第十六話 連合結成、総大将はだ~れ?
連合軍本陣の大天幕…その中では、連合軍の軍議が今まさに進行中だった。いや、これを軍議などと言っていいものだろうか?
【麗羽】
「さぁ、皆さん。よろしくて?我々に今、決定的に足りていないものがありますの。何だかお分かりになりまして?」
【華琳】
『あんたの頭の中身よ。』
軍議に参加しているのは、麗羽に馬超、孫策に、一刀と桃香、さらには華琳と蒼馬だ。白蓮は未だに戻らない…このまま戻らないつもりか?
【麗羽】
「それは、この大軍を率いる総大将ですわ。これだけの連合を率いるからには、その総大将には優雅さと気品、知性、人望、家柄…全てを兼ね備えている人物が相応しいと、そう思うのですけれど…さて、この中で、その条件を全て満たしている方がいらっしゃいますかしら?」
再び、麗羽はチラッ、チラッと周りを窺う…さり気無くのつもりなのか、少なくとも傍から見る分にはわざとらしい態度である。
蒼馬の機嫌が、見るからに下降したのが分かった。…まぁ、何を見ての判断かと言うと、華琳の様子を見てなのだが…。
【華琳】
『ま、まずいわ!何だか分からないけど、蒼馬が今にも怒鳴り散らしそうなぐらい怒ってるわ。というか、誰も気づいてないのかしら?気づいてないわよね?気づかれてはダメ…いや、むしろ気づいて!そして助けて、頭痛だけじゃなくて、さっきからお腹まで痛いのよ!』
あの華琳が、冷静を保てないほど恐怖している…それも仕方ないかもしれない。もし、蒼馬が本気でここで暴れたら…きっと目も当てられない惨状になるだろう。それだけは避けたい華琳は、必死にこの状況を打開する術を模索していた。
華琳は周りに目を配った…。
まずは、西涼の姫である馬一族の娘、馬超…茶髪で長いポニーテールの美少女で、胸も大きめ…普段の彼女なら、ぜひにお近づきになりたいと考えるだろうが、今はそんな余裕すらない。
【華琳】
『…相当デキるんでしょうけど、頭の回転は早そうじゃないわね。春蘭に似ているかしら?』
それでも、一目で見抜くあたりは、さすが覇王と呼ばれる少女だけある。
続いては孫策…ピンクの長い髪に、真っ赤なチャイナドレス…胸元がかなり露出されており、彼女には無い豊かな膨らみを惜し気もなく見せている…ちょっとだけ、嫉ましさを覚える華琳。
【華琳】
『袁術の客将、孫策…しかし、袁術程度が飼い馴らせる器じゃないわね。今後の要注意人物といったところかしら。でも今は助けて!』
華琳がそんな思いを込めて視線を送っていると、孫策の方も気づいたようだ。
【雪蓮】
「?……(ニコッ)」
満面の笑顔を向けられた。どうやら気づいておきながら、とぼけるつもりらしい。
【華琳】
『ぐっ!絶対、泣かす!いつか必ず!』
最後に桃香と一刀の二人…には、興味が無いのか目を向けもしなかった。
【蒼馬】
「だったら、そこの彼なんて適任じゃないかい?」
突然の蒼馬の発言に、誰よりもびっくりしたのは華琳だ。心臓が文字通り跳ね上がったくらいだ。
【一刀】
「へ?」
次に驚いたのは、指名された一刀本人である。何の面識もない男に、急に総大将に推薦されたのだから。
【一刀】
「な、何で…?」
【蒼馬】
「惚けちゃってぇ~。おじさんも噂ぐらい聞いてるよ~。天の御遣い…だろぅ?」
確かに、一刀の…天の御遣いの噂は広まりまくっている。今では、相当な尾鰭がついてるくらいだ。
【雪蓮】
「いいんじゃない?天の御遣いが総大将なら、兵たちも纏まるでしょうし。」
【翠】
「あたしもいいぜ。天の御遣いの話は、西涼の方にも届いてるからな。」
孫策、馬超ともに納得し、これで総大将も決ま…
【麗羽】
「お、お待ちなさい!」
…らなかった。
【麗羽】
「わ、わたくしは認めませんわ!この様な、どこの馬の骨とも分からないブ男に、総大将など務まるはずもありませんわ!」
【一刀】
「確かに、俺に連合の総大将なんて荷が重すぎる…天の御遣いなんて肩書きだけ、うちの大将は飽くまで隣にいる桃香だしな。」
【桃香】
