第四十六話 蒼馬の裏切り
【華琳】
「……そ、う…m…」
華琳は、自身の胸を貫いているものを見やり、そのまま視線を巡らせる…何が、自分の胸に刺さっているのか、その正体を確かめる為に……
【蒼馬】
「……」
その先には、彼女が全幅の信頼を置き、重用してきた唯一の男…蒼馬がいた。
【華琳】
「…な…ん……d…」
それ以上、言葉は続かなかった…胸に刺さっていたそれが抜き取られ、大量の血が飛び散った。瞬間、彼女は事切れた…。
蒼馬は、倒れ伏した彼女を、無表情で見下ろしていた…その腕を、彼女の血で真っ赤に染めたまま…。
【蒼馬】
「……魂鋼。」
ガキィンッ
蒼馬の首に、鋭い一撃が叩き込まれた…が、その皮膚に傷がつく事は無かった。
【蒼馬】
「やぁ、孫策ちゃん。」
【雪蓮】
「蒼馬!アンタ、何してんのよ!?」
蒼馬が首を巡らすと、鬼気迫る表情で剣を握る雪蓮と目があった。だが、蒼馬の表情は対照的に無表情なままだった。
【桃香】
「華琳さん!」
雪蓮が蒼馬の気を引いている間に、桃香が華琳の体を抱きかかえ、蒼馬の傍から離れた。
【桃香】
「華琳さん!華琳さん!そんな…こんなのって…」
【雪蓮】
「桃香!急いで逃げて!城に戻れば、一刀の血で何とかなるかも知れないわ!」
【桃香】
「でも、雪蓮さん…」
【雪蓮】
「急いで!」
【蒼馬】
「逃げられるとでも?」
蒼馬の殺気が、桃香と雪蓮を襲う…雪蓮は何とか堪えているが、桃香は足が竦み動けなくなってしまった。
【雪蓮】
「くっ!アンタ…何で、華琳を…華琳は、アンタの事を!」
【蒼馬】
「六百年…俺は、六百年も生きてきながら、何一つ叶える事が出来なかった。何の為に、長い永い時間を生きてきたのか…虚しいだけの時が、虚しいまま終わろうとしている……嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁっ!このまま、何も残せぬまま消えてしまうなんてっ!俺は…俺も、王になりたいっ!俺こそが大陸の覇者!天の御遣いを打ち倒した、大陸最強の王!それこそが、俺の六百年の集大成!」
【雪蓮】
「くっ!そんな事の為に!」
【蒼馬】
「黙れ小娘っ!貴様に何が分かる!神術師の死は、魂の消滅!弔う価値も無くなる、孤独な死…残るのは、いずれ忘れ去られる人々の記憶と、語るに足る歴史のみだ!六百年だぞ!それだけ生きてきて…何一つ残るものも無く消え逝く気持ちを、貴様らのような乳臭い小娘どもに分かってたまるかっ!」
激昂する蒼馬…どうやら、自身の死と消滅を目前にして、気が触れてしまったらしい…それこそ、六百年も生きていながら情けないという話だ。
【蒼馬】
「ちょうどいい…お前たちにも、ここで死んでもらおう。そうすれば、この俺が王だぁっ!」
【雪蓮】
「チッ!完全に狂ってる…桃香、動ける?」
【桃香】
「くっ…な、何とか…」
【雪蓮】
「なら、急いで逃げるわよ!はあああっ!」
雪蓮は剣に気を込めて、衝撃波を放った。衝撃波は蒼馬に命中し、蒼馬の進行を遮る…
【雪蓮】
「走って!」
二人は、一目散に逃げ出した…闘って勝てる相手ではないし、当然の判断だ。しかし、
【蒼馬】
「逃げられると思うかと、さっき聞いたよなぁっ!」
蒼馬が、右手の人差し指を突き出す…
【蒼馬】
「ランス!」
その先から、鋭い光の筋が伸びた。
【雪蓮】
「ぐっ!」
【桃香】
「雪蓮さん!」
雪蓮が倒れ伏す。背中から胸にかけて、心臓を一突きにされて…
【蒼馬】
「安心しろ…一瞬だ。」
【桃香】
「あぁ…華琳さん…雪蓮さん…」
【蒼馬】
「悲しむ事はない…すぐにお前も後を…」
【桃香・黒】
「ざけんなぁっ!」
【蒼馬】
「!?」
