第十八話 虎牢関の鬼神
‘し’水関は、蒼馬の一撃で呆気なく門を破壊され、連合軍の手に落ちた…。しかし、‘し’水関を守っていた華雄と霞は、兵を引き連れ虎牢関へと下がってしまい、その首を落とす事は叶わなかった。
いよいよ、この先に待つのは難攻不落の砦・虎牢関と、その主とも言うべき…鬼神・呂布。果たして、連合軍の次なる一手とは?
【一刀】
「…単刀直入に言おう。もはや策はない。」
軍議の席にて、総大将である一刀はさじを投げるような発言をした。というか、まだ何の策も披露していないのに、その発言はちょっと早すぎるんじゃないだろうか?
【麗羽】
「オーホッホッホッホッ!」
何がそんなに楽しいのか?袁紹が高らかな笑い声を上げる…口元に手の甲を添えて笑うその態度は、まさに高慢ちきを絵に描いたようだ。これほど残念な美人もそういまい。
【麗羽】
「何を言い出すかと思えば、ついに自分の無能さをお認めになりましたのね。仕方ありませんわね、貴方がどうしてもと頭を下げるのでしたら、わたくしが総大将になって差し上げても…」
【白蓮】
「策がないって…まだ虎牢関にもついてないのに、何を言い出すんだ?」
【一刀】
「いや、ごめん…言い方が悪かった。たぶん、砦を攻める策が必要なくなった、って事さ。」
当初の予想では、虎牢関でも敵は籠城戦を決め込むだろうと考えていた。砦の有無は、兵力差で言うと三倍の差を生む…それほどに、地の利として有力なのだ。
【雪蓮】
「確かに、アレは凄かったもんね…思わず、突撃を忘れて呆然としちゃったもの。」
孫策の言うとおり、蒼馬が‘し’水関の門を破った後、しばらく誰も動けなかった。その所為で、まんまと華雄たちに逃げられたのである。
蒼馬は、何故か彼女たちを追撃しようとしなかった。華琳が彼女たちを欲しがっているから、殺しちゃマズいと思い止まったのかもしれないし、めんどくさかったからかもしれない。
【一刀】
「とにかく、蒼馬さんのおかげで、敵は籠城という手を失ったも同然…だから、恐らく虎牢関では、互いに総力戦となる事を覚悟しておいて欲しい。」
【華琳】
「あのバカが、そこまで考えていたのかと聞かれると微妙だけれど…結果としていい方に向かったのかしら。」
【翠】
「と、それはいいとして…布陣はどうするんだ?みんな‘し’水関じゃいいとこ無しだったから、暴れたくて仕方ないはずだぜ?」
【一刀】
「ははは…確かに、うちも鈴々がごねてたな…」
などと、真面目な軍議の傍らでは…
【麗羽】
「ねぇ、美羽さん…どうして、わたくしこんな扱いされてるのでしょう?」
袁紹がいじけて、親戚である袁術…美羽に愚痴をこぼしていた。
【美羽】
「何じゃ麗羽、そんな事で悩んでおるのかえ?心配せんでも、妾たちは黙って下々に働かせておれば、万事よいのじゃ。七乃、蜂蜜水をいれてたもれ。」
【七乃】
「ダメですよ、美羽さま。今日はもう五杯目じゃないですか。虫歯になってしまいます。」
そう言って、美羽の参謀である張勲…七乃は、美羽からコップを没収してしまった。
【美羽】
「うぅぅ~っ!」
不服そうな美羽…だが、そんな自分を睨みつける美羽を見て七乃は…
【七乃】
『あぁっ!ふて腐れるお嬢様も、かわいい』
などと思っていた。
【一刀】
「とりあえず、誰か彼女たちをつまみ出してくれ。」
とうとう、一刀まで袁家の人間に嫌気がさしてきたようだ。
【一刀】
「布陣か…敵の出方にもよるけど、張遼には馬超殿と白蓮殿の部隊で当たって欲しい。張遼の騎馬隊に対抗できるのは、二人の部隊をおいて他にないだろう。」
【馬超】
「任せとけ!」
【白蓮】
「神速の張遼か…相手に取って不足なしだ。」
【一刀】
「二人の部隊は、軍の両翼にそれぞれ配置…中央は、袁紹軍、曹操軍の順で並び、後方は袁術軍…という布陣でどうだろう?」
【桂花】
「…妥当な布陣かと。」
【冥琳】
「同じく。」
軍師二人も、一刀の提案する布陣に賛同してくれたので、彼としても一安心だった。
軍議もお開きとなり、いよいよ虎牢関へ向けて進軍を開始した。無論、斥候を放つのも忘れずにだ。
途中、董卓軍の奇襲にあう事もなく、連合軍は無事に虎牢関へと辿り着く事ができた。
そして案の定、董卓軍は虎牢関の前で陣を敷いていた。
【一刀】
「…張の旗が無い?やっぱり奇襲をかけてくるつもりか?」
袁紹軍からの伝令かで董卓軍の様子を聞き、すぐにそれを察知した一刀は、馬超と白蓮のもとへ伝令を走らせる。
【一刀】
「さぁて…どうくる?何処から来る?」
【愛紗】
「ご主人様、ご命令を…」
【一刀】
「袁紹軍は鋒矢の陣を敷き、突撃を開始せよ!」
一刀の指示が飛び、いよいよ合戦がスタート…両軍が、一斉に突撃し一当てする。
序盤は、数で勝っている袁紹軍が押していたが、徐々に両軍は拮抗した状態に…兵の練度の違いだろうか?
