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城に目を落とすと、カーテンの隙間に手を振る人影がある。
不用心にもほどがある。
ジールは翼を大仰に翻し、青いカーテンに向かって一直線に飛んでいった。
窓枠に降り立つ。ほんのりシトラスの香りが鼻をかすった。ふっと気持ちが安らぐ。
その隙を狙ったかのように、にゅっと長い腕が伸びてきて、ジールを絡め取った。
一気に胸にどす黒いものが込み上げる。
「いらっしゃい!ジール!」
「やめろ!離せ、バカ兄貴!」
ジールは腕の主を力一杯に突き放した。突き放された方は不服そうに口をとがらせる。
「いいじゃない、兄弟なんだから。」
「兄弟だからだ。」
「ケチ!」
「好きに言え。」
まるで、だだをこねる子供みたいだ。
ジールはさらに絡んでこようとする兄を冷たく躱した。
冗談じゃない。2人とも幼児でもなければ、もう子供でもない。ジールはもう14だし、兄は21だ。男同士で抱きついて何が面白い。しかも、図体ばかりでかいバカ兄貴となんて。
ジールはむかっ腹を押さえながら兄を振り返った。視線が20センチは上にあるのがさらにむかつく。
兄は、名をディーンという。
『白の王』とはいいながら、漆黒の黒髪と黒い瞳をしている。初代の王は、純白の髪に銀の瞳、透けるような白い肌の持ち主だったらしいが、白の王は世襲ではないから、こういうこともあっていい。
ディーンの場合は14年前に王位に就いた。
当時、白の国は内乱のさなかだったらしい。数年もの間、王不在のまま、血で血を争う政権争いが続いていた。
世が乱れ、白の王の不在が続くことは、世界の半分が荒れ果てることを意味していた。
世界は白の王と黒の王がそろって始めて存在できる。白の王が統べるのは海と空。その両方に囲まれ、最もその荒廃の影響を受けた白の国は、すでに国民の十分の一を失っていた。
ディーンとジールの両親は、戦乱に巻き込まれたのか、そのときすでにいなかかったらしい。そこへさる女性が、かわいそうな孤児の兄弟を拾ったところそれに気付いたのか、気付いていたからこそ拾ったのか、ディーンの能力に目をつけた。その能力は、『白の王』としてこの上もなく相応しいものだった。かくして、若干7歳のディーンは『白の王』に祭り上げられた。
内乱は終わった。
当時のディーンが、国を救うためにその身を差し出したのかどうかは分からない。しかし、彼は条件を一つだけ出し、それが認められると二つ返事で王様を引き受けたらしい。
その条件とは、弟と一緒に城に住むことだった。
内乱で疲弊し荒んだ世に、親もなく、乳飲み子を抱えたディーンが、当時どれだけ苦労したのかは、乳飲み子の方だった側には分からない。しかし、彼の御陰でジールが今生きていられるのは本当だし、実際、彼が弟と一緒にいることを望んだおかげで、ジールはこの歳まで城の中であまり不自由なく育った。感謝はしている。
ただ、幼少時の過酷な環境は、ディーンを少し歪んだ性格にしてしまったらしい。
その性格は、ジールがいくら成長しても治る兆しを見せなかった。むしろひどくなっているような気さえする。
端的に言えば「超絶ブラコン」というやつだ。何しろ、ジールを城の敷地から一切出そうとしないのだから。
可愛い妹を、その身を案ずるあまり束縛する兄ならまだ分かる。しかしジールは男で、病弱だった覚えもなければ、か弱かった覚えもない。背だって、もう何年かすれば兄に追いつけるに決まっている。