桃香に変わり出てきた彼女が、剣を抜いて蒼馬に飛び掛かった。虚を突かれた蒼馬は、魂鋼も間に合わず首に一太刀浴びた。
【蒼馬】
「ぐっ!」
【桃香・黒】
「もう一撃…」
【蒼馬】
「ナメるなっ!」
蒼馬は彼女が斬りかかってきた所を、逆に彼女の腕を掴んでそのまま宙吊りにしてしまった。
【桃香・黒】
「くっ…」
そして、先ほど同様、人差し指を彼女の胸に向ける…
【蒼馬】
「…ランス。」
翌朝…一刀が目を覚ますと、目の前には何か丸い物が二つあった…
【一刀】
「……何だ、これ…?つーか、ここ、何処だ?」
二日酔いで普段の半分も働かない頭で、自身の置かれた状況を考えた。
【一刀】
「…確か昨夜は……愛紗たちに囲まれて…やっと厠に逃げ込めたと思ったら、すぐまた捕まって……」
【愛紗】
「…ん…すー…すー……」
【一刀】
「っ!?」
愛紗の寝息が間近から聞こえて、やっと状況が理解できた。
ここは大広間…昨夜の宴会で酔い潰れた一刀は、そのまま眠ってしまっていた。愛紗の隣で、彼女に頭を抱き込まれるような形で、だ…つまり、目の前にあるのは愛紗の…
【一刀】
「お、おいっ!愛紗!くっ…」
動こうとしたが、何故か動けない…
【一刀】
『か、金縛り!?』
ではなかった…傍にいたのは愛紗だけでなく、蓮華が一刀の腕を、璃々と星が足を、がっちり押さえていたのだ。
【一刀】
「お、お前ら!起きろぉっ!つーか、離せぇっ!」
一刀の叫びが響く…が、誰も起きない…。
【一刀】
「どうして、こうなった?」
【桂花】
「華琳様ー!」
その時、桂花の声が何処からか聞こえた。
【一刀】
「は!その声は、確か桂花…おーい!」
【桂花】
「何よ?私は今、忙しい…ってか、何してんのよ!ヘンタイ!」
【一刀】
「誤解だ!俺は何もしてないっ!いいから、ちょっと助けてくれっ!」
【桂花】
「何が誤解よ!不潔だわ!話しかけないで!妊娠しちゃうじゃない!」
【一刀】
「しねぇよ!ってか、アンタ魏の筆頭軍師なんだろ?この状況をどうにかするいい方法を教えてくれ…頼む…」
【桂花】
「死ねばいいんじゃない?」
【一刀】
「俺、アンタに何かしたか?」
別に何もしていないが、桂花の中では男=ケダモノという式が定着しているので、一刀に対してもこういう態度なのだ。
【桂花】
「アンタの事なんかどうでもいいわ。それより、華琳様が何処にもいないのよ。」
【一刀】
「どうでもいいって…一応、アンタらにも部屋を宛がったはずだけど…部屋にいないのか?」
【桂花】
「だから言ってるのよ。馬鹿なの?」
【一刀】
「ケンカ売ってる?」
一刀は桂花の物言いに腹を立てつつも、華琳の気配を探ってみた。しかし、確かに城内に彼女の気配は無い。ならばと成都の都一帯まで探知範囲を広めてみたが、これも反応がなかった。
【一刀】
「…どうなってる?」
二日酔いのままでは、これが限界だった…。
【桂花】
「おかしいわ。いくら戦が終わったとはいえ、一人で居なくなるなんて…」
【一刀】
「だよな…魏に帰るなら、アンタらも連れて引き上げるだろうし…でも、ちょっと散歩っていう範囲には居ないみたいだし…」
【桂花】
「そう。何かしら?胸騒ぎがするわ…ひょっとして、何かあったんじゃ…」
【一刀】
「あったとしても、大抵の事は自力で何とか出来るだろ?」
【思春】
「…北郷。」
【一刀】
「うわっ!?」
突然、音も気配もなく現れた思春が、一刀の顔を覗き込んだ。
【一刀】
「びっくりした!思春か…」
【思春】
「……」
思春は、一刀の腕に抱き着いている蓮華を見て、眉を顰める…
【一刀】
「いや、おい、違うぞ…むしろ、早く蓮華を引きはがしてくれ…」
【思春】
「北郷、蓮華様をよろしく頼む。」
