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「いいの?こんなところにいつまでもいて。」
もはやはっきりと聞こえるリヴァの声が言う。
いい、ときっぱり言い切って、ジールは棚から本を取り出した。
ジールはユーリの村から帰って以来、ずっと書庫に閉じこもっていた。
姿を見せなければディーンがすぐに何か言ってくるかと思ったが、何の反応もない。居場所が分かっていればいいのかもしれない。
もっともディーンのことだから、書庫の外に見張りでもつけて、他に中に入る者がいないことのチェックくらいはしているのだろう。まさかリヴァの存在などばれていようはずがないから、ジールが一人で閉じこもっている分には問題ないと思っているのかもしれなかった。
おそらくレイタからだと思われる食事の差し入れもあったから、ジールは不自由なく書庫に籠もることができた。
「強情っぱりねえ。」
「かもな。」
ジールは二階相当の棚から10冊ほど引き抜いて下に降りた。棚が高くなるにつれ翼を使っての作業になる。いくら天使の国の書庫とはいえ、階段くらい作ればいいものを。
机の上に順番に並べ、記録を取ったら棚に戻し、次を持って降りる。意外と重労働だ。
リヴァは初めこそ手伝いましょうかと言ったが、ジールは丁重にお断りした。
リヴァは水を介して世界のあらゆるものを見ることができる。『水の姫君』の童話の通りだ。その上、自分の『水』を手に入れた彼女は、世界の至る所に自分の姿を現すことができるし、世界中に溢れる水を通して人や物を運ぶこともできる。
それら能力を使って手伝うということらしいが、水でできた彼女に、本など触らせられるはずがない。
もっとも、リヴァもそんなことは織り込み済みだったらしく、手伝いの申し出は形だけのものだったようだ。冗談で、お願いしますと言ってみればよかった、とジールは後で舌打ちした。
ちなみにジールは、彼女が書庫内に姿を現すことも禁止した。本に湿気は厳禁だ。リヴァはそれにだけは不平を言っていたが、じゃあ水を返してもらうとジールが脅したら、ぶーぶー言いながらも諦めたようだった。
そもそも、リヴァはむしが良すぎる。
ジールは、書庫の手伝いなんかより、もっと外の世界を見せて欲しいとリヴァに頼んだ。しかし、彼女は絶対に了承しなかった。ケチなのではなく、彼女の本体は眠りについたままだから、力が不安定なのだというのが言い分だ。おかげでジールは、あれ以来一度もユーリのところにすら行けていない。全く割に合わない。
「またか。」
机に本を並べながら、ジールは眉をひそめた。
また読めない本だ。
二階にも混じっていたか。
表紙の文字を書き写そうとすると、不意にリヴァが言った。
「『天乱戦争』。」
「読めるのか?!」
反射的に聞き返す。
もちろん、と返ってきた。
天乱戦争といえば、約二千年前に白の国と黒の国を巻き込んで起こった大戦争だ。当時はまだこの文字を使える者がいたのか。それに。いや、それとも。
ジールは少し空を仰いだ。
「今、『お前いくつだ』って思ったでしょ?」
リヴァがむくれた声で言う。
それも思ったが。
ジールは虚空を見据えて言った。
「リヴァ、この文字の読み方を俺に教えてくれ。」
いいわよ。返事はすぐに返ってきた。




