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第二十八話 激動4・死神の帰還

愛紗が華琳たちに助けを求めてきたあの日から二日後…官渡にて、華琳率いる魏軍と、袁紹・袁術の連合軍は対峙していた。

兵数で言えば、華琳たちの方が僅かに不利だった。が、すでに遠征により袁紹軍も袁術軍も疲弊していた。

しかしそもそも、何故こんな事になったのか…それは、




【華琳】

「民を連れて逃げる為に、魏の領地を通らせて欲しい、ね。」


愛紗に助けを請われた華琳は、すぐさま春蘭と秋蘭、桂花を連れて桃香たちの野営地を訪ねた。


【桃香】

「はい。他に、逃げ道はありませんから…」


【華琳】

「そうね。それで、貴方たちを通すことで、私たちに何か得があるのかしら?麗羽たちの足止めをしてまで、貴方を助ける価値があるのかしら?」


【桃香】

「それは…」


…ない。メリットなど何もない。華琳もそんな事は分かっている。分かっていて、敢えて聞いたのだ。桃香が何かを思っているのか…どう思っているのかを知る為に。

連合で初めて一刀と桃香を見た時、華琳は二人に何も感じなかった。しかしその後、一刀は連合の総大将となり、まだまだ荒削りではあったが王の資質も見せていた。桃香は相変わらずだったが、虎牢関以降の蒼馬は明らかに彼女たちに協力的だった。自分を差し置いて、蒼馬の手厚い協力を得られた理由、華琳はずっとそれが気になっていた。

蒼馬は自由人だ。自分がそうしたいと思わなければ、絶対にしない男だ。その彼が協力を惜しまなかったのなら、彼女には自分とは別の何かがあるのだ。華琳はそれを知りたかった。


【桃香】

「ありません…私や白蓮ちゃんの領地も、今は袁術さんや袁紹さんに奪われちゃいましたから、私から曹操さんに差し出せる物は、何も…」


【華琳】

「それを承知で願い出るという事は、何を要求されても文句は言えないわね?」


そう言って、華琳は意地悪く微笑んだ。




【華琳】

「さてと、真桜?準備は?」


華琳の問いに、傍に控えていた真桜が応える。


【真桜】

「いつでもいけるで、大将。」


城壁の上から、二人は進軍してくる袁家の連合軍を眺めていた。迫り来るその軍隊の中には、常山の城を攻めた際に用いられた攻城兵器らしき物が、多数見受けられる。しかも、この短期間で明らかにグレードアップしていた。一体、どうやって改良し、どうやって大量生産したのだろうか?


【華琳】

「向こうも中々の絡繰を用意してきたみたいね。でも、ウチの技師の方が上手よ。始めなさい、真桜。」


【真桜】

「はいな♪」


【華琳】

「向こうの攻城兵器、一つ残らず破壊して頂戴。」


【真桜】

「…一個だけ残しといちゃアカンの?」


抑えきれない好奇心故にそう聞くと、華琳は怖いくらいのにっこり顔で一言…


【華琳】

「ダメよ。」


…駄々をこねる子供も、これには言う事を聞かざるを得ないだろう…。


【真桜】

『怖っ!?』


こうして、迫り来る袁家の連合軍に対し、華琳たちの攻撃が始まった。




【麗羽】

「全く!白蓮さんといい、華琳さんといい…私の邪魔ばかり…頭にきますわね!」


【美羽】

「落ち着くのじゃ、麗羽。ハチミツ水を飲みたもう。」


カリカリしている麗羽に対し、美羽はのほほんとハチミツ水を飲んでいた。


【美羽】

「それにしても、其方の所の攻城兵器は大したものよのぅ。どうやって、こんな物を用意したのじゃ?」


【麗羽】

「フフン、まぁちょっとしたツテですわ。」


得意げに胸を張る麗羽だが、要は人任せだ。

それは美羽もまたしかりで、彼女はこの遠征中ずっと七乃に指示を任せっきりだし、攻撃も全て雪蓮たち孫策軍任せだ。


【麗羽】

「さぁ、いよいよ我が軍の攻城兵器の出番ですわ。斗詩さん、猪々子さん!やっておs…」


ヒューン ドーンッ


【麗羽】

「な、何ですの!?」


突然、麗羽ご自慢の攻城兵器が一基、大破した。見ると、大きな岩が攻城兵器を潰していた。しかし、こんな大きな岩が何処から…そう思う間もなく、また一つ大破する攻城兵器。