【一刀】
「聞けって!」
【思春】
「それよりも、雪蓮様の姿も見えないのだ。」
【一刀】
「何?」
急に話題を変えられたが、その内容に一刀も徐々に事態の異様さに気付き始めた。
【一刀】
「華琳も、雪蓮も?まさか!」
一刀は、再び都中に探知範囲を広げ、ある人物の気配も探ってみた。すると、案の定…
【一刀】
「桃香もいない…」
【桂花】
「え?」
【一刀】
「くっそ!二日酔いで頭痛くなかったら…大陸中を探せるんだが…」
【桂花】
「…嫌な予感がする…というか、嫌な予感しかしないわ。」
【思春】
「皆を起こしましょう。」
【一刀】
「頼む。つーか、真っ先にこいつらを…」
しかし思春は、向こうで寝ている呉の将や軍師たちを起こしに行ってしまった。
【一刀】
「チクショーッ!」
一刀の叫びが、大広間に木霊した…。
一刀たちが目を覚ました頃、蒼馬はすでに許昌の城へ戻っていた。華琳たちを殺め、三国の王、大陸の覇者を自称し出したこの男は、恐れ多くも華琳の座るべき玉座に腰をかけた。
【蒼馬】
「さて…大陸を統べるからには、やはり反乱分子を根絶やしにする必要があるな。」
反乱分子…それは、三人の王を信じ、仕えてきた将や軍師たち、そして一刀の事だろう。
【蒼馬】
「……」
…玉座から、感情のない目で見下ろしてくる蒼馬……
【翠】
「いたか?」
【蒲公英】
「ううん。やっぱり、何処にもいないよ、桃香様…」
【春蘭】
「そっちは?」
【季衣】
「ダメです…」
【祭】
「冥琳、どうじゃった?」
【冥琳】
「いえ、こちらもいませんでした。」
成都では、居なくなった三人を総出で探し回っていた。城内も、街中も、都の外まで…
【凪】
「どうだ?」
【沙和】
「さっぱりなの~。」
【真桜】
「アカン…隊長やったら、ポンと見つけられるんやろうけど…」
【凪】
「隊長までおられないとは…一体、どうなって…」
【沙和】
「っ!凪ちゃん、真桜ちゃん!あれ!空を見てなのっ!」
沙和が大声を上げる。指差したのは、東の空だ…そこには、
【凪】
「隊長?」
【真桜】
「何や?どうなってんねん?」
蒼馬の姿が映し出されていた…。
それは、そこだけではない…呉の都の建業からも、西涼からも、漢中からも、大陸中の至る所に、その映像は映し出されていた。
【一刀】
「おいおい…この時代にはハイテク過ぎだろ…」
【蒼馬】
「…魏、呉、蜀…並びに、大陸に住まう全ての者たちよ。俺の名は蒼馬…お前たちの、新たなる王だ。」
【一刀】
「なっ!?」
三国の全ての者たちに、衝撃が走った。昨日まで、信じていた自分たちの王が、いきなりこの頭のおかしい男になり変わるというのだ。到底、そんな事は容認できるはずもない。
【蒼馬】
「君たちに拒否権はない。従わないなら、死あるのみだ。そうだ、いいものを見せてやろう。」
そう言うと、映像が切り替わる…そこは、許昌の城の牢屋だ。そこには…
【蓮華】
「ね、姉様っ!?」
【桂花】
「華琳様!」
【桜香】
「お姉ちゃん!」
倒れ伏した、三人の王たちの姿が映し出されていた。
【蒼馬】
「ご覧の通り…三国の王は、俺が殺した。」
【一刀】
「っ!」
【蒼馬】
「従わないなら、お前たちも同じ運命を辿るだろう。もっとも、早死にしたいのなら、武器を手に攻めてくるがいい。俺は許昌の城で、逃げも隠れもせずに待っている。」
それだけ言って、蒼馬の姿は空から消えた。
【一刀】
「…っ!蒼馬ぁっ!」
【愛紗】
「ご主人様…桃香様は…」
【一刀】
「どうりで、気配を探知出来なかったわけだ…」
【愛紗】
「それじゃあ…」
【一刀】
「泣いている暇はないっ!愛紗!アレはどうした?」
一喝して、一刀が尋ねる。しかし、アレとは?
