第十七話 死神の暴挙
【朱里】
「えぇぇぇっ!ご、ご主人様が、そ、そう、総大将に~っ!?」
自軍の天幕に戻った一刀は、早速その事を皆に報告した。
朱里は、普段の彼女からは想像もつかないほどの大声を上げて驚いた。隣では、雛里が驚きのあまり卒倒している…。
【一刀】
「あ~、何か勢いでそうなっちゃって…どうしよう?」
【朱里】
「どうって…何も考えてなかったんですか!?」
【一刀】
「ご、ごめん!っていうか朱里、怒ってる?」
【朱里】
「当たり前です!総大将は敵軍から狙われやすいのですよ!この連合軍なら、兵力的に考えて、曹操さんか袁紹さんがなるのが妥当なところだというのに…」
【一刀】
「うぅ…」
普段は温厚な朱里のお叱りに、縮こまってしまう一刀…。
【朱里】
「はぁ~…まぁ、なってしまったものは仕方ありません。それで、ご主人様はどうするおつもりです?この期に及んで、本当に何も考えてないわけではないのでしょう。」
普段の調子を取り戻し、朱里は一刀に今後の基本方針を尋ねた。
【一刀】
「出陣前に話したとおり、俺たちは洛陽の民を一刻も早く董卓の悪政から救いたい。その為には、迅速な進軍が必要だ。もちろん、危険を承知の上で、だ。」
【朱里】
「では、‘し’水関経由の道になりますね。問題は、虎牢関ですが…」
【一刀】
「攻めるに難い、難攻不落の砦…だっけ?」
【朱里】
「はい。ですが、それを攻め落とす策を授けるのが、軍師の務め…お任せ下さい。」
【一刀】
「頼むよ、朱里。」
【鈴々】
「心配しなくても、お兄ちゃんは鈴々たちが守ってあげるのだ。」
鈴々は、早くもやる気満々の様子でそう言った。
しかし、愛紗は不安げな様子で一刀を見つめていた。
【愛紗】
『ご主人様…また、無理をなさらなければよいが……』
そんな心配そうな愛紗の視線に気づき、一刀は気丈な笑顔を向けた。大丈夫だと、口パクで付け加えて…。
愛情度
愛紗5.3→6.8
桃香2.3→2.8
それから連合軍は迅速に進軍し、‘し’水関を目指した。無論、斥候を放つのも忘れずにだ。その情報によると、‘し’水関には華雄と張遼が詰めているとの事だった。
一方の‘し’水関では…
【霞】
「連合の連中、予測通りこっちに来よったな。賈駆っちの言う通りや。」
【華雄】
「うむ。腕が鳴るぞ。」
【霞】
「待て待て、華雄!ウチらは打って出ぇへんで。飽くまで籠城や。」
【華雄】
「うむ、そうであったな…」
張遼に指摘され作戦内容を思い出したようだが、華雄はあまり納得いってないようだ。どうやら、彼女は春蘭みたいなタイプらしい。白に近い銀髪の下には、見るからに好戦的な武人の瞳が輝いていた。
対する張遼も、その瞳は紛れもなく武人のそれだが…華雄が猪なら、彼女は何だか猫に見える。口調のせいだろうか、何処となく柔軟性を感じるのだ。無論、体ではなく頭の事である。
【霞】
「月が逃げる時間を稼ぐ…それがウチらの役割や。」
だが、彼女たちには大きな誤算があった。それは、連合の総大将が袁紹ではなかった事…何より、連合の中に、死神と呼ばれる化け物がいる事だ。
そんな事とは知らずに、彼女たちはせっせと籠城の準備をするのだった。
さて、‘し’水関へと到着した連合軍は、早速軍議を開いて作戦を立てていた。
【一刀】
「さて、如何にして‘し’水関を突破するべきか…兵力は十分とはいえ、あまり時間をかけたくはない。一刻も早く、洛陽の民を救い出さなくては。」
【雪蓮】
「と言っても、ねぇ~…向こうは籠城の姿勢を崩さないでしょうね。」
【一刀】
「えぇ。」
参加者は一刀と桃香、軍師に朱里…孫策と周瑜、華琳と桂花、袁紹に、馬超、白蓮である。袁術は、隅で蜂蜜水を飲んでいるだけなので、数から除外しておく。
【一刀】
「しかし、情報によると‘し’水関を守る華雄という将は、武人としての矜持を持つ、誇り高い武将だとか…。そこで、その華雄を挑発し、おびき出す事が出来れば…」
【翠】
「なるほど、そういうヤツは案外、単純な手にかかってくれそうだしな。」
さすがに、馬超はよくその心理を理解しているようだ。
【雪蓮】
「いいんじゃない?あの華雄なら、簡単にひっかかるでしょうし。」
【冥琳】
「無駄のない策と言えるな。」
孫策と周瑜も、この作戦に同意した。一刀たちの手腕を見ようという考えもあるのだろうが、とりあえず反対意見を述べる者はいなかった。
だが問題は、誰がその任に当たるかだ…。
【蒼馬】
「そういう事なら~、早速おじさんが、頑張ってあげちゃおうかな~。」
そう言って、蒼馬が天幕へと入ってきた。
瞬間、袁紹が顔を青ざめビクついたが、蒼馬はまるで気にもとめなかった。
【一刀】
「蒼馬さん。でも…」
【蒼馬】
「皆は軍を展開しておいてよ…すぐに開けてあげるからさ。」
