケジメはとらせんと。」
【沙和】
「ウジ虫どもぉっ!股の間にぶら下げたモン斬り落とされたいかぁっ、なのーっ!」
【一刀】
「怖ぇっ!つーか想像しただけで痛いから!」
しかし、三羽烏の言う通り、敵兵たちは三人の姿を見るや否や、急に逃げ腰になっている…これなら心配はないだろう。
【一刀】
「分かった。皆、俺に続け!突破するぞ!」
【徐晃】
「行かせん!」
巨大な戦斧を振り下ろそうとする徐晃…しかし、その斧を真桜のドリルが止めた。
【真桜】
「させるかい!」
【龐徳】
「……通さない…」
龐徳が二本の長戈を左右に広げ、一刀たちの行く手を通せんぼしようとする。が、そんな彼の正面に突っ込んできたのは…
【沙和】
「てやぁっ!」
沙和だった。二天を振りかざし、龐徳に斬りかかる。たまらず龐徳も、長戈を交差させて、沙和の攻撃を防いだ。
【凪】
「お前たちの相手は私たちだ。」
蒼馬side
…また、この夢か…
【研究員A】
「これもダメか…」
少年時代の記憶…何処かの実験施設に監禁されていた頃の記憶…それ以前の記憶が無いので、これが俺の、人生のスタートの記憶だった。
【研究員B】
「チッ!また失敗か。」
当時は、何が起きているのか、白衣を着た大人たちが何をしているのか全く理解できなかった。ただ…
【少年A】
「うぎゃああああああっ!」
耳をつんざく様な、自分と同世代の少年少女たちの悲鳴が、日に何度も施設内に響き渡る。毎日、それが繰り返されていた。
周りには、俺と同じように監禁されている子供たち…皆、目に涙と絶望を浮かべ、明日は我が身とも知れぬ恐怖に怯えるしかなかった。
【少女A】
「……」
そんな中、一人だけ様子の違う少女がいた。紫色の髪と瞳を持つ少女は、こんな状況でも、恐怖も絶望もしていなかった。
それからだろうか?たまに、その子に話しかけるようになったのは。別に何を話したかなんて覚えていない…取り留めもない話をしたのだろう。きちんとした会話になっていたかも怪しい。ただ一つ、憶えていたのは…君を守る、必ず助けるという約束…。
しかし、その数日後に…いよいよ俺が実験台に上げられる番になった。
【研究員A】
「今回はこれを使おう。」
…後になって知った事だ。こいつらは、神術師が使う神の力や術、技、能力などを利用する為に、短命とされていた神術師の延命化の研究をしていたのだ。
そして俺は…氷龍の血を輸血された…。
【蒼馬・少年時代】
「うわああああああっ!」
血が凍る感覚を知ったのはこの時だった…冷たい血が全身を巡り、細胞の一つ一つが凍っていくかのような、そんな感覚だった。
normal side
自室の寝台の上で、蒼馬はゆっくり目を開けた。少し、仮眠を取っていたのだ。
これから一刀たちが攻めてくるというのに、随分と暢気な話である。
【蒼馬】
「…嫌な夢だ…六百年の間に何度同じ夢を見たか…」
どうやら夢見が悪かったようだ。相当、機嫌が悪そうである。
【蒼馬】
「…天の御遣いと三国の勇士たちは、第一防衛ラインに到達したか。思いのほか早かったな。ならそろそろ、第二防衛ラインだな。」
…寝台の上で上体を起こした蒼馬は、鋭い目でこっちを睨みつけてきた。
凪たちのおかげで、無事に張郃たちを躱して、許昌への道を急ぐ一刀たち。しかし、そんな彼らの前に…
【一刀】
「っ!と、止まれっ!」
突如として現れたのは、およそ五万ほどの兵士…の形をした黒い影たちだった。
【愛紗】
「ご主人様、これは?」
【一刀】