「ふぇ?」
突然自分に話が振られ、泡を食う桃香…本当に、普段の天然というかぽわぽわした雰囲気にはカリスマがまるで感じられない。だから華琳も、最初から見向きもしなかったのだろう。
【麗羽】
「ふっふ~♪そうでしょうとも、そうでしょうとも♪やはり総大将には…」
【一刀】
「でも、このまま話が進まないくらいなら…俺がなるより他ないかもしれないな。」
【麗羽】
「へ?」
さすがの麗羽も、話の流れがおかしな方へ向かっていると分かった。
【一刀】
「引き受けよう。うちは兵数も兵糧も少ない弱小勢力だが、皆が信じてついて来てくれるというなら、俺も全力を尽くそう。」
【麗羽】
「ちょっ…」
一刀本人も承諾してくれた事で、やっと話も纏まった。これで、連合軍も安た…
【麗羽】
「ま、待ちなさい!あなたたち、勝手に話を進めないで下さいな!」
い、ではなかった…この大きな駄々っ子がいた。
果たして、いつになったら総大将は決まるのやら…。
まぁ正直、一刀を含めた全員が、ここで「どうぞ、どうぞ、どうぞ!」のノリで麗羽に総大将の任を押し付けるつもりだった。打ち合わせなどしていないが、皆の心は一つになりかけていた。しかし…
【麗羽】
「皆さんの目は節穴ですの!こんなブ男より、もっと総大将に相応しい人物が目の前にいるでしょう?」
【蒼馬】
「いい加減にしろ、小娘が!」
【麗羽】
「ひぃっ!」
忘れていた…蒼馬は、いわゆるK.Y.なのだという事を…。
そしてこの瞬間、華琳は『終わった…』と本気で思った。もう連合は壊滅すると…。
【蒼馬】
「大した能力も無いくせに、わがままだけは一人前か!総大将の肩書きは、飾りなんかじゃない!表に出て周りを見ろっ!ここに集まっているのは何だ!ここに集う兵の一人一人に、帰るべき場所があり、その帰りを待っている者たちがいる!総大将も軍師も将たちも、彼らを無事に故郷へ帰す為にいるのだ!そんな事も分からんひよっこが総大将?思い上がるなっ!」
蒼馬の怒気に当てられ、麗羽は腰を抜かして地面に尻餅をついていた。軍馬が暴れ出すような怒号だ、それはもう雷という表現では生温い…そして古い…。
孫策も、馬超も、ほぼ放心状態で蒼馬を見ていた。桃香に至っては、失神している。一刀だけが、自身の足でしっかり立っていた。
【一刀】
『この人…すげぇ。』
【蒼馬】
「…ふぅ~…久しぶりに大きな声出すと、のどが痛いねぇ~。」
急に雰囲気が変わった蒼馬に、誰もついていけず思わずズッコケそうになってしまった。
【蒼馬】
「それじゃあ、頑張っておくれよ~。え~と…」
【一刀】
「一刀です。北郷 一刀。」
【蒼馬】
「おじさんは蒼馬。これからよろしくね~。」
そう言って、握手を交わす二人…
【蒼馬】
「君も無事だったみたいで良かったよ~。」
【一刀】
「え?」
蒼馬は周りに聞こえないほど小声で囁いた。
【蒼馬】
「何かあったら、おじさん個人的に力を貸すよ~。おじさんのせいで、危険な総大将の任に就いちゃったんだからね~。」
【一刀】
「ありがとうございます。」
【白蓮】
「私もいるからな、北郷。」
【一刀】
「公孫賛殿!」
【白蓮】
「白蓮でいい。何かあったら遠慮なく言ってくれ。」
いつの間にか戻ってきた入口のところに立っていた白蓮は、清々しい笑顔でそう言った。麗羽が総大将になれず落ち込んでいるのが、愉快で堪らないのだろう。それは、他の面々も同じらしい。弱小勢力である一刀たちに従う事を、微塵も不満に感じていないようだ。
とりあえず、軍議はお開きにして出陣する旨を伝えた一刀。これから戻って、軍師二人と相談するのだろう。他の皆も各々の天幕に帰っていった…。
【華琳】
「……」
…机に突っ伏した華琳だけが、一人取り残された…この際、腰を抜かしている麗羽は無視だ。
あれだけの蒼馬の怒気を真後ろから浴びては、そりゃあ意識なんて簡単に飛ぶだろう。
【華琳】
『…もう、国に帰りたい…』
その消沈した姿は、人界の覇王らしからぬものだった…。




