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第三十話 彼女の目覚め

後に、人々が袁家の進撃と呼ぶようになる激動の三日間は、その袁家の滅亡という形で皮肉にも幕を閉じた。

ただ、この戦いで命を落としたのは、袁家の二人だけではない…袁家の二枚看板と呼ばれた文醜、それに常山の名君・公孫賛、そして…天の御遣い、北郷 一刀…。彼女たちの遺体はそれぞれ埋葬、ないし城下ごと焼かれたが、一刀だけは…長坂の崖下にて、その遺体を打ち捨てられたままになって…なって……ない!

向こうには、袁家の兵たちの遺体が転がっているのに…一刀の遺体だけが、忽然と姿を消していたのだ。

一体、何処に?




所変わって、漢中にと…


【張魯】

「華陀、容体は如何に?」


白髪の、美しい女性が、寝台の横でせっせと何かしている赤髪の男に尋ねた。

彼女は張魯…五斗米道を世に伝える医師である。そして、赤い髪のこの男は華陀、張魯の右腕とも言うべき弟子である。


【華陀】

「張魯様…ダメです。いくら針を打っても、全く…」


華陀は険しい表情で首を振った。額には、玉の汗が浮かび、疲労の色は隠せない。


【張魯】

「そうですか…」


張魯は静かに呟き、寝台に横たわる彼の姿を診た。そこに横たわっているのは…一刀だった。

実は、谷底でまだ息のあった一刀を、たまたま通り掛かった華陀が見つけ、ここまで連れてきていたのだ。


【張魯】

「体の傷は奇跡的に軽傷だったにも関わらず、もう七日も意識を失ったまま…それに、気力が著しく低下していますね。」


【華陀】

「はい。俺の気を針でいくら注ぎ込んでも、まるで…」


【張魯】

「まるで、穴の開いた桶に水を汲むよう、ですか?」


【華陀】

「えぇ。一体、どうすれば…」


【張魯】

「落ち着きなさい、華陀。もっと彼をよく診るのです。針は、ただ闇雲に打つものではありません。」


そう言い、張魯は寝台の横に立つと、自身の針を取り出して眠っている一刀の眉間に刺した。そしてすぐさま針を抜いて、今度は首筋に軽くプスッ…次に胸部、右腕、左腕…全身のあちこちに針を刺しては抜き、刺しては抜きを繰り返し続けた。




一刀が張魯や華陀に診て貰っている間、大陸には様々な動きがあった。順を追い、見て行くとしよう。

袁家滅亡の翌日、桃香たちは蜀へと辿り着いた。本来なら、ここで何らかの一悶着、一騒動があって然るべきなのだろうが、意外にも彼らは歓迎された。

というのも、蜀を治めている太守というのが、実はまだ幼い劉璋という少女で、しかも彼女は、姓を見て分かる通り、桃香と同族…遠縁にあたるのだ。そんなわけで、至って平和的に蜀へと入る事が出来た桃香たち。もっとも、事情は他にもあるが…。