【一刀】
「曹操軍、突撃せよ!袁紹軍は曹操軍と共に、攻撃を続行!」
曹操軍が加勢した事で、あっという間に董卓軍は押されていく。
しかし、一刀の表情は厳しい。
【一刀】
「どう思う、朱里?」
【朱里】
「順調…と言いたいですが、敵の無策な様子が逆に不気味です…」
【一刀】
「雛里は?」
【雛里】
「敵軍の中に、張遼さんはおろか、華雄さん、呂布さんもいないみたいです。これは…」
伏兵、奇襲…やはり、敵の狙いはそこらしい。
一刀が思案しているうちに、敵の軍は砦へと押し込まれていく…そして、それを追撃する袁紹軍と曹操軍…。
【一刀】
「っ!すぐに引き返すよう伝令を」
【雛里】
「は、はひっ!」
すぐさま、伝令が指示を伝えに走る。ほどなくして、曹操軍は素早く引き返してきた。が、袁紹軍は構わず突っ込んでいく。
【一刀】
「な、何を!」
【麗羽】
「オーホッホッホッホッ!一番乗りはいただきましたわ!」
大挙して押し寄せようとする袁紹軍…だが、門がある以上、横に広がったままでは進めない…案の定、入口でもたついていると…逃げていたはずの董卓軍が、攻勢に転じてきた。
【一刀】
「くっ!袁紹軍が釣られたか…そろそろ奇襲も来るな。」
一刀の予想どおり、霞の部隊が後方より出現したと報告が上がった。
【霞】
「‘し’水関の借り、返させてもらうで!」
馬を駆ける霞、その速度はまさに神速…後方に構える袁術軍、孫策たちの部隊に迫る。
【翠】
「そうはいかねぇぜ!」
【星】
「うむ、貴殿の相手は我らだ。」
霞の前に立ち塞がるのは、馬超と星の二人…
【霞】
「ちぃっ!奇襲を読まれてたんか?賈駆っちの話とちゃうで…総大将は袁紹のアホとちゃうんかい?」
【白蓮】
「残念だったな…連合軍の総大将は、天の御遣いだ!」
白蓮が馬上から剣を一振り、霞と打ち合った。
【霞】
「あぶなっ!くぅ…三対一はさすがに敵わんわ…退くでぇっ!」
霞は部隊を引き連れ、その場を一点突破で突き進んでいく…そのスピードを、誰も止められない。
そして、ついに霞は一刀たちの軍まで…その際、通り抜け様に霞は一刀めがけ、得物である飛龍偃月刀を一振りした。
【霞】
『もろうたで、大将首…』
そう思った霞だったが、その一撃はあろうことか木刀一本で弾かれてしまった。
【霞】
『なっ!馬上からのうちの攻撃を凌いだ?それも、あんな木刀で?』
驚きながらも、霞は速度を緩めず走り抜けた。
【愛紗】
「ご主人様!大丈夫ですか?」
愛紗がすぐに駆け寄ってくる…
【一刀】
「…あれが、張遼…木刀が折れなかったのは奇跡だな。」
痺れる腕を見つめ、自身を奮い立たせんと、木刀をぐっと握り直す一刀…その瞳には、すでに覇気が漲っている。
【一刀】
「そろそろ動くぞ。鈴々は?」
【愛紗】
「すでに…」
【一刀】
「よし。俺が道を開ける。その隙になだれ込み、一気に制圧しろ。」
【愛紗】
「各軍に伝えましょう。」
【一刀】
「それと…早急に袁紹軍を下がらせろ!」
一刀は怒りに震えながら、伝令を走らせた。
【??】
「麗羽様!北郷さんが一度退けって…」
【麗羽】
「う、うるさいですわ!あんなブ男の命令なんて…」
【??】
「いや、姫…聞いた方がいいと思うぜ。何か、やばそうだ!」
袁家の二枚看板、顔良と文醜が麗羽に進言する。というか、文醜は後方から近づいてくる一刀の様子に気づいていた…あの目はヤバい!彼女の武人としての勘がそう告げていた。
【猪々子】
「悪い、姫!」
ドゴッ
【麗羽】
「はぅっ!」
文醜は麗羽を気絶させ、部隊を下がらせた。敵軍は押し返せた事に油断したらしく、城門を閉めるのが遅れてしまった。
門の前が左右に開くと同時に…一刀は、
【一刀】
「うおおおおおっ!」
ズガァァンッ
気合いの一振りで、門の所にいた董卓軍の兵士たちを吹き飛ばしてしまった…。
【猪々子】
「なっ、スゲェっ!」
文醜は、一刀の力に、純粋な興味と好奇心を抱いた。その目は、新しいおもちゃを見つけた子供の目である。
【麗羽】
「うぅ…ちょっと、何をなさるんですの!文醜さん!」
