第二十三話 一刀の武器、龍刻四爪刀
さて、反董卓連合の解散から二十日…一刀たちも以前の日常を取り戻しつつあった。以前と変わった事は、一刀の政務能力がぐんと上がった事と、それに触発されてか、桃香も弱音を吐く事が少なくなった事だ。当初は無理をしているんじゃないかと心配していた周囲だが、最近は太守としての自覚が芽生え始めたのだと解釈されるようになった。
まぁ、そんなわけで、今日は一刀にとって久々の休日…いや、太守となって以来、完全に仕事が休みなんて日は今日が初めてではないだろうか。そう思えるくらい、目まぐるしい日々を送っていたわけである。
【一刀】
「んーっ!みんなには悪いが、今日はゆっくり休ませてもらうとしようかな。」
などと伸びをしながら、一刀は街の大通を堂々と歩いていた。その服装は、聖フランチェスカの制服ではなく、あくまでこの時代の庶民用の服だ。太守である彼が、庶民の着る継ぎ接ぎだらけの服などどうして持っているのか…疑問に思うかも知れないが、敢えてそこには触れずにおこう。きっとこの裏には、彼と個人的に親しくなった兵の一人や二人が関わっているに違いないからだ。愛紗にバレたらどんな目に遭わされる事か…故に、詮索してはならない。
【一刀】
「こうして市を見て回るのも、ひょっとしたら初めてかもな。」
一刀は感慨深げに、行き交う人々と活気ある店の数々を眺めた。
朱里と雛里の政策のおかげで、今や市は大きく拡大し、華琳たちの所の市にも負けないくらいの賑わいを見せている。
【一刀】
「やっぱ、こういう光景を見ると、頑張って良かったなって思えるな。ま、俺は何も特別な事は出来てないんだけど…」
などと言っているが、先にも言ったが最近の一刀の政務能力は格段に上昇しており、謙遜する必要は全くないと言っていい。
ただ如何せん、この世界に来てから上昇し続ける自身の能力に精神が追い付かず、未だに戸惑いを拭いきれないのが現状だったりする。
【一刀】
『本当に、どうなっちまってるんだ俺?どうなっちまうんだ…俺は…』
少し思考が暗い方に向きかけた、そんな時…
【??】
「きゃあああっ!」
【一刀】
「な、何だ!?」
一つ向こうの通りから響いてきたのは、紛れも無い女性の悲鳴…それと同時に、人々がにわかに浮足立つ…。
不安そうな表情で辺りを見回し警戒する者、何だ何だと野次馬の群れとなって見に行く者など様々だ。そんな人々の間を縫うように、一刀は声のした方へと走った。
何処へ行っても、騒ぎというか、人の集まる所には必ず事件があるものだ。それが起こり得ない世界というのも在るには在るのだが、それは異例中の異例である。
通りの向こうでは、荷物を抱えて走る男が一人…その後を、数人の警邏隊の兵たちが追いかけていた。男は恐らく盗っ人か引ったくりであろう。
【引ったくり犯】
「くそ!もう追っ手が来やがった…ついてねぇ…だが、足には自信があるんだぜ。」
男はぐんぐんと、警邏隊の兵士たちとの距離を広げていく。
【引ったくり犯】
「はっはっはっ!誰も俺を捕まえられねぇよ!」
逃げ切れる、そう確信した男は、完全に油断していた。自分の前に立ち塞がる彼の存在に、全く気付いていないようだ。
木の棒…木刀を脇に構え、静かに佇む彼の全身からは、その身なりからは想像も出来ないほどの気迫が、威圧感が、存在感が溢れ出している…周囲の人たちが、思わずその場から離れてしまうほどに…。
【引ったくり犯】
「はっはっは…は?」
やっと気付いた時にはもう遅い…すでにそこは、彼の一足一刀の間合い、一瞬にして二人の距離はゼロに近くなり、木刀に至っては男の腹部との距離、既にゼロという状態だ。
【一刀】
「盗っ人め…俺たちの街を荒らすな。」
【引ったくり犯】
「ぐえっ!」
うめき声を上げ、木刀の一撃をもろに喰らってしまった男は、体をくの字に曲げながら膝をつき、顔面から地面へと倒れ込んだ。
【一刀】
「…罪を償い、悔い改めるがいい。そしてその健脚、今度は人々の為に活かすがいい。」
木刀を一度払ってから脇に差して、一刀は静かに気絶しているだろう男に告げた。朦朧とする意識の中、彼の優しくも威厳あるその声は、男の耳に確かな余韻を残した。
