表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白の王弟と水の姫君  作者: ユイカ
1.白の国
7/35

 突然室内に落ちた影に、ぴくりと反応したものがある。

 誰かいる。

 ジールは一瞬生つばを飲み込むと、書庫に入り、後ろ手に扉を閉めた。

「そこにいるのは誰だ。何をしている。」

 なるべく低い声で問いかける。声変わりは途中だが、意識して声作れば、それなりに凄みの利いた声になることは知っている。

「何をしていると聞いているんだ。」

 ジールは一歩階段を下りた。

 中の人影は床の中央あたりに陣取って、一向に動くそぶりを見せない。

 慎重に様子を探る。

 そのとき、天窓の光の角度が変わった。

「君、さっきの・・・。」

 照らし出されたのは、さきほどジールを呼びに来た三つ編みのメイドだった。腹を抱えるようにして地面に蹲り、小刻みに震えている。

「どうしたんだ?具合でも悪いのか?」

 ジールは階段を駆け下り、少女に歩み寄った。

 三つ編みのメイドはちょっと顔を上げたが、ジールを見てまた伏せってしまう。薄暗くて顔色はよく見えないが、表情がずいぶん強張っているように見えた。

「しゃべれないのか?待って、誰か・・・。」

 ジールが人を呼びに行こうとすると、メイドの少女はぼそりと何かを言った。

「すみ、ません。」

「え?」

「あの、これを・・・。」

 これ、とは腹に抱えた物のようだった。

 のぞき込むと、それは出掛けにジールが渡した本だった。

「あの・・・、お返し、しようと、思ったのですが、どうしていいか、分からなくて・・・。」

 分からなくて、どうして書庫の中で蹲っているのかと聞きたかったが、ジールはふうっと息を吐き出した。

「興味ないなら、そう言ってくれればいい。」

 本を受け取ろうと手を伸ばす。と、少女は急に顔を上げ、声を張り上げた。

「興味はあります!」

「じゃあ、読み終わったら返しに来ればいい。いつでもいいから。」

 しかし少女はまた伏せってしまう。

 なんなんだ。

 途方に暮れて頭を掻こうとしたとき、少女はまたぼそりと言った。

「あの、私、字、読めなくて・・・。」

 ああ。そういうことか。

 すっかり忘れていた。この国の庶民の識字率はそう高いとはいえないのだ。

 ジールは頭髪を少し弄り、蹲った少女に視線を落とした。

 無神経なことをしてしまったのかもしれない。

「誰か、教えてくれそうな人は?」

 少女はふるふると首を横に振る。

 仕方がない。

「じゃあ、休みはいつ?」

「え?」

 少女は意味を量りかねたのか、はっと顔を上げた。

「君の仕事が休みの日、もしくは休み時間か、仕事終わりの時間。」

 ジールは少女を怖がらせないように、慎重に付け加えた。

 少女は返す刀で答える。

「明後日は一日休みです!」

「そう。

 じゃあ、誰か知り合いでも誘ってここに来ればいい。」

「え?」

「字、教えるから。」

 数拍間を置いて、少女の目が見開かれた。

 途端に少女は立ち上がり、大きく頭を下げると、本を胸に抱えたまま書庫を飛び出していった。

―――――青春ねえ。

 どこかから、見当違いな感想が聞こえた気がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