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第十一話 伏龍鳳雛、御遣いの下に降り立つ

【一刀】

「こんにちは。俺に何か用かい?」


見るからに緊張した面持ちで、自分の事を見つめている二人に、一刀は出来るだけ優しい笑みを浮かべて問いかけた。


【??】

「は、はわわっ!」


【??】

「あわわっ!」


…何故か、余計に緊張させてしまった。


【一刀】

「あぁ、こんな顔でごめんよ。最近、寝不足でね…」


別に人相の悪さに驚いたわけではないと思うのだが…まぁ、当人が納得しているならそれでいいだろう。


【一刀】

「俺は、北郷 一刀。この邑一体の太守みたいな事をやってる…天の御遣いって言った方がいいのかな?」


【??】

「は、はぅっ!やはりそうでしたか!」


【一刀】

「?」


【朱里】

「わ、わたしは、諸葛孔明といいましゅ!」


【雛里】

「わたしは、あぅ…ほ、ほーとうれしゅ…」


……噛みすぎである。とても愛くるしいのだけれど…何を言ってるのやら。それでも、大事な所は聞き取れたので、一刀は二人を見て驚愕の表情を見せた。


【一刀】

「…伏龍鳳雛…まさか、君たちが?」


希代の天才軍師と称される二人の名を持つ少女たちが、揃って目の前に現れたのだ。驚くなという方が無理だろう。


【朱里】

「あ、あの、わたし達、荊州にある水鏡塾という、水鏡先生の開いている私塾で学んでいたんですけど、でも今のこの大陸を包み込んでいる危機的状況を見るに見かねて、それで、えと…」


【雛里】

「力の無い人たちが悲しむのが許せなくて、その人たちを守る為に、私たちが学んだ事を活かすべきだって考えて、でも自分たちの力だけじゃ何も出来ないから、誰かに協力してもらわないといけなくて…」


【朱里】

「そんな時に、天の御遣い様の噂を聞いたんです。苦しむ庶人を救うべく、天より遣わされた御遣い様…協力してもらうなら、この方しかいない。そう思ったんです。」


もの凄い早口でまくし立てられたので、一刀の方は何を言われているのか半分も理解出来なかった。それでも…真剣な二人の眼差しだけは見てとれた。


【朱里】

「お願いします!どうかわたし達を…」


【雛里】

「御遣い様の幕下にお加え下さい!」


【一刀】

「……」


一刀は呆気に取られていた。まさか、あの伏龍鳳雛の二人が、揃って味方についてくれるだなんて…本来の歴史なら、二人が劉備のもとに来るのは、もっと先の話だ。だいたい、三顧の礼もなしに諸葛亮が味方になるなど、どんな裏ワザや裏コードだ。


【一刀】

「…歓迎しよう、二人とも。今日から君たちは、俺たちの仲間だ。」


【朱里】

「ありがとうございます!姓は諸葛、名は亮、真名は朱里です。」


【雛里】

「せ、姓は鳳、名は統、字は士元、真名は、雛里れしゅ…あぅ…」


【一刀】

「よろしく、朱里。雛里。俺には真名がないから、まぁ好きに呼んでよ。早速、城に案内するな。」

こうして首尾よく、幼女二人を誘拐…失敬、天才軍師二人を陣営に引き入れる事が出来た一刀。


城に戻ってみると、鈴々は兵たちに調練を施していた。兵と言っても、今は百人ほどしかいない。


【鈴々】

「あ、お兄ちゃん!」


【一刀】

「よぅ、鈴々。お疲れ様。」


一刀に気付いた鈴々は、裸足でぱたぱたと駆け寄ってきた。


【鈴々】

「ほえ?お兄ちゃん、この子たち誰なのだ?」


鈴々はすぐに二人に気付いた。見知らぬ少女二人が、一刀の両脇に立っていても、警戒心などまるでない。


【一刀】

「あぁ、そうだな…朱里、雛里、彼女は張飛。うちの将の一人だ。こう見えても、武の腕は一騎当千の勇将だ。」


【朱里】

「は、初めまして!しょかちゅっ…あぅ…」


【雛里】

「ほ、ほーとーでしっ!ひぅ…」


もの凄く痛そうな音がしたのは、気のせい…ではないようだ。口を押さえ、悶絶している…。


【鈴々】

「はにゃ?大丈夫なのか?」


【一刀】

「今のは、かなり痛そうだったな…二人は、諸葛亮と鳳統だ。軍師及び文官として雇う事にした。」


【鈴々】

「そっか。よろしくなのだ♪鈴々の事は、これからは鈴々でいいのだ♪」


早くも自らの真名を預ける鈴々…彼女の辞書に、人見知りという言葉は存在しないらしい。そもそも、辞書なんてあるのかも微妙だが…。


【朱里】

「あ、はい!わたしの真名は朱里といいます。」


【雛里】

「ひ、雛里です…」


年が近い事もあり、すぐに打ち解けた三人。そんな彼女たちの様子を横で見ていた一刀は、じゃれ合う子犬でも眺めるような目をして、ホクホク顔で癒されていた。


【一刀】

『…ギザカワユす☆』


たぶん、それはもう死語だ。




さて、夕刻になり桃香と愛紗が城に戻ると、全員広間へと集合した。

今朝のナンパ一刀くんと違い、瞳にしっかりと王の覇気を宿し、凛としている一刀の姿に、おのずと場の空気も引き締まる。まぁ、一刀自身はその為だけの、場の飾りのつもりで、玉座に座っているのだが…。