【警邏隊兵士A】
「…はぁ…はぁ…ふぅ、ご助力に感謝す……なっ!」
【警邏隊兵士B】
「ほ、北郷様!な、何故ここに…それに、その格好は…」
【一刀】
「やべ…い、いや、俺は…ただの通りすがりの武芸者であって、断じて北郷 一刀なる男ではない。」
【警邏隊兵士A】
「は、はぁ…」
【警邏隊兵士B】
『おい、いいのか?』
【警邏隊兵士C】
『いや、マズいだろうけど…本人あぁ言ってるし…』
仕方なく、兵士たちは引ったくり犯を連れて詰め所へと向かっていった。
取りあえず大事にならずに済んだが、もうみんなに正体を気づかれてしまっていた。
【一刀】
「うぅむ…バカな、完璧な変装のはずだったのに…」
【愛紗】
「何が完璧なのですか?ご主人様?」
突然の背後からの声に、一刀の肩が思わずビクッとなった。それにその声は、今一番聞きたくない声である。
【一刀】
「…な、何の事ですかな?関羽将軍…私はただの通りすがりの…」
【愛紗】
「まだ言いますか…全く、勝手に城を抜け出して、どういうつもりです!それに、そのお召し物は何です?民の前に出るなら、それなりの装いをですね…」
【一刀】
「くっ!マズい…ここは、逃げるが勝ち!」
愛紗のお説教から逃れる為、一刀は一目散に駆け出した。
【愛紗】
「あ、ご主人様!お待ち下さい!」
慌てて、一刀を追いかける愛紗…さすがに速い。二人の距離は、見る間に縮まっていく。
通りを行き交う人たちは、二人のやりとりを物珍しげに眺めるばかり…ただ、彼らの表情は一様に笑顔で溢れ、この地が本当に平和で住みよい街なのだと分かった。
【一刀】
「くぅっ、マズい…このままでは捕まってしまう!」
さっきまでは、まさか自分が先の男と同じような状況に陥るとは思いもしていなかった一刀…それ故に、今の自分があまりに滑稽に思え、こんな状況でありながら苦笑してしまった。
【一刀】
「仕方ない…このまま捕まって、たまの休日をお説教で潰されてたまるか!喰らえ、愛紗!」
【愛紗】
「!」
一刀は木刀に力を込めて、追ってくる愛紗めがけ、下段から振り上げるようにして最弱威力の衝撃波を放った。
とりあえず、足止めにはなるだろう…そう思った一刀だったが、さすがは関雲長…青龍偃月刀を一振りし、正面からその衝撃を相殺させてしまった。
【一刀】
「うわーん、やっぱりムリだぁ~っ!」
諦めて、再び逃げようとする一刀だったが…
【愛紗】
「逃がしませんよ、ご主人様?」
【一刀】
「ぬおっ!」
回り込まれてしまった。
愛紗はゾッとするほど柔和な笑みをうかべている。
【一刀】
「こ、怖ぇ~っ!笑顔が逆に怖いっ!」
一刀のターン。一刀は怯えている…。
愛紗のターン…
【愛紗】
「さて、ご主人様?どういう事か説明していただきましょうか?」
愛紗による尋問。一刀は黙秘しようとした。しかし偃月刀の切っ先が眼前に突き付けられている。
【一刀】
「いや、これは…お忍びというやつで…」
【愛紗】
「なるほど。ですが、我々にまで内緒にして城を出られては、こっちが困ります。今度やったら、絶対に許しませんよ?」
【一刀】
「は、はい…」
【愛紗】
「まったく、貴方は…私がどれだけ心配したと……」
愛紗の独り言に、一刀は初めて自身の軽率な行動に罪悪感を覚えた。
今や、彼も立派な太守…その身は彼一人のものではない。その双肩には、この地に住む全ての民の命運がかかっているのである。
【一刀】
「ごめん、愛紗…次からは、ちゃんと伝えてから行くよ。」
【愛紗】
「護衛もつけて下さい。もしもの事があったら…」
【一刀】
「あぁ、分かってる。心配かけてゴメン、愛紗。」
【愛紗】
「ご主人様…」
見つめ合う二人…何だか、いい雰囲気である。
【蒼馬】
「若いっていいねぇ~。」
そんな二人のムードを、言わずと知れたあのK.Y.魔神がぶち壊した。
【一刀】
「なっ!蒼馬さん!?」
【愛紗】
「どうしてここに?」
蒼馬は、すぐ傍の屋台でラーメンを食していた。本当に、いつからそこにいたのだろうか?
