第十三話 悪来々?
華琳が治める陳留の街は、警備隊隊長となった蒼馬のおかげで今日も平和…というわけでもなかった。
【男】
「ちくしょうっ!来るなっ!こいつがどうなってもいいのか!」
刃物を持った男が、街中でそう喚き散らしている。もう片方の腕で、気の弱そうな若い男を人質にしており、その周囲には警備隊、さらには野次馬と、二重の人垣が出来上がっている。
【男】
「さっさと道を開けろ!」
警備隊の若い兵たちは、この男を逃がすわけにはいかないという使命感と、人質の人命を守らなければという正義感の狭間で大いに揺れた。
よりによって、ここは彼らの隊長である蒼馬が駐屯している詰所から、かなりの距離がある場所。彼の下に応援の要請が届くには、まだまだ時間がかかる。それまで時間を稼ぐのは、犯人の様子からしてかなり難しいと思われる。
【男】
「早くしろっ!」
兵たちは、やむを得ず道を開けた…犯人は人質を盾に、そのまま逃走を図る気だろう。人質さえいれば、彼らは自分に手が出せない事が分かったから…しかし、
ズドォォーンッ
【男】
「うわっ!な、なんっ!何だ?」
突然、巨大な棘の生えた鉄球が、犯人の前に降ってきた。あまりに突然の出来事だったので、犯人の男は腰を抜かしてしまった。
【警備兵A】
「あ、あなたは…」
警備兵の一人が声を上げた。
そこに立っていた小さなシルエットの人物は、華琳の親衛隊長となった季衣だった。
【季衣】
「もう、ダメだなぁ~。こんなやつ、パッパと捕まえないと…」
【警備兵B】
「も、申し訳ありません…」
【季衣】
「ほーら、そいつ腰ぬけて動けないみたいだよ?」
【警備兵B】
「は、はいっ!縛り上げろ!」
【男】
「く、くそっ!放せ!あいつが…あいつが悪いんだ!人をコケにしやがって…」
恨み言を叫ぶ犯人…だが、誰もその言葉に耳など貸さなかった。というか、貸す暇もなく…
【男】
「あの女、ブッこぶへっ!」
彼の頭は、何者かによって踏み付けられた。
【蒼馬】
「とっと、あれぇ~?何か変な感しょ…」
犯人の頭を踏み付けて現れたのは、一応これでも主人公…冴えないオッサン改め、自称おじさんの残念なイケメン…蒼馬だ。
【季衣】
「あ、兄ちゃん♪」
季衣は蒼馬の姿を確認すると、子供が父親に甘えるように飛び付いた。
【蒼馬】
「やぁ、季衣ちゃん。どうしたんだい、こんな所で?」
【季衣】
「お昼食べに来たら、何か騒ぎになってて…見に来たらなんか、人質取られて警備隊の人たち大変みたいだったから、ちょっと手伝ってあげたところだよ。」
【蒼馬】
「本当に?ありがとう~、季衣ちゃん。そうだ、お礼にお昼を奢ってあげよう。」
【季衣】
「いいの?」
季衣が目を輝かせる。こういう所は、年相応の子供だ…あんな巨大な鉄球を操れるなんて、とてもじゃないが信じられない。
【蒼馬】
「もっちろん。で、その犯人は?」
【季衣】
「兄ちゃん、踏んでる。踏んでるよ。」
犯人の男は今や蒼馬に頭を踏まれた体勢で、地面に顔を突っ込んでもがいていた。このままでは窒息してしまう。
【蒼馬】
「ありゃ?ごめんよ~。大丈夫~?それとも死ぬ~?」
【季衣】
「うわ、何その二択…」
あまりに酷い選択肢に、誰もが苦笑いを浮かべるしかない…ま、蒼馬のこの発言はいつもの事だった。彼の二つ名は死神…それ故の、彼なりにシャレたつもりのギャグなのだ。いつも、失笑しか買わないが…。
犯人の連行を任せ、蒼馬は季衣と一緒に定食屋に入った。
【店主】
「へい、いらっしゃい!」
そこは、以前に蒼馬が食い逃げ犯を捕まえてあげた、あの店だった。あの時、必死の形相で、包丁を片手に犯人を追いかけていた店主が、今は人の好さそうな顔で厨房に立っていた。
【蒼馬】
「お邪魔するよ~♪」
【店主】
「おう、兄ちゃん。昼休みかい?」
【蒼馬】
「まぁね~。ん?」
その時、蒼馬は厨房を行き交う蝶々を見つけた。否、それは薄緑色の髪を束ねた髪留めのリボンで、それがちょうどカウンター席の上からちょこんと出る高さにあるので、そう見えただけだった。
【蒼馬】
「新入りの子かい?」
【店主】
「ん?あぁ。まだ若いが、腕は中々だぜ。」
【蒼馬】
「そうかい。じゃあ、おじさんは八宝菜とごはん、麻婆豆腐で。季衣ちゃんは?」
席に着き、品書きを眺めている季衣に尋ねる蒼馬…
【季衣】
「んとね~…おじさん、蟹炒飯大盛りと餃子三人前、あと青椒肉絲が二人前…それから……」