【一刀】

「桃香、愛紗。町の人たちとの会談、大儀であった。報告は後ほど聞くとして、まずは皆に話がある。鈴々はもう会っているが、今日から働いてもらう文官二人を紹介しよう。」


言って、一刀は両脇に立つ二人を指し示す。それに対し、愛紗が…


【愛紗】

「文官、ですか?」


そんな話は聞いてないと言いたげな表情で尋ね返した。

とはいえ、今朝の一刀を見ている手前、文句も言えなかった。


【一刀】

「あぁ、諸葛亮と鳳統だ。」


朱里と雛里が、ぺこりと頭を下げる。


【一刀】

「二人とも、あの二人が先に話した関羽と劉備だ。互いの自己紹介は後ほど頼む。さて…最近になって勢力を拡大している、黄巾党という賊について、さきほど偵察部隊から連絡が入った。」


一刀のその言葉に、室内の緊張感が高まる。


【一刀】

「規模は一万と少し…街を出て北西十里ほどの所に潜伏しているそうだ。」


【愛紗】

「近いですね。いつ攻めてこられるか分かりません。」


愛紗の心配ももっともだ。そして、攻めてこられたら、今の兵力差ではひとたまりもないのが現実である。


【一刀】

「桃香、話し合いの結果、どれくらいの兵数が集まりそうなんだ?」


【桃香】

「え、と…近くの村や町の人たちの分を合わせても、四千までいかないかな?」


一刀はそれを聞いて、落胆ではなく少しほっとしていた。以前、四倍近い兵数の差がありながらも、盗賊を見事に討伐した実績があったからだ。それに比べれば、決して不可能な数字ではない。

とはいえ、それも策があってのもの…今回も、何か方法を考えなければならない。


【一刀】

「…今回も兵数が足りないんだ。何か策や、地の利を味方につけないと…」


【雛里】

「あ、あの…」


思案する一刀に、雛里がおずおずと声をかける。


【雛里】

「大丈夫、です…」


【一刀】

「?」


【雛里】

「ここから北西にある土地を治める方に、公孫賛さんがいます。彼女は…」


【桃香】

「そっか!」


【雛里】

「ひゃうっ!」


突然の桃香の大声にびっくりして、雛里は涙目になり黙り込んでしまった。うるうるする瞳が、庇護欲を誘う…。


【一刀】

「桃香。」


【桃香】

「うっ、ごめんなさい…」


一刀が非難の目を向けた事で、桃香は一回り以上小さくなってしまった。


【一刀】

「はぁー…公孫賛、確か常山の辺りを治めてるんだっけ?桃香の知り合いか?」


【桃香】

「うん。昔、同じ私塾でお勉強してたんだ。そっかぁ、白蓮ちゃんも頑張ってるんだなぁ♪」


【愛紗】

「つまり、協力を頼もうと?」


【朱里】

「はい。ですが、これは相手の都合もあるので、やはり他にも策は必要でしょう。」


まだ少し涙目な雛里に代わり、朱里が続けてくれた。


【朱里】

「確か、今の話に出てきた場所は、兵法で言うところの衢地となっています。」


【鈴々】

「くち?何なのだ、それ?」


鈴々が頭に?マークを浮かべながら首を傾げる。


【一刀】

「確か…交通の要衝、だったかな?」


【朱里】

「さすがですね、ご主人様。」


【一刀】

「あ、君たちもそう呼ぶのね?」


正確には、各方面に伸びる道が収束、交差している場所の事である。

この時代、整備された街道そのものが少ない。なので衢地は、戦略的にも非常に重要な地点なわけで…


【一刀】

「そんな所に、たった一万?」


【朱里】

「故に、敵は雑兵だと分かります。そんな彼らの前に、明らかに数の少ない我々の軍が陳を構えても、全く恐れなどしないでしょう。その警戒心の薄さに付け入るのです。」


【一刀】

「…なるほど…」


一刀は、朱里と雛里の作戦が何となくわかってきたようだ。


【一刀】

「だけど、うまく誘い出したとして、誘い込む場所は?そう都合よくあるとも思えないけど…」


【愛紗】

「どういう事です、ご主人様?」


一刀の言わんとしている事が分からず、疑問符を浮かべる愛紗。


【一刀】

「大軍を相手にするなら、峡間に誘い込むのが常套手段。この間も使ったろ?」


【愛紗】

「なるほど。」


【朱里】

「はわわ…ご主人様、やっぱり凄いですね。」


【雛里】

「あわわ…先に言われちゃいました。」


二人の軍師も同じ事を考えていたようだ。


【朱里】

「でも、心配には及びません。水鏡先生のツテで、正確な地図を見たことがありますから…確か、その地点から北東に二里行けば、川が干上がって出来た谷があったはずです。」


【一刀】

「え?もしかして…記憶してるのか?凄いな…じゃあ、そこに誘い込むんだな?」


【雛里】

「はい。そうすれば、こちらには勇名を馳せる関羽さんや張飛さん、それに天の御遣いであるご主人様もいますから、負ける事はまずないでしょう。後は、公孫賛からの援軍次第ですが…」