【美羽】

「な、何じゃこれは?何が起きておるのじゃ、七乃?」


今まで大物ぶっていた美羽も、この事態にパニック状態だ。驚きすぎて思わず泣きそうになったほどだ。


【七乃】

「大変です!曹操さんたちの本陣から、巨大な岩が…また来ました!」


ヒューン ドーンッ


七乃の報告を遮るように、再び降って来た岩石…あれよあれよという間に、攻城兵器はその数を減らされていった。


【猪々子】

「やっべーよ、これ!シャレにならないって!」


【斗詩】

「文ちゃん、ここも危ないよ!」


攻城兵器の牽引隊を率いていた二人は、最後の一基となってしまった攻城兵器を諦め、麗羽たちのいる本隊へ合流しようとした。

が、ついにそこへ最後の岩が降ってくる…


【猪々子】

「うわああああっ!」


【斗詩】

「きゃああああっ!」


落下の衝撃と風圧で、二人は軽々と吹っ飛ばされてしまった。兵たちもかなり犠牲になったようである。


【猪々子】

「危ねぇ~…おい、大丈夫か斗詩?」


【斗詩】

「うん、何とか…」


袁家連合軍は、もはや大混乱である…それを見た猪々子と斗詩は、改めて思った。

…完全に負け戦だ、と。




【華琳】

「さぁ、魏の精兵たちよ!一気呵成に攻め立てよ!」


城門を開け、春蘭、霞の部隊が飛び出していく。続いて凪に、沙和、季衣に流琉の四隊だ。真桜の部隊は、投石機の使用に回されていたので、出撃部隊ではない。秋蘭の部隊も、城門の上から弓を構えて待機している。


【春蘭】

「うおおおおおっ!」


唸り声を上げ、春蘭は敵兵に突っ込んでいく。そんな彼女の前に、


【雪蓮】

「させないわ!」


雪蓮が立ち塞がった。


【春蘭】

「貴様、江東の麒麟児…孫策だな?」


【雪蓮】

「あら?知っててくれて嬉しいわ、魏武の大剣…夏侯惇将軍。」


二人は一度距離を取った。

恐らく、この戦場で最強の組み合わせのカードだろう。こんな序盤で実現してしまっては…この戦、相当早くケリがつきそうである。


【霞】

「うおりゃあああ!雑魚に用はない!袁紹、出て来いやぁっ!」


騎馬隊を率いて、神速の二つ名に後れを取らない勢いで、敵陣を突き進んでいく霞…。

かつて月の部下だった彼女は、反董卓連合の言い出しっぺである麗羽が許せなかった。月が居て、詠が居て、恋が居て、華雄がいて…楽しい日々だった。月が笑うと、皆それだけで嬉しかった…そんな日々を、白装束の連中に、そして麗羽に、壊されたのだ。彼女の憤りは、計り知れなかった。

だが、それ以上に…彼女が許せなかったのは…月を助けてくれた恩人である一刀に、直接お礼も言えなかった事だ。蒼馬からその話を聞かされた時は、涙ながらに喜び、感謝した。それなのに…その感謝を伝える機会も得られぬまま、一刀は……