【店主】
「そ、そんなに食べるのかい?」
店主は驚きのあまり、開いた口が塞がらないようだ…。
【季衣】
「うん♪」
【蒼馬】
「あはは。季衣ちゃんは育ち盛りなんだし、たくさん食べないとね~♪」
金を払うのは自分のはずなのに、何なのだろうかこの余裕っぷりは…貧乏人からすればムカつく態度である。
【??】
「…その声、もしかして季衣?」
【季衣】
「ん?」
声と共に現れたのは、薄緑の髪に黄色い服を着た季衣と同年代の女の子だった。ちょんと頭のてっぺんで結わえた髪が、何とも可愛らしい…。
【季衣】
「あぁっ!流琉!」
流琉と呼ばれた少女の姿を確認するや否や、季衣は顔を輝かせて彼女のもとへ駆け寄った。
【季衣】
「来てたんだね!連絡くれれば迎えに出たのに…」
【流琉】
「ちょっと、どういう事?曹操様のところにいるからわたしにも来いって、もう少しちゃんと状況がわかる文を出してよ!」
【季衣】
「ゴメンゴメン。今ボク、華琳様のところで親衛隊してるんだ。隊長だよ?凄いでしょ?」
エッヘンと胸を張って見せる季衣。得意気だが嫌味を感じないのは、彼女の性格や人柄だろう。
【蒼馬】
「季衣ちゃんのお友達かい?」
【季衣】
「うん、ボクの一番の親友だよ。」
【流琉】
「初めまして。典韋と言います。」
【蒼馬】
「こちらこそ。おじさんは、この町の警備隊隊長をしてる蒼馬だよぅ。蒼馬おじちゃんって呼んでね~。」
【流琉】
「お、おじちゃんですか?」
顔は無駄にいいのに、フザケた喋り方をする蒼馬。内面や人間性がまるで掴めないので、初対面の流琉は困惑気味だ。
【季衣】
「兄ちゃんはこういう人だから、あまり気にしたらダメだよ。」
季衣はもう慣れていた。
【蒼馬】
「典韋ちゃん、よかったら君も季衣ちゃんと働かないかい?」
【流琉】
「え?」
突然の蒼馬の申し出に、流琉はきょとんとした顔で彼を見上げる…。
しかし、彼は何を考えているのだろうか…親衛隊はある意味、最もなるのが難しい部隊だ。季衣じゃあるまいし、こんな子供がおいそれとなれるものではない。
【蒼馬】
「季衣ちゃんも、そのつもりで典韋ちゃんを呼んだんでしょ?」
【季衣】
「うん。でも、よく分かったね兄ちゃん。」
【蒼馬】
「だって典韋ちゃん、季衣ちゃんと同じくらい強いでしょ?」
【季衣&流琉】
「「っ!」」
これには流石に、二人とも驚きを隠せなかった。
普通の目で見れば、流琉も季衣も普通の女の子にしか見えない。まして、流琉はまだ戦っている姿も見た事がない…蒼馬は何故分かるのだろうか?
【蒼馬】
「勿論、強制じゃないからね~。でももしその気になったら、季衣ちゃんかおじさんに話してね~。」
【流琉】
「は、はぁ…」
結局、流琉には最後まで蒼馬のことが分からなかった。
一週間後…昼休みに、蒼馬はいつものごとくこの店で昼食をとっていた。厨房には、店主が一人…店内は徐々に、客足が落ち着きだしたところだ。
【蒼馬】
「大変そうだねぇ~。」
【店主】
「なぁに、元々この店は俺一人でやってたんだ。慣れてるよぉ。あいよ、ラーメンお待ち!」
言って、店主はラーメンの丼を蒼馬の前に置いた。
【店主】
「で、あの子はどうなんだい?」
【蒼馬】
「ん~?流琉ちゃんかい?季衣ちゃんと仲良くやってるよ~。華琳も気に入ってるし~、仕事も出来る。ただ一つ残念なのは、この店のかわいい看板娘がいなくなっちゃった事くらい…かな~?」
言いながら、ラーメンをすする蒼馬…行儀が悪いが、彼の場合それすら演出の可能性もあるから嫌なのだ。
【店主】
「ったく、兄ちゃんがそれを言うかい?最初にあの子を勧誘したのは、何処の誰だった?」
【蒼馬】
「やだな~。だから、強制はしないよ~って言ったじゃな~い。」
【店主】
「ま、元気にやってくれてるなら何よりだ。」
店主は、病で妻を早くに亡くし、子供もいないそうだ。だから、ひょっとしたら流琉のことを、娘のように思っていたのかもしれない。付き合いは短くても、人情味溢れるこの店主なら十分に考えられる。
【蒼馬】
「そうだねぇ~。やっぱり、子供は笑顔で元気が一番だからね~。」
しみじみそう呟いて、蒼馬は残っていたスープを飲み干した。
【蒼馬】
「ご馳走さま。お代はここに置いとくよ~。」
【店主】
「毎度あり!また来いよ、兄ちゃん!」
そして、蒼馬は仕事に戻っていった。今日も町の人たちの安全と、子供たちの笑顔を守るために…。