【愛紗】
「アレ?…あ!部屋に!」
【一刀】
「取って来い!俺は皆を集める!」
その後、茫然自失となっていた三国の将と軍師たちは、一刀によって玉座の間に集められた。
【一刀】
「みんな、さっきの空に映った蒼馬の映像は見たな?」
沈んだ様子で、彼女たちは頷き返した。
【一刀】
「恐らく、三人が討たれたのは事実だ。だが、嘆いている場合じゃない。」
【春蘭】
「嘆くなだと?華琳様が殺されたというのに、嘆かずにいらr…」
【秋蘭】
「よせ、姉者…気持ちは、ここにいる全員同じだ。違うとすれば…犯人が、我らの中から出た事だ…」
【春蘭】
「蒼馬っ!よくもっ…」
【一刀】
「蒼馬の事は今はいい。それよりも…ここにいる何人かは、反董卓連合の時に、俺が虎牢関で恋…呂布に討たれた事は知ってるな?だが、俺はこうして生き返った。それは奇しくも、蒼馬によってだ。」
一刀の言葉に、一同がざわめき出す。
【一刀】
「俺を生き返らせた物が、実はここにある。死神である蒼馬が持っていた、命の水だ。これを使えば、死者も生き返らせる事が出来る。」
【蓮華】
「じゃあ、姉様たちもそれで…?」
【一刀】
「あぁ。だが、一筋縄じゃいかないな。相手は一人と言えども、本物の死神だ…覚悟を決められる者だけ、俺と共に来てくれ。
一刀は魏、呉の将はおろか、蜀の将たちにも強制はしなかった。蒼馬の強さと怖さを、身に染みて分かっているからだ。
【春蘭】
「フン!見くびるなよ、北郷!この夏侯元穰、死神ごときに怯みはせん!」
【霞】
「つーか、むしろウチらが行かな…蒼馬の事は、ウチらが一番よぅ知っとるしな。
【秋蘭】
「そうだな。それに仮にも、我々の仲間だった蒼馬が引き起こしたのだ…我々にも責任がある。」
春蘭を筆頭とする魏の武将たちが、次々に一歩前に出る。
【蓮華】
「私も行くわ。」
【思春】
「蓮華様…」
【蓮華】
「足手まといなのは分かってる…でも、私も姉様を助けたいの!」
【思春】
「ならば、私も同行します。」
【祭】
「ここで行かねば、堅殿に合わせる顔がないな。」
続いて、呉の将たちも次々に志願する。
【鈴々】
「鈴々も行くのだ!」
【星】
「主の行く先なら、地獄の果てまでお供しますぞ。」
そして蜀の将も、全員が志願してきた。
【一刀】
「皆…」
【愛紗】
「ご主人様、今度は何を言われても、共に行きますよ。」
隣では、愛紗も行く気満々の様子だ。
【風】
「では、稟ちゃん。私たちも行くとしますか?」
【稟】
「そうですね。」
【一刀】
「え?でも二人は軍師であって、武官じゃないんだろ?危険過ぎる…」
【風】
「何も直接戦うとは言ってませんよ~。一筋縄でいかないと言ったのは、お兄さんでしょう?」
【稟】
「軍師には軍師の戦い方があるのです。」
【冥琳】
「そういう事だ、北郷。」
【朱里】
「今度こそ、ご主人様に勝利を。」
朱里の横で、雛里もコクコクと頷いている。彼女も行く気のようだ。
【一刀】
「…分かった。皆で行こう!」
ここに、打倒死神を掲げる三国の連合軍が組織された。
【蒼馬】
「動ける魏軍兵は15万ちょっと、呉軍兵が5万、蜀軍が3万…ぐらいだったか?」
玉座の上で、蒼馬は思案に耽りながらブツブツと呟く。
【蒼馬】
「…フッ、楽しみだ。」




