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白の王弟と水の姫君  作者: ユイカ
3.水の契約
14/35

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 ジールは一直線に兄の部屋へと向かった。

 ただし空からではなく、城の中を通って。そうして少し頭を冷やさないと、自分が何をするか分からないと思ったからだ。

 ジールが部屋の戸を開け放つと、ディーンはちょうどカップにお茶を注いでいるところだった。オレンジピールティー。しかしそのシトラスの香りは、むしろジールの怒りに油を注いだ。

 ジールはずかずかと部屋に踏み入った。

 ソファーに座った兄の胸ぐらを掴みあげる。

 カップが倒れ、お茶が零れた。

「ユーリに何をした!」

「ゆーりい???」

「とぼけるな!」

 ディーンはやんわりと首をかしげる。

「ああ、君のところにお勉強しに来てた、赤い髪の子?」

 やっぱり知ってるんじゃないか。

 兄の胸元を握る手に力がこもる。

 しかしディーンはとても落ち着いて、ゆっくりとポットをテーブルに戻した。無表情な凍てついた瞳で、しかし声はわざとらしくおどけていた。

「僕は何もしてないよー。ちょっとガウロに相談しただけー。」

「それをっ・・・!」

 何かしたと言うんだ。

 ガウロもレイタと同じように、ディーン即位時から兄弟を知る重鎮の1人だ。ただし、奴はレイタと違って、ディーンに媚びるそぶりを隠そうとせず、ジールのことは、(実際そうなのだが)ただのおまけとしか見ていなかった。その上、そこそこ頭が切れるから質が悪い。ディーンの我が侭を、一を聞いて十を実現する奴の手によって、ジールはこれまで何度となく煮え湯を飲まされてきたのだ。

 さてはユーリたちのことをディーンに告げ口したのもあいつか。

 そしてディーンが、ちょっとでも奴に不平の言葉を漏らしたなら、奴は一メイド見習いの首など、簡単に切って捨てるだろう。彼女は何も悪くないのに。

 ジールはそこまで思い至らなかった自分に激しい苛立ちを覚えた。

「ねえ、そろそろ離してよー。」

 ディーンはふざけた調子で言う。しかしその目は笑っていなかった。

「ねえ?」

 ジールはぞっと恐怖し、手を離した。

 背後にあったソファーに腰を埋める。

 そこには、首がちぎれて綿の散らばったうさぎちゃんが横たわっていた。

「あーあー。床が汚れちゃったあ。」

 ジールがこぼしたお茶は、テーブルから落ち、床に水たまりを作っていた。

「せっかく美味しく入れたのに。」

 ディーンはさして惜しそうにもなくそう言うと、指でテーブルの上を一撫でした。零れていたお茶は、跡形もなく消え去る。

 ディーンはティーセットを手に立ち上がった。

「お茶、飲んでいくでしょ?待っててね。」

 にこりと微笑んで、ディーンは隣室に消えた。

 ジールは逆らえなかった。

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