第一話 死神、覇王と相見える
【??】
「…流れ星?不吉ね…」
【??】
「……様!出立の準備が整いました!」
【??】
「……様?どうかなさいましたか?」
【??】
「今、流れ星が見えたのよ。」
【??】
「流れ星、ですか?こんな昼間に?」
【??】
「あまり吉兆とは思えませんね。出立を伸ばしましょうか?」
【??】
「吉と取るか凶と取るかは己次第でしょう。予定通り出立するわ。」
【??】
「承知いたしました。」
【??】
「総員、騎乗!騎乗っ!」
【??】
「無知な悪党どもに奪われた貴重な遺産、何としても取り戻すわよ!出撃!」
【蒼馬】
「…よっ、と。」
蒼馬は爪先から着地して、静かに目を開けた…そこは、見渡す限り広がる荒野で、遠くに山並みが見える以外に何も見当たらなかった。
【蒼馬】
「ふぅーい…流石に焦ったねぇ。」
別に汗もかいてないくせに、わざとらしく服の袖で額を拭うと、蒼馬は改めて周囲を見回した。
【蒼馬】
「場所が特定できそうな物は何もなしか…仕方ない、座標を確認してみるか。」
異世界を渡り歩く神術師のトレジャーハンターである彼にとっては、こんな事態は不測でも何でもない事だった。
強いて例えるなら…いつも乗っている電車に乗り遅れただけ…という感じだろうか?
そんな彼の背後から…
【??】
「おう、そこの兄ちゃん。」
三人組の男が近づいてきた…この三人、何故かお揃いの黄色いバンダナを頭に巻き、こっちもお揃いの軽装の鎧を身に纏っている。いい年して、しかも男三人でペアルックとは趣味が悪い。いや、この場合はペアとは言わない…トリオか?
【ヒゲ】
「命が惜しかったら、金目の物を置いてきな。」
背の小さいバカそうな男と、常人の二倍以上のの体躯をした大男、もといデブを両脇に従えたヒゲのオッサンが、腰から剣を抜いて蒼馬を脅そうと声をかける。どうやら、こいつらは追剥らしい。
だが、蒼馬はまるで気づいていない…無視しているのだろうか?
【チビ】
「おい、テメェ!アニキを無視してんじゃねぇぞ!」
【蒼馬】
「…あれぇ?」
チビっこい男の声も聞こえていないようだ。というか、何が「あれぇ?」なのか…。
【チビ】
「アニキ…こんな奴、さっさとバラして奪うもん奪っちまいやしょうぜ。」
【ヒゲ】
「そうだな。おい、デブ。」
【デブ】
「おう、わがった。」
まんまかよ!と、思わずツッコミたくなるネーミングというか呼び名だ…。
デブは剣を抜いて蒼馬に斬りかかった…力任せに振り下ろされたそれは、丸太でも真っ二つに出来そうだった。それなのに…
ガギィンッ
蒼馬の後頭部に叩きつけられた剣は悲鳴を上げ、もとの刃渡りの三分の一になってしまった。
ヒュンヒュンヒュンッ ザクッ
彼らの遥か後方に突き刺さっている、折れた剣の先…三人が状況を理解するのには、じっくり十秒を要した。
【ヒゲ】
「…チビ、デブ!逃げるぞ!こいつ、バケモノだっ!」
最初に声を上げたのはリーダー格のオッサンだ。咄嗟に、仲間に撤退の指示を飛ばせるくらいには、リーダーの資質があるらしい。
【チビ】
「ひぃぃぃっ!」
チビは真っ青になって逃げ出した。
【デブ】
「ま、まっでくれよ~!」
一足遅れて、デブも逃げ出す…しかし、三人にとっての悪夢は、まだ序の口だった。
【蒼馬】
「…あのさぁ、君たち。ちょっと聞きたいんだけど…」
【三人組】
「―――っ!」
瞬間、オッサンは驚愕と恐怖に顔を壊滅的に歪ませて急停止した。
背後に置いてきたはずの蒼馬が、突然…前触れもなしに、目の前に出現したのだ。回り込んだ、じゃない…現れたのだ。そりゃあ、声にならない悲鳴を上げたくなるだろう…。
【三人組】
「「「ぎゃああああああっ!」」」
それでも、右に九十度曲がり再び三人は逃げ出した。
【蒼馬】
「……ふぅー。それで、いつまで隠れてるつもりなのかな~?」
【??】
「おや、バレておりましたか。」
蒼馬の呟きに反応し、岩陰から三人の美少女が踊り出てきた。
一人は、胸の辺りが大きく開いた白い服を着た青髪の女の子。
一人は、眼鏡をかけ緑色の服を纏った秀才然とした女の子。
最後の一人は、長い金髪を揺らし青い衣服を着た…他にも色々とツッコミたくなる格好をした少女だった。手始めに、頭に乗っているのは何だ?
