第二十話 連合解散
虎牢関を攻め落としてから数日…連合軍はついに洛陽の都へと辿り着いた。
しかし、すでに董卓は自害していた…連合の当初の目的は、果たされたわけである。
【一刀】
「これにて、連合を解散する!」
総大将である一刀のその一声が、彼の最後のお役目となった。
表向きだけを見ると、たったこれだけ…少なくとも、袁紹や袁術らにはそう映っただろう。今回、彼女たちは何も得るものなく終わってしまった。全くもって骨折り損、くたびれ儲けというやつだ。
だが、一刀たちにとっては違った。
【一刀】
「あれで、上手く誤魔化せてるといいんだけど…」
【翠】
「大丈夫だって。袁紹も袁術もあんなだし、まさか董卓たちが…」
馬超が笑顔で視線をある二人に向ける。
【翠】
「こうして健在だなんて、思いもしないって。」
服こそ着替えていたが、その二人こそ他ならぬ董卓と、その軍師である賈駆だった。
【月】
「あの…本当に、ありがとうございます。」
絹のように白く柔らかい髪をした董卓は、一刀に対し深々と頭を下げた。
【一刀】
「気にしないで。それに、お礼なら…ここにはいないけど、曹操殿のところの蒼馬さんって人にしてくれ。あの人から話を聞かなきゃ、君たちの状況も分からなかったから。」
【月】
「はい。」
【詠】
「にしても、あんたもその蒼馬ってやつも、とんだお人好しよね。」
【月】
「え、詠ちゃん!そんな言い方したら失礼だよ。」
賈駆、いやさ詠は胡散臭いものを見るような目で一刀を見ている。
【詠】
「まぁ、でも…ありがとう…一応、お礼は言っとくわ。」
【一刀】
「ははは。お人好しか、大いに結構。馬超殿、後はお願いします。」
【翠】
「おうよ!でもいいのか?董卓たちだけじゃなく…あいつも一緒に連れてって。」
馬超が言うのは、二人の傍に立つ最強の矛…恋の事である。
【一刀】
「あぁ。彼女は元々、董卓に仕えていたんだからね。」
一体、何がどうなっているのか?
全ては、虎牢関を落とした、あの日の夜にあった。
【蒼馬】
「…気分はどうだい?」
蒼馬は、自分が倒し捕虜とした恋に尋ねた。木製の牢屋の中で、恋はおとなしくしていた。
【恋】
「…?」
【蒼馬】
「少し、話がしたいんだ。」
そう言って、蒼馬は恋を牢屋から出してしまった。見張りの兵たちは、すでに人払いされその場にいない。蒼馬が脅し付けた事くらい、容易に想像がつく。バレたら大変な事になるだろうに、構わず蒼馬は自分の天幕へ彼女を案内した。
【蒼馬】
「やぁ、待たせたね。」
天幕には、先客がいた。
【霞】
「おっそいで~!話がある言うて呼び出したんはそっちやろ。」
【恋】
「…霞」
【霞】
「おっす、恋♪」
この二人を呼び出して、蒼馬は一体何の話をするつもりだろう?何か、良からぬ事を企んでいるのではないだろうか?そんな不安が脳裏を過る…。
【蒼馬】
「さて、話というのは他でも無い。君たちの主について聞きたいんだ。まぁ、あの檄文がでっち上げなのは知っているよ~。袁紹があんなだったからね。」
蒼馬は麗羽に会った瞬間、それを見抜いていたのだろう。彼の不機嫌には、これも含まれていたのかもしれない。
【霞】
「って、言われてもなぁ~。ウチは、まだあんたの事をそない信頼してるわけやない。ホイホイ喋る思ったら大間違いやで?」
【恋】
「…月、優しい。」
霞はまだ蒼馬を警戒しているようだが、恋はポロポロとだが話してくれた。
【蒼馬】
「君たちが、命がけで戦うに値する?」
恋はコクッと首を縦に振った。
【蒼馬】
「…やれやれだねぇ~。本当に困ったもんだよ~。」
【恋】
「でも、白いヤツらが…月の家族、人質にしてる…月、悪者に仕立てられた…」
【蒼馬】
「白いヤツら?」
【霞】
「白装束着た謎の連中や。ほんまは、さっさと洛陽から逃げたかったんに、そいつらに人質とられたせいで、月たちは逃げられなかったんや!」
悔しそうに唇を噛む霞の様子に、蒼馬はそれが真実だと察し、同時に予想の斜め上を行く事態に少し戸惑った。
しかし、さすがは六百年ほど生きてると豪語する蒼馬…すぐに思案を巡らせた。
