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ジールは一直線に兄の部屋へと向かった。
ただし空からではなく、城の中を通って。そうして少し頭を冷やさないと、自分が何をするか分からないと思ったからだ。
ジールが部屋の戸を開け放つと、ディーンはちょうどカップにお茶を注いでいるところだった。オレンジピールティー。しかしそのシトラスの香りは、むしろジールの怒りに油を注いだ。
ジールはずかずかと部屋に踏み入った。
ソファーに座った兄の胸ぐらを掴みあげる。
カップが倒れ、お茶が零れた。
「ユーリに何をした!」
「ゆーりい???」
「とぼけるな!」
ディーンはやんわりと首をかしげる。
「ああ、君のところにお勉強しに来てた、赤い髪の子?」
やっぱり知ってるんじゃないか。
兄の胸元を握る手に力がこもる。
しかしディーンはとても落ち着いて、ゆっくりとポットをテーブルに戻した。無表情な凍てついた瞳で、しかし声はわざとらしくおどけていた。
「僕は何もしてないよー。ちょっとガウロに相談しただけー。」
「それをっ・・・!」
何かしたと言うんだ。
ガウロもレイタと同じように、ディーン即位時から兄弟を知る重鎮の1人だ。ただし、奴はレイタと違って、ディーンに媚びるそぶりを隠そうとせず、ジールのことは、(実際そうなのだが)ただのおまけとしか見ていなかった。その上、そこそこ頭が切れるから質が悪い。ディーンの我が侭を、一を聞いて十を実現する奴の手によって、ジールはこれまで何度となく煮え湯を飲まされてきたのだ。
さてはユーリたちのことをディーンに告げ口したのもあいつか。
そしてディーンが、ちょっとでも奴に不平の言葉を漏らしたなら、奴は一メイド見習いの首など、簡単に切って捨てるだろう。彼女は何も悪くないのに。
ジールはそこまで思い至らなかった自分に激しい苛立ちを覚えた。
「ねえ、そろそろ離してよー。」
ディーンはふざけた調子で言う。しかしその目は笑っていなかった。
「ねえ?」
ジールはぞっと恐怖し、手を離した。
背後にあったソファーに腰を埋める。
そこには、首がちぎれて綿の散らばったうさぎちゃんが横たわっていた。
「あーあー。床が汚れちゃったあ。」
ジールがこぼしたお茶は、テーブルから落ち、床に水たまりを作っていた。
「せっかく美味しく入れたのに。」
ディーンはさして惜しそうにもなくそう言うと、指でテーブルの上を一撫でした。零れていたお茶は、跡形もなく消え去る。
ディーンはティーセットを手に立ち上がった。
「お茶、飲んでいくでしょ?待っててね。」
にこりと微笑んで、ディーンは隣室に消えた。
ジールは逆らえなかった。