【??】
「助けに入ろうかとも思ったのですが、要らぬ気遣いでしたな。」
【蒼馬】
「助ける?」
白い着物の女性の言葉に、首を傾げる蒼馬…って、本当に気付いてなかったようだ。
【蒼馬】
「まぁ、困ってるには困ってるから、助けると思って、おじさんの質問に二、三だけ答えてくれるかな?」
【??】
「ふむ、引き受けた。」
笑顔で快諾してくれたので、蒼馬は状況整理のための情報を彼女たちから聞き出した。
ちなみに、彼女たちの名は趙雲、戯志才、程立…三人で旅をしているとの事だった。
【蒼馬】
「…なるほど、漢帝国の陳留郡ねぇ。」
聞けるだけ聞いて、しばし思案する蒼馬…考えたってどうせ事態を把握できそうにないが、その瞳だけは真剣である。
【稟】
「蒼馬殿は、気づけばこの荒野に立っていた、と仰いましたね?」
戯志才と名乗った少女が尋ねる。
【蒼馬】
「そうなんだよ、いや~まいったねぇ~。」
【稟】
「はぁ…『記憶喪失というわけではないようだ…』」
あまりに軽い調子で話す蒼馬の様子に、少し呆れ気味に眼鏡を押し上げる戯志才…そして、程立というらしい少女は、ペロペロキャンディーを舐めながら眠そうな目で蒼馬を見つめている。いや、正確にはその向こう…地平線の彼方を眺めていた。
【風】
「あれは…陳留の刺史、曹操様の旗ですねぇ…」
【星】
「む、官軍のお出ましとは…興が冷めてしまうな。」
【稟】
「言ってる場合ですか、星。それでは、蒼馬殿…私たちはこれにて。」
【蒼馬】
「うん、色々ありがとう。悪いねぇ、こんなおじさんの話に付き合ってもらっちゃって。じゃ、縁があったら、また蒼天の下で会おう。」
そう言って、三人と別れた蒼馬は…何故か程立が見ていた地平線の先に向かって、ゆっくりと歩き出した。
【蒼馬】
「…随分と、不思議な世界に迷い込んじゃったみたいだねぇ…」
言いながら、蒼馬はぽりぽりと頭を掻くのだった。
【??】
「華琳様!怪しい者を捕えました。」
長い黒髪に、赤いチャイナドレスを着た美女がそう告げた。相手は馬上で、金髪のツインドリルを揺らす美少女だ。だが、その瞳に宿るのは紛れもなく王の覇気…凡人なら、直視などできまい。
【華琳】
「ご苦労さま、春蘭。さて…」
お縄につき引っ立てられたのは、他でもない蒼馬だ。まぁ、こんなみすぼらしい恰好で、無精髭を伸ばしていれば、不審者として捕まるのも無理はない。
【蒼馬】
「随分な扱いだねぇ~。」
【春蘭】
「貴様!華琳様の御前で、無礼だぞ!」
春蘭と呼ばれた彼女は、その細腕には似合わない大剣を振り上げる。
【華琳】
「よしなさい、春蘭!」
【春蘭】
「はう…」
少女の一喝で、春蘭は剣を下げた。
【華琳】
「さてと…貴方、名前は?」
【蒼馬】
「おじさんは蒼馬。時にお嬢ちゃん、人に名を聞く時は、自分から名乗るのが礼儀ってものだよ。」
【春蘭】
「貴様ぁっ!」
【華琳】
「春蘭!」
【春蘭】
「うぅ…」
この期に及んで、蒼馬の態度は飄々としている…そんな彼の態度に苛立ちを募らせながら、主の一喝にその度縮こまる春蘭のそばに、青い髪とチャイナドレス姿の美女が近寄った。
【??】
「まぁ姉者、そう気を落とすな。」
【春蘭】
「秋蘭~」
【秋蘭】
「あぁ、姉者はかわいいなぁ…」
泣きつく姉を抱きしめ、恍惚とした笑みを浮かべる秋蘭なる美女。
【華琳】
「そうね…私は曹孟徳。陳留の刺史を務めているわ。」
【蒼馬】
「なるほど…これで確信が持てた…」
【華琳】
