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第十二話 白馬長史と常山の昇り龍

常山に居城を構える太守、公孫賛…彼女のもとに、一通の書簡が届いた。


【白蓮】

「……ふ。」


【星】

「おや、どうされました、伯珪殿。」


青髪に、白い着物の女性…蒼馬がこの世界で最初に会った趙雲が、一人静かに口元を緩める公孫賛に尋ねた。

今、彼女は公孫賛の客将としてここにいる。


【白蓮】

「いや…懐かしい友からの、久方ぶりの文だというのに、随分と似つかわしくない内容だったからな。」


【星】

「ほう。」


【白蓮】

「さて、と…趙雲、手伝ってくれ。」


公孫賛は腰を上げると、表情を引き締めた。


【星】

「御意。」


【白蓮】

「…ふふ、桃香め。この貸しは大きいぞ。」


と言いつつ、公孫賛は機嫌よさそうに笑うのだった。




【一刀】

「…平和だなぁ…」


長い行軍の途中、何処までも青い空を見上げながら、一刀は不謹慎にもそう呟いた。


【愛紗】

「ご主人様。」


すぐに、愛紗がジト目でチクチクと攻撃してきた。


【一刀】

「う、ごめん…つい…」


刺さるような愛紗の視線に、ノーマルモードの一刀はたじたじだ。まぁ、自身も不謹慎な発言だった事は自覚しているので、尚更なのかもしれない。


【愛紗】

「もう少し緊張感を持っていただきたい。先の戦でのお姿は、よもや見間違いでしたか?」


【一刀】

「はは…まぁ、あの時は四倍の兵力差を埋めるための策を、無い知恵絞って考えてたからね。でも、今回は朱里と雛里が策を考えてくれたし、公孫賛殿の援軍によっては兵力差も縮まって、かなり楽になるはずだ。そんなに気張らなくても大丈夫だよ。」


随分と楽観的な態度だが、別に根拠もない自信ではなかった。桃香から聞く限り、公孫賛とは私塾に通っていた頃からの親友で、自分の頼みを無下に断るほど薄情者ではないという。

さらには名軍師として名高い(否、後に名を残す)伏龍鳳雛の二人がついている。一騎当千、万夫不当の猛将である関羽と張飛もいる。総大将は、存在だけで兵たちの士気を高めてくれる仁君、劉備だ。