その夜、与えられた部屋で眠りに就こうとしていた桃香の下に、


【劉璋】

「劉備お姉ちゃん、もう寝ちゃった?」


【桃香】

「え?劉璋ちゃん?」


部屋の前から、幼い心細そうな声で劉璋が呼び掛けてきた。慌てて戸を開けると、美羽よりさらにさらに背の低い少女が、甘えた目で桃香を見上げていた。


【桃香】

「どうしたの?城内と言っても、こんな時間に一人でウロウロしてたらダメだよ?」


【劉璋】

「あのね…」


劉璋は、中々話を切り出せずモジモジしている…桃香は膝を折り、劉璋と目線の高さを合わせて、優しく微笑みかける。


【桃香】

「大丈夫♪怒らないから、お姉ちゃんに話してごらん?」


【劉璋】

「…あのね…お姉ちゃんと、一緒に寝ても、いい?」


【桃香】

「私と?うん、いいよ。」


桃香が承諾すると、劉璋は途端に笑顔を咲かせ、桃香に抱き着いた。

そして二人で、一緒に布団に入った。


【劉璋】

「……わたし、夜はいつも不安なの…」


【桃香】

「どうして?」


【劉璋】

「……眠ったら…このまま、朝になっても起きれないんじゃないかって…」


【桃香】

「大丈夫よ。見回りの兵の人たちが、劉璋ちゃんの安全を守る為に頑張ってくれてるもの。」


桃香の励ましに、しかし劉璋は首を横に振った。


【劉璋】

「違うの…わたし…わたしね……病気なんだって…」


【桃香】

「…え?」


突然の劉璋の告白に、桃香は思わず唖然とした。


【劉璋】

「不治の病、なんだって…紫苑と桔梗が話してるの、聞いちゃったの…」


【桃香】

「そんな…」


【劉璋】

「みんな、わたしが怖がらないように何も言わないの…だから、わたしも知らないフリしなきゃって……でも、やっぱり、怖いよ…」


今にも泣き出しそうな劉璋の頭を、劉備は優しく抱き寄せた。


【桃香】

「大丈夫だから。ちゃんと、明日も起きれるよ。お姉ちゃんが起こしてあげる。だから安心して、ね。」


【劉璋】

「うん…」


【桃香】

「そうだ。まだ、真名を預けてなかったね。私の真名は、桃香っていうの。」


【桜香】

「わたしは、桜香。」


【桃香】

「おやすみなさい、桜香ちゃん。」


【桜香】

「うん♪おやすみ、桃香お姉ちゃん。」


突然の、桜香の告白…この翌日、桜香の口から自身の病に関して真実が告げられ、桜香に代わり桃香が、新たな太守となった。

しかし、病に関しては、桜香の周りでは紫苑と桔梗の二人しか知らない事実だった。その為、二人はすぐに自分たちの話を聞かれたのだと悟り、その場で自害を図ろうとした。慌てて、傍にいた愛紗や星がそれを止めたが、まさに間一髪だった。

その後、西涼から逃げてきた翠たちが蜀へと辿り着いたが、ここでも太守が桃香に代わっていた事で、何の争いもなくすんなりと彼女たちは通されたのだった。




さて、桃香が蜀の新たな太守となり、後の世で蜀の五虎大将と呼ばれる将が揃った頃、呉では雪蓮たちが、念願だった孫呉の再建を遂げていた。袁術の一派を一人残らず追放し、ようやっと、彼女たちは悲願を成就したのである。


【雪蓮】

「長かったわね、冥琳。」


【冥琳】

「あぁ。」


【雪蓮】

「さーてと♪んじゃあ私は家督を蓮華に任せて、気ままな隠居暮らしでも…」


【冥琳】

「そんな事、許すはずが無いだろう?むしろ、これからが忙しくなるんだからな?サボりは許さんぞ、雪蓮?」


【雪蓮】

「ひぃ~ん!(泣)」


そんな能天気な姉に対し、蓮華は自室で一人、物思いに耽っていた。


【蓮華】

「北郷…結局、お前はどういう男だったのだ?」


話に聞いていた一刀は、強く賢く優しく凛々しく…雪蓮は、蓮華をその気にさせる為に、一刀の事を褒めちぎって聞かせていたので、彼女の中のイメージも、徐々にその通りになっていった。