華琳は直感した。蒼馬が、また何かしでかすと…胃がまたしても痛みだす華琳。
【華琳】
「…先鋒には我が軍が出るわ。アレは、何をしでかすか分かったもんじゃないから…桂花、皆に伝えて準備なさい。」
【桂花】
「御意。」
と、まぁこうして、‘し’水関攻略の作戦は決まったわけだが…蒼馬は一体、何をするつもりなのか。
展開した軍の中から、単身で突出してきた蒼馬の姿は、砦の上からでもよく見えた。当然、張遼と華雄もすぐに気づいた…いや、気づかない方がおかしい。一兵士が無防備に、悠然と自分達の射程範囲まで歩いてきたのだから。
【華雄】
「何だ、あやつは?」
【霞】
「…弓隊、いつでも射かけられるよう準備しとき…」
【蒼馬】
「あー、あーっ!テス、テス…んーと、聞こえるかーい?」
【霞】
「…うわー、ごっつアホなの出てきたで?」
【蒼馬】
「えーと、そこにいるのは…確か、華雄ちゃんと張遼ちゃんだね?君たちに、おじさんから提案があるんだけど~…二人とも、おじさんと勝負しないかい?」
【霞&華雄】
「「?」」
【蒼馬】
「一対二で、だ。どうだい?悪くないだろう?勿論、後ろの皆はその間に手出しはしない。おじさんが負けたら、連合は大人しく撤退するよ~。」
【霞】
「何を考えてんねん…そんな話、誰が信じるかい。」
【蒼馬】
「こんな好条件を、まさか呑まないなんて言わないよね~?まさに破格の条件だ。そうだろう?それとも、これだけこっちが譲歩してあげたっていうのに、まだ足りないっていうのかい?全く、我が儘な弱虫さんたちだねぇ~。」
【華雄】
「な、何ぃっ!」
【霞】
「華雄、相手にしたらあかんって!」
【蒼馬】
「ガッカリだよぅ、特に華雄ちゃんは…猛将として名高いから、さぞや勇猛果敢な子だと期待してたのに…とんだ臆病者だねぇ~。」
【華雄】
「くぅっ!許さんっ!」
【霞】
「落ち着け、華雄!挑発に乗ったらあかん!」
【華雄】
「放せっ、霞!」
暴れる華雄を、霞が羽交い締めにして止める…その華雄の口元からは、怒りを噛み殺しているのだろう、血が出ている。
【蒼馬】
「それとも、おじさんが怖いのかな?だから、甲羅の中に首を引っ込めてじっとしてるわけだ。じゃあ、その甲羅がおじさんの前では如何に無意味なものか…教えてあげるよぉ~。」
【霞】
「っ!」
瞬間、霞の全身に鳥肌が立った…ふざけた喋り方のその男の存在に、悪寒が走ったからである。未だかつて、彼女はそんな相手と対峙した事は無かった…強い相手と戦うのが、酒に次いで大好きなのに…初めて、戦いたくないと思った。
【霞】
「弓隊!あの男を撃て!」
霞は何かに急き立てられるように、弓隊に蒼馬に対する斉射を指示した。
すぐに何十本もの矢が放たれ、蒼馬の立っている場所めがけ降り注ぐ。
【蒼馬】
「魂鋼。」
矢は、一本も刺さらなかった…当たらなかったんじゃない、当たっても刺さらないのだ。
【霞】
「嘘やろ…何やねん、あいつ…」
【蒼馬】
「仕方ないねぇ~。」
蒼馬は両手を突き出し、右手で握り拳を作った…左手を添えて、城門にしっかりと狙いを定める。
【蒼馬】
「全力でぇ、いくよ~。」
右腕を引く…右足も、体全体も後ろへ後ろへと引いてゆく…弓のように。左足は足の裏を地面につけ、城門の方へ爪先を向けたまま固定しておく…そのまま限界まで体を引くと、さらに右足を後ろへ、体を落としながら力を溜めて行く…これは、
【華雄】
「何をする気だ、あやつは?」
【霞】
「……」
もはや、霞の体からは冷や汗が滝のように流れていた…。
【蒼馬】
「…貫徹…」
貫徹は、魂鋼と同じ、神術師がよく使用する戦闘術の一つである。対人戦ではここまで溜めをせずに、空手の正拳突き程度の動作で済ませるが、高威力の狙い撃ちをする場合に限り…全身で溜めを行い、対象を打ち抜くのだ。インパクトの瞬間に、溜めていた神通力と彼らが呼ぶ力が、対象を突き抜けていく…ガード不能の、文字通り必殺技である。
【霞】
「ぜ、全員!退却や!虎牢関まで逃げぇいっ!」
霞のその叫びも虚しく…蒼馬の姿が、その場から消えた…。
………ゴォッ……ドガァァンッ
風が唸りを上げ、次の瞬間に城門が吹き飛ばされてしまった。扉の近くにいた兵士たちは、その衝撃で吹き飛ばされ…直線上にいた者たちは、巨大な扉の下敷きにされていた…。
【霞】
「…何が、起きたんや?」
【蒼馬】
「ふぅ~ぃ…華琳!開いたよ~!」
砦から出てきた蒼馬が、手を振りながら華琳に向かって叫んだ。
【華琳】
「やってくれたわね…あのバカ…」
連合軍もまた、唖然としていた…‘し’水関について早々、わずか一刻ほどで…‘し’水関の城門を突破してしまったのだ。
それも…たった一人の手によって…。
【一刀】
『…やっぱり…あの人、すげぇ…』
唯一、一刀は驚きながらも、蒼馬という男に興味を抱いていた。