三国志マニアでもある彼にしてみれば、この時期にこれはチートと言っていいほど最高の布陣である。これで勝てないわけがないのである。


【愛紗】

「油断は禁物です!戦場では何が起こるか分からないのですよ!」


【一刀】

「うぅ、それはそうだけど…」


【愛紗】

「だいたい、大将であるご主人様がそんな調子では、兵の士気に関わります!もっと凛としていただかなくては。」


【一刀】

「うぅぅ…」


言われたそばから、しょぼくれてしまう一刀…威厳など何処へやら、だ。


【朱里】

「ま、まぁでも、大将の心情は兵に伝染しますから、緊張しすぎも良くありません。」


【雛里】

「何事にも動じない、ご主人様の姿は、戦前で不安な兵たちから見れば、頼もしく映るはずです。」


【一刀】

「そ、そうかな?」


朱里と雛里のフォローを受けて、すぐさま立ち直る一刀…現金な男である。


【愛紗】

「…何ですか…わたしだけ悪者みたいではありませんか…」


そんな一刀の態度に、愛紗はふて腐れてしまった。むくれた頬を赤く染める彼女の姿に、思わず抱きしめたくなる一刀…だが、皆がいる手前それは我慢した。


【鈴々】

「にはは♪愛紗はヤキモチ妬きなのだ♪」


【愛紗】

「り、鈴々!」


図星をつかれ、愛紗は真っ赤になりながら激昂する。

このままではケンカになってしまう…そう考え、一刀は仲裁の為に必死に言葉を探した。が、思い浮かんだセリフは…


【一刀】

「はは。怒った顔もかわいいよ、愛紗。」


何故か口説き文句だった…。


ぼしゅんっ


大きな蒸気音と湯気を立てて、愛紗は硬直してしまった。その顔、というか全身を、人類とは程遠いほど赤く染めて…。


【愛紗】

「ご、ご主人様……な、なに、何を……」


【鈴々】

「愛紗、真っ赤になってるのだ♪」


【桃香】

「むーっ、いいなぁ~愛紗ちゃん。ご主人様にかわいいって言ってもらえて。」


こっちでも、桃香が頬を膨らませ非難の目を向け始めた。


【愛紗】

「と、桃香様…いえ、これは……」


【桃香】

「ぷっ、あはは♪愛紗ちゃんってば、可愛いんだ~♪」


【愛紗】

「なっ!」


一転、心底おかしそうに笑う桃香…本当に、コロコロと表情が変わる子だ。

こう見えても聡い彼女の事だ、一刀と愛紗の気持ちに気付いているのだろう。故に、あまり意地の悪い態度は見せない…とはいえ引き下がる気は毛頭ないのだろうが。


【一刀】

「…と、どうやら、お喋りはそろそろ終わりみたいだ。」


一刀がそう言い、視線を遥か前方へ…そこには、黄巾党が築いたのだろうか、砦の影が…。


【一刀】

「偵察と、公孫賛殿への伝令を出そうと思うんだけど…どうかな?」


朱里と雛里に指示を仰ぐ一刀…その目は、既に先程までとは違う。王の覇気を宿した、強い眼差し…歯向かおうとする者を悉く気圧する、圧倒的なカリスマ…。


【朱里】

「は、はい!すぐに…」


【雛里】

「あわわ…桃香様!しょ、書状を…」


二人は慌てた様子で準備し始めた。

一刀は、二人が何で慌てているのか分からない。別に急かしたつもりなど全くないのだから当然だ。


【一刀】

「ふ、二人とも?落ち着いていいぞ?平常心だ。」


そんな一刀の言葉は、軽くパニックを起こしている二人の耳にはあまりに遠すぎた。完全に、一刀の覇気に当てられている…。


【一刀】

「俺のせいか?」


【愛紗】

「ですね。二人とも、気が弱いようですから。」


【一刀】

「別に怒ってないもん…」


愛紗にぴしゃりと言われ、いじけてしまう一刀だった。




それからしばらくして、偵察と伝令が帰って来た。

砦の周辺に罠はないし、伏兵もいないとの事…公孫賛の部隊は、一刀たちから砦を挟んで真逆の位置に待機してくれているらしい。その数三千の、精鋭騎馬部隊…。


【愛紗】

「我々のような弱小勢力の為に、三千…しかも、精鋭の騎馬部隊を?」


愛紗が驚くのも当然だ。普通は彼らのような新参太守とその勢力の為に、ここまでしてくれる者などいない。自軍の精鋭部隊を出してまで、助けに来てくれるなど…。

それほどに、公孫賛と桃香の友情が固いものなのか。それとも、単に公孫賛がお人よしなのか。それとも……。


【一刀】

「よし、それじゃあ行こうか。まずは黄巾党の奴らを砦から引きずり出さないとな。先陣は俺と愛紗で行こう。」


一刀がそう言うと、味方からは大ブーイングが起きた。


【愛紗】

「何を仰いますか、ご主人様!ご主人様は桃香様と一緒にお下がりください!」


【桃香】

「そ、そうだよ、ご主人様!ご主人様は私たちの大事なご主人様なんだよ?」


【朱里】

「大将自らが先陣に立つのは、危険が大きすぎます。」


【雛里】

「ご主人様の身に何かあったら、我が軍は瓦解…総崩れになるでしょう。」


【鈴々】

「鈴々も先陣がいいのだぁーっ!」


約一名、論点がズレている気がするが、聞かなかった事にしよう。


【一刀】

「うちの大将は桃香だろ?俺たちは、桃香の理想を実現する為に集まったんだから。」


【桃香】

「でも…」


【一刀】

「それに、俺の性に合わないんだよ。男の子だからさ。」


そう言い、一刀は何でもない事のようにニカッと笑って見せた。覇気云々などなくとも、彼の強さを如実に表していた。


【一刀】

「さぁ、みんな!気合い入れていくぞ!」


【兵たち】

「「「「「おおーっ!」」」」」


一刀の声に、全軍が雄叫びを上げる。

そしてついに、黄巾党討伐の作戦が開始された。

まず先陣である一刀と愛紗の部隊…およそ二千で砦を攻め、盗賊たちをおびき出す。これは…簡単に事が進んだ。何しろ、銅鑼一つで勢い勇んで飛び出して来られたのだから…こっちとしては、まるでデジャヴュを見るようだ。