【蒼馬】
「つまり、董卓はエサにされたわけだ。この連合を釣り上げるための…」
とすると、白装束たちの目的は?連合をおびき寄せて…何が狙いなのか。諸侯が治める領土を侵略する為か?いや、いくらなんでもそれは無い…そんな大規模な作戦を実行し得るだけの兵力を有する勢力、この大陸に存在しないからだ。いたら諸侯の誰もが警戒しているはずである。
つまり、考えられるのは…この連合の中に、ヤツらがおびき寄せたい誰かがいるという事だ。そして、その誰かを捕らえ、始末する…といったところか。
【蒼馬】
「…ありがとう、二人とも。」
【霞】
「ん?もう、えぇんか?」
【蒼馬】
「うん。あ、呂布ちゃんは、もう少し付き合ってもらうよ。」
霞は自分の天幕へ戻っていった。そして、蒼馬は恋を連れて劉備軍の陣地へ向かうのだった。
さて、恋を連れて現れた蒼馬に、劉備軍の兵士たちは大パニック…槍を向けてくる兵士たちに、蒼馬は苦笑いを浮かべるしかない。
【蒼馬】
「参ったねぇ~…」
【兵士A】
「ただちに立ち去れ!この妖術師め!」
【蒼馬】
「いや、だから~…一刀くんや劉備ちゃんたちに、大事な話が…」
と説明しても、全く通してくれない兵士たち…それも当然だろう。こんな胡散臭くて怪しい男を、自分たちの主君に会わせる兵など即クビだ。
とは言え、蒼馬も一応バカではない…相当なK.Y.ではあるが…流石にこんな所で、騒ぎを起こしたくはない。
どうしたものかと困り果てているところに、騒ぎを聞き付けた愛紗が現れた。
【愛紗】
「どうしたのだ?」
そう言って兵たちに状況を確認しようとした愛紗は、兵たちが槍を突き付けている男の姿を見て血相を変えた。その背後にいる恋にも気づいてはいたが、そんな事は些細な事だ。今はとにかく…
【愛紗】
「武器を下げよ!そのお方は、我らが主の命の恩人なのだぞ!」
兵たちに槍を下げさせる事が先決だった。
【愛紗】
「兵たちが失礼を致しました。」
愛紗の剣幕に、慌てて槍を下げて後ずさる兵たち。それから愛紗は、深々と頭を下げ蒼馬に謝罪した。
【蒼馬】
「気にしなくていいよ~。それよりも、一刀くんたちに話があるんだけど~…」
【愛紗】
「はっ!ご案内致します。」
一時はどうなるかと思ったが、愛紗のおかげで無事に通してもらえた蒼馬と恋。
通された一刀の天幕では、疲れた表情の一刀が寝台に横たわっていた。その傍らに、朱里と桃香が付き添っている。
【蒼馬】
「調子はどうだい?」
【一刀】
「蒼馬さん…ありがとうございます、おかげで助かりました…」
無理に体を起こそうとするが、朱里と桃香によって止められてしまう。
【朱里】
「ご主人様!まだ動いては…」
【桃香】
「そうだよ!無理しちゃダメ!」
【一刀】
「うぅ…」
【蒼馬】
「はは。まぁ、そのままでいいから聞いておくれよ~。董卓について、張遼ちゃんと呂布ちゃんから話を聞いたんだぁ。そしたら、色々と分かったよ~。どうやら、董卓は連合をおびき寄せるエサにされたみたいなんだよね~。」
【一刀】
「え?」
蒼馬は、先ほど恋たちから聞いた、董卓と白装束の集団について一刀たちに話をした。
【朱里】
「まさか、そんな事が起きていたなんて…」
【蒼馬】
「これはおじさんからの提案…もう連合軍は解散させた方がいいと思う。このまま洛陽に進むのは危険だし、白装束の思うツボなんじゃないかな、ってね。」
【一刀】
「…確かに、董卓による暴政の事実が偽りの情報だった以上、連合の大義は無くなる。これ以上の戦いは無意味か。」
一刀も、蒼馬の提案に納得の意を示す。元より、一刀たちは洛陽の民を董卓の暴政から救うべく戦っていた…暴政の事実が無いなら、連合に席を置く意味はない。しかし…
【桃香】
「待って!」
桃香が待ったをかけた。
【桃香】
「それじゃあ、董卓さんたちはどうなるの?」
【蒼馬】
「残念だけど、作戦が失敗した以上はもう用済み…始末されて、今度はまた別の誰かが囮として利用されるんじゃないかな?」
蒼馬は冷たく言い放った。そんな事を平然と…酷い冷血漢である!
