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眩しいを通り越して目が痛い。外はそれほどまでに明るかった。目が慣れるまで自然と足が止まる。
しかし、やっと視力が戻ってきても、目の前にあるのはやはり白だった。継ぎ目のない、滑らかな、ただ一面の白。一点の曇りもない。
ジールはその白い壁を見上げた。首が痛くなるほどに見上げて、やっとそれは巨大な建造物の一部だと分かる。この国の権威の象徴、『白の城』だ。
城は無数の塔を幾重にも束ねたような構造をしていた。塔の高さはまちまちだが、1つだけ、城の中心部に位置する太い塔だけが抜きんでて高くそびえている。その最上階の窓が開け放たれ、青いカーテンが外にむかってはためいていた。
ジールは小さく息をついた。
ここからこいと言っているのだ。
周囲に誰もいないのを確かめ、ちょっと首をすくめる。目を瞑り、背中に意識を集中させる。肩甲骨のあたりが熱くなってくるのに、そう時間はかからない。3、2、1。数えきる間もなく、バサリと白く光る羽毛があたりに散った。
白い鳥のような翼が2本、ジールの肩口から伸びていた。
この国の名は『白の国』という。
その名の通り、白い翼を持つ天使たちの国だった。
両翼を目一杯に広げると、周囲に風が集まってくる。地をちょんと蹴ると、ジールの体は一飛びで城の上空まで舞い上がった。
さきほどまで遠くに見上げていた天窓は、もはや遙か足下にあった。膨大な書物を蓄えた書庫は、広大な城の敷地の片隅にある塔の一つに過ぎないと分かる。書庫の塔が指先ほどの大きさになろうとも、城はまだ悠然と、足下一帯を覆う広さで存在した。
城は壁も屋根も真っ白で、庭さえも純白のタイルで覆われている。複雑な造りにもかかわらず陰の色すらほとんどついていない。空に浮かんだ色とりどりの光球が上下四方から城を照らしているからだ。
光球は城の周りだけでなく、そこら中に散らばって国を照らしていた。これがこの国の太陽だ。本物の太陽はもっと上空に一個だけあるらしいが、その光はここには届かない。この国は筒の底にあるからだ。
この世界の東の端には、大海が広がっているのだという。この国は、その大海を南北に二分する、大きな海の割れ目の間にあるらしい。
割れ目の一方からは海からの大量の水が落ち込んで、巨大な滝を作っている。水しぶきは雲になり、至る所で虹が架かる。
落ちた水は、割れ目のずっとずっと底にある滝壺を境に、反対側から上って海へと帰っていく。落ちる滝と上る滝を交互に入れ替えながら、割れ目の東西には、何事もなかったかのように穏やかな海が広がっているらしい。
白の国はその割れ目の南北の、ちょうど中央に位置する場所にあるという。そこだけ割れ目の幅が広がっているのだそうだ。筒状の空間には、15の小島と、10の大きな島が浮かんでいる。白の城がある島が一番大きく、筒の上下の中央あたりに位置しているらしい。
さっきから、「らしい」とか「そうだ」が多いのは、説明に正確を期すためだ。本に書いてあることが全て本当とは限らない。
ジールは空を見上げた。薄青い空間に、雲と、虹と、島がいくつか浮かんでいる。滝の水面も微かに見える気がする。しかし水の音は聞こえない。滝の落下点など、いろんなものに隠れてしまっていて確認できないし、ましてやその先の海原の存在など想像だにできない。見たこともないものを、「そこにある」とはいえないではないか。
ちなみに、不確かな情報を付け加えれば、世界の東の果てには荒野が広がっているらしい。荒野の真ん中には、天を突くほどの高い山が聳え立っていて、頂上は雲よりずっと高いところにあるという。そこに黒い翼を持つ者たちが暮らす『黒の国』があるのだそうだ。
翼を持たない者というのもいて、世界の中央にある大陸に暮らしているという。
つまりこの世界には、白い翼を持つ者、黒い翼を持つ者、翼を持たない者が暮らしていて、それぞれ『白の天使』、『黒の天使』、『人間』と称している。翼を持つ者が『天使』と呼ばれるのは、かつてその祖先が、天空のどこかにある『天の国』から来たからなのだそうだ。
歴史はどうあっても伝聞に頼るしかないが、白の国と黒の国は、建国以来、それぞれ『王』が治めてきた。両国の王は代々、創造神に与えられたという強大な力をその身に宿してきた。それはこの世界の造作物を統べる力だ。天使たちはその力の一部を使うことができたが、王に選ばれた者に与えられる力はその比ではない。王は神から、この世界そのものを分け与えられたといっていい。だから世界に住む全ての者にとって、二人の王は畏怖と畏敬の的だった。
白と黒は天使の色であり、王の色である。
白の国においては、白とは絶対を表す色だ。その白を一身に集める城に住み、白を司る王を、民はこう呼ぶ。
―――――『白の王』と。
しかし、困ったことに、現第76代白の王こそが、ジールの兄なのだった。