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突然室内に落ちた影に、ぴくりと反応したものがある。
誰かいる。
ジールは一瞬生つばを飲み込むと、書庫に入り、後ろ手に扉を閉めた。
「そこにいるのは誰だ。何をしている。」
なるべく低い声で問いかける。声変わりは途中だが、意識して声作れば、それなりに凄みの利いた声になることは知っている。
「何をしていると聞いているんだ。」
ジールは一歩階段を下りた。
中の人影は床の中央あたりに陣取って、一向に動くそぶりを見せない。
慎重に様子を探る。
そのとき、天窓の光の角度が変わった。
「君、さっきの・・・。」
照らし出されたのは、さきほどジールを呼びに来た三つ編みのメイドだった。腹を抱えるようにして地面に蹲り、小刻みに震えている。
「どうしたんだ?具合でも悪いのか?」
ジールは階段を駆け下り、少女に歩み寄った。
三つ編みのメイドはちょっと顔を上げたが、ジールを見てまた伏せってしまう。薄暗くて顔色はよく見えないが、表情がずいぶん強張っているように見えた。
「しゃべれないのか?待って、誰か・・・。」
ジールが人を呼びに行こうとすると、メイドの少女はぼそりと何かを言った。
「すみ、ません。」
「え?」
「あの、これを・・・。」
これ、とは腹に抱えた物のようだった。
のぞき込むと、それは出掛けにジールが渡した本だった。
「あの・・・、お返し、しようと、思ったのですが、どうしていいか、分からなくて・・・。」
分からなくて、どうして書庫の中で蹲っているのかと聞きたかったが、ジールはふうっと息を吐き出した。
「興味ないなら、そう言ってくれればいい。」
本を受け取ろうと手を伸ばす。と、少女は急に顔を上げ、声を張り上げた。
「興味はあります!」
「じゃあ、読み終わったら返しに来ればいい。いつでもいいから。」
しかし少女はまた伏せってしまう。
なんなんだ。
途方に暮れて頭を掻こうとしたとき、少女はまたぼそりと言った。
「あの、私、字、読めなくて・・・。」
ああ。そういうことか。
すっかり忘れていた。この国の庶民の識字率はそう高いとはいえないのだ。
ジールは頭髪を少し弄り、蹲った少女に視線を落とした。
無神経なことをしてしまったのかもしれない。
「誰か、教えてくれそうな人は?」
少女はふるふると首を横に振る。
仕方がない。
「じゃあ、休みはいつ?」
「え?」
少女は意味を量りかねたのか、はっと顔を上げた。
「君の仕事が休みの日、もしくは休み時間か、仕事終わりの時間。」
ジールは少女を怖がらせないように、慎重に付け加えた。
少女は返す刀で答える。
「明後日は一日休みです!」
「そう。
じゃあ、誰か知り合いでも誘ってここに来ればいい。」
「え?」
「字、教えるから。」
数拍間を置いて、少女の目が見開かれた。
途端に少女は立ち上がり、大きく頭を下げると、本を胸に抱えたまま書庫を飛び出していった。
―――――青春ねえ。
どこかから、見当違いな感想が聞こえた気がした。