【蒼馬】
「ん~、退屈だったからね…ちょっと宝探しの旅に出て、その後も当てもなくフラフラしているうちに、ここに流れ着いたわけさ。」
【一刀】
「宝探し?」
【蒼馬】
「おじさん、元はトレジャーハンターだからねぇ。今回のお宝は中々に良い品だよ~。」
などと自慢げに語る蒼馬…正直、誰もそんな事は聞いてないんだが、勝手に自慢話を始めるあたり、実にウザい男である。
【蒼馬】
「で、良かったら一刀君に献上しようと思ってね~。」
【一刀】
「は?」
蒼馬の突然の申し出に、一刀は困惑というか何故?という疑問符を幾つも浮かべた。
場所は城の謁見の間へと移る。
突然の蒼馬の来訪に驚きながらも、桃香たちは歓迎してくれた。ただ、雛里だけは朱里や鈴々の後ろに隠れたままだったが。
【蒼馬】
「早速だけど一刀君、これを…」
蒼馬はそう言って、背に掛けていた長めの背負嚢から、例のお宝…〈龍刻四爪刀・星恋龍牙〉を取り出して、盆の上に置いた。
その盆を、愛紗が一刀の座る玉座へと運ぶ…。
【一刀】
「…これ、日本刀?」
【蒼馬】
「形状からすると、そうなるねぇ~。だから、君に献上したかったんだ。この時代、この世界において、その刀を扱える人間はそう多くない。」
一刀は四本のウチの一本を手に取り、抜刀してみた。
【桃香】
「うわー…」
【愛紗】
「こ、これは…」
傍にいた桃香と愛紗は、抜き放たれたその刀身を見て思わず感嘆の声を上げた。
【鈴々】
「きっれいなのだーっ!」
下にいた鈴々もまた、その美しさに感激していた。朱里と雛里に至っては、驚きのあまり固まっている…。
その刀は、薄く青みがかかっており、本当に溜め息が漏れるほどの美しい刃をしていた。素人目にも、これが業物である事など明白…故に、一刀にはこれがどれほどの物か嫌でも分かった。
【一刀】
「こ、これは…俺なんかが貰っていいものじゃない…」
【蒼馬】
「そうかい?でも、それを決めるのは…君じゃないよ?」
【一刀】
「え?」
蒼馬は意味深な事を言ったかと思うと、一刀を…彼の持っている刀を指差した。
【蒼馬】
「自分が武器を選ぶなんて考えは、傲慢以外の何ものでもない…武器が、持ち主を選ぶんだよぅ~。」
【一刀】
「武器が?」
一刀は今一度、手にした刀をじっと見つめた。
見れば見るほど美しい…波打つ刃文、緩やかな湾曲、煌めくように光を反射する刀身、全て文句のつけようがない。
【一刀】
「…俺を、選んだ?」
【蒼馬】
「だから、ここに届けたんだよぅ~。その刀…龍刻四爪刀は一刀君、天の御遣いである君を選んだ。後は、君がその力を引き出せるか、だ。まぁ、すぐには無理だろうけどねぇ。」
蒼馬には、龍刻四爪刀がどれほどの刀なのか分かっている。名刀…いや、もはや妖刀と呼べる域にある刀である事は…故に、一刀がどれほどこの刀を使いこなせるかは未知数である。ひょっとしたら、華琳の下に戻った後、彼が最大の敵となるかもしれない…そうなったら、蒼馬は自らの手で厄介な難敵を生み出した事になるが、それがまた楽しみでもあった。
才気ある若者の成長を見届ける…齢六百を超す彼にとって、これほど楽しみな事も他にない。
【一刀】
「蒼馬さん…お願いがあります。」
【蒼馬】
「?」
急に一刀が真面目な顔でそう申し出た。
再び所変わって、ここは町から少し離れた荒野…周りには何もない。