「何か言った?」
【蒼馬】
「いいや。後に人界の覇王と称される雄が一人、曹操殿が…こんなに愛くるしい少女だとは思ってなかったからねぇ~。おじさん、びっくりしちゃったよ。」
瞬間、もう我慢できなかったのだろう…春蘭が大剣を振りかぶって襲いかかってきた。制止の声も意味をなさない勢いでだ…。
【春蘭】
「貴様、馴れ馴れしく華琳様に…もう許さんっ!その無礼、命をもって贖えっ!」
ヒュンッ ガギィィンッ
【春蘭】
「なっ!」
周囲にいた誰もが、何が起きたのか全く理解できなかった…振り下ろされた凶刃、その威力を知る者たちは皆、蒼馬の首と胴が切り離されるだろうと確信していた。
しかし、現実は違った…彼女ご自慢の大剣〈七星餓狼〉は、蒼馬の首の薄皮一枚も傷つけられずに、押し当てられたままの状態で止まっているのだ。
【蒼馬】
「…無礼、か…そういう事は、己が身を振り返ってから言えっ!小娘がっ!」
蒼馬の怒鳴り声を浴びて、馬たちが怯え、激しく暴れ出した。中でも、彼の目の前にいた華琳こと曹孟徳が乗る黒馬は、前足を大きく上げて主を振り落としそうな勢いだ。
【華琳】
「絶影!」
その一声で、落ち着きを取り戻したようだが…あと数秒もあれば、彼女は地面に叩き落とされていただろう。
【華琳】
「……貴方、何者?」
周囲を見渡せば、ほとんどの兵が馬から落ちていた…そばにいた秋蘭は、額に汗を光らせながらも蒼馬から目を離そうとしなかった。春蘭は…自慢の大剣を取り落として、尻餅をついていた。
【華琳】
『口が聞けるのは、私だけみたいね…』
【蒼馬】
「…おじさんは、トレジャーハンター…まぁ、宝探しを生業にしている、しがない旅人さ。」
【華琳】
「ふざけないで。一介の旅人風情が、怒気だけで鍛えられた軍馬を怯えさせるなんて…笑えない冗談だわ。」
瞳に宿す覇気の炎を燃やし、彼女は蒼馬を威圧しようとする…が、彼は全く動じなかった。
【蒼馬】
「そう言われてもねぇ~…嘘は言ってないんだけどなぁ。」
【華琳】
「…太平要術の書、という古書に聞き覚えは?」
【蒼馬】
「名前ぐらいなら知ってるよ。現物を見た事はないけど。」
【華琳】
「そう…」
華琳は溜め息を一つ吐き、再び凜とした表情で蒼馬を見下ろした。
【華琳】
「蒼馬と言ったわね。貴方、私のものになりなさい。」
【蒼馬】
「?」
突然の申し出に、蒼馬は首を傾げた。それはそうだ、話がいきなり飛躍しすぎなのだから。
【秋蘭】
「華琳様?」
秋蘭も、彼女の考えが分からずにその真意を問う…。
【華琳】
「旅人であれ何であれ、これ程の実力をもった人材を野放しにするのは惜しい。後に敵となれば、大きな災いとなるわ。でも、春蘭でさえ首を刎ねる事ができないなら、殺す事もまた不可能…いっそ、味方につける方が得策と考えたまでよ。」
【蒼馬】
「…おじさん、人のいいなりになるの嫌だから、裏切るかもしれないよぅ~?」
【華琳】
「その時は、私にそれだけの器が無かっただけの話よ。」
彼女は、自信に満ちた笑みを浮かべてそう言った。その様子は、まさに覇王…部下が自分を裏切る事など、絶対にあり得ないと言わんばかりだ。
【華琳】
「どうかしら?」
【蒼馬】
「…ふーん。見てて清々しいくらいの自信だねぇ~。おじさんは、さっきも言ったように自由気ままな旅人だから、望み通りに動くとは思わないでおくれよぅ。」
なんと、何を考えたのか蒼馬も彼女の申し出を了承…一体、どういう風の吹き回しだろうか?