【霞】

「うあああああっ!」


霞は止まらなかった。疲弊した袁紹軍の兵たちでは、止められるハズもなかった。


【霞】

「邪魔するヤツは容赦せぇへんで!命が惜しかったらそこ退きぃっ!」


【袁紹軍兵士】

「ひぃぃっ!」


鬼気迫る霞の気迫に、袁紹軍の兵士たちの中には、武器を捨てて逃げ出す者が出始めた。皆、麗羽などの為に命を投げ出すのは嫌なのだろう。


【麗羽】

「な、何をしていますの!貴方たち!それでも誇り高き袁家の兵ですの!」


麗羽は必死に輿の上から檄を飛ばすが、兵たちは誰一人聞く耳を持たなかった。


【美羽】

「七乃!どうしたらいいんじゃ?」


【七乃】

「決まってるじゃないですか。孫策さんたちに時間を稼がせて、私たちはさっさと逃げるんですよ♪麗羽さんも、諦めてそうした方がいいですって。」


七乃がそう進言するが、しかし麗羽は頑として撤退を受け入れなかった。


【麗羽】

「名門・袁家の名に泥を塗る事は出来ませんわ。私の辞書には、勝利の二文字しかありませんのよ。」


【七乃】

「うわー、使えねぇ辞書だぁ…そうですか。じゃあ、私は美羽様を連れて逃げますんで、どうかご武運を。」


そう言い、近くの兵に孫策への伝言を頼み、本当に兵を退かせ始めた。


【麗羽】

「まったく、それでも誇り高き袁家に仕える軍師ですの?」


【霞】

「見つけたで、袁紹!」


【麗羽】

「ひっ!?ちょ、張遼さん?何で、兵たちは何を…きゃあっ!?」


振り返ると、霞がもうそこまで迫って来ていた。人の足ならそれなりの間合いだが、彼女にとっては十秒とかからず首をとれる距離だ。麗羽に、彼女の一撃を止められるわけもない。

絶体絶命であった…。しかし兵たちは、そんな主に目もくれず我先にと逃げるばかり…終いには、輿を担いでいた兵たちまで、麗羽を置き去りに逃げ出してしまった。


【霞】

「もらったでぇっ!」


【麗羽】

「ひぃっ!」


ガキィーン


麗羽に迫る霞の一撃…それを、猪々子の大剣が間一髪で防いでいた。


【猪々子】

「姫、無事か?」


【麗羽】

「猪々子!よくやりましたわ!さ、やっておしまい!」


【猪々子】

「…や、それはムリ…」


防ぐには防いだが、彼女の馬鹿力を持ってしても…押し返せないのだ。無理もない、馬上から振り下ろされた一撃だ…上からの力が、下からの力より遥かに有利なのは常識である。