【桃香】

「それなら大丈夫♪私が文を出しておくから。」


桃香が自信たっぷりに胸を張った。


【一刀】

「よーし、これで方針は決まったな。各自、明日から準備を進めてくれ。特に桃香、公孫賛殿への協力依頼、頼むぞ。」


【桃香】

「まっかせなさーい♪」


【一刀】

「愛紗、鈴々は兵たちの調練を急いでくれ。ただ、あまり無茶はさせるなよ。」


【愛紗】

「承知!」


【鈴々】

「がってんなのだー!」


【一刀】

「朱里と雛里は、戦に必要な物資の調達なんかを頼めるかな?」


【雛里】

「はい。」


【朱里】

「分かりました。」


【一刀】

「よし、じゃあ今日は解散。みんな、お疲れ様。」


一刀のその一言で、初めての軍議らしい軍議はお開きとなった。

そして、一刀は一人自室へ向かっていた。


【一刀】

「…ふぅー…これで、この戦に勝利すれば、俺たちの名も上がる。着実に、桃香の理想の実現に近づいているな。…うーん、何か忘れているような…何だっけ?」


ふと、一刀は何かを忘れているような、そんなよくある感覚を覚えた…。


【一刀】

「……あぁーっ!今日の政務、全然手を付けてないっ!」


慌てて執務室に向かった一刀…そこには、新たに積み上げられた書類(竹簡)の山が…。


【一刀】

「い、いやーーーーーっ!」


ムンクの『叫び』並に顔を歪め、絶叫を放つ一刀…だが、泣き叫ぼうが、王の覇気を纏おうが、竹簡の数が減るわけではない。


【一刀】

「…今日も、徹夜だな…」


観念したのだろう、一刀は一人黙々と仕事に取り掛かった。

仕事を始めてから小一時間…竹簡の山は、まだ一割ほどしか開拓されていない。


【一刀】

「っはあ~…日付が変わる前に終わらせたいなぁ…」


日も沈み、既に完全に夜となってしまった今、執務室の周りは静寂に支配されていた。竹簡を開いたり丸めたりした時の、カラカラカラッという音しか聞こえない…耳が痛むほどの静けさは、却って一刀の集中力を奪っていた。

と、そこへ…


【愛紗】

「ご主人様…」


【一刀】

「愛紗。どうした、こんな時間に?今日は大変だっただろう?明日からも忙しくなるんだし、休める時にしっかり休んでおいた方がいいぞ。」


【愛紗】

「ご主人様こそ…無理をなさらないで下さい…」


【一刀】

「うん、分かってる。ありがとう。」


そう言って、一刀は愛紗の頭を撫でた。


【愛紗】

「ご、ご主人様!真面目に聞いて下さい!それに、私はもう子供ではありません。」


【一刀】

「ごめん、嫌だった?」


【愛紗】

「い、いえ…」


【一刀】

「よかった。」


愛紗の返事に安心し、一刀は再び彼女の頭を撫ではじめた。


【一刀】

「正直言うとさ、毎日思うんだ。俺なんかに、一体何が出来るんだって…天の御遣いだなんて、おこがましいにも程があるって…」


【愛紗】

「ご主人様…」


【一刀】

「だけど…天の御遣いとしてしか、この世界で生き抜く方法が無いんだよな。」


【愛紗】

「っ!」


【一刀】

「まぁ、大丈夫。何とかなるよ…明日からは、朱里や雛里にも手伝ってもら…う?」


一刀の言葉を遮るようにして、胸にぶつかる小さな衝撃…


【一刀】

「…愛紗?」


【愛紗】

「そんな事はありません…天の御遣いではなくても…私はご主人様を守り続けます。傍でずっと、支えています…ですからどうか、お一人で何もかも背負おうとしないで下さい…」


【一刀】

「……あぁ。ありがとう、愛紗…」


愛紗の体を抱きしめ返した一刀は、彼女の体が想像よりずっと華奢だったので驚いた。この細く柔らかな体の何処に、あんな得物を振り回す力があるのか、不思議でならない。

そんな愛紗の体は、まるで収まるべき処に収まるかのように一刀の腕の中に馴染んでおり、こうしているだけで二人は何とも言えない充足感を得られた。

そのまま、二人はしばらく抱き合い続けていた。


愛情度

愛紗1.3→2.3

桃香1.2→1.5

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