【蒼馬】
『時空間転移で異世界に出れないなんて…こんな事は初めてだねぇ~。
それに、彼女やさっき会った趙雲ちゃんの名前から察するに、ここはウォルナテーラ…智輝君や日下の坊ちゃんのいる地球の、三国志とかいう時代のハズ…史実では確かみんな男だったと思ったんだけど~。
何にせよ、この世界から脱出するには、まずこの世界について色々と調べないといけないみたいだ。となれば、しばらくはこの世界に溶け込まないといけないからねぇ。』
【華琳】
「…ま!ちょっと、蒼馬!」
【蒼馬】
「え?」
【華琳】
「え?じゃないわよ。さっきから呼んでるのに、全然返事をしないんだもの。」
【蒼馬】
「おや、ごめんよ。おじさん、年のせいか最近どうも耳が遠くて。」
【華琳】
「気になっていたのだけれど、貴方年は?風貌はさておき、二十そこそこだと思うのだけれど?」
訝しむのも無理はない…いくら髭を生やし、みすぼらしい恰好をしていても、まだまだ若々しい様子は隠しきれない。春蘭を小娘よばわりできる年には、誰の目にも見えない。
【蒼馬】
「…君たちの数え方だと…六百前後になるかな?」
華琳は大きな鎌を蒼馬の首に突き付けた。
【華琳】
「ふざけないでと言ったはずよ?」
【蒼馬】
「嘘は言ってないってばぁ。色々と事情があってね…機を見て、おいおい話すよぅ。」
【華琳】
「…はぁ…なら、最後の質問。貴方の真名は?」
【蒼馬】
「真名?それは、さっきから君たちが呼び合ってるやつかい?」
【華琳】
「そうよ。まさか、真名を知らないとでも?」
信じられないという目で、華琳は蒼馬を見下ろした。この世界においては、真名というのは常識らしい。
【華琳】
「真名とは、父母より与えられたもう一つの名前…その者の本質を現し、許可なく他人が口にしてはならない神聖な名前の事よ。」
【蒼馬】
「なるほど…残念だけど、おじさんには真名と呼べるものはないよ。」
【華琳】
「真名が、ない?」
その蒼馬の発言に、華琳は一層のこと信じられないという表情を強くした。それだけ、彼女たちにとって真名は大切なものなのだろう。
【蒼馬】
「蒼馬っていう名前も、おじさんが自分でつけた名前だからねぇ~。それ以外に、名前と呼べるものはないよ。」
【華琳】
「自分で?親は何て貴方を呼んでいたの?」
【蒼馬】
「物心ついた時から、親なんておじさんにはいなかったしねぇ~。」
【華琳】
「そ、そう…それが真実なら、蒼馬という名前が、貴方の真名になるのね。」
【蒼馬】
「ま、そういう事だねぇ~。」
わざと間延びした声で返しているが、華琳も聞いては悪い話を聞いたと自覚しているようで、表情をバツが悪そうに曇らせる…。
【華琳】
「蒼馬、今後は私を華琳と呼んでいいわ。」
【蒼馬】
「おりょ?いいのかい?」
【華琳】
「えぇ。今後の貴方の働き、大いに期待させてもらうわよ。」
こうして、蒼馬は縄を解かれ、華琳たちに連れられて彼女の城へと向かうのだった。