「…何かのゲームに、こんな敵キャラいたなぁ……気をつけろ、みんな!」
得体の知れない敵を前に、兵たちは無論、三国の将たちも浮足立っている。無理もない、如何に歴戦の勇将と言えども人の子である事に変わりはない。自分の知識、常識が及ばないもの、得体の知れないものを恐れるのは、抗えない人の性というもの。
その正体不明の敵が、一斉に襲い掛かってくれば…平静ではいられまい。
【兵士A】
「ひっ、来たぁっ!」
【兵士B】
「何だ、こいつら!?」
幻影の兵士たちは、手にした剣や槍で次々に兵士を襲う。無論、その剣も槍も影でしかなく、三国の兵たちは剣で防ごうと構えたが、その剣をすり抜けて幻影の剣が兵士たちの体を切り裂いた。
【兵士A】
「ぎゃあああっ!」
兵士たちは絶叫した。まるで実体のないその剣で斬られたにも関わらず、体に走ったリアルな痛み…本当に、肩からバッサリ斬られたような痛みに、兵士たちの恐怖心はさらに高まった。
【兵士C】
「そんな…剣をすり抜けたのに…何で痛みが?」
【星】
「怯むなっ!所詮はまやかしだ!」
気丈にも星は兵士を鼓舞し、襲いかかってきた影を自慢の槍で一突きにした。だが…
【星】
「なっ!?手応えがない!?」
影の兵士たちには実体がなく、彼女の槍も暖簾に腕押しだった。
攻撃は通じない、防ぐ事も出来ない…それなのに、
【星】
「うっ!」
痛みだけが、ある。
剣で脇腹を刺された星は、顔を青ざめその場に崩れ落ちた。
【一刀】
「星!くっ!」
駆けつけようとした一刀の前にも、影の兵士たちが立ち塞がった。
【一刀】
「くそっ!退けよ!」
星降りの御魂と恋する乙女で斬り裂こうとするも、やはりその攻撃はすり抜けるだけで何の手応えもない。
【一刀】
『ダメだ…気を使っても斬れない…これも蒼馬の術なのか?』
三国連合軍は完全にパニックに陥っていた。
【朱里】
「冥琳さん、どう思います?」
【冥琳】
「恐らくは妖術の類なのだろうが、術者を倒そうにもこの場にいないのでは…」
【風】
「この影の兵たちに対抗できる術を、扱える術者でもいればいいのですが…」
【桂花】
「ちょっと!何よ、あれ!?」
桂花の声に、軍師たちの視線が北側に集中する。見ると、砂塵を撒き上げながら接近してくる大軍が…旗は、
【雛里】
「あれは…五胡の軍です!」
【冥琳】
「くっ!やはり、蒼馬は五胡を…」
軍師たちが、最も恐れていた事態だった。
孫呉に捕らわれた愛紗を助けた後、五胡に向かい、たった一人で五胡勢力を捻じ伏せた蒼馬。となれば、蒼馬の一声で五胡が動いたとしても、何の不思議もない…。その懸念が、現実のものになろうとしていた。
【朱里】
「このままでは…」
連合軍は、壊滅…軍師たちの脳裏に、敗北の二文字が過った。
ところが…
【五胡軍兵長】
「天の御遣いと三国の勇士たちよ!助太刀に参った!」
【一刀】
「……な?」
…予想外の言葉に、一刀も軍師たちもきょとんとした。無理もない、彼らには、五胡の助太刀を受ける憶えがないのだ。
【五胡軍兵長】
「目には目を、歯には歯を、妖術には妖術!」
五胡の妖術使いたちが、一斉に呪文を唱え始めた。すると、白い影の兵士たちが現れ、一刀たちを襲っていた黒い影の兵たちと戦い始めた。
【一刀】
「これは…一体、どうして…」
呆気に取られている一刀の下に、先の五胡の将と思しき男が近づいてきた。
【五胡軍兵長】
「我らは、我らの王の仇、死神・蒼馬を討つため馳せ参じた。」
【一刀】
「五胡の王?」
【五胡軍兵長】
