プロローグ
そこは、とある探偵事務所。都内某所に建つ貸ビルの3Fに、表向きは堂々と事務所を構えているが、実際それは表の顔という言い方が適当だろう。
【??】
「……」
【??】
「どうだい?」
事務所には、二人の男がいた。一人はデスクの前に座り、一本の木の枝を何やら真剣に見つめている。眼鏡をかけ、どこか清閑な顔つきをしており、その若い見た目以上の年齢を感じさせる。
もう一人は、少々軽薄そうな男だ。行儀も悪く、机のふちに腰掛けて顔だけ彼の方に向け、得意げにニヤけた表情を浮かべている。無精髭を生やし、男のくせにポニーテールにするほど髪が長いときている。髪色は黒だが、脂とホコリで汚れ何とも薄汚い印象を与えている。
服装も、きっちりスーツを着こなす前者の彼と違い、後者の彼はボロボロのマントに、これまた汚れた麻布を服の形に縫ってあるだけみたいなものを着ている。
【??】
「…紛れもなく、本物の金仙樹か。」
【??】
「君にとっては、珍しくもないかな~?」
【??】
「いや。眼福痛み入る…現物を見るのは初めてだ。」
【??】
「そうかい♪そう言ってもらえると、おじさんも嬉しいねぇ。」
机のふちから腰を上げ、男は眼鏡の彼に向き直った。
【??】
「それじゃあ、これでこの間くれた、あの子の情報の件はチャラって事で~。」
【??】
「私の取り分の方が多い気がするが…これは借りでいいのか?」
【??】
「まぁ、そのうち返してくれればいいよぅ~。じゃあね~♪」
そう言い残し、なんと男は室内から忽然と姿を消してしまった。
残された眼鏡の彼は、空野 智輝…表の顔は名探偵、裏の顔は闇商人。いわくつきの品やお宝、様々な情報を売り買いしている。
今でこそ、悪どい仕事はしていないが、その昔…学生時代には、手に入れた情報を脅迫のネタとして売り、多額の金を得ていた時期もあったらしい。
彼によって人生を狂わされた人間の数は、恐らく手指で数えられる範囲では済まないだろう。
【智輝】
「…そのうち、か。」
彼の呟きには、まるでそんなチャンスがもう無いかのような、それが分かっているかのような響きがある。
【智輝】
「蒼馬…君はつくづく、選択を間違える運命なのだな。」
神術師…時間や空間、果ては次元(注:ここでの意味は平面とか立体という意味ではない)を超え、無限に存在する異世界を行き来できる者。言葉通り、神の力を自ら使役できる能力者の事を言う。
しかし、彼らがその力を使う為には、存在の根源である魂を削らなければならない。やがて、魂が…その存在を支える魂が尽きれば…彼らは、消滅する。
【蒼馬】
「さてと、次のお宝ちゃんを探しに行こうかねぇ。」
智輝のもとから時空間転移で姿を消した男は、時空の狭間とでも言うべき亜空間を気ままに漂いながら、転移地点を探していた。
蒼馬と名乗るその男は、自称・異世界を旅するトレジャーハンターである。
【蒼馬】
「うーん…おりょ?」
何かに気がついたらしい蒼馬は、明滅しながら縦横無尽に流れて行く映像の川の一点に目をつけた。
【蒼馬】
「あれは…ふむ。」
蒼馬は転移先の時空座標を確認すると、時の大河の漂流ごっこを止めて表に出た。
茂みに降り立った彼の前方、開けた道の上では、白い制服を身に纏った学生風の男二人が、互いに殺気と闘志を漲らせながら対峙していた。
一人は黒髪の少年で、手には木刀を握り正眼の構えをとっている。かなり緊張しているらしく、必死に恐怖と闘っているのが分かる。
もう一人は白髪の少年で、大きな古い鏡を脇に抱えながら、素手で構えている。その表情は苛立ちに満ちており、ともすれば黒髪の彼を殺してしまいかねない様子だ。
さて蒼馬は、そんな少年たちより、白髪の少年が抱えている銅鏡を注視していた。
【蒼馬】
「ふーん…あれは、まさか……」
何やら難しい顔をしているが、いい加減むっさいので放っておくとしよう。
【白髪の少年】
「…どうやら、覚悟は決まったらしいな。ならば、苦しまないように殺してやる。」
白髪の少年が、腰を落とし丹田に溜めていたのであろう気を溢れさせる。
【黒髪の少年】
「やれるものなら…やってみろよっ!」
対する黒髪の少年も、浴びせられる殺意を勇気で振り払い、木刀に気を込めた。
【黒髪の少年】
「爺ちゃん直伝、薩摩隼人の気概、ナメんじゃねぇぞコラァッ!」
【白髪の少年】
「良い度胸だ。なら死ねよーっ!」
次の瞬間、二人は肉薄していた…正確には、白髪の少年が地面を蹴り、その距離を一気に詰めたようだが…それを待ち構えていたかのように、黒髪の少年は木刀を振り下ろした。
相打ちか…否、白髪の少年が繰り出した拳の方が、僅かにだが先に届こうとしてい…
【蒼馬】
「はいはい、おイタは駄目だよ~。」
【少年二人】
「「なっ!」」
ガシッ ドガッ
……。…………。
それまでブツブツ言いながら思案していた蒼馬が、何を思ったのか突然二人の間に割って入った。
左手で白髪の少年の手首を掴み、右手で黒髪の少年の木刀を受け止め、なお平然とヘラヘラ笑っている。
【白髪の少年】
「だ、誰だ貴様っ!」
【蒼馬】
「おじさんかい?おじさんは蒼馬…トレジャーハンターさ。」
【白髪の少年】
「ふざけるな!」
白髪の少年は素早く蒼馬に向かって蹴りを放った。しかし…
【蒼馬】
「魂鋼」
ガァンッ
【白髪の少年】
「なっ!」
硬質な音を響かせて、少年の蹴りは跳ね返されてしまった。その拍子にバランスを崩し、脇に抱えられていた銅鏡がするりと…滑り落ちた。
その場にいる三人が一斉に手を伸ばすが…誰一人それを掴み取ることができず、最後に黒髪の少年の指先が軽く触れるのとほぼ同時に、鏡は地面に落ち粉々に砕けてしまった。
【白髪の少年】
「しまった!」
白髪の少年が苦々しげに顔を歪ませたのを最後に、辺りは眩い光に包まれ何も見えなくなった。
そして同時に、強烈な引力の嵐が辺りに吹き荒れたのだった。