しかし、実際に会ってみた一刀は、怒りに支配され、まるで獣のような有様だった。

かと思えば、単身で姉と互角に渡り合って見せ、最後には…兵や民を逃がす為に、自らを犠牲にした。


【蓮華】

「分からない…どうして、こんなに胸が苦しいんだ?」


【思春】

「蓮華様…」


【蓮華】

「思春。」


いつの間にか、思春が彼女の背後で跪いていた。いつから居たのだろうか。


【思春】

「…例の件、ご命令通り確認して参りましたが…」


【蓮華】

「いや、いいんだ。もういい…」


【思春】

「蓮華様?」


【蓮華】

「…もうよい。私がどうかしていたのだ。姉様にそそのかされ、色恋に現を抜かそうなど…しかし、もう迷わん。」


そう言うと、蓮華は刀を抜きそれを自身の首の後ろへ当てた。


【思春】

「なっ!蓮華様っ!」


慌てる思春…無理もない。このまま両手で力いっぱい、刀を前に押し出せば、彼女の首が飛ぶのだから。しかし、彼女は左手で自身の長い髪を掴んで、刀を後方へ払った。

薄桃色の綺麗な髪が、彼女の首筋あたりの長さで無造作に切り揃えられた。それは、彼女なりの、一刀への思いの決別だった。




魏では、蒼馬の容体が急変していた。


【蒼馬】

「あはは…心配しなくて平気だよぅ。」


【秋蘭】

「そういう事は、まともに回復してから言ってもらいたいものだな。」


今はちょうど、秋蘭が見舞いに来ているところだった。

医務室の寝台の上に横たわる蒼馬…その姿は、すっかり老衰していた。顔には皺が刻まれ、黒かった髪は色あせて灰色になっている。むしろ白に近いと言っていい。


【蒼馬】

「言ったでしょ?力を温存させておきたいんだ…おじさん六百歳だからね~。あれだけ若作りするのも、結構しんどくてねぇ~。」


【秋蘭】

「つまり、それが年相応、本来の姿というわけか?」


【蒼馬】

「まぁね…」


秋蘭の皮肉に、蒼馬は力なく笑って返した。そんな姿を見ると、本当に今にもお迎えが来そうで、秋蘭も心配になった。


【蒼馬】

「大丈夫だよ。お迎えが近いとは言ったけど、力を使わなければまだまだ数年は平気さ。」


彼女の心配を察したのか、蒼馬は穏やかな笑みを浮かべてそう言った。

本当は、腰の傷がなければ、まだまだ十年単位で数えられるハズだった彼の余命…だが、こうしている間にも、彼の命…神通力はどんどん減少しているのだ。傷口から漏れ出す神通力を少しでも抑える為に、肉体を極限まで老衰させるという手段を取ったわけである。


【蒼馬】

「それより、気になったんだけどぉ…何か、慌ただしいねぇ~。」


蒼馬は医務室の寝台から起き上がれない状態だったが、すでに感じ取っていた。彼が戻って来たあの日から僅か三日後、毎日見舞いに来ていた凪から、沙和と共に西涼へ出向く事を聞かされたのだ。さらにその翌日、というより昨日の事になるが、今度は春蘭と季衣が孫呉との国境に位置する砦へ出向した。どちらも、内乱の戦火が飛び火しないか警戒する為だ。さらに同日、霞が北方の五胡勢力を警戒する為、こちらも国境近くの砦まで兵を率いて出たそうだ。


【秋蘭】

「袁家の滅亡によって、勢力図が大きく変わったからな。他勢力の動きには、最大限の注意が必要だ。まぁ、牽制の為だ。かくいう私も、流琉と共にこれから定軍山へ向かうんだ。出陣前に、いつ迎えが来るとも知れないお前を見舞っておこうと思ってな。」


【蒼馬】

「凪ちゃんといい、忙しい最中にわざわざ来なくても大丈夫だよぅ。まぁ、ありがとう。秋蘭ちゃんこそ、道中気をつけるんだよぅ~。」


まるで、田舎から上京していく孫を見るような目で蒼馬は言った。実際の年は、それとは比較にならないが…。


【秋蘭】

「あぁ。分かってる。」


【蒼馬】

「…定軍山…そこは、秋蘭ちゃんにとって相性の悪い土地だからね。」


【秋蘭】

「どういう事だ?」


不意に真面目腐った声音で話す蒼馬に、秋蘭も表情を引き締めた。


【蒼馬】

「いや、占い的な意味でさ。秋蘭ちゃんの運気と、定軍山の位置や方角なんかの相性が悪いって話だよぅ。他の皆は別として、秋蘭ちゃんの所では何かしろの動きがある…良くない意味でね。だから、十分に気をつけなさい。」


【秋蘭】

「…分かった。流琉にも伝えておく。」


【蒼馬】

「…まぁ……おじさんの、心配のしすぎかも…しれないけど、ねぇ~。」


真剣な表情で自分の言葉を聞いてくれた秋蘭を見て、満足そうに首を縦に振った蒼馬は、途切れ途切れな言葉を繋ぎ終えてから、静かに眠りについた。

一日の大半を寝て過ごすのも、力を温存する為だ。

秋蘭は、蒼馬の掛布を直してやってから、医務室を後にした。その目には、覚悟の炎が宿っていた。

かつて、蒼馬は秋蘭の部隊の兵だった。その関係もあり、華琳以上に蒼馬との関わりが、付き合いが濃かったのは秋蘭だった。彼女は知っていた…姉、春蘭が片目を失った事を知った時、蒼馬が甚く後悔していた事を。彼は告白した…春蘭が片目を失うかもしれない事を、予見していた事を。