【桃香】
「そんな!人質を取られて、みんなから悪者扱いされて、その上…失敗したから殺されるなんて…そんなのあんまりだよっ!」
【蒼馬】
「まぁ確かに、胸糞悪い話だとは思うけど…正体もよく分からない敵の前に、何の策もなしに飛び出すなんて、自殺行為だよ。」
【桃香】
「でも!殺されるって分かってるのに、見捨てて逃げるなんて出来ないよっ!」
【愛紗】
「桃香様…」
【桃香】
「私が願うのは、皆の笑顔…皆が笑顔でいられる国を創る事…だけど、その為に誰かを見捨てたら、その人の笑顔は永遠にそこから無くなっちゃう…そんな事、絶対にダメ!」
【一刀】
「桃香…」
【蒼馬】
「…大き過ぎる理想は、時として己が身すら押し潰すよ?」
【桃香】
「例え潰されても、私にはこの思いしかないから…私には、朱里ちゃんたちみたいな豊富な知識も、愛紗ちゃんたちみたいな強い力も、ご主人様みたいな勇気もない…それでも、そんな私について来てくれる皆の為に、この思いだけは、絶対に手放したりしませんっ!」
瞬間、天幕の中を満たした不可視の力…それは、王の覇気でも、賢者の覇気でも、武士の覇気でもない…
【蒼馬】
「……」
その正体を見抜いた蒼馬は、きょとんした目で桃香のまっすぐな瞳を見つめ返していた。まだ完全ではないが、蒼馬はその力を知っていた…見た事があった…彼にとっても、それはとても大切な出会いの一つだったから。
【一刀】
「決まりだな。董卓を助け出そう。」
【愛紗】
「はい。」
【朱里】
「では、雛里ちゃんと相談して、作戦を考えておきますね。」
【恋】
「…恋も、手伝う。恋も…月たち、助けたい。」
【一刀】
「呂布…ありがとう。洛陽の案内を頼めるかい?」
【恋】
「…恋でいい…」
【一刀】
「え?いいのかい?なら、俺の事も一刀でいい。」
【恋】
「一刀…強かった。それに、月たち…助けてくれる…みんなも…。いい人…だから、恋でいい。」
主を助けてくれると言った一刀たちを信頼し、真名を預けてくれた恋。
【蒼馬】
「じゃあ、おじさんは戻るよ~。あ、呂布ちゃんは預けてくね~。華琳たちには、まぁ上手く言っておくからさ。」
そう言い残し、蒼馬は本当に恋を置いて天幕を後にした。
翌日、勝手に恋の身柄を一刀たちに明け渡した事に華琳は激怒したが…蒼馬の飄々とした態度は相変わらずだった。華琳の頭痛が治る日は来るのだろうか?
そして、一刀と桃香は董卓…月を救出する為に、白蓮と馬超にも協力を依頼した。二人とも、一刀たちの申し出に快諾してくれた。
二人とも「利子がたっぷり付いた頃、まとめて返してくれ」と、冗談まじりに言っていたが…。
洛陽の都には、先発隊として公孫賛軍と、愛紗、鈴々の部隊が乗り込み、恋の案内もあり、無事に月たちを救出する事が出来た。白装束の連中は、彼女たちの報告によると姿を見せなかったらしい。月たちの話でも、連合軍が洛陽に到着すると同時に、姿をくらましてしまったんだとか…。
結局、その集団の正体は謎のまま、連合は解散となり…一刀たちも幽州へと帰って行った。月と詠は恋に守られ、馬超たちと共に西涼へ向かった。しばらくは馬超の下に身を置くのだろうが、その後どうするのかは彼女たち次第だ。他の諸侯たちも、各々の治める土地へと帰っていった。
【蒼馬】
「…っ…」
【秋蘭】
「?どうした、蒼馬?」
隣を進んでいた蒼馬の表情が歪んだのを見て、秋蘭が尋ねた。
【蒼馬】
「ん?いや~、何でもないよぉ…」
【秋蘭】
「そうか?それにしても、呂布の件はどうするのだ?華琳様は、未だにご立腹だぞ?」
秋蘭は責め立てるでもなく、純粋に蒼馬の考えている事を探ろうと質問した。
【蒼馬】
「…おじさんと、呂布ちゃんの力を同時に手に入れちゃったら、ダメになっちゃうだろうからね~、あの子。」
【秋蘭】
「華琳様が?」
【蒼馬】
「…さて、どう転ぶやら…ま、それはそうと、春蘭ちゃんは平気なのかい?」
春蘭は左目を失い、現在は療養中で衛生兵の部隊で引いてる戦車の中だ…面会も規制されている。
【秋蘭】
「傷自体は、だいぶ良くなってきているようだ。」
【蒼馬】
「そう。なら…帰ったら、ちょっと稽古つけてあげないとねぇ~。」
その蒼馬の表情は、ゾッとするほど不敵な笑みだった…。




