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白の王弟と水の姫君  作者: ユイカ
1.白の国
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「さっさと窓閉めろよ。不用心だろ。」

 ジールはそう言って窓に近づき、広い空を見上げた。何度、この背にある翼を使って空に飛び出そうとしたか分からない。しかし。ジールは自らの手で窓を閉め、カーテンを引いた。同時に翼を消す。

 天使たちの翼は、常に背中から生えているわけではない。念じたときだけ光を纏うように具象化する。生えてくるときに服を破ることもない。便利なアイテムだ。

 ジールの翼が消えると同時に、ディーンはぱんっと手を叩いた。

「じゃあ、おやつにしよ!」

 そのまま上機嫌で準備に取りかかる。

 大体、この歳になって、毎日3時のおやつのために弟を部屋に呼びつける兄というのはどうなのだ。という文句はもはや言うだけ無駄だから、ジールはお茶を飲むスペースを作ってやることにした。

 ちなみに、窓を開けるのは不用心というのは、ディーンの身を案じてのことでは全くない。ディーンは、白の王に相応しいとされたその能力によって、たとえ寝首をかかれたとしても死んだりしないだろう。

 不用心なのは、見られては困るものが室内にあるからだ。

 ジールは、もはや慣れてしまった手つきでソファーの上のうさぎちゃんをつまみ上げた。おめめぱっちり、綿の量が調節されて、ちょっとクタッとした白ウサギだ。洋服は着ていないが、なぜか腹にボタンが2つついている。

「ちょっと、耳掴まないでよね。かわいそうなんだから。」

 ディーンが気付いて文句を言う。

「はいはい。」

 ジールは生返事をし、丁重にうさぎちゃんをソファーの隅に座らせた。その上にペンギンさんとクマさんとカモノハシさんを積み上げ、カメさんはもう乗らないから、こっそり床に落としておく。それでやっと1人分のスペースが空いた。

 こんな光景、とてもじゃないが国民には見せられない。泣く子も黙る白の王の執務室が、実はカワイイ系のぬいぐるみで溢れているだなんて。

 ディーンは外では立派すぎる王様を完璧に演じきっている上に、本人はこの部屋の状況を問題だとは全く思っていないようだから、いっそう質が悪い。露見すれば、一夜にして国家が転覆するほどの重大機密かも知れないのにだ。

 だから、ジールも含めた一部側近のみの暗黙の了解として、ディーンの執務室のあるフロアへの部外者の立ち入りは厳重に禁止され、部屋のカーテンは常時閉め切っておくのが習わしとなっていた。王様の部屋を外から覗き見ようなどという不逞の輩はいないのかもしれないが、万が一にも窓から見えてしまうことが無いとはいえない。ここは天使たちの国なのだ。なんの悪気もなく見えてしまったがために、卒倒して地面に墜落する者が出たらかわいそうすぎる。

 テーブルの上と向かいのソファーも同じように片付け終わると、ディーンがケーキとお茶を運んできた。

「今日は料理長おすすめのレモンスフレだよ!」

 ちなみにその料理長も、ディーンの即位時からの付き合いであり、ディーンの本性を知る数少ない者の1人だ。しかも、ディーンのスイーツ好きに触発され、一時期失踪してパティシエ修業の旅にまで出た強者だ。ジールにとっては全く迷惑な話だった。

 ジールはディーンが注いだお茶のにおいを嗅いで、顔をしかめた。

「レモンスフレに、何でオレンジピールティーなんだ。」

「え?前にジール、このお茶好きって言ってたじゃない。」

「組み合わせの問題だ。」

「えー、何それ、難しい。」

 この野郎。

「じゃあ、今度からお茶も料理長に入れてくれるよう頼め。」

「ええー。僕の入れたお茶が美味しいって、ジール言ってたじゃん。」

 いったいいつの話だよ。

 ジールはスフレを無視してお茶を口に含んだ。ほろ苦い味に、フレッシュな絞り汁を数滴加えたことによってほんのり甘く香るシトラスは、確かに嫌いではない。

 ディーンは美味しそうにスフレを口に運んでいる。が、料理長によってふっくらと仕上げられたスフレは、思ったより量が少なかったらしい。食べ足りなさそうにしているディーンに、ジールは自分の分のスフレも渡してやった。こんなことで、なんと優しい弟だと感動するような兄だから、始末に負えない。

 ジールはお茶だけをゆっくり楽しむと、早々に席を立った。

 まだスフレをつついているディーンは不服そうに顔を上げる。

「もう行くの?最近付き合い悪くなったよね、ジール。」

「夕食時にはまた会えるからいいだろ。兄貴も仕事しろよ。」

「むー。」

 ジールは、まだごねている兄にうさぎちゃんを渡して部屋を出た。今度はちゃんと、扉の方から。

 付き合いが悪くなった理由は自覚している。書庫に出入りできるようになったからだ。

 本好きな者にとって、あれほど楽しい場所はない。何しろ、建国以来、二千年もの間蓄えられてきた書籍が、山のように収められているのだ。

 ちょっと入り浸って付き合いが悪くなったからといって、兄にどやされる筋合いもないだろう。ジールは、散々文句は言ってきたとはいえ、14年もこの城に閉じ込められてきてやったのだ。これ以上のスキンシップを求める兄の方が異常だ。

 王の執務室を出ると細い廊下があり、壁には歴代白の王の肖像画が並べられている。男女の割合は半々くらいか。どれも威厳と気品にあふれた姿をしていた。ディーンのものはまだないが、そのうち、奴の本性とは似ても似つかないものが掛けられるのだろう。ジールは小さく舌打った。


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