彼女は、彼が何かを予見したという事を察したのだ。我が身に降りかかる何かを…蒼馬が予見し、忠告してくれたのだと。


【秋蘭】

「安心しろ、蒼馬。お前の後悔と心遣い、無駄にはしない。」


こうして、秋蘭は流琉と共に、兵を連れて油断ならない戦地へと赴いたのである。




【??】

「ふむ、好機ですね…すでに準備は整っていますし、予定よりだいぶ早いですが、動かすとしましょうか。」




秋蘭が定軍山へ向かった日の夜…その日も、桜香は部屋を抜け出して桃香の部屋へと来ていた。今は、桃香に抱かれながらすやすやと寝息を立てている。

桃香もすでに眠りについていた。桜香同様、その寝顔は安らかだった。しかし…


【桃香・黒】

『相変わらず暢気なものよね、貴方って。』


【桃香】

『え?』


耳元で囁かれたその声に、思わず桃香は跳ね起きた…つもりだったが、どうやらそこは夢の中らしく、寝そべっていた寝台も、腕の中にいたはずの桜香の姿も無かった。


【桃香・黒】

『おはよう♪』


代わりにいたのは、いつぞやの黒い彼女だった。

桃香の心の中に突如として現れた彼女は、皆で逃げる為に愛紗を犠牲にすればいいと言ってきた。それがまるで、桃香にとっても都合がいいような口ぶりでだ。しかし、


【桃香】

『…私は…貴方の思い通りになんかならないわ!愛紗ちゃんの事だって…』


【桃香・黒】

『はいはい、分かってますよ。その件はいいわ。無事にこうして逃げ延びれたんだから。』


警戒する桃香だったが、彼女の方はまるで気にもしていない素振りだ。それどころか、過ぎた事というよりも、そんな話は無かったかのような態度である。


【桃香・黒】

『そんな事より…桜香の余命、聞いたんでしょ?』


【桃香】

『っ!?どうして…』


確かに、この日の昼間、桃香は紫苑たちから聞いていた。桜香の病気の事を…桜香の余命は、もってあと…


【桃香・黒】

『半年…なんでしょ?』


【桃香】

『……』


【桃香・黒】

『見せてあげたくないの?あの子に…貴方が理想とする、皆が笑顔でいられる世界を。』


【桃香】

『…だけど…』


【桃香・黒】

『このままでいい?そんなわけないでしょ!貴方だって、そう思ったから立ち上がったんじゃないの?今のこの国を憂い、愛紗たちと一緒に立ち上がったんでしょ?このままじゃ、あの子はそんな世界しか知らないまま逝く事になるのよ!それでもいいの?』


【桃香】

『じゃあ、どうしたらいいって言うの?私には…私、何も出来ないのに…』


【桃香・黒】

『そんな事ないわ。言ったでしょ、私は貴方で、貴方は私…私も力を貸してあげる。』


【桃香】

『本当?』


【桃香・黒】

『自分に嘘なんかつけないわよ。さぁ、私の手を取って…』


黒い彼女が差し出した手…桃香は、おずおずと手を伸ばし…彼女の手を握った。固く結ばれた二人の手…同時に、桃香の意識が薄れていく。どうやら、朝の目覚めが近いらしい。ふと見上げると、彼女は笑っていた…優しい笑顔だった。そこで、桃香の意識は途切れた。


【桃香・黒】

「…さぁ…一つに成リマショウ。」


そう呟いた瞬間、彼女は口の端を吊り上げた。




彼女が目を覚ますと、桜香の頭がすぐ真下にあった。目線を下ろすと、桜香は彼女の胸に顔を埋め寝息を立てていた。

そんな桜香が堪らなく愛しくて、彼女はそっと、桜香の頭にキスをした。


【桜香】

「…んん…」


くすぐったかったのか、桜香は目を覚ましてしまった。


【桜香】

「おはよう、お姉ちゃん…」


まだ少し眠そうな顔で彼女を見上げ、桜香は朝の挨拶をした。そんな桜香に、彼女も満面の笑みで返した。


【桃香・黒】

「おはよう、桜香。」


彼女は手早く着替えると、まだ半分寝ぼけている桜香を部屋まで送り届けた。そして、自室へと戻る途中…


【愛紗】

「おはようございます、桃香様。」


愛紗とばったり出くわした。


【桃香・黒】

「おはよう、愛紗。あ、そうだ。朝食の後、大事な話があるの。皆を玉座の間に集めてくれない?」


【愛紗】

「…桃香様?」


【桃香・黒】

「何?」


【愛紗】

「…いえ、何でもありません。皆には、伝えておきます。」


彼女の様子に違和感を覚えた愛紗は訝しみながらも、首を傾げる桃香を見て自分の気のせいだと判断したようだ。


【桃香・黒】

「うん、よろしくね♪」


しかしその判断が、後に自分の首を絞める事になるとは、この時の愛紗は知る由もなかった。

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