【一刀】

「これは、予想外だな。」


【愛紗】

「ご主人様、一度お下がりく…」


【一刀】

「うおおおおおっ!」


次の瞬間、一刀は全身から覇気を迸らせ、それを木刀に込めて渾身の力と共に横薙ぎに振り抜いた。

王の覇気とはまた気色けいろの違う覇気だが、その威力は絶大で、向かってきていた黄巾党たちの先頭部隊は、風に飛ばされる紙のように吹き飛ばされてしまった。


【愛紗】

「なんと…」


【一刀】

「言っておくが愛紗、大将は俺じゃない。桃香だ。みんなが俺をどう思おうと、俺はみんなを守る為に戦う。その為に、俺はここにいる。」


【愛紗】

「…ならば、この関雲長、命を賭してご主人様をお守りいたしましょう。はあああああっ!」


愛紗の青龍偃月刀が立て続けに振り抜かれた。同時に、絶命する数人の黄巾党…。


【一刀】

「一応、君も入ってるんだけどな…まぁ、いいや。行くぞ、愛紗!」


【愛紗】

「はいっ!」


二人は並び立ち、迫る黄巾党に臆しもせず武器を構えるのだった。

そして、二人の愛の力…じゃなくて奮闘により、黄巾党を砦から完全に引きずり出す事が出来た。さらにその後も、鈴々の部隊と入れ替わりながら、敵を目的の峡間へと引き込むことに成功した一刀たち。


【一刀】

「…ここまでは、順調だな。後は…」


一刀は、桃香たちのいる後続部隊で休んでいるところだった。さすがに無傷ではいられず、雛里に手当をしてもらっている。


【朱里】

「公孫賛さんの援軍が着き次第、押し返しましょう。」


と朱里が話しているところに、一人の兵が駆け付けてきた。


【伝令兵】

「報告!援軍、間もなく到着するとの事です!」


【一刀】

「よし…じゃ、桃香。みんなを鼓舞してくれ。」


【桃香】

「ほぇ?わ、私?」


桃香が目を丸くする。


【桃香】

「み、みんなー!もう少しだから、頑張って!私には、戦う力なんて無いけど…みんなが無事に帰ってこれるように、祈ってるから!」


【一刀】

「…あぁ。その祈り、確かに届いているぞ。」


一刀の雰囲気が、再び変化する…今の彼にとっては最大限の、王の覇気をその身に纏い、自身の得物である木刀を天に向けて掲げた。


【一刀】

「我は天の御遣い也!皆、力を奮え!黄巾党を蹴散らすのだっ!」


【兵たち】

「「「「「おおおおおおおっ!」」」」」


全軍の士気が、信じられないほど高まった。もはや、兵たちの心に迷いも恐怖もない…自分たちには、こんなにも優しい太守様が…こんなにも頼もしき天の御遣い様がついている…正義も、天運も、自分たちにあるのだと誰もが疑いもしなかったからである。

そして、再び前線へと戻ってきた一刀…そこでは、愛紗と鈴々が奮闘していた。


【鈴々】

「にゃっ?お兄ちゃん。もういいのか?」


【愛紗】

「ご主人様!お怪我は…」


【一刀】

「心配ない。それより二人とも…少し下がれ。うらあああああっ!」


再び、一刀の背中から立ち上った闘気…それを集め、纏った木刀が、大上段から振り下ろされた。


ズガァァンッ


地響きと共に、軽く二十人を超える黄巾党が吹き飛ばされる。


【黄巾兵A】

「ひぃぃっ!」


【黄巾兵B】

「何だ、あいつ?バケモノか?」


【一刀】

「今だ、みんな!押し返せ!」


怯んだ黄巾党を、ここぞとばかりに押し返していく一刀たち…そして、そこへ…




【黄巾兵C】

「な、何だ!ぐぇっ!」


異変に気付いた後方の賊たち…その時、一人の男の頭を一本の矢が貫いた。


【白蓮】

「しっ!」


見れば、馬上から弓をひく一人の女性…赤い髪に白い鎧を纏った彼女は、手綱を握らず、鞍だけで愛馬を操り、次々に、確実に矢を射ては、黄巾党たちを撃ち取っていく。

流鏑馬…日本では、伝統武芸の一つとして今でも残っているが、その技術はまさに芸術というに相応しく、高度なものだ。弓の名手なら誰でも出来る事ではない…事実、秋蘭には出来ない。

