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白の王弟と水の姫君  作者: ユイカ
3.水の契約
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 書庫に戻ると、どっと疲労が押し寄せてきて、ジールは入り口の戸にもたれて崩れ落ちた。

 小脇に抱えてきた本を握りしめる。執務室を出ようとしたときに、ディーンに呼び止められて渡されたものだった。

「これ、そのゆーりって子の忘れ物。」

 ジールが彼女に貸していた本だった。

 そのときディーンが浮かべていた笑みが脳裏から離れない。

――――ねえ、ジール。ここを出たいと思わない?

 現か空耳か、耳障りな声が誘う。

 ジールはふと顔を上げた。

 天窓から光が差している。

 その下に、本が落ちていた。

 ジールはふらふらと立ち上がり、日だまりに歩み寄ると、それを拾い上げた。

 古い絵本だった。

 表紙を撫でる。

 薄埃の下に、はっきりと題名が読み取れる。


『水の姫君』           


 むかしむかし 姫君は 二人の兄と仲良くお城で暮らしていました

 兄たちは妹姫が大好きで 姫も兄たちが大好きでした


 あるとき ひどい戦争が起こりました

 それはそれはひどい戦争で 毎日何人もの天使が亡くなっていきました


 姫は人々の傷を治す不思議な力を持っていました

 姫はその力を使い 傷ついた人を見かけては その人を治して回りました

 敵も味方も関係なく


 そのうち 姫一人の力ではどうにもならないほど戦禍は大きくなっていきましたが

 姫は諦めませんでした


 来る日も来る日も 力を使い続けました


 しかし あるとき姫は

 助けた敵兵の手によって 大きな傷を負ってしまいました

 それはそれは深い傷でしたが 姫にはもう 自分を治す力が残っていませんでした


 妹を哀れんだ兄たちは

 姫を水底の神殿に封じることにしました

 

 その神殿には時の流れを遅らせる力があったので

 姫はそこで 長い眠りにつきました

 

 目覚めたとき 戦争は終わっていました

 しかし 姫の愛した二人の兄は もうこの世にはいませんでした


 姫はとてもとても悲しみました


 水の神殿は 水を通して世界を映し出す力も持っていました

 姫はそこから 世界を見守ることに決めました

 

 今も水の姫君は 水底の神殿から 私たちを見守っているのです



「・・・何だこれ。」

 何となく涙とともに、そんな声が零れ出た。

 そういえば、昔聞いたことがある気がする。

 寝物語にレイタから。ディーンも一緒だった。

 ディーンはとても楽しそうに聞いていたようだが、ジールは興味をそそられなかった。だって、この話はこう続くのだ。

――――水の姫君に見られているんですから、姫に笑われるようなことをしてはいけませんよ。

 誰も見ていないと思って悪いことをしても、どこかでそれは見咎められていて、自分に返ってくる。だから、いい子にしてなきゃだめよ、という説教を垂れるための、ただの子供向けの寓話だと思っていた。だから、今の今まですっかり忘れていた。

 しかし。

 まさかという思いが頭をよぎる。

 ジールは目をこすると、本を置いて立ち上がった。

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