【一刀】
「それでは、お願いします。」
【蒼馬】
「いつでもいいよ~。」
二人は互いに離れて立ち、一刀は先の青い刀を構え、蒼馬は…例の如くだらーんとした態度で突っ立っていた。
一刀が蒼馬に申し出た願いというのは他でもない、自身との手合わせだった。
【一刀】
「…でやあああっ!」
一刀は気合いを放ちながら、蒼馬へと詰め寄るために駆け出した…が、次の瞬間
【一刀】
「がっ!」
腹部に衝撃を受け、後ずさる一刀…膝をつき蹲る彼の前には、数メートル離れていたはずの蒼馬がいた。
先のをスローモーションで見るなら、駆けてきた一刀がある一線を越えた瞬間に、蒼馬は瞬脚で彼の眼前まで迫り、彼の腹部へ拳を一当てしていたのだ。それが早すぎて傍からは何も見えなかっただけの事…無論、当事者である一刀には、何が起きたのか理解できなかっただろう。
【蒼馬】
「簡単に相手の間合いに入っちゃダメだよ~。」
【一刀】
「ぐっ…」
立ち上がった一刀は、すぐさま後ろ飛びで蒼馬から間合いを取る。そして、刀に力を込めて蒼馬めがけ振り下ろす。彼がこの世界で身につけた、気合いと剣圧による衝撃波だ。だが…
【一刀】
『な、何だ?力が、吸い取られる…』
木刀の時の数倍、一刀の体力が奪われた。その分、放たれた衝撃波は今までの比ではなかった。
【蒼馬】
「へぇ~凄いねぇ。でも…」
【一刀】
「…ぐあっ!」
突然の下からの衝撃に、一刀は軽々と宙を舞った。顎を下から突き上げられ、彼の脳がぐわんぐわん揺れる。
衝撃波を躱した蒼馬は、今度は空間転移で一刀の懐まで詰め寄り、彼の顎に下から掌底を見舞ったのである。少なくとも、蒼馬の体勢を見る限りそうなのだろう…としか言えない。
そして落ちてきた一刀…脳を揺らされ、意識はすでに半分ないのと一緒だ。
【一刀】
「あ、ぐっ……」
【蒼馬】
「自分より格上の相手と戦う場合は~、どんなに間合いがあっても、リーチのある攻撃だろうと、自分から仕掛けちゃダメだよ~。」
蒼馬の助言が聞こえていたかは分からない…一刀は、仰向けに倒れたままぴくりとも動かなかった。
勿論、相手は蒼馬…加減を誤り一刀を死なせたりはしていないだろう。ただ、固唾を飲んで見守っていた桃香たちは、主である一刀の敗北と同時に卒倒してしまったようで、ギャラリーも愛紗と鈴々しか立っていない状況だ。
【鈴々】
「う~っ…あのおじちゃん、ものすごく強いのだぁ…」
正直、鈴々も戦ってみたかった。が、今の自分では手も足も出ないまま負けるのが目に見えていた。
愛紗は…意外と冷静だった。彼女は、恋との戦いで命を落とした一刀を、蒼馬が生き返らせたトリックを知っていたし、それ故に蒼馬を信頼していたからだ。
【蒼馬】
「こんなものかなぁ~?まぁ、筋は良かったよぉ~。」
誰もが勝敗は決したと思い、蒼馬も一刀に背を向け愛紗たちの方へ歩いてきた。
件の回復薬(?)を渡して、蒼馬はまた何処かへ向かうつもりだった。ところが、事態は思わぬ方へ向かい始めた。
【蒼馬】
「…?え……?」
蒼馬は気配を感じ振り返った。本来なら、そこには変わらず一刀が横たわっているはずだった。それが…
【一刀】
「…ぁ……」
何故か、一刀は起き上がっていた。
腕をだらんと下げ、本当にやっと起き上がったというような様相だったが…蒼馬は表情を引き締めて、彼に向き直った。




