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第二十七話 激動3・英雄の魂、天に昇る

国境の砦にて、迫り来る孫策軍を相手に、城壁の上から飛び降りて迎撃に向かった一刀。木刀で戦っていた頃とは比較にならない、強烈な衝撃波を前に孫策軍の運命は?




その頃、白蓮のところの兵士たち数人が、早馬で一刀たちの居城へとやってきていた。援軍の要請、並びに避難してきた民たちの受け入れをお願いする為だ。

しかし、城門の兵士に、袁術軍による侵攻の事実を聞かされ、彼らは愕然とした。


【兵士A】

「ど、どうする?」


【兵士B】

「このままじゃ、俺たちも北郷軍も袁家に挟撃されちまう。報せに行かないと…」


【兵士A】

「なら、二手に分かれて本隊と北郷殿に事態を説明しに行こう。」


【兵士B】

「あぁ。俺は北郷殿のもとに向かう。本隊への報せは任せたぞ。」


【兵士A】

「分かった!」


白蓮の兵士たちは二手に分かれ、再び馬を走らせた。




国境の砦では、一刀の放った衝撃波による孫策軍の被害状況が明らかになってきた。衝撃によって立ち込めていた土煙が晴れると、そこには死屍累々となった孫策軍の兵士たちの姿g…


【一刀】

「なっ!?」


…は、無かった。

衝撃波によって地面に走った亀裂…それは一直線に孫策軍めがけ伸びていたが、孫策軍の手前で何故か途切れていた。


【一刀】

『間合いが開きすぎていたのか?いや、違う!十分に届く距離のハズだ…なのに何で?』


【雪蓮】

「…この程度?」


【一刀】

「っ!」


原因は簡単だった。

孫策軍の先頭に立っていた彼女…江東の麒麟児、孫伯符。彼女の握る〈南海覇王〉が、一刀の衝撃波を斬り裂いたのだ。


【一刀】

「バカな…」


一刀は、自分のその攻撃に自信を持ち始めていた。暴走していたとはいえ、蒼馬を圧倒し苦戦させた技だ。名前をつけようなんて考えが頭を過ぎったくらいだ。それなのに…。


【雪蓮】

「虎牢関で見た時はびっくりしたけど、気を操れれば割りと簡単に使えるわよ?こんな風に、ね!」


瞬間、孫策の振るった南海覇王が、鋭い衝撃波を放った。


【一刀】

「っ!」


咄嗟に、衝撃波を受け止める一刀…しかし、その威力は自身のそれとは比較にならず、押し負け、吹き飛ばされてしまった。


【一刀】

「がぁっ!」


地面を転がる一刀…


【桃香】

「ご主人様!」


【鈴々】

「早く、門を開けるのだ!」


鈴々が兵士たちに開門を急がせる…しかし、


【一刀】

「開けるなっ!」


下から、一刀の命令が飛ぶ…見れば、ボロボロになりながらも何とか立ち上がってくる一刀の姿があった。


【一刀】

「絶対に開けるな!」


【鈴々】

「でもお兄ちゃん!それじゃお兄ちゃんが…」


【一刀】

「分かってる!必ず押し返すから、それまで待て!」


【雪蓮】

「ぷっ、あはは♪押し返す?貴方一人で?」


【一刀】

「…あぁ、そうだ。俺一人で十分だ…これ以上、兵士たちを傷つけさせはしない!」


そう叫び、一刀は雪蓮に突っ込んでいく。それを、後方から弓で狙う弓隊…しかし、雪蓮はそれを手で制し、真っ向から一刀と打ち合った。


ガキィンッ


【一刀】

「ぐっ!」


弾き返され、一刀はバランスを崩す…力の差は歴然だった。しかも、容赦なく雪蓮の追撃が迫る。


ギィンッ


【一刀】

「くぅっ!」


辛うじてガードするのがやっとだった。

腕は痺れ、羽根のように軽かった刀が、徐々に重くなってきていた…。


【一刀】

『…落ち着け…落ち着け……蒼馬さんにも言われたじゃないか。衝撃波は、格上相手には通じないって…相手は小覇王の孫策、俺なんかより格上なのは分かり切ってただろ!効かなくて当然だ、動揺する事じゃない…自棄になるな、死ぬ気じゃダメなんだ!』


