13
ジールはまた、自然に兄と接するようになっていた。
明確に仲直りしたわけではないけれど、それはそれでいい。ジールは何も言わなかったし、ディーンも何も言わなかった。
ただ、3人の少女たちは、もう二度と書庫に来ることはなかった。
一週間待っても、一ヶ月が過ぎても。
城内で顔を見かけることすらない。
もともと広い城内で、何千人が働いているのだから、たった3人に偶然出遭うなど奇跡に近い。おおっぴらに探すことはできないし、誰かに聞くこともできないのだからなおさらだ。
彼女たちのことが気にならないと言っては嘘になる。しかしジールは、いつしかまたもとの日常を取り戻しつつあった。ジールにとっては、元に戻っただけだ。彼女たちだって、ジールさえいなければ、先輩に咎められることもなく通常の業務を続けているに違いない。
何もかも元通りだ。あの、耳障りな声を除いては。
――――ねえ、ジール、ここを出ましょうよー。
――――私が手引きして、あ・げ・る・か・ら!
段々と誘いが露骨になってくる。
――――ねえ!つまんない!
――――何か答えてよ!
――――ねえってば!
しかも拗ね始める。
「うるさい。」
なまじ相手にするとつけあがるから、最近では無視を決め込むことにしている。が、それでもうるさいときはうるさい。りっぱな業務妨害だ。
少女たちが来なくなってから作業に集中するようになったせいか、そろそろ塔の一階相当部分の本をチェックし終わるところまできていた。記録作業のような単純労働は、何も考えたくないときにはありがたい。自然と着々と作業は進む。もっともそれは、作業が問題なくはかどっているかどうかとは別の話だった。
ジールは次の一冊を手に取り、またか、と息をついた。
ぱらぱらとページをめくる。
やはりだ。
読めない。
見覚えのない文字で書かれた本は、ちらほらと本の列の中に潜んでいた。
それらの存在には、作業開始当初から気付いていた。
共通する特徴は、全て同じ言語で書かれているらしいことと、かなり古い年代に書かれた本らしいということだ。
考えられるのは二つ。黒の国の言葉で書かれたものか、この国の古代に使われていた言葉か。
前者の可能性はすぐに消えた。書庫には黒の天使が書いた本も混じっていて、それらは現在白の国で使われているのと同じ言葉で書かれていたからだ。
古代文字の研究なんてされているのか。今でも読める者はいるのか。レイタを通じて調べてもらったが、答えは「否」だった。そのような文字の存在を知る者すらいなかったらしい。予想はしていたことだ。城の書庫だからこそ残っているものなのだろう。書庫の整理が終わったら自分で研究してみようかとも考えたが、果たしていつになることやら。
ジールは本を閉じ、表紙の埃を払った。タイトルらしい文字列が並んでいる。それを正確にリストに写し取り、棚に戻した。表紙に何も書かれていない場合は、最初のページの数行を写すことで記録とすることにしている。
そうこうしているうちに、一階最後の一冊になった。
いつの間にか声は静かになっていて、作業がやりやすくなっていた。「水の姫君」は拗ねてふて寝でもしたのだろうか。
記念すべき本を手に取る。
その表紙を見て、ジールは目を見開いた。
ノック音がした。
振り返る。
塔の戸が開くと、階段の上に逆光を浴びて、スカート姿の少女が立っていた。
「ユーリ?!」
思わず声を掛ける。
しかし光の中から出てきたのは、全く別のメイドだった。エマやフィーでもない。
メイドはジールにおやつの時間を知らせに来たのだった。プロらしく、楚々とした様子でジールの支度を待っている。
ジールはユーリの名前を出してしまったことに恥ずかしくなって、待っている少女に話を振った。
「あの、さ。ユーリって名前のメイド、今どこにいるか知らない?」
メイドの少女は無表情に答えた。
「あの子なら、辞めましたけど。」
ジールは本を取り落とした。
毎日投稿にだんだん慣れてきたので、1回の更新量をちょっと増やそうと思います。