「如何にも。我ら五胡の勢力を纏め上げていた、我らの愛すべき偉大なる王…王は、死神の侵略を受けた折、我らを救う為に…自ら、死神に……」
【五胡王】
「死神よ…ワシの命と引き換えに誓おう…我らは決して、其方たちに牙を剥かぬと。だから、これ以上、我が民を傷つけんでくれ。」
【五胡軍兵長】
「なりません、王よ!我ら五胡の兵士、まだまだ戦えます!お考え直しを!」
【五胡王】
「良いのじゃ。この老いぼれの命一つで、お前たちの命を救えるなら…ワシは王として幸せに思う。王の命に価値があるとすれば、それは治める民たち全ての命の代わりとなるからこそ。」
【蒼馬】
「…いいだろう。その決意、その命、その誓い…」
ズバァッ
【五胡軍兵長】
「っ!」
【蒼馬】
「確かに、貰い受けた。」
【五胡軍兵長】
「我らの王の首を掲げながら、王の死を嘲笑うかのような死神の顔…今なお頭から離れん!王の誓いを破ることになっても、我ら五胡の兵は、何としても死神を討つ!例え、力及ばず玉砕しようとも…奴を必ず、地獄の道連れとしてくれよう!」
五胡軍の将であるその男は、涙を流しながらそう語った。
話を聞いていた一刀もまた、拳を握り締めながら泣いていた…民を守るため、自ら蒼馬に首を差し出した、五胡の王の偉大さと尊さに、自然と涙が溢れた。
【一刀】
「…死なせねぇよ。」
【五胡軍兵長】
「?」
【一刀】
「もう誰も…死なせねぇ…蒼馬に、殺させたりしねぇよ。蒼馬を倒して、生きて帰るんだ。」
【五胡軍兵長】
「死神は強い…それを承知でか?」
【一刀】
「分かってるさ。けど、あんた達の王が、自らの命で守った命だ…蒼馬にくれてやる訳にはいかない。それに…戦いが終わったら、あんた達に頼みたい事も出来たしな。」
【五胡軍兵長】
「頼み?」
【一刀】
「あんた達の王の墓を、参らせて欲しい。」
【五胡軍兵長】
「っ!…あぁ…ありがとう…。」
【蒼馬】
「…第二防衛ラインも突破されたか…」
玉座に座っていた蒼馬は立ち上がり、ゆっくりと階段を降りてきた。
【蒼馬】
「…役立たずが…」
…ボソリと、蒼馬は誰にともなく独りごちた。
【蒼馬】
「まぁいい。五胡の連中が加勢しようと、そんなものは数に入らないからな。本番はここからだ。頼んだぞ。」
蒼馬の言葉を受けて、二人は持ち場へと向かった。一人は意気揚々と、一人は苦虫を噛み潰したような表情で…。
【蒼馬】
「……ぐっ!うぐっ…ぐぁ……ハァ…ハァ……」
またしても、軽い発作が来たようだ。もう、何もしていなくても、時折こうして発作に襲われるほど、蒼馬は弱っていた。
【一刀】
「…もうすぐ許昌だ。皆、気を引き締めろ!蒼馬が何をしてくるか分からないからな!」
五胡の加勢により、幻影兵による防衛ラインも突破した一刀たちは、ついに許昌の都へと到着した。とはいえ、まだ都を囲う城壁が見えるだけだが…。
【愛紗】
「ご主人様!門の前に誰かいます!」
【一刀】
「今度は何者だ!?」
愛紗の指摘を受け、一刀も目を凝らす…この距離からでは、辛うじて服や髪の色が見えるくらいだ。と言っても、距離がある為、実際より青みがかって見える…髪は薄い水色に、服は青紫だろうか?
さらに近づいて行くと…構えている武器が斧である事が分かった。それに似合わぬ細身から、女性だという事も。
【一刀】
「あれは!?」
【鈴々】
「はにゃ!?何でアイツが?」
【華雄】
「待っていたぞ!この時を!」
そこに立っていたのは、虎牢関で鈴々に討たれたはずの華雄であった。