一刀は一つ深呼吸して、雪蓮を見据えた…確かに、彼女は強い。だが、そこに恋や蒼馬の姿を重ねてみる…雪蓮の威圧感が、少し薄らいだ。


【一刀】

「…足りない技術と経験は、覚悟でカバーする…」


【雪蓮】

「?」


【一刀】

「はあああぁぁぁっ!」


再び、雪蓮に突っ込んでいく一刀…そして再び、二人の剣が激突した。




一刀と雪蓮の戦闘が激しさを増す頃、常山の城下はより一層激しく燃えていた。そして、天高く昇る煙と共に、天へと昇る魂一つ…。

公孫賛、字は伯珪…文武ともに非凡なる才を持ち、王の器と資質も兼ね備えていた常山の名君。劉備とは幼い頃からの親友で、黄巾党討伐の折、彼女からの援軍要請に自軍の精鋭部隊を引き連れ馳せ参じた。

袁紹軍が劉備たちの街を侵略しようとした際、彼女は自ら進んで袁紹軍と対峙し、その侵攻を喰い止めた。戦前、彼女はこう言ったと伝えられる…友を裏切り生き延びるくらいなら、友のために戦い散る、と。

情に厚く、情に生き、情に散った彼女…その生き様は後世に語り継がれ、悠久の時を経た今でも、その歴史は輝き続けている。


【麗羽】

「はぁ…はぁ…はぁ…あ、危なかったですわ…」


麗羽たち袁紹軍の面々は、命辛々と言った体で、常山の城下から逃げてきていた。


【猪々子】

「ま、全くだよ…危うく、アタイら全員丸焦げになるところだった…」


【斗詩】

「兵の皆も、半数以上が火傷を負っちゃったみたい…まだ戦える兵数は、多く見て五万…実際は三万くらいかな?」


最初十万いた袁紹軍の兵数は、すでに半分にまで削られていた。


【麗羽】

「なんて事ですの!白蓮さんのおかげで、大損害ですわ!」


【猪々子】

「どうすんだ?姫?」


【麗羽】

「決まってますわ!このまま進軍なさい!名門袁家の戦に、撤退などあり得ませんわ!」


【猪々子】

『こりゃあ、完全に負け戦だな…』


【斗詩】

『どうする、文ちゃん?』


【猪々子】

『やるしかないだろ?な~に、大丈夫。よく言うだろ?当たって砕けろ、って。』


【斗詩】

『砕けちゃダメだと思うよ…』




そこには、小さな川があった。

中国大陸では川と言うと長江や黄河が有名だが、無論それより小規模な川なんて幾らでもある。

蒼馬は今その川で、いつぞやの時のように水浴びをしていた。ただ様子は、あの時とは幾分違うようだったが…。


【蒼馬】

「ぐぅ…ぅぅっ!くっ、あっ!が……」


水に浸かりながら、蒼馬は自身の右腰を押さえて呻き、苦しみもがいていた。いいザマだ…なんて私情は置いておくとして、彼がここまで痛がるなんて尋常じゃない。


【蒼馬】

「参ったね、どうも…」


彼が押さえていた右腰を見ると、そこには矢傷があった。一体いつ矢など射られたのか?そもそも、彼に普通の矢など刺さりもしないハズ…。

そんな事は、悪いが取るに足らない事だ。問題は、その傷口の周囲の皮膚が、青紫色に変色している事だ。明らかに、普通の矢傷ではない。


【蒼馬】

「…厄介な傷だねぇ~…月下の雫でも回復出来ないなんて…まぁ、毒矢ならともかく…妙ちきりんな術だからねぇ…仕方ないか……」




反董卓連合軍が虎牢関を攻め落とし、ついに洛陽へと到着した時の事…一刀たちが、月たちの救出に向かう中、蒼馬もまた単身、洛陽へと潜入していた。

目的は無論、有事の際に一刀たちをフォローする為だ。しかし、


【蒼馬】

「妙だねぇ~。話に出てた白装束の連中なんて、何処にもいないじゃないか~。」