目を覚ました麗羽は、すぐに文醜へと抗議の声を上げた。
と、そんな彼女のもとへ、一刀は早足で歩み寄っていく。
【麗羽】
「全く…何でわたくしがこんな…」
と、麗羽のぼやきを無視して一刀は…
パァンッ
【麗羽】
「っ!」
麗羽の頬を引っ叩いた。
【麗羽】
「な、何をするんですの!貴方、わたくしを誰だと…」
【一刀】
「何故、命令を無視したっ!」
一刀の王の覇気が、麗羽の言葉を叩き潰した。
場はしんと静まりかえり、ここが戦場だという事さえ忘れてしまいそうである。
【一刀】
「連合軍の総大将は俺だ!天の御遣いである、この俺、北郷 一刀だ!どの軍の兵だろうと、連合軍の兵は全て、天の御遣いと意を等しくする同志!俺の目が黒いうちは、同志たちに無駄な血は流させない!もしお前の命令違反で、兵が落とさなくていい命を落としたなら、お前の命もないと思え!」
一刀はそう言うと、踵を返して虎牢関へと向かった。
【麗羽】
「……っ!」
その背後では、麗羽が熱くなった頬を押さえながら、ギュッとくちびるを噛み締めていた…。
【雪蓮】
「…ねぇ、冥琳。私、凄いこと思いついちゃった♪」
【冥琳】
「…また、とんでもない事を言い出すんじゃないだろうな?」
【雪蓮】
「彼の血を、孫家に入れるのよ。天の御遣いの血を引く孫家…どう?」
【冥琳】
「…まさか、雪蓮?」
【雪蓮】
「蓮華なら、気に入ってもらえると思うんだけどな~。姉の私が言うのもアレだけど、あの子かわいいし♪」
【冥琳】
「…自分が、とは思わないんだな…」
【華琳】
「ふーん…北郷、彼に対する認識を、改める必要があるわね。」
【桂花】
「とはいえ、所詮は醜き男…色仕掛け一つで、簡単に籠絡できましょう。」
【華琳】
「そんな真似はしないけど、孫策に並んで今後の要注意人物ね。さてと、春蘭…分かっているわね?」
【春蘭】
「はっ!」
春蘭は、霞と一対一で対峙していた。
そんな彼女を残し、華琳は手勢を連れて虎牢関へと向かうのだった。
【華琳】
『そう言えば、蒼馬は何処に行ったのかしら?』
ついに、一刀たちは虎牢関へと攻め入った。だが、そんな彼を待ち構えていたかのように、赤い髪に白黒の服、長い布を首に巻いた女の子が立っていた。
その肩に担ぐ方天画戟を見て、彼女が何者かを瞬時に悟った一刀…。
【一刀】
『鬼神…呂布!』
【恋】
「お前、強い…恋と戦う。」
【一刀】
「…お前たちは下がっていろ。」
一刀は意を決し、呂布…恋と正面から対峙する。木刀を正眼に構え、じっと相手の隙を窺う。
【一刀】
『…この子、強いな…』
そして、砦の奥…本来なら兵糧を蓄えるはずのそこに、華雄は数人の兵と立っていた。
【華雄】
「くっ、何故わたしが火計の番など…」
文句を言いながらも、真面目に番をするあたり、根はまじめなのかもしれない。それでも、好戦的な性格は隠せないが…。
【鈴々】
「だったら、鈴々が相手をするのだ。」
【華雄】
「なっ!」
華雄がその声に反応するより速く、鈴々は蛇矛を一振りして、工作兵たちをのしてしまった。
【華雄】
「貴様、どうやって…いや、まぁいい。せっかくだ、楽しませてもらうぞ。」
【鈴々】
「へへーんだ。」
そして、城門前では…
【春蘭】
「でゃあああああっ!」
【霞】
「うらあああっ!」
春蘭と霞の一騎打ちが続いていた…周りには春蘭と霞の部隊の兵たち、それと秋蘭のみ。他の部隊は砦の中へ攻め入っていた。
【霞】
「やるやないか!」
【春蘭】
「ふっ、お前こそな。神速の張遼の名は伊達ではないな。だが、」
ブォンッ ガァンッ
【霞】
「ぐっ!」
春蘭の豪撃を受けて、霞の顔が歪む…力比べでは、春蘭の方が圧倒的に上だった。
【春蘭】
「これで、終わりだ!」
【霞】
「っ!」
さらに立て続けに振るわれる七星餓狼…霞の腕は、もう限界だった。彼女が死を覚悟した、次の瞬間…
【秋蘭】
「っ!危ない、姉者!」
【春蘭】
「…ぐっ!」
秋蘭の叫びと、春蘭のくぐもった呻き声が響き、辺りは一瞬で静寂に包まれた。