【霞】

「それで、ウチの攻撃を防いだつもりか?」


【猪々子】

「まさか…斗詩!」


【斗詩】

「やぁっ!」


猪々子に気を取られていた霞の背後から、斗詩が大槌を振り上げ飛び掛かってきた。このままでは、霞は愛馬諸共ぺしゃんこにされてしまう。

が、霞は避けようともしなかった。その目に映ってるのは、猪々子と…彼女に守られている麗羽だけだった。


【斗詩】

『とった!』


そう思った斗詩だったが、振り下ろされる大槌と霞の間に…銀色の影が割って入った。


【凪】

「させんっ!」


ガァンッ


【斗詩】

「きゃあっ!」


勝利を確信した瞬間に見舞われた強烈な蹴りで、斗詩の大槌は軌道を大きく逸らされ、斗詩は体勢を崩されそのまま落下した。


【猪々子】

「斗詩!」


【霞】

「よそ見してる場合ちゃうで…うらぁっ!」


ガァン ギィンッ


【猪々子】

「ぐっ!うわぁっ!」


霞の連続攻撃に為す術もなく、猪々子は大剣ごと弾き飛ばされた。


【麗羽】

「二人とも!」


【斗詩】

「麗羽様!逃げて下さい!」


【猪々子】

「あぁ!姫が逃げるくらいの時間は稼ぐからさ。」


【麗羽】

「斗詩…猪々子…」


【猪々子】

「早くっ!」


【麗羽】

「っ!」


猪々子と斗詩の覚悟に後押しされ、麗羽はやっと撤退を選択したようだ。いや、撤退というより、本当にただの逃亡だが…名門、袁家の威光もへったくれもない。


【霞】

「ウチから逃げられるとでも?ナメられたもんやな!」


【猪々子】

「行かせるかよ!」


追撃しようとする霞の前に、再び立ち塞がる猪々子…だが、力の差は歴然だ。長くは持たないだろう…それでも猪々子は諦めなかった。

絶対に、麗羽を無事に逃がす…猪々子だけではなく、斗詩もそのつもりだった。無論、死を覚悟の上でだ。しかし…


ドスッ


【麗羽】

「はがっ…」


そんな二人の決意と覚悟など、まるで関係ないと嘲笑うかのように…


【霞】

「なっ!」


【凪】

「あ…あぁ…」


【蒼馬】

「逃がさないよ~。」


【霞&凪】

「「蒼馬(隊長)!」」


死神こと、蒼馬は帰って来た。その右手の人差し指から伸びる光の槍で、麗羽の心臓を刺し貫き…いつもの飄々としたヘラヘラ顔で笑う蒼馬。死神と呼ぶに相応しき残忍さだ。


【猪々子】

「…姫…姫ぇっ!」


猪々子は激昂し、蒼馬に向かって突っ込んでいく。


【斗詩】

「文ちゃん、ダメぇっ!」


斗詩の叫びも虚しく、猪々子と蒼馬の立ち位置はすでに逆転していた。さっきまで彼女がいた位置に、剣を抜いた蒼馬が立っている…それが意味する事は一つ…


【猪々子】

「ぐっ!」


鮮血を噴いて倒れ伏す麗羽と猪々子…二人の姿を、斗詩は呆然と眺めるしかなかった。


【蒼馬】

「やぁ、霞ちゃん、凪ちゃん。久し振りだねぇ。」


【霞】

「何が久し振りや!勝手に居なくなりおってからに…心配したんやで、皆。」


【凪】

「隊長!お帰りなさいませ!」


【蒼馬】

「ただいま…とは、言えないかな?」


【凪】

「え?」


蒼馬の帰還を心から喜んでいた凪だったが、彼の意味深な一言に笑顔が一瞬で曇ってしまった。


【蒼馬】

「話は後だよぅ。それよりも…」


蒼馬は、ちょうど春蘭の部隊と雪蓮たちが当たってる辺りに目を向けた。

そしてすぐに、その場から姿を消す。


【凪】

「隊長!」


帰って来たと思ったら、またすぐに消えてしまった蒼馬に、凪はしょんぼり顔だ。蒼馬が率いていた警備隊の分隊長となった凪たち三人の中で、彼女が一番、純粋に蒼馬を慕っていた。上司としても、武人としても、蒼馬を敬愛していた。

蒼馬がいなくなって、一番ショックを受けたのは他ならぬ凪であった。


【凪】

「…隊長…」


【霞】

「ほれ、凪。ボーッとしとったらアカンで。」


【凪】

「あ、はい!」


霞に言われ、慌てて凪はへたり込んでしまった斗詩を捕縛し、霞と共に逃げた袁紹軍の兵たちを追撃した。




【??】

「やれやれ…彼も、中々にしぶといですね。その上…あれでどうして中々のキレ者ですか。都合のいい手駒だったのですがねぇ、彼女は…。洛陽に彼らをおびき寄せたり…色々と、ね。まぁ、十分役に立ってくれましたし、もう用済みという事でいいでしょう。すでに、新しい手駒の準備も出来てますからね。」




【桃香】

『…私…どうしちゃったの?』


皆を引き連れ、魏の領地内を逃げ続ける桃香たち…。いや、すでに魏の領地は抜けただろうか。そんな頃になっても、桃香はずっと自分に問いかけていた。

それは、華琳に領内の通行許可を貰おうとした時から始まった。


【華琳】

「通行を許可してあげるわ、劉備。ただし、通行料に…関羽を置いていきなさい。」


【桃香】

「え?」


【華琳】

「今、貴方の手の中にあるものは、後ろにいる部下と民たちの身柄だけ。その中で、私が唯一欲しいのは関羽だけよ。連合の時から、ずっと目をつけていたのよ。どうかしら?」


華琳が一層、意地悪く微笑む。

蒼馬が居なくなり、秋蘭の説得もあって、やっと更正したかに見えたが…やはりダメだったのだろうか?


【華琳】

「どうする、劉備?もっとも、他に手立てなんて無いのでしょうけれど。」


確かに、華琳の言うとおりだった。いや、無くはないのだ…自分と兵たちだけなら、逃げようはある。簡単な事だ。黄巾党が暴れていた時代、決して少なくない数の太守たちがそうしたように、民を見捨てて逃げてしまえばいいのだ。

しかし、彼女にはそんな事出来るはずもなかった。それが出来るなら、彼女はここにこうして立ってなどいなかっただろう。

かと言って、姉妹の契りを交わした愛紗を手放す事も出来ない…。華琳に突き付けられた究極の選択に、桃香の心は激しく葛藤した。


【桃香】

『ご主人様…私、どうしたら…』


今はここにいない一刀を思い、助けを求める桃香…その時、誰かが彼女の耳元で囁いた。

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