瞬脚や空間転移で、洛陽の至る所を回ってみた蒼馬だが、洛陽はもはやもぬけの殻のような状態だった。

気配を探ってみても、僅かに残った民たちの怯えたような気配しか伝わってこない。敵意や悪意に満ちた気配は、蒼馬をもってしても微塵も感じられなかった。


【蒼馬】

「…どうなってるんだろうねぇ?連中は一体何処に?まぁ、どうやら一刀君たちは董卓ちゃんたちを見つけて、保護できたみたいだし…」


そっちの気配は察知出来ているようだから、彼の感覚器官が狂ったわけではないようだが…。


【蒼馬】

「とりあえず、おじさんは戻るとしようかねぇ~。」


ドスッ


【蒼馬】

「っ!?」


突然、蒼馬の右腰に一本の矢が刺さった。


【蒼馬】

『バカな!気配は無かったハズ…』


油断、と言っていいのだろうか?いや、蒼馬は一瞬たりとも気を抜いてなどいなかった。気の抜ける喋り方はしているが、周囲への警戒は一切怠っていない。それなのに…今、彼の腰には矢が刺さっている。

瞬脚で避けれたハズだ…剣で払えたハズだ…魂鋼で弾き返せたハズだ……察知出来ていれば!


【蒼馬】

「誰だ!?」


蒼馬はかなり動揺しながらも、矢が飛んできた方向に向き直り、人差し指を向けた。


【蒼馬】

「ランス!」


その指から、光速の槍が一直線に伸びていく。

ランスは建物同士の狭い隙間を抜け、その向こうの民家の窓へと吸い込まれていった。しかし、矢を射たであろう犯人を刺し貫いた手応えはない。


【蒼馬】

「あんな所から?一体、何者だ?」


空間転移でその民家の中へ飛ぼうかとも考えた蒼馬だが、自身でもまるで気配を感じられない得体の知れない相手だ。彼とて、得体の知れないものに対する、畏怖の感情は持っている。別に子供みたいに、お化けを怖がるような年ではないが…闇雲な行動を取らない為には、恐怖とて欠く事の出来ない感情なのだ。


【蒼馬】

「深追いは避けるか…幸い、大したケガじゃないしな…」


蒼馬は矢を引き抜いて、華琳たちのいる陣地へと何食わぬ顔で帰還した。




しかし、今やその傷口はご覧のあり様だった。傷は未だ塞がらず、痛みも日に日に増すばかり。


【蒼馬】

「…神通力を使う度に、痛みが酷くなってる気がするのは…どうやら、気のせいじゃないねぇ~。おまけに、血の代わりに神通力が漏れ出してるみたいだし……」


神通力…それは神術師である蒼馬にとって、寿命のようなもの。この力が尽きる時、それは魂そのものが存在する力を失くす事…彼という存在が、魂が、この世からもあの世からも消滅する事を意味する。


【蒼馬】

「さて…どうしたもんかねぇ~。」


川に浸かりながら、蒼馬は今後の計画を立てていた。

もう、目的もなくフラフラと旅を続ける余裕はなかった…彼に残された時間は、今まで彼が生きてきた時間に比べれば瞬くほどしかない。


【蒼馬】

「……華琳たちの所は静かだけど、それ以外の勢力はかなり慌ただしい状況みたいだねぇ。」


その後、しばらく思案していた蒼馬は、五分ほどして川から上がり服を着た。

遠い空を見つめる彼の目は、いつもの飄々とした彼の目つきとは違った。




大陸情勢が激動した一日だったが、華琳が治める魏の許昌は概ね平穏な一日だった。動きと言えば、仕官してきた稟と風が、新たに幕下に加わったという事と…稟が華琳に微笑みかけられ、盛大に鼻血を噴いて玉座の間が大惨事になったくらいだ。