それを、百発百中で当てられる彼女の腕前は、充分に神業である。


【白蓮】

「…よし。切り込むぞ、星!」


【星】

「御意!」


弓を剣に持ち替えた公孫賛は、隣を走っていた星に声をかけた。

彼女も、自慢の槍〈龍牙〉を片手で振り回しながら、黄巾党の大群に突っ込んでいく。

後方から襲撃された黄巾党の軍勢は大混乱…もはや、指揮系統も団結もへったくれもない。我先にとにげようとするばかりで、もはや勝負にもならない状態だった。


【朱里】

「投降した人たちはこちらへ連れてきて下さい。」


【雛里】

「逃走した黄巾兵たちの追撃部隊を編成します。」


朱里と雛里の指示が飛び、兵たちはそれに従いてきぱきと動いていた。


【鈴々】

「うりゃりゃりゃりゃーっ!」


【白蓮】

「てぇぇぇいっ!」


【一刀】

「うおりゃああああっ!」


【星】

「せいせいせいせいせいっ!」


【愛紗】

「はああああっ!」


…その光景を見た者は、後にこう語った……「いや、もう…ただのイジメですよ。」と…。

冗談は置いといて、その圧倒的戦闘力の違いにより、あっという間に戦は終結した。無論、一刀たちと公孫賛の連合軍の圧勝だ。


【桃香】

「白蓮ちゃーん!」


全てが片付いてから、桃香は公孫賛…白蓮の下に駆け寄り…飛び掛かるようにして抱き着いた。


【白蓮】

「うおっと、桃香!ははっ、久しぶりだなぁ~。」


【桃香】

「ホントだね~。」


【一刀】

「公孫賛殿。」


一刀も、二人の下に駆け寄ってきた。少し無粋だとは思いつつも、そうも言ってられない。


【一刀】

「此度の援軍、心より感謝申し上げます。」


そう言い、一刀は叉手の礼をとり、最大限の敬意と感謝を示した。


【白蓮】

「おぉ、アンタが桃香の文に書いてあった天の御遣いか?」


【一刀】

「はい。北郷と申します。名は、一刀…以後、お見知りおきを…。」


【白蓮】

「そうか。今後ともよろしくな。」


気さくな感じの、大変いい人…というのが、白蓮の第一印象だ。

その後は、お互いに将たちの自己紹介などを済ませた。星の名前を聞いた時には、一刀は驚きつつも納得の表情を見せていた。趙雲は元々は常山で公孫賛に仕えていた将だからだ。同時に、何処までが史実の通りなのか、それを信じていいものなのかという疑問も深まったが。

そして、桃香と白蓮は、昔話に花を咲かせ、鈴々は星と手合わせを始めた。なんでも、武人の血が騒ぐとか…まったく、元気なものである。朱里と雛里は、自軍の被害や投降した者たちの確認と、戦闘が終わっても大忙しだ。

一方…一刀は、激戦の痕を残す峡間に、一人佇んでいた。


【愛紗】

「…ご主人様?」


否、愛紗がそばに控えていた。


【一刀】

「……あんな事言ったけど、本当はさ…戦っている間は無我夢中だから、何も考えずにいられるってだけなんだ。だから、危ないのを承知で前に出て…でも、やっぱり終わってみると…」


【愛紗】

「ご主人様…」


一刀は、顔を見られないように、愛紗の肩に額を乗せ俯いた…


【一刀】

「…情けなくて、ゴメン…でも、少しの間、このままで……」


【愛紗】

「はい。どうぞ、お気の済むまで…」


平和な…否、平和ボケし世界に生きていた彼にとって、大勢の血に染まったこの光景はひどく凄惨で…恐ろしくて…それを自分が作りだしたという事実が、何より辛かったのだ。


愛情度

愛紗2.3→3.8

桃香1.5→1.8

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