【華琳】

「また一段と、個性の強い子が入ってきたわね。」


自室でそう呟く華琳だが、別段その事に呆れても動じてもいなかった。

蒼馬の予測不能ぶりに比べれば、床一面を鼻血で真っ赤にされる事など大した事ではなかったからだ。


【華琳】

『本当に、彼にはどれだけ寿命を縮ませられたか分からないわね…』


確かに、彼がいる事で華琳は、驚いたり怒ったり緊張したり…散々だった。いっそ蒼馬などいない方が、彼女の周囲は平穏なんじゃないだろうか。


【季衣】

「華琳様!」


と、そろそろ休もうとしていた華琳の部屋に、全速力で駆けてきた季衣が飛び込んできた。


【華琳】

「どうしたの、季衣?」


【季衣】

「至急、華琳様に謁見したいって人が来てて…」


【華琳】

「こんな夜に?」


【季衣】

「はい。こんな夜にです。」


普通、こんな時間に一国の王となった華琳に謁見を申し込む者などいない。よほど急を要する用件の者か、もしくは…


【華琳】

「まさか…」


すぐさま華琳は着替え、玉座の間へと向かった。


【華琳】

「こんな時間に来る非常識な人間…そんなヤツは、蒼馬ぐらいかしらね。」


溜め息をつきながらも、何処か期待した様子の華琳…玉座の間へと向かう足も、いつもよりスピード三割増しだ。

しかし、謁見の準備が整い通されてきたのは、彼女が期待していた人物ではなかった。


【華琳】

「あら?貴方は、確か…」


【愛紗】

「反董卓連合の解散以来ですね。お目通り頂き、感謝します。曹操殿。」


そこにいたのは、一刀たちと一緒にいるはずの愛紗だった。

国境付近の砦にて、袁術軍と衝突していた一刀たち…彼女もそこで一緒だったはずだ。それが何故、華琳の所に?


【華琳】

「何があったのかしら?こんな時間に訪ねて来るなんて、よほどの事でしょう?」


【愛紗】

「…はい…実は…」


愛紗は、蒼馬が去ってからの事と、公孫賛軍から聞いた常山の事、自分達の現状を包み隠さず話した。


【華琳】

「…なるほど。麗羽、よほど虎牢関での事を根に持っているみたいね。」


【愛紗】

「……」


【華琳】

「…関羽。まだ何か、話してない事があるわね?」


【愛紗】

「っ!?」


華琳は見逃していなかった。震える彼女の肩を…彼女ほどの勇将が、この程度の場の空気に、緊張で肩を震わせるなど有り得ない。まして、彼女の表情は緊張というよりもむしろ…むしろ、悲壮感に満ちていた。


【華琳】

「もう一度だけ聞くぞ、関羽。何があった?」


【愛紗】

「……」


華琳の質問に、愛紗は下唇を噛み締めた。

何かを堪えるように、愛紗が沈黙を続けていると…勢いよく謁見の間の扉が開けられた。入ってきたのは…


【華琳】

「霞?何のつもり、今は謁見の…」


【霞】

「あぁ、悪い孟ちゃん。すぐ済むわ。」


そう言うと、霞は華琳が止めるのも聞かず、愛紗のそばへ歩み寄った。

そして、彼女の胸倉を掴んで引きずり立たせると、彼女の額に自分の額を押し当てた。自然、二人の目が至近距離から交わる。


【霞】

「関羽、お前…何を堪えとるんや?何で堪えとるんや?」


【愛紗】

「張遼、殿?」


【霞】

「黙って堪えなくてえぇ!泣いたらえぇんや…ウチも華琳も、絶対に他言せぇへんよ。」


霞に掴まれていた胸倉を離された愛紗は、彼女の言葉に安心したのか…


【愛紗】

「…ぅ、うあああああぁぁぁっ!」


堰を切ったように、泣き叫んだ。


【愛紗】

「あああぁぁ…ご主人様……ご主人様ぁっ!」




長坂にかかる橋、そこは一刀たちの逃走ルートとなった橋だが、今は切断されていた。その下に流れる川辺には、多くの袁術軍、袁紹軍の兵士たちの死体が転がっていた。

そして、少し川を下った先の川岸に、一刀は打ち上げられていた。全身は傷だらけになった彼の体は、もはやピクリとも動いていなかった…。

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